人を幸せにする人になろう

5月10日、考古見学会

◆院生と葛城の遺跡をまわる。橿原市の博物館、新沢千塚、鳥屋みさんざい、桝山、小谷、岩屋山、束明神、市尾墓山、宮塚、市尾瓦窯、掖上カンス塚、條ウル神、室宮山、風の森峠、南郷、笛吹神社古墳、葛城市博物館、北花内大塚、二塚、平林、当麻寺、二上山博物館、平野1号墳、平野塚穴山、尼寺廃寺、牧野、新山、乙女山、です。よく回りました。9時から19時まで。
◆初めてのところを中心にもうすこし書いておこう。橿原市の博物館はオープン1年。その前は狭い 1室だけだったが、立派な博物館としてリニューアルされ、なかなかよかった。高台・峰寺は前からちゃんと行きたいと思っているが、なかなか基本的なことがわからない。遺跡地図のための分布調査くらいしかないんだろうと思う。高取町が確認調査に着手しており、宮塚のある丘陵西斜面なので寄ると、調査場所にシートがかけてあり、よくわかった。瓦がぱらぱら落ちている。高台・峰寺の瓦窯群全体は相当な規模になると思われるが、前に『古代学研究』にチラと書かれているのを見ていたが、調べてないので、どの範囲に広がるものかわからず。もう一度、ちゃんと調べた上で冬場に踏査したいもの。笛吹神社の横穴式石室にはじめて行く。が、入れないようにしてある。葛城市の博物館は何度も 行っているが、なかなかよかった。企画展もよかったが、常設展も寺院関係など充実している。ちゃんとした企画展を続けている。二上山博物館では、下田東の木棺下のTK23の須恵器がならべてあり、しげしげと見る。例の邪馬台国シンポジウムも続けており、あれも貴重な資料集となっていると思う。尼寺廃寺は、塔の基壇を発掘していたのが90年代後半、その後、寺域の調査を進め、史跡指定され、整備されたことを知る。まだ芝生を貼ったばかりで、駐車場等の外構工事も続いており、正式オープンはまだのようだが、既に近所の子供らが遊んでいる。乙女山は、馬見丘陵公園のなかでどう位置付けられているのか知らないが、なんだかオマケというのか、悪く言えば邪魔者というのか、花や緑をテーマ としつつも、その一画に古墳があることもきちんと位置付けてほしいが、遮蔽して見えないようにしているように感じられる。内部も立木を整理するなどの管理をやっているようには見えないし。

大阪の歴史演習

◆金曜日、下見に行く。平野区民センターから出発するつもりだったが、言ってみるとフロア奧の展示の手前が住民投票の投票所となっており、仕切り板が並べられ、まさに記入する投票現場そのもの。期日前投票もあるので、使用中。1人だったので、隙間を開けて、入れて貰い見学するも、1人の職員があやしいことをしないかどうか監視つき。で、あした7人を案内したいんですけど、と言うと、それは無理、理解して欲しいと・・・・。
◆まあ仕方ないので、平野区画整理記念館から出発することにする。なので集合場所の変更。
◆寺田町から難波大道をすこし北上し、国分寺に寄り、俊徳街道で御勝山古墳へ。俊徳とはなにか。俊徳街道とは何か。ネットから拾うと、「謡曲『弱法師』や浄瑠璃『摂州合邦ケ辻』、説経節『しんとく丸』の題材となった河内高安城主の長男俊徳丸から名づけられた高安と四天王寺南門を結ぶ「俊徳道」。四天王寺南門を起点に勝山・巽・小路・三ノ瀬(東大阪市)で十三街道に合流」とある。この俊徳街道がよかった。

