人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
久津川車塚8月31日(月曜日)
◆自分、道上、土井、大澤・吉村・木下・安藤、佐々木、城陽市担当者 天気雨・・・
◆第5週に突入しました。南区を片付けてしまいたいところ。テントを張って全員石出しにかかる。上げる土は上げねばならぬ。足下悪く、葺石下部はとくにヌタヌタで、きれいにならないが、目地の土をほじくり、とにかく土をその場その場で上げていく。造り出しの上から3人、前方部裾部を2人、石敷部を2人でかかる。靴はヌタヌタ。作業員2人も、水かえを終わったところで合流。これを午後の第3Qまでやる。
◆ちなみに先週くらいから右膝も痛くなっていたが、両膝にサポーターをして、ずいぶんと楽になった。膝を曲げてしゃがむのがツライのでずっと膝を伸ばして上半身を折って作業をしてきたため、膝裏が伸び痛くなってもいた。今日はしゃがめたが、斜面での作業で1日やっていると、やはりつらい。
◆という自分の体の話でなく、第3Qまででおおよそ目地の土ハネは終わり、石敷部もき
れいになる。全体をながめると、基底石らしきものがならぶが、すべて大きい石が横に通るというのでもない。またこの基底線の外に、きっちりと密にレキがあり、これを転落の結果と考えることはできないだろう(大きい石が据わっていたりもする)。石敷きがあると確信する。きれいになった全体をながめると、やはり基底線をはさんで、石の面が変わる。
◆そんなんで、石出しを第4Qに続けても、もちろん上げるべき土を取る作業は進んでいくだろうが、けっして清掃したようにはきれいにならない。天気のいい日に石を乾かした上で仕上げるべきで、これ以上南区にいても効率的でないと判断し、第4Qには造り出し
上面西北区に移る。
◆小雨でテントを張って作業。樹立状況の埴輪を5~6点ほど確認できたところで今日は終わり。写真を撮る余裕もなく終わる(写真は翌日朝)。
◆なお、3日(木)には天理大が埋葬施設のレーダー探査の予定。それと天気予報では金曜日はいい天気になるということなので、造り出し基部2箇所、西面を加えた3箇所の葺石について清掃を行い、翌週の7日に図化のための下図(1/10投影画像)作りの写真撮影を実施する予定。全体の3次元計測もやりたいところだが・・・。
◆第5週に突入しました。南区を片付けてしまいたいところ。テントを張って全員石出しにかかる。上げる土は上げねばならぬ。足下悪く、葺石下部はとくにヌタヌタで、きれいにならないが、目地の土をほじくり、とにかく土をその場その場で上げていく。造り出しの上から3人、前方部裾部を2人、石敷部を2人でかかる。靴はヌタヌタ。作業員2人も、水かえを終わったところで合流。これを午後の第3Qまでやる。
◆ちなみに先週くらいから右膝も痛くなっていたが、両膝にサポーターをして、ずいぶんと楽になった。膝を曲げてしゃがむのがツライのでずっと膝を伸ばして上半身を折って作業をしてきたため、膝裏が伸び痛くなってもいた。今日はしゃがめたが、斜面での作業で1日やっていると、やはりつらい。
◆という自分の体の話でなく、第3Qまででおおよそ目地の土ハネは終わり、石敷部もき
◆そんなんで、石出しを第4Qに続けても、もちろん上げるべき土を取る作業は進んでいくだろうが、けっして清掃したようにはきれいにならない。天気のいい日に石を乾かした上で仕上げるべきで、これ以上南区にいても効率的でないと判断し、第4Qには造り出し
◆小雨でテントを張って作業。樹立状況の埴輪を5~6点ほど確認できたところで今日は終わり。写真を撮る余裕もなく終わる(写真は翌日朝)。
