人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
はざまに
◆花崗岩刳り抜きタイプの規模比較。やはり鬼の俎は長さが薄葬令の9尺を
半尺程度越えています が、これは破格といえるのか、ほぼ合致というのか・・・。ともあれ、長さ9尺、幅5尺の、ほぼ規定最大のものといえるだろう。隣の東石槨 もほぼ変わりなさそう。これが健康王といえるでしょうかね。
◆654年から667年あたりのこのタイプ。どうやって生まれるのかなと。岩屋山式の花崗岩切石石室があり、一方で底石のある横口式石槨がある。そこから生まれるんですかね。昨日か、水曜日の博物館概論の試験の間、ペンを忘れたのですが、あれこれ考えておりました。やはり基本的には横穴式石室はぜんぶなくなり、ほぼ横口式石槨か小石室へ転換する、と考えなくてはいけないのではないか。墓室の前に前室があるとか羨道があるとかは、なお残るとして・・・。
◆654年から667年あたりのこのタイプ。どうやって生まれるのかなと。岩屋山式の花崗岩切石石室があり、一方で底石のある横口式石槨がある。そこから生まれるんですかね。昨日か、水曜日の博物館概論の試験の間、ペンを忘れたのですが、あれこれ考えておりました。やはり基本的には横穴式石室はぜんぶなくなり、ほぼ横口式石槨か小石室へ転換する、と考えなくてはいけないのではないか。墓室の前に前室があるとか羨道があるとかは、なお残るとして・・・。
2017年7月24日、車塚モードへ
◆本日、宿舎関係の諸道具、測量関係機材を
城陽市に運び込む。10時、作業開始、10時半に車に積 み込んだだけで汗だく。来週からの現場が思いやられる。第1週は体のならし、ですね。
◆11:30。宿舎の鍵を受け取り、ガス屋の点検(プロパン)。そのあと現場に行き、機械掘削が始まっている様子を見る。
◆左は後円部主軸直交方向の墳端押さえのトレンチ。旧調査区の見込みが違っているようで、あまり過大な規模にならないようにした方がいい。右は西くびれ部の中段(ほぼ削り込まれている見込み)とテラス、上段。上段の谷間はこうして伐開されて見ると、ところどころに斜面のガタがあり、あんまり残りがいいわけではないな、と感じる。残りがすこぶるよければ、手間でもやっていけるし、方針も明快だが、残りがよくないとなると、少し幅広目での最初の設定から、省力化する方向で調整しながらの現場運営となろう。
◆現地におっさんが立っている。
◆11:30。宿舎の鍵を受け取り、ガス屋の点検(プロパン)。そのあと現場に行き、機械掘削が始まっている様子を見る。
◆左は後円部主軸直交方向の墳端押さえのトレンチ。旧調査区の見込みが違っているようで、あまり過大な規模にならないようにした方がいい。右は西くびれ部の中段(ほぼ削り込まれている見込み)とテラス、上段。上段の谷間はこうして伐開されて見ると、ところどころに斜面のガタがあり、あんまり残りがいいわけではないな、と感じる。残りがすこぶるよければ、手間でもやっていけるし、方針も明快だが、残りがよくないとなると、少し幅広目での最初の設定から、省力化する方向で調整しながらの現場運営となろう。
◆現地におっさんが立っている。
やっぱり行かなあかん
◆未処理積み上げ堆積物を崩していると、速報展の図録が出てきた
。ありがたや。送っていただい ているのですね。いつも、陵墓懇談会の時にひっかけて行こうとするも、行けたタメシがない。江戸博ができたばかりの時に、研究所の展示委員をやっていて、業務で見てこいというので初めて行ったが、博物館科目を担当するようになり、改めて江戸博を見に行きたいと思ってはや何年・・・。ついつい、仕事が脳裏に浮かぶと、結局は懇談会に行って帰ってくることだけになってしまう。行くと決めたら行く。
