人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
羽生淳子さんの講演
◆で、姫路の壇場山は行けず、岡山に向かう。なんとか羽生さんの講演にすべりこむ。
◆よかったですよ。縄文中期から後期への大変動は、植物質食糧への過度の依存が大きな要因と
なっていることを知る。そのこと自身、正確な年代のなかに、住居数や石器組成などを重ね合わせながら考える緻密なもの。また、それ以上に、現在のTPPなどのグローバル化に対するアンチテーゼとして、必須の食糧などは実際の生活圏で自給していくこのの重要性を、長いスパンで社会変動をとらえる考古学が、現代社会へ提言できる、そうすべきだという信念、そのことを大型プロジェクトとして提案し、組織し、実行している姿に感銘を受けた。
◆大阪にいる者として、翌日の大庭君の話もとても勉強になった。大和川本流を含めた、河内平野全体を捉えていく、一瀬さんがやっているかと思うが、そういう全体像を勉強しておくべきですね。洪水が頻繁にあり、微地形を変え、土地利用が推移することを捉えつつ、自然環境の変化ではない社会の変化を読み取っていくことが重要ですね。
◆よかったですよ。縄文中期から後期への大変動は、植物質食糧への過度の依存が大きな要因と
◆大阪にいる者として、翌日の大庭君の話もとても勉強になった。大和川本流を含めた、河内平野全体を捉えていく、一瀬さんがやっているかと思うが、そういう全体像を勉強しておくべきですね。洪水が頻繁にあり、微地形を変え、土地利用が推移することを捉えつつ、自然環境の変化ではない社会の変化を読み取っていくことが重要ですね。
久津川整理日誌4月18日
◆自分・道上・伊藤 10:00~12:30
(1)KR15の土器片座標取り上げの数値入力のチェック。ひとつだけ訂正あり。
(2)KR14台帳の改訂、未処理のものを3つ、続きの通し番号を新たに振る(213~215)。なお1箱分と、1ラベルの処理が必要。
(3)KR15埴輪の160413に洗ったものの収納。
(4)KR14について、2箱について注記。「KR14 165」と「KR14 83」。円筒埴輪/形象埴輪/土器の分離。形象埴輪がほぼ90%。円筒埴輪の線刻や口縁については黄色シールを貼る。形象埴輪について、一定の大きさ以上のもの、小片でも重要なもの(柵トゲトゲは今日はやらなかったが、次回やるべし)などを、PUしてモノサシを置いて写真を撮り、赤シールに番号を付し台帳を作る。165は形象1~9、83は形象10~18。
◆作業日をもう少し確保しないと進まない。
◆研究会後 自分・道上・阿部・伊藤 16:30~18:00
(5)「KR14 8」について注記ほか、同上終了。形象19~29。
(6)寄贈本整理。
(1)KR15の土器片座標取り上げの数値入力のチェック。ひとつだけ訂正あり。
(2)KR14台帳の改訂、未処理のものを3つ、続きの通し番号を新たに振る(213~215)。なお1箱分と、1ラベルの処理が必要。
(3)KR15埴輪の160413に洗ったものの収納。
(4)KR14について、2箱について注記。「KR14 165」と「KR14 83」。円筒埴輪/形象埴輪/土器の分離。形象埴輪がほぼ90%。円筒埴輪の線刻や口縁については黄色シールを貼る。形象埴輪について、一定の大きさ以上のもの、小片でも重要なもの(柵トゲトゲは今日はやらなかったが、次回やるべし)などを、PUしてモノサシを置いて写真を撮り、赤シールに番号を付し台帳を作る。165は形象1~9、83は形象10~18。
◆作業日をもう少し確保しないと進まない。
◆研究会後 自分・道上・阿部・伊藤 16:30~18:00
(5)「KR14 8」について注記ほか、同上終了。形象19~29。
(6)寄贈本整理。
久津川整理日誌4月13日
◆持ち帰ったKR15の未洗い埴輪を、考古学実習で洗う。あまり進まなかったが。
久津川整理日誌4月11日
