人を幸せにする人になろう

2018年8月26日、網野銚子山へ行く

◆網野銚子山の調査中。ほんとは7月6日に行った時、調査に入った序盤で現地を見れればよかったのですが、この日は真備町が大被害を受けた大雨の始まりの日で、なかで図面を検討したが、現地は無理だった。そこから2か月。できるだけ早めに見せてもらった方がよかろうと、土日でよければと、この日曜日の午後に2本のトレンチを見た。内容は詳しくはやめておきます。後円部トレンチはメールで状況を聞いていた通り。やはり200mの古墳の上から下まではなかなか大変である。上段天場まで葺石があり、縁辺の埴輪列もある。すごい。これをどう決着させるのかも、また大変だが、9月中に一定のケリをつけることになる。
◆気になっていたのがくびれ部トレンチ。この古墳、五色塚古墳と同様、下のテラス面は同一面で まわるが、上のテラス面は後円部と前方部でグイチになっており、スロープでつないでいると考えてきた。そういうあり方を含め、このくびれ部トレンチは、上段・中段・下段の3つのくびれ部を押さえれば、墳丘構造の要所を押さえられると期待できる。
◆状況報告をもらっている範囲では、なかなか把握が難しかったが、上・中・下段それぞれ現地を見て、おおむね予想した通りでいいのかな、と思う。残りもよい。したがって、当初からの方針ではあるが、必要に応じて拡張することで、くびれ部谷線をぜんぶ押さえることができるだろう。とはいえ、後円部トレンチもあり、いっぺんにはいかない。
◆ひとまず、いまの幅1.5m幅の調査区内での遺構の掘り上げが先決。それでさらなる追求箇所も明確になり、拡張するにしても範囲を限定できる。しかし、現時点と残り期間のなかで、後円部トレンチを一定の仕上げにもっていく方が優先なので、一旦停止しておくことになりそう。無理はできない。写真も(ドローンを含め)撮影しましたが、挙げるのはやめておきます。

2018年8月25日(土曜日)

◆朝、8:10には大学に着くも、研究室の鍵を忘れ取りに戻る。9:20研究室。西陵トレース9:53。24日の調査日誌。win10の更新にものすごくかかる。礫溝FS座標入れ12:29。谷部埴輪FS座標入れ12:34。久津川評定点など整理13:23。会計簿13:39。豊臣石垣の会議資料を見る16:39。職場メール処理16:47。大歴の関係でメール17:43。大歴のもうひとつの案件につきメール18:50。ああ、帰りたいが・・・。難波宮本1本内校の修正。大歴編集委員長の仕事20:50。明日の網野銚子山にむけて資料をチェック21:10。

今週の天気と台風20号

◆さてどうなりますやら。
◆日曜日に京丹後へ行く予定。参加者がいるようなら、行きませんか。

2018年8月19日(日)、五個荘(6)

◆最後は近江商人博物館。
◆およそ14:00までいて自転車を返し、15:30過ぎには戻ってきました。次は日野に行きたい。

2018年8月19日(日)、五個荘(5)

◆食事の後、金堂からやや離れた藤井彦四郎邸に。生活する本屋もあるが、来客用の豪華な客殿がある。 「スキー毛糸」というのは、日本の手編み毛糸のブランド名だそうだが、藤井一代でそれを成し遂げたのだとか。スキー毛糸について、以下、ウィキ。

 1926年に藤井彦四郎商店(現・藤井株式会社)が製造、販売を開始した。スキー毛糸はヒット商品となり設立者である藤井彦四郎は一代で成功を成し遂げることになった。
 1953年、スキー毛糸の商標使用契約を藤井と倉敷紡績とで締結。倉敷紡績が開発した技術により、繊維のふくらみを増した上で軽量化に成功した。「ウールセーターは重い」という常識を覆し、手編みブームの後押しもあり、スキー毛糸は人気を博した。
 2000年9月に藤井が経営破綻。2001年にはスキー毛糸の営業権は元廣に譲渡された。

2018年8月19日(日)、五個荘(4)

◆ちょうど昼に近づく。最初に外村繁邸に向かった時、近くにうどん屋さ んがあり、これはこれで こじゃれた感じのいい店だった。が、交流館のDVDで、ここにある建物でも古いものが、うどん・そば屋になっているのを知り、そこに行く。
◆ひっそりとして、あまり外向けに目立たせようというのでないところも好ましい。入ってみると、広い座敷に大きな1木の机がならぶ。誰もいなかったが、あとから2組が入ってきた。なお、現在も空き家が少ないため、飲食店があまり多くはない。
◆おすすめの湯葉丼に、小鉢でのうどんを注文する(1000円)。お手頃でした。すぐ外では、鹿威しがカッコンと規則正しく音を出していました。

2018年8月19日(日)、五個荘(3)

