人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
桜井茶臼山の赤色立体
◆うちの測量図は、わたしのインクトレース。その後、デジタルトレースはいちおうできている(図)。が、これトレース図のイラレなぞりなので、改めて原図を貼り合わせて仕上げてみたい。原図は、一部緩斜面だけ25㎝の等高線を入れているが、基本50㎝。これを問題ない範囲で、地上レーザーによる等高線図を参考に、25㎝で仕上げられないかと思っています。ちょっと前に少し作業をしたが・・・。
2022年7月31日、越前松島水族館
◆越前松島水族館で卵から孵ったミズダコの展示をやっているというの
で、急遽、福井に向かう。北陸道丸岡ICで下りる。すこぶる天気よし。東尋坊のすぐ北東にある。
◆長い時間、水族館におり、なかで昼食も取る。水族館の敷地内の浜で、あいかわらず石投げに興じたりする。
◆東尋坊。遊覧船に乗り、外から安山岩の岩場を見る。もう16時を過ぎてきて、帰る頃には店もかなり閉まっていた。息子はこの日のうちに戻るとのことで、米原まで送ることとし、三国の町を訪れることにする。前に考古の見学旅行で来たときは、龍翔館だけ見学しただけだった。
◆今回も、時間も限られていて、ゆっくりまわってはいないが、中心部を歩き、町屋で見ることのできる旧岸名家を見学し、その先でアイスクリームを買って食べた。町屋がとてもよく残っている
というわけではない。かなりの部分建て替わって しまっているが、雰囲気は味わえる。
◆もうひとつ、あとからチラシを見ると、三国の歴史などの展示をやっているところがあるようだが、外から見ると真新しい施設のように見え、入らなかった。
◆帰途につき北陸道に入るが、何か所も工事をしていて、カーナビだと米原着がかなり遅くなっている。そこで今庄で下り、栃の木峠越えの北国街道で近江に向かう。19:59の新幹線をめざし、そのまま地道で米原駅に向かう。ぎりぎりになったが乗れたようである。
【追記】そのあと8月5日の豪雨で、今庄のすぐ南の下線合流部が氾濫、また北陸本線のトンネルあたりもやられ、不通となった。
◆長い時間、水族館におり、なかで昼食も取る。水族館の敷地内の浜で、あいかわらず石投げに興じたりする。
◆今回も、時間も限られていて、ゆっくりまわってはいないが、中心部を歩き、町屋で見ることのできる旧岸名家を見学し、その先でアイスクリームを買って食べた。町屋がとてもよく残っている
◆もうひとつ、あとからチラシを見ると、三国の歴史などの展示をやっているところがあるようだが、外から見ると真新しい施設のように見え、入らなかった。
◆帰途につき北陸道に入るが、何か所も工事をしていて、カーナビだと米原着がかなり遅くなっている。そこで今庄で下り、栃の木峠越えの北国街道で近江に向かう。19:59の新幹線をめざし、そのまま地道で米原駅に向かう。ぎりぎりになったが乗れたようである。
【追記】そのあと8月5日の豪雨で、今庄のすぐ南の下線合流部が氾濫、また北陸本線のトンネルあたりもやられ、不通となった。
会計年度任用職員
◆富山の博物館でも、そう書いた名札をぶらさげていた。南の島でも、会計年度職員が頑張っている。で、この「会計年度任用職員」という言葉、大嫌いだ。こんな言葉、いったいいつから聞かれるようになったのだろう。人間としての尊厳をバカにしている。
◆人件費節減が限界まで突き詰められ、ようよう、いまの日本の組織が成り立っているということを示す。これ西欧では考えられないのではないか。昔、アメリカ史の同僚がそう言っていたことを思い出す。労働者がないがしろにされている。19世紀を経て獲得してきた労働の権利はどこへ行ってしまったのか。
◆パソナはじめ人材派遣会社、諸悪の根源。いや、そういう法的整備を進めた政府がむろん悪いのだが。防衛費をGDPの2%にしよとしているのでしたか。いま5兆円を倍増する話。5兆円を学校教員の人件費にあてたらどうか。5兆円あれば、20人学級は実現するんではないのか。
◆むろん働く側がいろんな働き方をしたいというバリエーションはあるのだろう。が、若者が、それぞれなくてはならない仕事を組織のなかでしながら、ちゃんと職員となっていないという現実をもっと重視すべき。公務員国家というのも、あってよい。平成の市町村合併で、地域がよりいっそう疲弊したことは間違いない。
