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造り出しの位置決め

◆久津川車塚古墳は左。造り出しを後円部に大きく食い込ませる。誉田御廟山もこのタイプ。谷筋 をはさんで後円丘と造り出し斜面が鋭角的に接する。上部にはわずかに前方部側面と言えるものがあるのか、だらりと移行するのか、わからなかった。列石は途中で屈曲し、上端は作り出しに向かっていると判断した(テラスのくびれ部でない)。途中で屈曲するのも、後円丘と造り出し斜面の中間を取るような形で、上部で造り出しに向かわせるためだろう。
◆一方で右のようなタイプがある。そうすると、わずかな前方部側面があり、V字に谷筋の列石が入る。津堂とか巣山を考えても、あるいは仲津山も、もともとは食い込ませる姿が古いのかもしれない。が、行者のようなものもある。恵解山もある。ただし造り出しはへべちゃい。大仙とかはどう なのだろうか。汀より上で見る限りは、くびれ部から距離があるが、下に行けばどうなっているのか。
◆どうやって造り出しの位置決めするんでしょうね。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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