人を幸せにする人になろう

松岳山12月18日

◆岸本・木村(関大)・小西・藤林。まず、全員で前方部西北隅角。P35にマシン(BS=P34)を据える。稜線沿fc15de5d.jpgいが土地境界となり、これを尾根上に削り残し、両側が地下げされているのだが、前回の測量がやや荒く細部があまり表現できていないので、まずはその補足から。
◆木村・小西に任せようと思っていたが、地形が複雑で任せるのは困難と判断し、茶臼塚側を任せることにする。それで、マシンを入れ替え、茶臼塚のP42に我が社のマシンを据える(BS=P33)。設定までやって、あとは放任する。
◆【岸本班】前方部西北隅について、細かく細くしながら下げていき、途中からは新規の測量となる。北辺および南面とも伐採した竹がうずたかく積み上げられているので、測量範囲は次第に狭くなる。標高48.25mまで下げる。北側はその先は急斜面の崖面となり、そこへまた伐採した竹が放り込んである。南側は傾斜が緩やかになる。P35からの測量もいましばらくできるが、次の展開を考える必要がある。
◆【木村班】茶臼塚側は、新規用紙(A3)。放任していたが、午前中の成果を見ると、畑の輪郭を入れただけなので、これはダメだとテコ入れする。午後の開始時に4人で、茶臼塚の縁辺の肩を入れ、茶臼塚上面にあたる等高線を2本入れ、あとは下り斜面の測量にかかれるようなところまで段取りした上で、放置する。
◆桜の大木があるため、見通せない方向もあるが、肩部の標高51.75mから、下部の46.50mまで22本等高線を入れることができた。ほぼ緩斜面部まで到達し、茶臼塚上面から続く西側斜面はおよそ完了した。茶臼塚側は、この先、どこまで測量するか考えるべき領域にかかっている。これより下に進むよりも、墳丘本体の測り残し部を優先すべきだろう。
◆これにて年内は終了。年末もやりたいところだが、仙台に集中講義に行かなければならないので、次は1月6日の予定。そこまでは決めているが、その先はまだ予定を組んでいない。

12月17日、飛鳥

c7de081c.JPG◆奈文研の小澤さんに集中講義をお願いしている(講義は月曜日から)。17日はその56beba41.JPG一環の飛鳥の現地講義、オレも安全係で参加。この冬いちばんの寒気で、前日、金曜日の帰り、明日はどうなることかと・・・。が、9:30、飛鳥駅に行くと、比較的穏やかだった。参加者は14人、中世史の院生が山の寺の研究会、歴科協委員は例会で、ほぼ3回生で占められる。レンタサイクルを予定していたが、車で行き、小澤号とも7人乗りなので、12人までなら車にしようと相談していたが、14人となり、レンタサイクル。
◆越岩屋山、ケンゴシ塚、平田梅山、中尾山、カナヅカ古墳、鬼の雪隠・俎、天武・持統合葬陵、亀石、川原寺、石舞台古墳、酒船石遺跡、飛鳥資料館で昼食、展示見学、「磐余池」現地説明会(小澤氏は「百済池」と4972aa53.JPG)、紀寺、藤原宮、大官大寺551f49a8.JPG、奥山久米寺(「小墾田寺」)、水落遺跡、明日香村展示館、飛鳥板蓋宮跡、菖蒲池古墳、五条野丸山古墳。以上、たくさん遺跡を見ることができた。

年内最後の鏡の撮影12月13日(211面達成)