◆なお、3日(木)には天理大が埋葬施設のレーダー探査の予定。それと天気予報では金曜日はいい天気になるということなので、造り出し基部2箇所、西面を加えた3箇所の葺石について清掃を行い、翌週の7日に図化のための下図(1/10投影画像)作りの写真撮影を実施する予定。全体の3次元計測もやりたいところだが・・・。
あんまり調査区以外の風景を撮っていませんが
◆8月10日の晩飯の風景です。それと風呂は定休日の月曜を除き(月曜は梅の湯)、週4日は大久保湯というところに
行っております。大将が好きで、風呂客と
将棋をいつもしています。実は木曜日に携帯電話を忘れ、大将が着信か発信履歴にあった立命館大学のSさんのところに電話をかけ、持ち主が忘れていると伝えてくれたそうな。そこから学生に電話が行き・・・。風呂屋から宿舎に戻った時点で気付いてはいたが、金曜日にまた行くのでほったらかしていた。翌日の金曜日、風呂屋の大将がなんと現場にやってきて、携帯電話を届けてくれました。大久保湯の写真を撮っていないので、ストリートビューから1枚挙げておきます。なお、立命の1学生の体重が日々記録されてグラフ化されている。
◆風呂帰りに車塚方面に戻り、マツヤスーパーで買い物。これが18時頃。宿舎に戻ると、晩飯作りと洗濯である。わたしは、第1週に2日、第2週に2日、第3週は子供らが帰ってきていたため泊なし、第4週は1日と、だんだん泊まらなくなっている。第2京阪で往復すると5000円!、盆の頃は奈良まわりで帰っていました。
◆風呂帰りに車塚方面に戻り、マツヤスーパーで買い物。これが18時頃。宿舎に戻ると、晩飯作りと洗濯である。わたしは、第1週に2日、第2週に2日、第3週は子供らが帰ってきていたため泊なし、第4週は1日と、だんだん泊まらなくなっている。第2京阪で往復すると5000円!、盆の頃は奈良まわりで帰っていました。
それでもって子供らが帰ってきて
◆8月16日の昼頃まで北条におり、宝殿に戻り、帰途に就く。が、娘が関空に到着するというので、そのまま関空へ。町田経由で翌日大阪に戻るはずが、東京に行くすべがお盆でなく、小学校時代の友人宅に泊まりに行くプランがだめになり、1日早まったという。それにあわせて息子も帰ってくることに。
◆4人そろったところで、国分駅前の「あじもり」というちょこちょこいく飲み屋に。子供らもイケ
ル口なので、4人でアテをならべお酒を飲むのは実に楽しい。その勢いで、ファミリーボーリングに突入。こっちも170点代を2回続けるも、息子は220点まで出して、もはやかないません。
◆この週は、なので日、月、火、水と4泊し、木曜日にそれぞれ戻っていきました。息子は翌週の24日が大学院入試で、家で受験勉強をやっておりました。
◆4人そろったところで、国分駅前の「あじもり」というちょこちょこいく飲み屋に。子供らもイケ
◆この週は、なので日、月、火、水と4泊し、木曜日にそれぞれ戻っていきました。息子は翌週の24日が大学院入試で、家で受験勉強をやっておりました。
考古学研究の原稿を届ける
◆7月末に本文はできて事務局に送ったが、届いていなかったよう。今週8月24日からの週で、なんとか図をB5の会誌用に作り直す作業にかかり、27日に完成したので、すべて宅ファイル便で送る。が、これも届かないみたい。が、編集担当に本日送り、まあこれで1件落着。さて昇任関係の書類の手直しの指示も来ているので、それをやっつけよう。
【追記】考古学研究の論文は結局12月号になってしまったようだ。残念・・・
【追記】考古学研究の論文は結局12月号になってしまったようだ。残念・・・
久津川車塚8月28日(金)
◆自分、原田・道上、山口・佐藤、園原・吉村・土谷・木下、佐々木+1、城陽市担当者
◆朝、排土の移動。そのあと拡張のため南区は作業員さん2人と土運びに2人、それと北辺の葺石の仕上げに2人のち3人。残りは造り出し上面に入り、墓抗上の黄色粘土中の昨年度のそのままにしていた埴輪の取り上げ(レーダー探査のため)。畦の除去。撹乱溝の掘削。拡張区では比較的早い段階で、高い位置から前方部の葺石材が出てくる(転落石)。
