人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2020年12月28日(月)、久宝寺地内町を歩く
◆久宝寺は、古い町並みが残るエリアを示す地図がありました。これ、伝建になるのとちがうやろか。久宝寺駅にも近く、規制を嫌うのかもしれないが、久宝寺の古い町並みは、是非ともこれからも維持してほしいもの。
◆そのあと、JR八尾駅まで歩き、渋川神社。JR八尾から柏原、堅下まで歩き、戻ってきた。
◆それから藤井寺に行き、眼鏡を作り、そのまままた柏原大平寺までいき、カタシモワイナリーで、ワインを買って戻ってきました。
2020年12月27日、ZOOM呑み会
◆27日の日曜日の18時から、9月に続き、台北・下関・松山・京都をつなぎ、呑み会をやりました。ホストでしたが、17:30まで仕事をして、帰宅してPCを立ち上げたのは5分前でした。気が付けば10時をまわっていたような。宮崎で買ってきた「千徳」が空きました。
2020年12月29日(火曜日)
◆いつもは年末年始に職場に行くことはないが、今年は、さまざまな変化があり、この押し迫った時期ながら、職場に来ております。本来、仕事納めの昨日に来るべきでしたが、家の片づけと、懸案のことをやるために、出てこず、本日、火曜日になっております。丸1日メールも見てないので、まずはそこからです。
2020年12月27日(日)、今日も朝から
◆報告書2つをかかえ、ようやくそれらに、まとまった時間を割けるようになる。今日も8:30に職場。伏見城の等高線60mまで下ってきた。とはいえ、昨日26日(土曜日)に変化があり、この日は一方の遺物実測図の画像をいじっていました。
こういう人もいる
◆どんどん、政府の仕事をしている研究者が、これに続いて辞めてくれればと思う。が、研究者も自己評価・外部評価にさらされ、社会的貢献分野で、政府の委員とかやってるとポイントになるわけだ。ハクもつく。むろん考え方は人それぞれ、行動の仕方も人それぞれ。が、日本学術会議のことを本当に反省させたいなら、アカデミックの世界が一丸となって、名誉職的な政府委員等を、ぜんぶやめてやったらよいのだ。以下、東京新聞から。
文化庁の登録美術品調査研究協力者会議の座長を務めていた佐藤康宏東大名誉教授が、菅義偉首相が日本学術会議の推薦した新会員候補6人の任命を拒否したことに抗議し座長を辞任していたことが分かった。
◆「迷惑かけなければ抗議の意味ない」
佐藤氏によると、10月1日に報道で任命拒否を知り、同3日午後、文化庁の担当者らにメールで「専門家を専門家として尊重しない政府のために働くつもりはない。今後は政府関係の仕事はすべてお断りする」「会議直前で迷惑をかけるが、多少とも迷惑をかけなければ抗議の意味もない。よろしく御理解願う」などと辞意を伝えたという。5日に担当者から電話で慰留されたが、意思は固く、別のメンバーを座長にしてもらうことで合意し、7日付で辞任した。
佐藤氏は「菅首相や杉田和博官房副長官は、一貫して戦争目的の科学研究に慎重な姿勢を示してきた学術会議を邪魔な存在とみなし、特定秘密保護法や安保関連法に異を唱えてきた6人を意図して排除した」と指摘。「任命拒否は、大学やその他の研究機関を軍事研究に向かわせようという明確な目的をもって行われた。官邸は、法を犯してでも人事に介入し、学術研究を政府の意思に従わせようとしている」とみる。
◆市民への影響を懸念
「私は学術会議とは縁もゆかりもないが」と前置きした上で、「拒否された6人の教授の自由を守らないことは、いくらでも学問の自由を時の政権に売り渡すことになる。首相の違法行為を許せば、研究者だけの問題にとどまらず、芸術家やメディアを含め、あらゆる表現者、そして市民にも確実に影響を及ぼすものになるだろう」と警鐘を鳴らす。
文化庁は本紙の取材に「コメントすることはない」と答えた。
佐藤氏は、1980年に東大大学院人文科学研究科修士課程修了後、東京国立博物館技官、文化庁文化財保護部美術工芸課技官、同絵画部門文化財調査官を経て、2020年3月まで東大大学院教授(美術史学)を務め定年退官。08年からは放送大客員教授を兼任していたが、15年に自主退任した。
文化庁では09年から文化財指定の専門調査会委員、20年4月より登録美術品調査研究協力者会議の座長をつとめていた。
12月24日、宮崎です
◆まあ、クリスマスイブとはいえ、キリスト教徒でもないし。
◆朝、展示室を開室するワーキンググループリーダー会議。飛行機の中で議事メモを作っていた。
◆しとしと雨。天王寺からリムジンバスに乗り、伊丹。なんか搭乗口の様子が変わっていました。店が導線にそって両側に配置され、そこを抜けるようにしてある。なんか買え、と。搭乗率は3割くらいだろうか。間隔を空けてはいるが、すべての列に客がいるわけでもない。通路側だったが、3列席で誰もいないので、窓側に移動して雲を見てました。1万メートルまで上がると、17時代だったのでまだ明るく、西方が夕焼けでした。
◆いまから『都市文化研究』の原稿を仕上げようと思います。なんとか今晩、入稿したいもの。宮崎駅前東横イン。
◆朝、展示室を開室するワーキンググループリーダー会議。飛行機の中で議事メモを作っていた。
◆しとしと雨。天王寺からリムジンバスに乗り、伊丹。なんか搭乗口の様子が変わっていました。店が導線にそって両側に配置され、そこを抜けるようにしてある。なんか買え、と。搭乗率は3割くらいだろうか。間隔を空けてはいるが、すべての列に客がいるわけでもない。通路側だったが、3列席で誰もいないので、窓側に移動して雲を見てました。1万メートルまで上がると、17時代だったのでまだ明るく、西方が夕焼けでした。
◆いまから『都市文化研究』の原稿を仕上げようと思います。なんとか今晩、入稿したいもの。宮崎駅前東横イン。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。