人を幸せにする人になろう

条里と条坊

◆図を作った。別に主張はない。条里と条坊の関係を示したかったから。
◆藤原宮域が東西2600大尺(433.3歩)、南北2550大尺(425歩)というのは結果なんだろう。と思って、なんか図はないかと。井上さんの本、買ったはずだが出てこないし。図録の図を取り出してきた。1万1にしてみたが、スケールもあやしく、これでやるのは危険ながら、条坊にしたがって合わせてやる。
◆大垣も重要ながら、これでいくと、計画線から内側20歩(10歩メッシュ)に外濠を、さらに内側20歩に内濠を設定すると。濠自体、北面は知りませんが。大垣位置は、その上で、南面、西面など、位置決めしていったというのでいいのではないか。外濠→大垣→内濠でもそれはよい。外濠から大垣まで大尺10何尺とか。大垣で囲まれる範囲を、きりのいい歩数にする考えはないようである。大枠は500歩四方で決まっているわけで。ただし、そこから先、あとは大尺の尺数かといえばそうではないだろう。
 

2016年7月11日KR14埴輪整理

◆袋ナンバー20~49の1箱を完了し、残り1箱となる。残り1箱(50~69)の、袋ナンバー66も。こ れ大型の家形埴輪片が多量に入った宝箱でした。
◆写真のもの、そのあとの接合作業で、くっつきました。でもこれくらいで・・・。埋葬施設付近の家形埴輪を集めて、早くくっつけたいものですね。

2016年7月10日KR15の埴輪台帳づくり

◆自分、道上、阿部、安藤、伊藤、木下。立命の3回生2人にも来てもらい、3チームで洗い終わったものを順々に、3班体制で、ラベルをエクセルで入力する。11時前にはほぼ完了し、3人には埴輪洗いに回ってもらい、3人で、3班のデータ表記を統一し、調整し、その上で統合し、日付順にソートし、内容から日付がないものも、問題のないものは日付を入れて再びソートし、ほぼ取り上げ順に配列しなおし、通し番号を振る。
◆昼飯後、再び3班体制にもどり、ラベルに通し番号を振って、注記できる体制にもっていく。15:30過ぎには完了する。
◆その後、6人で1時間、埴輪洗い。残り3箱目の半分くらいはやったかな。
◆カメラももっていて、作業風景を撮影するべきでしたが、作業に手いっぱいで、画像は撮りませんでした。ただし、未洗い箱2箱も当然入力したものの、午前の昼前1時間で3人に洗ってもらうために持ち出した1箱のことをすっかり失念しており、午後、洗い始めて気づきました。この1箱分の登録が残ってしまいました。通し番号もくるいますが、まあご愛敬。まあ、当初の目的とした作業を完了できた。

2016年7月9日難波宮研究会

◆本の話、レーダー探査の話。まあしかし、難波宮京の設計の話は、こっちが辞退することとなる。レーダーも、第8堂はほぼ市営住宅でがっつりで、基礎もそのままの状態では探査しても仕方なく・・・。思ったより深いようだし、その点からも無理ですね。あきらめましょ。
◆とはいえ掘るか、と。さて、どうしましょうかね。