難波宮も

◆あんまり進歩はありません。こっちは10歩メッシュで、太いのは難波京条坊900尺と言われているヤツ。ほんとうは125歩と言うべきもの。

地を測るのには歩を用いよ

◆難波宮から寺院の確認に進みました。百済大寺と山田寺。飛鳥寺までいかないといけませんが、 図面がないし。ナブンケンの研究論集もあるのかないのか。ひとまず難波宮に 近いのは百済大寺と山田寺でいい。5歩メッシュです。
◆百済大寺。門の距離は30歩、金堂と塔の心々は40歩でよい。回廊は100尺、150尺と外へ取る。アバウトに大枠が歩で割り付けられたとみることも可能。
◆山田寺。回廊の外側柱が幅40歩でいいだろう。南北基準は不明だが、金堂心とすれば南門は説明がつく。寺域外周は回廊から外へ後付で取るのだろう。

市大日本史もほぼ終戦

◆やっと研究室だよりが入り、ほかのものは最後の直しをしてボールは向こうにあり、それらが 返ってくると、まあ終わりです。そうそう、目次を作ろう。

茶すり山

◆で、北上し高速道路で和田山まで行き、茶すり山をめざす。そちこちに竹田城見学の臨時駐車場 があり、その人気に驚く。麓のガイダンス施設で映像を見てから上に上がる。竹田城もよく見える。
◆そこからSA・道の駅に併設された朝来市のマイブンセンターに行く。えらい人です。GWはあなどれない。このうちのかなりは竹田城に上がったのでしょうか。城の山の三角縁神獣鏡もあった。茶すり山も。展示はちょっとあっさり目かな。
◆これで引き上げたが、いろいろガイドマップなどを手に入れ、目を通した。まず竹田城は上ってもいいのだが、下の町並みをゆっくりまわりたい。それとやはり生野に行くべきですね。生野銀山は播磨にとって重要でしょう。江戸時代以来の鉱山町、近代以降のものを含め、鉱山その場所、選鉱場とともに、やはり本拠地として見るところが多そうである。またこの次。

明延に足をのばす

◆そのあと山越えし、一宮町に入り(播磨一宮伊和神社がある)、北上して但馬に抜ける。ここ も町村合併で養父市となっている。で明延。
◆錫鉱の発見は大きく、全国から掘り屋が集まってきたらしい。昭和31年で4000人の人口があり、鉱山従業員は1500人だとか。谷間に町ができたわけです。テニスコートやプール、映画館、不足する住宅対策としての集合住宅などなど。軍艦島が著名ですが負けていません。高度経済成長期まで、日本の工業発展とともに特異な町が出現したわけです。谷間に沿って、いろいろと見るところがあります。南から入っていったので、見学坑道の入り口を見て、近傍の資料館に行く。展示施設があり、また見学坑道の出口がある。駐車場にけっこう車があるのに資料館には誰もおらず、10:30からの見学に来た人たちで、資料館見学を終える頃、坑道から出てきていました。20人くらいはいたでしょうか、けっこうな人気ですね。これガイド料が けっこう高いが、コースを見ると、かなりの長さだし、その値打ちはありそうです。いつもは3日前までの予約が必要なんですが、この日はGWで飛び込みでもOKだったんですが、時間なく入りませんでした。それから旧小学校の滞在施設、それと1円電車の試乗ができる見学者用便益施設に行きました。そこで腹ごしらえをしました。ここにはかなりの人が集まっています。鉱石の道の歴史遺産の活用事業はかなり成功しているようです。経産省の近代化産業遺産に選定されたのと、生野は文化的景観になっているようで、やはり生涯学習の需要の重要さがわかります。
◆1円列車の試乗は1円で、4人で4円を払いました。これは作りもんのレールですが、もともとの軌道の600mほどをもう一度電車を走らせる事業を進めており、寄附を募っているようです。帰り
北星住宅という、先の集合週宅に立ち寄り、これも見学施設にリニューアルしたところらしく、内部の展示を見たかったが、残念ながら先を急ぐことにする。
◆明延の閉山は昭和62年。ほぼ昭和とともになくなった。こないだまであったということです。ガイドさんも、ヤマで働いていた人たち。閉山の石碑を見ると、むろん外国の錫とも競争していたわけだが、円高に勝てず、という理由が挙げられていた。資源の枯渇でなく、まだやれるが、価格競争に勝てないということのよう。

