人を幸せにする人になろう

13年ぶりのサッカー

◆06月24日、誘われて奈文研のサッカーに参加しました。前日からどうしようか迷ってい6e11df9e.jpgました。大歴の総会資料を仕上げなきゃいけない、当日の授業の準備もしていない。二兎を追う者は・・・という感じで、なにもできていませんでした。23日夜、なんとかパワポはあきらめたが授業の資料を仕上げた。朝、ウェアや靴下など、昔のサッカ-グッズはどこにあるか探さないとと思ってはいたが、それも忘れて、とにかく朝行って、授業の資料を仕上げて印刷。まあ授業はなんとかなった。次は、大歴総会資料、まだ書き上げていなかった個別案件の自分の分担分を書き、あとは全体の総括・方針の原案を手直しし、なんとかしあげメール。これでサッカーに行けそうになってきたので、小澤さんにメール。
◆問題は4限の授業(13:40-14:10)。結果的に、時間通りやっても間に合ったような気もするが、2時間はみておいた方がよいので、15:30に授業を切り上げなければならないと思っていた。実習で拓本である。ここしばらく実測をやっていたが、気分を変えて拓本と先週宣言していたので、拓本。弥生土器片を渡し、1人2個ずつ拓本をとってもらった。受講生に、悪いが奈良に行かなきゃならんのでと、15:45頃までやって、大学を出た。
◆サッカーは、藤原チームに入り、20分3本、1本目と3本目に出た。3-2で勝利。写真は、飲み会の席上、玉田氏が勝利を祝して、マグロとイカで紅白を作れという指示があり、ならべたもの。
◆やっぱり右のサイドバックにいて、真ん中が手薄になればゴール前にいた。最初の1プレーで、ボールに対処しただけで、息が上がった。山登りと違い、瞬間的な動きはきつい。でもまあ、そのあと、自分ではけっこうやれたと思っている。1回だけ、めっちゃ早いヤツに抜かれて、これはぜんぜん追いつけなかった。それと2点目取られたとき。これはオレの責任か。攻め込まれてクリアして一難去って、ボケーとつったっていたら、あっという間に玉を奪われ、オレが対処していなかったヤツをフリーにしてやられた。しかし、全般的に、守ってて、あまり不安はなかった。全体を見て、危ないヤツを張っていた。実際ボールが来て、ボールをもつ相手を十分にカバーできた。それにしても50でしかもメタボで前線を張っている玉田さんはスゴイ。
◆飲み会。いまの奈文研、若返って、彼らが話をしている姿は頼もしかった。組織はいい。個人営業の大学はちとつらい。
◆さて、2次会終了し、もう電車がない。小澤氏と橿原神宮前行きの普通で八木へ。タクシーに乗るつもりだったが、神奈川のカミさんに電話で相談し宿に泊まることに。八木もようわからんし、うろうろしたが適当なビジネスホテルはない。0:00過ぎの時間帯。結局、うろうろしたあげく、ネオン輝くラブホテルが1軒、しゃーない、酔った勢いで入りました。いまは従業員と顔をあわせることなく、チェックインも精算もできるところが多いが、ここはおばちゃんがいた。鍵をもらい入る。シャワーを浴びたらしい。寝る。朝は5:30に起きて、駅をめざした。今井町のあたりだった。それにしても、水曜日の夜というのに、空いていたのは1室、オレが入って満室。みなさん・・・。
◆自宅に戻り、子供の弁当を入れ、今日は1限の演習の授業があるので、大学にむかった。足は筋肉痛でうずく。

大和川と松岳山古墳

◆毎日、自宅からJR大和路線の高井田駅まで歩く。大和川にかかる国豊橋を渡り、ふりかえれc5c6a2aa.jpgば玉手山古墳群、そして川上の東側に目をやると松岳山古墳がある。ああ、松岳山の測量は、ここ4年言い続けて、できていない。今年こそはやりたいものだ。基準点の費用をどうするか・・・。
◆大和川、昔とは水量が違うと思うが、普段はわりあいわずかで、川底の瀬が見え、細い流れだが、ここ数日の夜から朝方のどしゃぶりのあとは、水量がぐんと増す。そのあとは、ゴミが散乱するのだが。
◆こういう風景を毎日見ています。

