人を幸せにする人になろう

2017年3月22日!53歳になりました

◆この日は、また那賀病院で午後に検査があるので、また娘と2人ででかけ、親2人を乗せて病院に行き、戻り、翌日も朝早いので、この日は紀美野町長谷宮泊まり、となりました。
◆翌日は朝9時に病院。今後の予定がだいたい決まりました。お昼に戻り、国分に帰り着いたのは15時頃だったか。もう大学に行く気力もないので、ファミレスで原稿を書いてました。そのあと、娘と2人「けんぞう」に蕎麦を食べに行く。来週まで、娘との2人くらしです。ヤツは、ひたすらアガサクリスティーを読み続けています。大学院は別のところを受けるのだとか。勉強せいよ。

2017年3月21日は卒業式

◆翌日は卒業式だが、和歌山に娘と2人で行く。カミさんはニュージーランドに発った。11時に那賀 病院(国分寺のある旧打田町)というので、逆算して出かける。国分に帰り着いたのが16時で、近鉄に飛び乗る。田中記念館での授与式終了後の文学部卒業懇親会も庶務の仕事で、17時にということだったが、15分程度遅れる。18時過ぎには、歴史学合同卒業パーティーに出かける。2次会まで行って帰宅。心斎橋ではなく、湊町リバープレイスのところの店でした。

2017年3月20日教授会と懇親会

◆後期入試の判定があり、世間は3連休ですが出勤日。11時以降は会議。教授会そのものは早めに終 わり、少し原稿をいじっていると懇親会に行く時間。
◆長らく文学部の懇親会にも行っていなかったが、今年度はお世話する庶務委員をやっているので、夏に続き3月も出ないといけません。3月は定年退職者の送別会でもある。仏文の先生1名とアジアの先生1名の退職の挨拶があった。
◆長らく天王寺の料亭だったが、5年ほど前から会場が変わって、こじゃれた店になっている。天王寺駅北口のごちゃごちゃしたなかに、店はある。

2017年3月19日は柏原シンポ

◆18日の夕方から、前の時のパワポをいじり始める。できるだけ具体的にわかってもらえるよう。 例えば、どんな埴輪が出ていて、それはどのあたりの位置なのか。石製カンの破片があるとして、全体像はどんなものか、あ~東博で撮った東大寺山の資料の写真があるはずと、探したり・・・。
◆あとは日曜日の午前にやればと帰ってきたが、翌日朝、家の机に座って仕事しよかと思ったらUSBがない・・・。しかたなく大学に行き、1時間半ほどで仕上げ、また柏原に取って返す。前にやったフローラルと思って市役所に行くと、どうやら会場が違い、JR樫原駅前のアゼリヤというところらしい。12時集合に5分ほど遅れる。
◆100人を超すみなさんに集まっていただき、持ち時間の1時間ほど、やらせてもらいました。
◆この日、娘が北海道から戻り、息子にも帰ってこいと伝え、4人がそろったところで、呑み会、カラオケ、ボーリング、フルコースとなりました。とはいえ、最後はヘロヘロで1Gしかしませんでしたが。

幸せの研究

◆ひとまずネットでどういう研究があるか調べてみたいと思って、なにもしてません。前にほんのちょこっとあたり、ひとつ文献をダウンロードした記憶があるが・・・。カミさんが調べてくれて、ある研究の結論は「人間関係の質」だそうです。なかなか味わい深いですね。これ以外でも、いろんな意味で、量じゃない質が大事、というのは当てはまりそうですね。
◆尺度で頭がいっぱいなんですが、ここまでくれば、すっきりさせたいところ。ほぼ納得のいくものまで到達せねば、と。とはいえ、ぜんぶはできないし、手をつけている範囲でもなかなか手強い。ちょっと見取り図を作る必要があるなと。

やっぱり25センチ尺の石室はあると考えな・・・

◆帯解黄金塚。ばりばりの25㎝尺ですわ。

飛鳥時代の基本尺度としての25㎝南朝尺

◆高麗尺と唐尺だけで考えるのが間違い。南朝尺25㎝がある、というのを、7世紀をやっている人はほとんど知らないのである。基本が中国尺で、墳丘など土木工事はその歩数。そこに横穴式石室とともに高麗尺が入る。が、これは石室の尺度という特殊なもの。社会の基本には25㎝尺が継続しているわけです。
◆で、より大きな影響力をもって高麗尺が入るセカンドインパクトは寺院。が、これが寺院にとどまるか、どうかが問題(M氏の研究では建物は25㎝なのです)。もしかすると、石室と同じく寺院専用の特別尺みたいなもんかもしれません。
◆が、この6尺1歩が度地尺になっていくのはどういうことなのでしょうか。やはり寺域等のかなりの広い範囲を計量するのに、高麗尺およびその6尺1歩が半島から新たに導入されるのかもしれませんね。25㎝の6尺1歩で古墳の築造が続いているなかで、高麗尺1000歩といったものになっていく説明です。前方後円墳がなくなり、最大でも用明墓の60mくらいになっていくなかで、飛鳥時代にもっと長い距離を扱う必要が生まれ、それに寺院建立を契機に導入された高麗尺だけでなくその6尺1歩の度地法もまた持ち込まれ、土木工事一般に用いられるようになり、25㎝の6尺1部がむしろ古墳専用に限定されていくという経過をたどるのかもしれません。
◆だがしかし、25㎝尺は、歩数は古墳だけになるにせよ、器物とかふつうの建物には依然として用 いられ続けるのだろうと推測できます。大宝令の大尺・小尺は高麗尺と唐尺の2つにするという内容であって、逆に言えば長く使われてきた25㎝尺を捨てる、という意味もあるわけです(『古代都市・条里制研究』に書きました)。とにかく、7世紀をやっている人には、25㎝尺は視野に入っていないわけです。一例を示します。石棺は25㎝尺ですよ。おそらく。石室の規模が高麗尺から唐尺に変わっても、石棺もでかいものではありますが、100mといった測地じゃないので、あくまで尺数を用いる器物扱いです。クサ墓の石棺を示します。25㎝尺の10尺×6.5尺です。

お!亀石

◆石宝殿に続き、お亀石も。この方形の棺納入孔をふさぐ栓の石があり、富田林市のマイブンセン ターにある。それも計測してもらいました。本体の石槨もさることながら、この栓もええもんです。

ちょっと25が気になって

◆高麗尺と唐尺でやっとりますが、墳丘の場合は、これに南朝尺25㎝(23㎝もだが)のメッシュレ イヤーも用意していて、石室もこの3種のファーマットを作り、ぜんぶやり直している。そうすると、25㎝がいちばん合いそうなものもある。で、これで悩み始めました。百済の陵山里の石室は25㎝というので・・・。つまり高麗尺はほんまにあるんか?、ということになりかねない。
◆それで、やり直し作業をやってました。ほんまに高麗尺か、唐尺か、はたまた25㎝か。そうなると平面だけではダメで、側壁、奥壁、玄門、すべてをやり、何がいちばん適合的なのか、と。で、またやり直し。研究は厳しい!。確信がもてるまでやるしかない。結論は牧野は高麗尺でよい、文殊院西も高麗尺、岩屋山は唐尺でよい、という結論に改めて到達した。が、加工がかっちりしていないと、2つが完全に棄却できてひとつに絞れるというよりは、2つくらいの可能性が残る、という状態のものも少なくない。まして古い図面は無理。

横穴式石室の構築年代と埋葬年代

◆シコシコと図を作っております。イメージをわかってもらうには、こうした図がいるかなと。
ちょっといろいろ間違ってますね。直さねば。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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