◆午後からは、北辺の3人には本日中に仕上げてもらうよう指示し、残りは全員南区に。拡張区の所見から前方部裾が検出できる見込みが立ち、調査区を整えるため、部分的な東方への拡張でなく、北側すなわち造り出し斜面上方まですべて抜くこととし、作業員に従事してもらいつつ、最初の拡張部の石出し、および昨日までに出てきていた造り出し南面の葺石の清掃にかかる。拡張部では転落石を除去していくと、やがて前方部基底石が出てきた。昨日出ていた最も東の石の隣であった。惜しい!。まあ、ぎりぎりで並んでいてもそれだけなので、幅1m東にのばし、前方部斜面も一定の斜面長を検出できて格好がついた
。ただし図化しなければならない石は大きく増加。鰹木出土。末端をやや肥厚させ、面取りがあり、もしかすると端部に円形文が入るかもしれない大きな優品である。きわめて大型の入母屋の家形埴輪になりそう(入母屋の破風部分の破片も、前日?に出ている)。
◆第4Qのなかで北辺も完了、南区清掃に入ってもらう。南区では谷線の列石と、造り出しおよび前方部斜面で各1の区画石列も確認した。最後は、作業員さんがいる間にと、周濠底面の地山まで掘り上げにかかってもらうが、時間切れ。石の量が多いので、南区の石全体の検出仕上げならびに目地の土を除去し石をきっちり出してもらうにも、来週2日程度はかかるのだろう。気になるのは葺石が出てきているところより上の造り出し斜面の地山出しが若干甘いこと。それと基底石外の石について石敷きとして理解できるのか、ぜんぶ取るべきか、なかなか難しい判断が待っている。
【本日の来客】高校生女子1、朝日新聞I記者。
【追記】全体図をバージョンアップしました。
◆朝、排土の移動。そのあと拡張のため南区は作業員さん2人と土運びに2人、それと北辺の葺石の仕上げに2人のち3人。残りは造り出し上面に入り、墓抗上の黄色粘土中の昨年度のそのままにしていた埴輪の取り上げ(レーダー探査のため)。畦の除去。撹乱溝の掘削。拡張区では比較的早い段階で、高い位置から前方部の葺石材が出てくる(転落石)。
◆午後からは、北辺の3人には本日中に仕上げてもらうよう指示し、残りは全員南区に。拡張区の所見から前方部裾が検出できる見込みが立ち、調査区を整えるため、部分的な東方への拡張でなく、北側すなわち造り出し斜面上方まですべて抜くこととし、作業員に従事してもらいつつ、最初の拡張部の石出し、および昨日までに出てきていた造り出し南面の葺石の清掃にかかる。拡張部では転落石を除去していくと、やがて前方部基底石が出てきた。昨日出ていた最も東の石の隣であった。惜しい!。まあ、ぎりぎりで並んでいてもそれだけなので、幅1m東にのばし、前方部斜面も一定の斜面長を検出できて格好がついた
◆第4Qのなかで北辺も完了、南区清掃に入ってもらう。南区では谷線の列石と、造り出しおよび前方部斜面で各1の区画石列も確認した。最後は、作業員さんがいる間にと、周濠底面の地山まで掘り上げにかかってもらうが、時間切れ。石の量が多いので、南区の石全体の検出仕上げならびに目地の土を除去し石をきっちり出してもらうにも、来週2日程度はかかるのだろう。気になるのは葺石が出てきているところより上の造り出し斜面の地山出しが若干甘いこと。それと基底石外の石について石敷きとして理解できるのか、ぜんぶ取るべきか、なかなか難しい判断が待っている。
【本日の来客】高校生女子1、朝日新聞I記者。
【追記】全体図をバージョンアップしました。
久津川車塚8月27日(木)
◆自分、道上・山口、土井、土井・吉村・土谷・木下、佐々木、城陽市担当者 泊5? 天気秋晴れ