◆持ち帰ったKR14を台帳と突き合わせる。突合の結果、99%までは問題はなかった。洗ったときにラベルが読めなかったもの、洗うときに混乱をきたしてしまったもの、台帳未登録の3袋など、処理しないといけないものを絞り込む(→台帳改訂)。台帳上、日付が未記入のもののなかに、2月23日とラベルにはあるものがあり、同じまとまりの一連の地区ごとの取り上げと思われるものも、同日の可能性があると思われる(→調査日誌の確認)。
小野市好古館
◆整備された広渡廃寺にも足をのばしたかったが、通過してしまい、王塚。ここまで来た
ら、好古館も行っとこか、と。鴨池の旧石器、垂井遺跡など弥生、焼山、広渡や河合廃寺など。河合廃寺はいい寺です。播磨の山田寺式にはけっこう詳しかったような気がするが、もはや忘却の彼方ですね。浄土寺があり、近世小野藩(一柳)とか、昔はすっとばしていたんだろうが、ひととおり見る。やはりこういう資料館があるという意味は大きいですね。加西市は、埋文センターで展示してますと書いてはあるが、土日は閉まっている。ほかに加西、すなわち北条の歴史を概観できる展示施設はない。確かに加古川両岸とも小野市だし、加古川沿いだし、陣屋のある近世以来の中流域の中心は小野であって、北条は宿場町とはいえ、人口規模が違うのだろう。
◆で、2階の企画展に実は感心した。小野藩の幕末維新期を取り扱ったものである。一柳の2男が「あさがきた」の娘と結婚し、3女が建築家ヴォーリスと結婚したのだそうで、そういう連ドラがらみの紹介もあるのだが、中身はいたってまっとうな幕末維新の話。摂海防備で、小野藩がどこを持ち場に役にあたったのか、というこことから、版籍奉還、廃藩置県や地租改正やら、地元に残る資料で、ちゃんと幕末維新期の社会変化を見せている。実にいい展示だ、と思った。
◆で、2階の企画展に実は感心した。小野藩の幕末維新期を取り扱ったものである。一柳の2男が「あさがきた」の娘と結婚し、3女が建築家ヴォーリスと結婚したのだそうで、そういう連ドラがらみの紹介もあるのだが、中身はいたってまっとうな幕末維新の話。摂海防備で、小野藩がどこを持ち場に役にあたったのか、というこことから、版籍奉還、廃藩置県や地租改正やら、地元に残る資料で、ちゃんと幕末維新期の社会変化を見せている。実にいい展示だ、と思った。
玉丘と小野王塚
◆まず玉丘。公園になってからは2回目。先年、長持形石棺を発掘していることは聞いてい
たが、土嚢で養生され底石は見えませんでした。側石の部材も調査後、屋内に引き上げたようです。むかし、高校生の頃、石棺材を略測したことを思い出す。さがせばその時の、5ミリメッシュノートに描いた図が出てくるかもしれない。津堂150歩のちょうど半分の75歩です。群馬では太田天神山古墳の空中レーザー測量をやる予定と、先年聞いたが、早く新しい図を拝みたいものです。津堂かどうか・・・。
◆そのあと小野王塚古墳に行く。これきれいな円墳なんですかね、造り出しはないんですかね。むかし文章を書いた記憶があるが、いくらか既に削り込まれていたようにも
思う。墳丘調査の図は見たことがないので、史跡整備する時も、そういうのをあんまりやらず、きれい な円墳に造り上げたのかな。土壌がかなり露出していたが、これ整備の盛土なんでしょうか。
◆そのあと小野王塚古墳に行く。これきれいな円墳なんですかね、造り出しはないんですかね。むかし文章を書いた記憶があるが、いくらか既に削り込まれていたようにも
市大日本史19
◆ヒストリアの小さな原稿2本があったため、市大日本史の合同調査報告が入稿できていなかった。が、それをなんとかやっつけ、金曜日、朝8:50から15:30まで会議のあと、しゃかりきでやって22時に入稿する。ほっ。
◆これで考古学研究会の大会に出かけることができる。市大日本史は、ここから2週間が勝負です。
◆これで考古学研究会の大会に出かけることができる。市大日本史は、ここから2週間が勝負です。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。