人を幸せにする人になろう

放散虫の模型

◆新潟で国際放散虫学会があり、カミさんが招待講演で参加していたが、帰ってきて、作ってもっ  ていった模型やら、もらってきたポスター等をもらった。いま、大学史の展示で放散虫の模型を10個ほどならべようとしており、地球学科の履修生が考えているところ。

墳頂斜道

◆前から、オオヤマトの6基でも、斜道の発達した主系列墳と、あまり発達しない副系列墳につい て、意識してきた。主・副の違いのひとつになると。メスリはやや張り出すがわずか、渋谷向山に至っては、前方部へ降りていく後円部斜面もほかとなにもかわりなく、メスリのような張り出しもなくなっている。例えば、主系列墳ではそこは礫敷、副系列墳ではふつうの葺石、なのかもしれない。前期後葉、いずれも3段築成になり、中期には降り立つ長さも短くなるが、主・副のスロープの状況に大きな差はないように見える。
◆鞍部に降り立つ部分が普通の葺石で下端に基底石があるもの、後円部墳頂+スロープ+前方部墳頂すべて礫敷なのか、これは追及する価値がある。

播磨見学会は延期

◆10月29日(日)、院生学生らと播磨の遺跡めぐりをする予定だったが、台風が近づき、延期とする。昨 日、いくつか挙げていた遺跡・博物館をどうまわるか、少し考えていたが、またこの次に。

今は昔、万町での和泉市合同調査

◆カメラを構えたところ、バッテリー0。1枚も撮りませんでした。9月20日から22日のことでし た。合宿中に作成した万町の水利図。

河内国分

以下、ネットから。東口
◆かつて、1976年11月に駅の西に「おかいものひろばサンリットプラザ」というのができる。前 身もあった。
◆写真は上から東口、構内通路(1989。東から西側の玉手山丘陵を見ている。正面がサンリットのビルだが、その先は2号墳のよう)、西口。
◆1982年10月、近鉄大阪線河内国分駅再開発事業が完了し、ジョイフル国分(ライフ国分店を核とするショッピングビル)がオープン。いまの高架駅になったのはこの時。
◆サンリットはユニークな商法で、ジョイフルに対抗してきたが、商業施設も増え 、建物の老朽化もあって、収益の中心である一階部分の店舗が次々と撤退し、1998年に閉鎖。建物は解体され、跡地はマンションとなる。和光デンキがテナントとして入居する も、2003年4月、同社が倒産したために撤退。サンリットプラザ時代からあった店舗は全てなくなる。その後はザ・ダイソーがテナントとして入居。

◆前からいまの景観前はどうだったのか知りたかった。数週間前に一度調べたもの。1985年、大学3年の時に松岳山に行ったことがあったが(研究室の見学会)、河内国分に降り立ったのかもしれないが、まったく覚えていない。いずれにしても高架駅。2000年の年末の玉手山7号墳の測量から、この地に足を運ぶようになるが、これまたあんまり覚えていない。いまは駐車場になっている西口正西口 面に、まだ焼肉屋のなんとかがあって(いまは東口に移転)、一度、学生等と昼飯を食べた記憶がある。

NHK韓流ドラマ放送

◆覚えです。昨日、美しき日々を見てしまったもので・・・。放送期間はBS10月9日かな。太陽を抱く月が最 後。
1冬のソナタ03.04~03.08 20話
2美しき日々03.09~04.03 24話
3オールイン 運命の愛04.04~04.09 24話
4宮廷女官チャングムの誓い04.10~05.10 54話
5初恋05.04~05.12 40話
6チェオクの剣05.11~06.02 14話
7クッキ ~菊熙~06.04~06.08 21話
8春のワルツ06.10~07.02 20話
9太王四神記07.01~08.02 20話
10ファン・ジニ08.04~08.09 24話
11スポットライト09.04~09.07 16話
12イ・サン09.08~11.02 77話
13トンイ11.04~12.06 60話
14シークレット・ガーデン12.04~12.08 20話
15王女の男12.07~12.12 24話
16太陽を抱く月13.01~13.06 20話
17馬医13.07~14.06 50話
18奇皇后14.08~15.08 51話

造り出しの位置決め

◆久津川車塚古墳は左。造り出しを後円部に大きく食い込ませる。誉田御廟山もこのタイプ。谷筋 をはさんで後円丘と造り出し斜面が鋭角的に接する。上部にはわずかに前方部側面と言えるものがあるのか、だらりと移行するのか、わからなかった。列石は途中で屈曲し、上端は作り出しに向かっていると判断した(テラスのくびれ部でない)。途中で屈曲するのも、後円丘と造り出し斜面の中間を取るような形で、上部で造り出しに向かわせるためだろう。
◆一方で右のようなタイプがある。そうすると、わずかな前方部側面があり、V字に谷筋の列石が入る。津堂とか巣山を考えても、あるいは仲津山も、もともとは食い込ませる姿が古いのかもしれない。が、行者のようなものもある。恵解山もある。ただし造り出しはへべちゃい。大仙とかはどう なのだろうか。汀より上で見る限りは、くびれ部から距離があるが、下に行けばどうなっているのか。
◆どうやって造り出しの位置決めするんでしょうね。

覚え

◆宮内庁が事前調査の際に、トレンチを入れる裾部、ないし下段の範囲で、現状の測量を組み込ん でいったのは、1992年の安閑陵からのようである。その前のボケ山やヒバスでは、陵墓図にトレンチの四角を書き込む従来の姿です。
◆これ限定公開に、考古学研究会の陵墓委員として見に行ったが、ほとんど記憶はない。

津堂には陶質土器はないか

◆遊塚からは出てますよね。「有蓋脚付把手付壺?」の蓋と思われる。遊塚と津堂はほぼ同じような時期。津堂の段階に、陶質土器が入ってきていてもお かしくはないわけです。それは持ノ木くらいなんでしょうか。これ申先生のⅥ段階?、限定できない?。

日曜日

◆これ、興味あります。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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