◆天気良く、心地よい風も吹くが、真昼の照りはやはりきつい。2箇所に分かれて作業をしたが、ともにテントを立てる。
◆南区は、作業員さんも入れて、石出し、転落石の除去を進める。だいたい葺石の傾斜変換まで下ってきて、比較的大きい基底石だろうと思われる石がならぶ。ところが、その並びは前方部となって折れるはずが、東壁まで続くではないか。あちゃー・・・。隅部が収まっていないではないか。前方部側面の墳丘斜面は予想よりも急であったか。
◆もひとつ問題は、基底石だろうと思われる石より外側の石たち。南の方ではまばらで転落石としてはずし、地山が出てきたが、基底石寄りはかなり密で、石敷きになることを考えないといけない。洲浜状の小礫でなく、そこそこ大きい石ではあるが。周濠のヒタヒタ部で、灰色濠内堆積土に覆われ、埴輪片も食い込むが、動いているものもあるだろうとは
思うが、残ってくるものは濠底に接地している可能性が高いかも。縁石があるようなものではなく、濠の内側方向に途切れてはいくが、石を貼り付けていると考えてかかる必要がある。基底石との関係も、図では切り離してはいるが連続的である。西区も同様であった可能性が浮上するだろう。
◆明日、現状の石をきれいに出して、全体を見ることが肝要。なお、予想したよりも転落石が厚く集積していない。結果、西区の基底部よりレベルも高い。そうか傾斜がきついという面もあるかもしれないが、造り出し南辺では前方部の付け根にむかって高くなっているのかもしれない。その分、前方部下段の斜面長が短いのだろう。レベルで確認をする必要がある。一方、屈曲部を出すためタケツグ拡張区を設定することになり、さっそく明日取りかかる。かなりの土量で、その間の作業をどうするか考えないといけない。
◆南区とは別に、2人を北辺の葺石に投入。谷間に残っていた高まり部を葺石まで出して
もらう。区画石列の続きが下に出てきたのを始め、葺石面がきれいに続く。後円部のとの間の接続部の葺石面はかなりの緩傾斜である。おそらく後円部斜面に食い込むように造り出しが取り付くのではないかと思われる。復元的に考えた後円部裾ラインと前方部側辺の交わる点に、くびれ部を置き、そこから離すように造り出しを設定するのでないようだ。後円部下段斜面に食い込むように造り出しを設定し、緩斜面の谷部が下っていき、基底部でいえば、くびれ部はかなり西側に位置し、造り出し北辺長は短いと予想される。仲津山のような感じになるのでは。
◆水鳥のくちばし2点+頭頂部+頸部が出土。本体や頭部はない・・・。
◆天気良く、心地よい風も吹くが、真昼の照りはやはりきつい。2箇所に分かれて作業をしたが、ともにテントを立てる。
◆南区は、作業員さんも入れて、石出し、転落石の除去を進める。だいたい葺石の傾斜変換まで下ってきて、比較的大きい基底石だろうと思われる石がならぶ。ところが、その並びは前方部となって折れるはずが、東壁まで続くではないか。あちゃー・・・。隅部が収まっていないではないか。前方部側面の墳丘斜面は予想よりも急であったか。
◆もひとつ問題は、基底石だろうと思われる石より外側の石たち。南の方ではまばらで転落石としてはずし、地山が出てきたが、基底石寄りはかなり密で、石敷きになることを考えないといけない。洲浜状の小礫でなく、そこそこ大きい石ではあるが。周濠のヒタヒタ部で、灰色濠内堆積土に覆われ、埴輪片も食い込むが、動いているものもあるだろうとは
◆明日、現状の石をきれいに出して、全体を見ることが肝要。なお、予想したよりも転落石が厚く集積していない。結果、西区の基底部よりレベルも高い。そうか傾斜がきついという面もあるかもしれないが、造り出し南辺では前方部の付け根にむかって高くなっているのかもしれない。その分、前方部下段の斜面長が短いのだろう。レベルで確認をする必要がある。一方、屈曲部を出すためタケツグ拡張区を設定することになり、さっそく明日取りかかる。かなりの土量で、その間の作業をどうするか考えないといけない。
