人を幸せにする人になろう

2026年9月12と13:講演会と研究会

◆時期が迫っていますが、再度、宣伝しておきます。登録は10日まで です。当日の飛び込みも可ですが、できれば登録願います。

2026年9月6日(日)近つ

◆この日、近つの企画展の最終日。そのあと、ある打ち合わせも入れ ていた。郵便局経由で、近つへ。TG232・ON231や宇治市街遺跡など、関連資料をひととおり見ることができた。最終日なので、知り合いのみなさんがそこそこおられた。堺市博のS河さんと年代観の話もできた。いただいていた図録をもって行くのを忘れたが。これ早々に完売したそうです。
◆常設部分のパネルが更新されている。
◆そのあと古墳の測量の打ち合わせをする。
◆関学経由で、午後の後半は職場に行き、3時間だが申請書を書く。

2026年9月5日南科研の研究会

◆朝、関学経由で、10時の大阪歴博開催の研究会にすべり込む。こっちの科研があるので、午前の2本だけ聞いた。ごめんなさい。でも2本とも興味深い内容であった。
◆韓国の台地が古く、河川が500kmとか長く緩やかであることがよくわかった。洛東江がいかに諸地域をつないでいるか。また慶州が東からの扇状地で、その流路をいかに制御し、都市域を安定化させていこうとしたのか、勉強になった。

科研申請書

◆9月12・13日の金研講演会のこともあるのだが、こっちは科研の申請書書き。8月末にようよう着手し、先週は本体を書き進める。最終提出は9月15日9時が締め切り。

2026年8月25日(火)大学院入試と1164模様替え

◆院試もだんだん早くなり、いまは8月下旬。この日、院試の筆記試験 だった。試験の実施されている午前中、歴史学教員で1164の模様替え。以前にこちらで作った変更案にしたがって調度類を移動する。そのあと机の配列でいくつか案が出たが、まほぼ原案通り。
◆そのあと9月3日に、調度類の壁付け、ホワイトボードの設置をしてもらった。

34日の塾の合宿

◆こちらは見逃したが、おとつい?の夕刊に、小学生の塾の合宿の記事があったそうだ。10日の合宿が好評で、いくつかのメニューを作り、そのなかに34日の合宿もあるいう。一定の階層。勉強ばっかりでないにせよ、そういうのに行かせたいかね。充実しているのだろうし、友達もできていいのかもしれない。公教育というのはどうなっているんだろう。夏休みに、学校に行って過ごすというのは、できないのだろうか。いまは、行ってはいけないのかな。責任の問題があり、難しいのでやってないのか。家にいる、時々、友達と出かける、盆にはじいちゃん・ばあちゃんの家に行く、家族旅行がある、のではダメなんだろうか。
◆自分の子らが、夏休みにどう過ごしていたか。中・高なら、まあ、知ったこっちゃないですよね。小学生の頃であれば、一緒に出かける機会を多く作っていた(カミサンが)。
◆5年ほど、貧乏旅行とよんでいるものをやった。2005東北、2006沖縄、2007中国、2008四国、2009九州。車で野宿をし、1泊くらいはホテル・旅館に泊まるのだ。上の子は中・高、下の子は小高学年と中。最初、まだカミサンと下の子は相模原だったので、そこから出発し、中尊寺金色堂や柳の御所とか平泉に行き、十和田湖で車の中で寝る。地元スーパーで、地元カップ麺を買い、カセットコンロで湯をわかし食べる。朝6時前には置き、弘前方面に下った。夏なので、海水浴場を見つけては泳いだり。預金通帳2つの残高が、ともに3桁で、1000円を引き出せなかったところまでいく。なので、貧乏旅行。でも給料日が来るので、なんとかなると。1泊だけ、岩手県の田老町の旅館で泊まった。子供らは布団で寝ることを喜んだ。子供らにとっても、インパクトのある思い出になっているのではないか。

9月になりました

◆8月23日(日)くらいから暑い日が続いています。みなさま、体調はいかがでしょうか。
◆9月になりました。精神的にフラフラしておりますが、ま、仕事をぼちぼちとやっております。

大歴考古部会9月例会

報 告:木村祐熙
演 題:埴輪生産体制からみた馬見古墳群の構造と特質について
日 時:2026年9月25日(金)19 時~
会 場:阿倍野市民学習センター 第1会議室(あべのベルタ3階。地下鉄・JR 天王寺駅/近鉄阿部野橋駅より徒歩8 分)
[報告者コメント]
近年は埴輪生産・供給体制に焦点を当てて大型古墳群の造営過程や階層構造を探る研究が多く蓄積されてきている。本報告は馬見古墳群を対象に、古墳時代前期から中期末にかけての埴輪生産体制から馬見古墳群内の階層構造や各古墳の関係を明らかにすることを目的とする。また、古市・百舌鳥古墳群などの畿内の大規模古墳群の中で馬見古墳群がどのような特徴を持つ古墳群として位置づけられるのかも考察していきたい。
[参考文献]
木村理 2019「埴輪生産からみた馬見古墳群と畿内大型古墳群の特質」『埴輪論叢』第9号

唐尺の導入時期

◆聞くところによると、前期難波宮について、考古学の世界でも天武朝とする見解は根強いのだそうだ。2000年代に入って固まったとみていたが、それは大阪側の見方なんだと。これ自体は、古い見方が払拭されるには時間を要するということだろう。いずれ解消しよう。
◆尺度の話。1尺25㎝の南朝尺の存在は甘粕先生の業績。それを掘り起こし、喚起したという意味で、自分の役割もあったか。ま、ほぼ知られていなかったわけだ。建物の方が説得力はあり、M上さんの業績が大きい。そして、飛鳥寺や山田寺の柱間寸法が南朝尺であると明らかにしたH瀬さんの論文が発表されている。
◆唐尺の導入時期はいつか。H瀬さんは、山田寺では641年創建時は南朝尺で、山田寺での唐尺使用は天智期とし、その間の7世紀中頃に導入があったとする。1尺29.2㎝のやや短い唐尺が使われている前期難波宮に言及してほしかったですね。
◆O澤先生に送っていただいた終末期古墳の本を見て、ある人が、H瀬論文にもとづき唐尺導入は天智期以降だから、前期難波宮は孝徳期ではありえない、天武期とする。7世紀中頃の導入とするH瀬氏の見解を無視した議論である。山田寺の分析からの唐尺導入が7世紀中頃とすると、前期難波宮もその頃であっても矛盾なく、孝徳期の難波長柄豊碕宮であることが否定されるわけではない。
◆さて、岩屋山古墳である。石室の設計が唐尺ということは認められるようになるだろう(その前の横穴式石室の設計は高麗尺というのはダメと反省している)。問題は、唐尺導入時期にかかわり、岩屋山古墳の年代である。もう気力もないので頑張れないが、630年代から640年代が移行期というのはアリだと思っている。

父のこと

◆このあいだ実家の片づけで、アルバムなど、いくつかを持ち帰った。そのなかに父親の卒業証書がある。1941年3月尋常小学校3年修了、1944年3月国民学校初等科修了12歳。1946年3月国民学校高等科修了14歳。
◆学制が変わるタイミングも調べる必要がある。そして京都府立高校卒。一方、郵政省の学校に行っているはず。そういうことも、チラチラとは聞きながら、ちゃんと知ることなく。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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