人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2026年9月19日(土)大阪にもどる
◆ガイドブックで、ブルーマウンテンに出かけるのもアリと思ったが、行かなかった。今回は完全な休養目的。HDはもっていて、ある仕事をしようとも考えていたが、しなかった。夏季休暇を取っての、ほんとの休暇でした。
◆最終日である18日の飛行機は、20時シドニー空港発。中部大学のI田先生も同じ便で、一緒にセントラル駅から飛行場に向かう。朝5時代に羽田着。伊丹着は9:30でした。一度、自宅に戻り、いま職場です。
◆最終日である18日の飛行機は、20時シドニー空港発。中部大学のI田先生も同じ便で、一緒にセントラル駅から飛行場に向かう。朝5時代に羽田着。伊丹着は9:30でした。一度、自宅に戻り、いま職場です。
2026年9月17日(木)パラマタへ
◆シドニー大学に行くことにする。初めて鉄道に乗り、最寄り駅で下り
る手前で、そのまま乗ってパラマタまで足をのばすことにする。
◆パラマタは、読んだところによると、地味の肥えた土地で、移住者たちの食べ物の確保ができるようになったのだという。1500人が入植するも、食い物がなければ生きてはいけない。ただちに食べるための開墾を進めるも、適・不適がある。ここパラマタで何を植えたのかはよく知らないが、2年目には軌道に乗り、食べていける条件が整ったのだとか。ただしそれは、アボリジニの土地を勝手に開墾したものなのだろう。
◆ここには旧総督官邸がある。シドニー博のある官邸とはまた別に建てられたのかね。入植地シドニーの港湾とは20kmほど西に離れており、食糧確保の上で重要な場所を押さえる公館が必要だったということか。1790年にできた最古の公共建築物なのだそうである。
◆ここは有料だった。
◆パラマタは、読んだところによると、地味の肥えた土地で、移住者たちの食べ物の確保ができるようになったのだという。1500人が入植するも、食い物がなければ生きてはいけない。ただちに食べるための開墾を進めるも、適・不適がある。ここパラマタで何を植えたのかはよく知らないが、2年目には軌道に乗り、食べていける条件が整ったのだとか。ただしそれは、アボリジニの土地を勝手に開墾したものなのだろう。
◆ここには旧総督官邸がある。シドニー博のある官邸とはまた別に建てられたのかね。入植地シドニーの港湾とは20kmほど西に離れており、食糧確保の上で重要な場所を押さえる公館が必要だったということか。1790年にできた最古の公共建築物なのだそうである。
◆ここは有料だった。
プラグイン
カレンダー
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(09/25)
(09/23)
(09/23)
(09/23)
(09/19)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。