◆次が三中井百貨店を興した中江4兄弟の家屋敷。長男が兄弟とともに1代で、半島・中国東北部に 18店舗の百貨店網を作り上げたそうだ。しかし敗戦で、その資産を失う。
◆4男の準五郎邸(築1933年)が公開されるれている(写真上)。隣が本家宅で、蔵の規模も一段と大きい(写真下)。そして3男富十郎の屋敷(もとは外村一族のなんとかさんの屋敷)が、金堂まちなみ保存交流館として公開されている。
◆準五郎邸でガイドのおばさんと話をする。観光客は増えているのでは
?という問いに、年々、減ってきているのだとか。まちなみを売り出していこうという機運がほぼ平成の始まりとともに進み、伝健指定が平成10年、そこから20年、伝なども含め見直していかないと、ということだった。
 ◆交流館は、金堂まちなみ保存会のみなさんの活動事務所ともなっている。近くに、かりんとう工場があり、いろんな種類のかりんとうが200円で置いてあり、玉ねぎとシナモンを2つを買う。そし てコーヒーが飲めるので、大画面の金堂紹介DVDを前にした机で、一息入れる。
  ◆明治には、金堂の1/3の人が商売にかかわっていたのだとか。しかし、本宅はけっして東京や大阪には置かず、金堂に屋敷を構える。こうした商売にかかわる人々、そして基本である農家、これらの家々は、伝健になっているように全体としてよく残る。建物に入れるのは、もう1軒程度であ り、大きな商売をして盛衰が激しい家が、もう金堂に住まなくなり開施設となるも、多くの人々は住み続けていることを示すのだろう。
◆いちばん下の写真は、そうした風景。こういうのが、よく残っている。

2018年8月19日(日)、五個荘(2)

◆幅のある水路が通り、その水は澄んいて、魚が泳いでいる。それに接して建つ建物は、船板塀・白  壁造という。それを学ぶ前に、白い壁の下に、独特の規則的に掘り込みのある板が貼ってあるな~、と思っていたが、それは川船の廃材ということのようです。
◆少し行くと、外村(とのむら)繁邸(分家)と、本家の外村宇兵衛邸がならぶ。1989年、繁邸が、ふるさと創生事業の一環として整備され、翌年、公開施設として開館。1993年外村本家を五個荘町 に譲渡、町が修復し、94年に公開施設として開館、だそうです。伝健指定 は1998年、だそうです。
◆写真は本家。土蔵のなかは、だいがい展示施設に改変されている場合が多いが、ここでは、もともとの様子を見ることができます。左サイドには、来客用などの塗りの膳や食器類が多数並べられ、右サイドには箪笥がならんでいました。そして中央には長持ちがなら び、上には吊り棚がありました。季節に応じて、調度 や衣類やらも、入れ替えていたのでしょう。

2018年8月19日(日)、五個荘(1)

◆朝、6:30過ぎに置き、ベランダから鉢伏山・寺山を見る。このところ朝 夕すずしくなり、気持ち い天気。昨日に続、大学で仕事をするのも馬鹿らしく、でかけても、と。じゃあどこ。五個荘を思いついた。早く出かけて、昼を食べて戻ろう。
◆8:30前には出て、10時には到着する。伝健の名称は「五個荘金堂」というのだそうだ。観光案内所に駐車し、レンタサイクル(まあぜんぶ歩いても大丈夫な広さだが、楽でした。1台500円)。以下、ネットから。

 近江国内の市庭で活躍し、商業圏を形成していく商人たちは、中世では、京都・美濃・伊勢・若狭の各街道の通商権を持つ商人にわかれていました。
 若狭(福井県)方面へは湖上経由の九里半街道を通って、小幡・八坂・薩摩・田中江・高島南市の商人が通商しました。彼らは五箇商人と称され、主に塩合物(塩魚)を取り扱う卸売商でした。 伊勢(三重県)へは八風・千草両街道を通って、小幡・保内・沓掛・石塔のいわゆる四本商人が通商しました。彼らは鈴鹿山脈を越えるため山越商人とも称されています。海産物や塩・布など多彩な商品を取り扱い、市売や里売といった小売までをおこなっていました。
 ここ五個荘の地を本拠とする小幡商人は、流通幹線路の東山道沿いに位置する利点を生かして、四本商人と五箇商人を兼ねる唯一の商人団として活躍しました。小幡商人は、江戸時代から活躍する近江商人の原型となりました。

◆なんと大和郡山藩領だったのだとか。陣屋跡が神社になっている。

2018年8月18日(土曜日)

◆9:20研究室。調査区図アップ9:38。西陵トレース10:24。研究計画書10:35。予定表10:38。PCリセット10:41。大学のメールチェック11:00。Iさんにメール、Nさんにメール。Mさんに11:35。Tさんにメール11:38。フリーメールの処理にかかる11:43~。高槻市にメール12:27。網野町にメール13:04。Kさんにレーザー計測依頼13:28。積山さん校正15:37。大歴委員にメール16:41。李さん校正18:31。

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HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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