是川長先生と呑む

◆06月20日(土)、兵庫県太子町で講演をしました。学芸の田村さんは高校の1年上の先輩。西播磨の古墳で797b474d.jpg話をということで、大昔の加古川でしゃべった時の資料をひっぱりだしてきて、古墳の分布図をイラストレーターで作り、あいかわらず当日資料持ち込みとなりました。
◆田村さん曰わく「是長先生がたぶん聞きに来て一番前に座ってるよ、前に姫路で吉井君がしゃべった時そうだったから」と教えてくれました。是川長先生は、高校時代の恩師です。兵庫県の埋文係長をやめて学校教育の道を選び、加古川東高校に赴任されているとき、田村さんも、わたしも吉井君(1学年下)も、高校に在学していたわけです。思い出を語り始めると長いのでやめときます。
◆やはり先生は一番前で聞いていました。吉井君は不意打ちをくらったようですが、こっちは覚悟ができていたので楽でした。終了後、3人で飲みに行くことになってましたが、時間があるので、たつの市埋文センター(新宮)を見学しました。不満は、新宮・宮内859dc6e6.jpg遺跡の全体像がわからなかったこと。よかったのは朝鮮式山城の城山城のことがよくわかったこと、でした。なんとか報告書を手に入れなあかん。
◆資料館に戻り、呑みにでかける。だいたい18:00くらいだったと思うが、23:00まで時間を忘れて話をしていた。先生はぜんぜん酒量は落ちていないらしい。
◆後日、先生からお便りをいただいた。楽しかったと書いていただいたが、わたしもまったく同感。年に1度、正月に先生の所に集まることをやりたいという話が出たが、なかなか設定は難しそう。で、報告書が同封されていた。『長尾タイ山古墳群』。思い出深い、高校の時の報告書だ。むろん当時、1冊いただいていたが、いつのころかなくなっていた。大学院に落ちて、考古学をやめようと思って報告書をすべて売り払ったが、この報告書は取っておいたように思うのだが。このなつかしい報告書を再び手にして、たいへんうれしい。先生、どうもありがとうございます。自分の書いた高校時代の須恵器の実測図をやはりながめてしまいました。

ああ同感

◆この新聞記事を読んだとき、「そうだ」と思った。自分が考えていることと、ほぼ同じことをよく言b11e47d7.jpgってくれた、と。1人1人に人生がある。日本から拉致された横田めぐみさん、それと同じように、戦前に日本に多くの朝鮮半島の人々が来ていた。そもそも日本に併合されていた。それで命を失ったり、人生が狂った人々がどれだけいるか、ということだ。同じように親がおり、配偶者がおり、子がいる。まったく同じである。その人々の人生、その累積たるや、いまの拉致被害者数十人のレベルをはるかに超えるのである。

大阪府知事に見せたれや

◆教育は競争ではない、と思っているが、こういう記事があった。2008年1月7日の社説だ。自分の子供に何かを教えるとき、小さいときだ。ここに書かれているようなことを考えていた。考えて自力で見いだbcf48443.jpgすことが大事だということだ。結論を教えない。考える方向性みたいなことを示唆する。それで自分ではっとわかる、こういうとき、子供はいい顔をしているよ。
◆橋下さん。点数を開示させるのに躍起になるのもいいが、所詮はそういう点数の話だ。それを改善させるのに、教師の尻をひっぱたくのもいい。しかし、3年とかで順位を相当上げるとか、そういうことをめざすとなると、やはり所詮は、そういう学力にすぎない。
◆どうだろうか。大阪では、ここにあるような、じっくり考えさせる教育に徹するというのは。全国学力テストの順位など、ばかにしていればいい。そうではなく、大阪は結論を急がず智恵のついた人間を育てることを目標に、じっくり取り組んではどうだろう。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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