人を幸せにする人になろう

久津川車塚2018年8月9日(木)35度(ということだが、ほぼ雲で楽)

◆参加者。城陽市担当者、自分、長友、阿部(D1)、林田・前田・山﨑(4)、上野・尾崎・小澤・黒田・佐藤・吉田・李(3)、三原(2)、院生・学生12名。一日、ほぼ曇り気味で、当初はテントも不要だった。
◆陸橋後円部取り付き北隅につき、後円
部の葺石およびこれに接する礫 出し。水鳥?かもしれない 埴輪片(小片で不確実)が礫面の上から出土(取り上げ→明日ポイン落とす)。後円部では、明らかな転落石をはずしていくと、もっとも下かと思われる大石も出土。このへん、濃い灰色粘土ががっつり入り込んでいる。昨日の谷列石の屈曲の話はリセット(まっすぐに降りてくるのでも問題なさそうだが、大きい石はなく礫が入り込んでいるところもある)。で、裾石に近いところで、木杭を2本検出(次の写真)。木柱とするには径が 3.5~4.0㎝程度。木質がよく残っているというより、サビ層とよぶ析出した金属分の影響で変質しているような様子。なお、昨日の有機質の精査も進み、後円部側に少し伸びる。
◆陸橋側面は、礫の落ちてしまった斜面を昨日だいたい検出したが、礫の残存始まりのキワが甘いので、礫下端まで面を整える。
◆陸橋斜面の礫はどんどん下に下がっていく。およそ裾かと思われる位置まで下がってきた。その北には、まだ濠内堆積度が高く残っているのだが、その部分に手を
付け始めると、木杭が次々に見 つかる。いまは残存の頭部分だが、堆積土を下げていく際に、立った状 態で検出できるかどうかはわからない。そして、木杭検出と同じレベルで、よくわからん木質片がちらちらと何点が見つかる(杭を含め写真の雑巾部分)。単体の木質片は、明日、位置を落として切り取って上げていくことにする。礫出しそのものにも手間がかかる上にやっかいなものも出てきた。熟練によるスピードアップを期待しよう。
◆陸橋上面および礫敷の検出は、昨日は、2017年度調査区寄りで広が
っていることを確認した。本日は、取り付き部となる東側で密によく残っている状態が出てきた(写真)。とはいえ、陸橋裾基底石のキワは昨年度調査ではまばらになっていたので、そのへんにもあったようなものが下り斜面のやや離れたところに堆積しているような状況か。
◆陸橋の西側では、昨年度の断面を見ながら、少しずつ下げていく。最後は思い切って削る。これでだいたい下げるべき高さまでおよそ下がったと思われる。礫はまばらであるが点々とはあり、それらを大事にして石が出るようにまわりを下げ、陸橋上面をさぐっている。西端近くでは白色粘土が卓越する盛土?が上面になりそ
う。明日中に、ひととおり、 ほぼ仕上げといきたいところ。

プラグイン

カレンダー

07 2018/08 09
S M T W T F S
5 11
20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
54
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

バーコード

ブログ内検索