◆南区とは別に、2人を北辺の葺石に投入。谷間に残っていた高まり部を葺石まで出して
◆水鳥のくちばし2点+頭頂部+頸部が出土。本体や頭部はない・・・。
久津川車塚8月26日(水)
◆自分、道上、園原・吉村・木下、城陽市担当者 泊4人(久しぶりに宿舎に泊まる)
◆台風が過ぎ、水かえから。1時間を要する。西区の仕上げと思っていたが、足場も悪いし、ほとんど仕上げているので、最終は清掃時でよしとし、本日より南区に着手する。深掘り部より上の南斜面を、前方部の付け根のところで葺石を検出していた末端から、西南コーナー手前までの長さにわたって5人で削っていく。
◆黄色粘土はだいたい除去しており、最上部の前年度出している斜面の下端から。が、地山とおぼしき赤色の礫面を出しているつもりではあるが、洪水層下部の砂質がマダラ状態で、ここまでと思って下がりつつ、再び甘かったと上に戻りつ、徐々に下げていく。途中からは濠内堆積の灰色砂となる。そうすると、出したと思っていた赤色もそうでないことがわかる。灰色砂より上では、地山と洪水層の層理面で鉄分が吸 着して赤化しているようで、比較的堅く礫も顔を出し、いかにも地山と思っていたが、灰色砂の上に乗り、薄く形成された硬化面風になっているようである。再度、上に戻り、以下、灰色砂も除去してい
く。
◆で葺石が出始める。石は大きい。葺石面として捉えた。
◆この日も大学に戻って図を1枚完成させるつもりだったが、大久保湯からの帰り、晩飯に何を作るのか相談しているのを聞き、5人だし食べに行くかとお好み焼き屋へ。そうすると、ビール!が欲しくなる。という次第で泊まることとなる。宿舎に戻っても19時。洗濯機をまわしつつ、ちょっとやりますかと呑み会に。今週のなかでも少人数の日、彼らは疲れ気味ながらも、よく頑張ってくれている。
【来客】安土博物館F氏ほか。
◆台風が過ぎ、水かえから。1時間を要する。西区の仕上げと思っていたが、足場も悪いし、ほとんど仕上げているので、最終は清掃時でよしとし、本日より南区に着手する。深掘り部より上の南斜面を、前方部の付け根のところで葺石を検出していた末端から、西南コーナー手前までの長さにわたって5人で削っていく。
◆黄色粘土はだいたい除去しており、最上部の前年度出している斜面の下端から。が、地山とおぼしき赤色の礫面を出しているつもりではあるが、洪水層下部の砂質がマダラ状態で、ここまでと思って下がりつつ、再び甘かったと上に戻りつ、徐々に下げていく。途中からは濠内堆積の灰色砂となる。そうすると、出したと思っていた赤色もそうでないことがわかる。灰色砂より上では、地山と洪水層の層理面で鉄分が吸 着して赤化しているようで、比較的堅く礫も顔を出し、いかにも地山と思っていたが、灰色砂の上に乗り、薄く形成された硬化面風になっているようである。再度、上に戻り、以下、灰色砂も除去してい
◆で葺石が出始める。石は大きい。葺石面として捉えた。
◆この日も大学に戻って図を1枚完成させるつもりだったが、大久保湯からの帰り、晩飯に何を作るのか相談しているのを聞き、5人だし食べに行くかとお好み焼き屋へ。そうすると、ビール!が欲しくなる。という次第で泊まることとなる。宿舎に戻っても19時。洗濯機をまわしつつ、ちょっとやりますかと呑み会に。今週のなかでも少人数の日、彼らは疲れ気味ながらも、よく頑張ってくれている。
【来客】安土博物館F氏ほか。
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HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。