◆人件費節減が限界まで突き詰められ、ようよう、いまの日本の組織が成り立っているということを示す。これ西欧では考えられないのではないか。昔、アメリカ史の同僚がそう言っていたことを思い出す。労働者がないがしろにされている。19世紀を経て獲得してきた労働の権利はどこへ行ってしまったのか。
◆パソナはじめ人材派遣会社、諸悪の根源。いや、そういう法的整備を進めた政府がむろん悪いのだが。防衛費をGDPの2%にしよとしているのでしたか。いま5兆円を倍増する話。5兆円を学校教員の人件費にあてたらどうか。5兆円あれば、20人学級は実現するんではないのか。
◆むろん働く側がいろんな働き方をしたいというバリエーションはあるのだろう。が、若者が、それぞれなくてはならない仕事を組織のなかでしながら、ちゃんと職員となっていないという現実をもっと重視すべき。公務員国家というのも、あってよい。平成の市町村合併で、地域がよりいっそう疲弊したことは間違いない。
子供は自ら育つ
◆安倍銃撃事件、で秋葉原事件を起こした人の死刑・・・。親が悪いわな。通底するところと個別で異なるところはむろんあろうが。小さい子供はかわいいもんです(早く孫がほしい)。すること、ほほえましい。なぜにスクスク育たないのだろう。
◆親がいじりすぎる。干渉しすぎる。駅前は塾だらけ。勉強やってれば褒められる、ひずんだ社会。子供に必要なのは無限の時間と、本人が面白いと思うものに対する没頭。1人の木だ。芽生え、太陽に向かってのび、枝葉を伸ばし、成長していく。それを親は見守っていればよい。肥料や水をやることもない。大地や光や空気のなかで、自分で育っていくのとちゃいますか。邪魔しないことだ。敢えていえば、親は大地か。親の養分を吸い取ったらいい。
◆親がいじりすぎる。干渉しすぎる。駅前は塾だらけ。勉強やってれば褒められる、ひずんだ社会。子供に必要なのは無限の時間と、本人が面白いと思うものに対する没頭。1人の木だ。芽生え、太陽に向かってのび、枝葉を伸ばし、成長していく。それを親は見守っていればよい。肥料や水をやることもない。大地や光や空気のなかで、自分で育っていくのとちゃいますか。邪魔しないことだ。敢えていえば、親は大地か。親の養分を吸い取ったらいい。
ちょっと別件
◆土曜日の関西例会で、文化財保存活用地域計画、の話が出た。こないだ、6月に文献史の人たちとの研究会でもしゃべったが、考古畑の文化財担当者は、地域文化財を、指定・未指定にかかわらず総合的にという場合、やはり記念物や建造物、民俗などとなる。遺跡、寺社、城館、近世・近代の建築物、そして祭礼などをイメージし、パッケージを作ろうとする。が、近世文書などは、念頭にないのでは。近世文書は、埋蔵文化財のように保護規定がなく、代替わりで家をつぶす場合に、良心的な人は資料館や本庁の文化財担当に、一度、見に来てくれと伝える。そんなことお構いなしの家屋のつぶしや、資料の廃棄もある。初めから骨董屋に話をもっていく人もいる。そっちサイドから、こんな文書ありますが買いませんか、と話が来る。
◆もとい。文献担当は博物館や資料館勤務で、文化財保護行政にかかわることはあまりない。上記のような所蔵者さんから、選択し、古文書やモノを引き取るのは、文化財保護の仕事をやっているという意識はないだろうと。法律にしたがった行為ではないから(文化財保護法はエエモンを指定して保護する法律に過ぎない)。それがようやく未指定のものも、となってきたわけだが、まだまだ近世文書は条例により指定しようかという場合は行政の保護行為になるが、ほとんどのものは、法律外のところで、学芸員の価値判断で、博物館・資料館として収蔵するという法律外の行為である。
◆この時に話をしたのは、埋蔵文化財もひとつの柱かもしれないが、近世文書をいかに把握し保存を図るかが、文化財保護行政の半分くらいの仕事ではないか、ということ。いま文化財保護行政にあたる考古畑出身の担当者に、そうした意識はないだろうと。