◆旅行も同じですね。臼田も、愛媛も、ペルーも。生きているうちに、できるだけ体を動かし、経験を積み、自分を豊かにできるか、だな。
◆表紙は倉木崎海底遺跡。1997年くらいか、出張で行かせてもらいました。奄美に行き、ケイハンを食べました。
◆旅行も同じですね。臼田も、愛媛も、ペルーも。生きているうちに、できるだけ体を動かし、経験を積み、自分を豊かにできるか、だな。
◆表紙は倉木崎海底遺跡。1997年くらいか、出張で行かせてもらいました。奄美に行き、ケイハンを食べました。
古市・百舌鳥古墳群の世界遺産推薦
◆あんまり調子もよくなく、あれもこれもテキパキというのは無理。ひとつ
、ふたつと。
◆だいぶ片付いては来たが。まあ、のんびりと行こう。
◆今月末には古市・百舌鳥古墳群の世界遺産推薦が決まるらしいですね。以下、思文閣の本に書いた末尾の原稿です。校正で表現を変えたところもあると思うが、本が見つかりません。
現治定にはこうした疑義が多く、特定の被葬者を冠する名称を避け、現地名等による古墳名を採用すべきことを森浩一は提起した。こうして「大仙古墳」の名称が定着してきた。それが世界遺産への推薦にむけて覆され、「仁徳天皇陵古墳」という名称が復活した。もちろん反対である。「いま宮内庁が仁徳天皇陵としている古墳」という意味で用いると説明されても、納得するわけにはいかない。もちろん世界遺産に反対するわけではなく、それにふさわしい文化遺産であると考えている。
世界遺産に推薦するとなると、仁徳天皇陵として管理する宮内庁の合意が必要であり、やむをえないとの立場も理解できる。しかし、世界遺産とする価値付け、その真実性の根幹は、考古学研究にもとづく内容の整理や意義づけである。それは被葬者の固有名がなくとも変わらないはずである。しかし、構成資産名に「仁徳天皇陵古墳」とすることで、積み上げてきた努力は誤ったものに
なる。学術的な価値付けをふまえ、現行管理者との調整というのが順序であろう。構成資産の名称について、学界側の考え方と宮内庁側の主張は容易に解決しないであろう。しかし、もっと熟慮と、徹底した議論を重ね、歩み寄れる合意形成を探る努力を切望する。
◆さてと。最低、「大仙古墳(現・仁徳天皇陵)」としないとアカンと思います。それを実現するにはどうすればよいか。まっとうな研究者であれば、アクションを起こさなければなりません。
◆だいぶ片付いては来たが。まあ、のんびりと行こう。
◆今月末には古市・百舌鳥古墳群の世界遺産推薦が決まるらしいですね。以下、思文閣の本に書いた末尾の原稿です。校正で表現を変えたところもあると思うが、本が見つかりません。
現治定にはこうした疑義が多く、特定の被葬者を冠する名称を避け、現地名等による古墳名を採用すべきことを森浩一は提起した。こうして「大仙古墳」の名称が定着してきた。それが世界遺産への推薦にむけて覆され、「仁徳天皇陵古墳」という名称が復活した。もちろん反対である。「いま宮内庁が仁徳天皇陵としている古墳」という意味で用いると説明されても、納得するわけにはいかない。もちろん世界遺産に反対するわけではなく、それにふさわしい文化遺産であると考えている。
世界遺産に推薦するとなると、仁徳天皇陵として管理する宮内庁の合意が必要であり、やむをえないとの立場も理解できる。しかし、世界遺産とする価値付け、その真実性の根幹は、考古学研究にもとづく内容の整理や意義づけである。それは被葬者の固有名がなくとも変わらないはずである。しかし、構成資産名に「仁徳天皇陵古墳」とすることで、積み上げてきた努力は誤ったものに
◆さてと。最低、「大仙古墳(現・仁徳天皇陵)」としないとアカンと思います。それを実現するにはどうすればよいか。まっとうな研究者であれば、アクションを起こさなければなりません。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。