神子畑選鉱場

◆これ、けっこうなインパクトがありますよ。もとは鉱山だが閉山。しかし明延から運び込んだ鉱 石を選別する工場が設けられ、とくに錫は日本一で、不夜城とよばれた操 業が行われていた。まあ、払い下げで三菱なんですけどね。しかし明延の昭和62年の閉山により停止。平成に入って工場の上屋も撤去され、斜面にそそり立つコンクリートの基礎などの構造物だけを残す廃墟となる。しかし、それらを歴史遺産として活用する事業が始まる。
◆もと生野鉱山に招かれたお雇い外国人技師の1人であるムーセの居宅であった建物が、その後、神子畑に移され、その建物が残り、展示施設として利用している。ここの選鉱場のビデオが、25分だか少々長いがぜんぶ見る。面白い・・・。そのあと、ご夫婦らしいガイドさんがいろいろ説明してくれる。GWで訪問客もそこそこいる。このビデオが欲しかったが、いろいろ著作上の問題で市販しておらず、明延と生野のDVDは販売しており、明延のもの1000円を購入する。
◆明延から鉱石を運び込むためのトロッコ列車、いわゆる1円電車が6キロのトンネルで山を抜き、ここの工場の上部に到着し、そこからすりつぶし、どろどろの液体状にしたものを比重を利用したりして選別していく。銀と銅と錫といったか。そこまでがこの工場の役割。錫は生野に送られインゴットになる。銅は直島といったか。
◆いまパンフレットを見ると、一息つける食事の場所もある。そこで食べればよかった。

で朝来に

◆8時過ぎに明日香を出て、一度家に戻り、出発。9時前に出て、10時には朝来インターを降り、鋳 鉄の橋に立ったのが8:34。このへんから、生野・神子畑・明延の鉱山の史 跡めぐりがかなり地元が力を入れ、また人気もあることがうすうすわかってくる。鋳鉄の橋も、馬?牛で、鉱石を生野に運ぶために付けられたものだという。でキャラクターの幟がある。やっぷーとちゃすりんというのだそうである。一連の歴史遺産が朝来市と養父市にまたがっており、連携してやっているようだ。

2015年5月3日朝来に行く

◆2日に職場で仕事してから、早めに出て、実家へ帰る。18時前着くらい。先週は和歌山に行き、今週は加古川である。いつも、こんな調子で、丸2日というわけにはいかないので、前日の夕食を一緒に取る時間帯に帰り、翌日、でかける。正月は平福に行ったが、さあ今回は。山崎にしようかと思ってはいたが、そこは成り行きで、朝来の神子畑選鉱場になる。
◆朝来の茶すり、およびマイブンセンターには前から行きたかったが、播但道で行くとすぐですね。
◆おっとその前に、3日の朝、早くに目が覚め、母親が炊飯器のスイッチを入れており、どっかに モーニングを食べにイコカと。食事を用意してもらうのも、できるだけ負 担にならないように。で、聞いてみると、東神吉のところにあるというので出かける。そこは朝8時からで、まだ開いておらず、もう1軒の明日香というところに入る。駐車場が満杯。入ってみると、客だらけ。しかも年寄りばかり。おじいちゃん1人が隣で新聞を読んでいる。おばあちゃんを亡くしたんだろうとか・・・。飲み物に必ずトーストが付いているパターン。ちょっと手のこむものは+100円。ブレンドコーヒーと普通のサンドイッチやらトーストは420円である。で新聞もいろんな種類のものが読めるし。
◆年末だったか、和歌山に行ったときも、橋本のコメダコーヒーに朝行くと、こんなんだった。こっちはお年寄りばかりでもなかったが、近所の人が多く集まり朝食を済ましている。ハタと。喫茶店の地域需要は必ずあるな~、と。リーズナブルな価格でモーニングが食べられ、ランチはわからんが500円程度にしておけば、高齢化社会で、地域地域に十分な需要があると。
◆ちなみにすぐ北に神吉山があり、石碑が見えるが、あれは弥生墳丘墓です。ごてごて口縁を装飾した壺形土器が出ている。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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