◆一般のひとたちの関心は、おじいちゃん・おばあちゃんの時代に始まり、近代、近世。古い遺跡が好きな人は別にいる。それも大事だと総論は賛成でも、いまの自分たちの生活とは直結しない。これは縄文以前はという話でもない。理念的につながっているとは言っても、弥生や古墳や奈良時代も、中世荘園も、いまとは直結はしない。やはり近世に地域社会が強固になり、そこに近代産業化が進み、産業構造なども変わり、戦後の人口増と経済成長で地域が活性化し、そしていま後退局面にある。
◆近世文書の豊かさ、それを残さないと、いまもちゃんとある近世村の歴史はわからなくなる、ということ。遺跡が破壊されるということと同様に痛みを感じないといけないことだ。地域計画、指定・未指定にかかわらず地域文化財の総合的な保護と活用という場合、近世文書がすっぽり抜け落ちているとすれば、これは困ったことだ。完全な抜け落ち。形あるもの(古文書もモノではあるが)、不動産的なもの、そういうのが町づくり、観光資源化、地域のウリとしてわかりやすいのは事実。が、そういうものが、実際のところ何だったのか、どう使われたのか、どういう意味をもっていたのか。考古資料と同じ、外形的な説明はできても、内実はわからない。地域に残る不動産的文化財や祭礼等の民俗文化財も、文献資料があれば、はるかに豊かな内容を与えてくれる。失ってしまえば、用途を終えた外形的な把握にとどまる。文献資料を軽んじてはならない。
◆文献史の人たちも、これまで文化財保護行政にかかわることが少なかったと思うが、そういう世界に食い込み、対等にわたりあう、そういう志向性をもつ人材を生んでいくことが大事。
◆もとい。文献担当は博物館や資料館勤務で、文化財保護行政にかかわることはあまりない。上記のような所蔵者さんから、選択し、古文書やモノを引き取るのは、文化財保護の仕事をやっているという意識はないだろうと。法律にしたがった行為ではないから(文化財保護法はエエモンを指定して保護する法律に過ぎない)。それがようやく未指定のものも、となってきたわけだが、まだまだ近世文書は条例により指定しようかという場合は行政の保護行為になるが、ほとんどのものは、法律外のところで、学芸員の価値判断で、博物館・資料館として収蔵するという法律外の行為である。
◆この時に話をしたのは、埋蔵文化財もひとつの柱かもしれないが、近世文書をいかに把握し保存を図るかが、文化財保護行政の半分くらいの仕事ではないか、ということ。いま文化財保護行政にあたる考古畑出身の担当者に、そうした意識はないだろうと。
◆一般のひとたちの関心は、おじいちゃん・おばあちゃんの時代に始まり、近代、近世。古い遺跡が好きな人は別にいる。それも大事だと総論は賛成でも、いまの自分たちの生活とは直結しない。これは縄文以前はという話でもない。理念的につながっているとは言っても、弥生や古墳や奈良時代も、中世荘園も、いまとは直結はしない。やはり近世に地域社会が強固になり、そこに近代産業化が進み、産業構造なども変わり、戦後の人口増と経済成長で地域が活性化し、そしていま後退局面にある。
◆近世文書の豊かさ、それを残さないと、いまもちゃんとある近世村の歴史はわからなくなる、ということ。遺跡が破壊されるということと同様に痛みを感じないといけないことだ。地域計画、指定・未指定にかかわらず地域文化財の総合的な保護と活用という場合、近世文書がすっぽり抜け落ちているとすれば、これは困ったことだ。完全な抜け落ち。形あるもの(古文書もモノではあるが)、不動産的なもの、そういうのが町づくり、観光資源化、地域のウリとしてわかりやすいのは事実。が、そういうものが、実際のところ何だったのか、どう使われたのか、どういう意味をもっていたのか。考古資料と同じ、外形的な説明はできても、内実はわからない。地域に残る不動産的文化財や祭礼等の民俗文化財も、文献資料があれば、はるかに豊かな内容を与えてくれる。失ってしまえば、用途を終えた外形的な把握にとどまる。文献資料を軽んじてはならない。
◆文献史の人たちも、これまで文化財保護行政にかかわることが少なかったと思うが、そういう世界に食い込み、対等にわたりあう、そういう志向性をもつ人材を生んでいくことが大事。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。