2016年7月1日KR15埴輪洗い

◆ほぼ1つコンテナが終わるまで、あと一息のところまでやってくれました。これが残り4箱目で、 残りはコンテナ3つとなる。

2016年7月4日KR14埴輪整理

◆袋ナンバー71~99について、注記、分類、袋内接合。Ⅴ期の埴輪らしきものが混在している。

大阪府大の七夕講演会

◆17:30前に中百舌鳥。タクシーで府大へ。雨、雨。会場に行き、パワポセット。18:00から約1時 間、百舌鳥古墳群の被葬者について話をする。
◆本筋は2本目の国立天文台の先生の、惑星はどのように生まれたか、なんだが、この人が考古学が好きで、というより進路で迷ったくらいの人で、もともと縄文土器や石器などを採集したりしていたらしく、いまでもあちこちに仕事に出かけては、古墳めぐりや文化財めぐりをしているといった方。で、堺に行くんだから、ということになって、府大の先生がそれなら古墳をやっている人を知っている、というので、こんなヘンテコリンナ組み合わせの講演会になったもの。
◆もともとはカミさんが宇宙やアンテナやらのことで府大の先生方と一緒に仕事をしており、前に深井で日本酒専門店に行った話をこのブログでも載せた。その関係で、この時に名刺を渡したアンテナの第1人者の先生から、古墳の話をしてと、電話が入ったもの。
◆あとの呑み会、国立天文台の先生から古墳の質問が矢継ぎ早に。答えられるところは答え、惑星のできかたの話(おもしろかったですよ)にも質問を返す。最後、御堂筋線で帰っている時には、東大の考古の先生にペルーに連れて行かれた、みたいな話をするので、もしかしてクンツゥルワシ?と聞くと、そうだった。ああ。ペルーともつながりましたよ。それと三鷹の国立天文台古墳が、上円下方墳で、切石の石室でと、そんな話にもおよぶ。熊野神社の関係で、名前はよく知っていた。三鷹市が5年ほど前に史跡指定にむけて再発掘したらしいが、頻繁に見に行ったらしい。もひとつ「おわら風の盆」の話にもおよび、毎年のように行くらしい。もう地元の人とも仲良くなって、泊めてもらうらしい。9月3日最終日の、4日となった最後がいいんだとか。世の中には、いろんな人がいるもんですね~。久津川車塚古墳の発掘に来そうです・・・。情熱大陸にも取り上げられた人で、スキューバダイビングをやっており、海に潜る天文学者として番組が作られたよう。その時に、岡山の天文台でも取材があって、古墳も好きでと造山でもカメラをまわしたが、ぜんぶ切られた、とのことでした。

陵墓懇談会そのものには出れず

◆7月8日、陵墓懇談会がほぼそこに入るという連絡は少し前にもらっていたが失念していて、大阪府大から電話が入って七夕講演会でしゃべろと言われ、やりますと。その日に、陵墓懇談会の確定連絡が入って、「ああしまったと」。直後なので、府大に断りを入れようかと思ったが、16学協会の全体会には出て、懇談会自身は企画委員で行ける人に出てもらおうと。が、結局はだれも都合がつかなかった。
◆さて、3月の毎日新聞に、宮内庁が地元と一緒に調査するという報道があった。そして6月末には河野行革大臣が大仙古墳を視察し、治定がおかしいなら訂正したら、といった発言をした、といったような報道もあった。ぜんぜん自分では調べていなかったが、そのあたりの経緯がだいたいわかった。昨日の話の範囲だが、政府側(河野行革大臣)から、国有財産などで観光に使えるものをという検討のなかで陵墓も可能性があるか、という働きかけがあったよう。そこから先はわからんが、そういうやりとりのなかで、共同で調査していく、成果を発表する、といった検討がなされたようで、それが新聞に出たらしい。で、大臣は実際に見に行って、と。
◆まだまだわからんことも多いが・・・。宮内庁が、3月時点で、そういう方針を公式に発表したのか どうかは?。してるのかもしれないが、朝日新聞では見ていない。今回の懇談会は、そこいらへんについて、むこうの考え方を聞くというのが主要な課題となる。が、その場にはおれなかったわけです。さて、どうなりましたやら。8月7日のシンポの準備もそろそろせなあかんな~。
◆全体会議の行われる明治大学には毎年行き、しかも会場がミュージアムなのに展示を見ていなかった。この日、常設展、企画展、阿久悠記念館、と短い時間ながら、ひととおり見てきました。


今週もあわただしく

◆火曜日は夜、都市史学会実行委員会。水曜日は、18:30梅田で、大歴の庶務引き継ぎ。木曜日、夕刻、東京へ行って息子のところに泊まる予定にしていたが、仕事が山積していて断念。いつものとおり9時から22時まで仕事。翌日金曜日は、6:30に家を出て、陵墓懇談会へ。13:30に失礼して大阪に戻り、中百舌鳥から大阪府大へ。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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