◆まず豊中市。前に行ったとき、ピンが甘かった1面の俯瞰を陣内さんにお世話いただき撮影。それから吹田市博物館(写真)。西本さんにお世話いた7de36d0b.JPGだいて、倭製鏡の再鋳造のために打ち割られたとされる鏡片、および小形倭製5e585618.JPG鏡の石製鋳型の撮影を行う。この鏡片、重要でしょうね。報告書もいただき、じっくりと勉強する必要がある。垂水遺跡の遺跡評価にかかわる。
◆それから溝クイ神社(写真)の画像鏡。これイイ鏡でした、ほんとに。が、大阪出土品ではなさそうだ。
◆それから阿為神社の三角縁神獣鏡。
◆そして高槻市の伊勢寺さんの倭製鏡。ご住職さんに「難波潟 短き葦の節の間も 逢わでこの世を過ぐしてよとや」を歌った伊勢の話、能因法師の話などを聞く。
◆そして今城塚資料館に行く。早川さんにまたまたお世話になり、土室石塚の個人蔵の同型鏡、センター保579e1345.JPG管の塚原遺跡出土後漢鏡片、萩之庄1号墳の鏡片、この2つの再撮影、梶原D1号墳の珠文鏡の撮影。閉館後、展示物の郡家車塚の倭製鏡の再撮影。芥川の後漢鏡はテグスで貼り付けられているのでフィルムを貸し出していただく。そのあと、27日だかに開催される高槻市史跡整備検討委員会に出席できないので、闘鶏山古墳、安満遺跡、今城塚に関しての報告事項をお聞きした。19時頃、今城塚資料館を出る。
◆新規撮影は、吹田2+溝クイ1+阿為神社1+伊勢寺1+石塚1+梶原1の、合計7点ということになる(再撮影4面)。年内はこれで終わり。土日の疲労が残っている。

京丹後市シンポジウム

◆会場はアミティ丹後。13時スタートで、12時に昼飯兼打ち合わせに来いと。11:45くらいには着いたかな。岡林さんとカッチャンと3人が報告し、三d1e13374.jpg浦到さん(いま市丹後資料館の館0ba05edf.JPG長)の進行でそのあとディスカッション。
◆岡林さんの銚子山の発掘調査のスライドのあと、1時間しゃべる。まあ、ちょうどですね。よくいえばピッタシだが、行き当たりばったり。つかみは抜群。噛みつきの反応も強い。アジテーションにも力が入る。「さきみささぎやまこふん・さきみささぎやまこふん・さきみささぎやまこふん」と3回連呼して洗脳した。
◆終了後、下でお茶でもという話も断る。なにせ遠い。あしたもあるし、帰りますと辞する。宮津までの道は、いまは野田川までのびており、帰りは野田川ICから高速に乗る。ほぼ17時頃か。頭を冷やすために、帰りは『冬のソナタ』のサウンドトラックを全曲聴く。で、やっぱり西紀SAで晩飯を食っている。カミさんが鹿児島から帰るのに新大阪まで迎えに行く。このところ伊丹や新大阪まで迎えが多い。
◆あしたは9:30から長岡京市。それがなかったら、神明山のリーフレットは完成するのだが、明日、印刷屋に入れるのはあきらめた。
 

日本海、散髪

◆網野まで約30分。散髪屋に入る。すっきり。散髪屋のおっさんとしゃべる。道が良くなると、日帰りで蟹を食べ9deff378.JPGに来るツアーが増えて、宿泊客が減っているという。どこでも同じやね。城崎でも東京資本(大江戸屋?)がいいロケーションのホテルを買い取り、1泊2食付き6000円くらいで提供し、数万円取る老舗旅館が客を奪われているという。京丹後の温泉はどこがいいかと聞くと浜詰だと。10年近く前に行ったことがある。

神明山の写真撮影

◆結局2時まで準備、寝たのは3時。7時には目が開くが眠い。朝食を取り、神明山古墳へ。たぶん8:20くらいにb16212ef.JPG出て8:40には着く。写真撮影と観察。天気は曇り。
◆墳丘斜面の傾斜のきつさを改めて認識する。テラス面の明瞭な網野銚子山とはかなり異なる。丘陵を最大限利用し、墳端も不明瞭。これも五社神に近いと言えば近い。ただし、五社神と立地地盤が完全に逆で、五社神が前方部を低い側に向けるのに対し、神明山は後円部を低い側に置くので、それによって仕上がりが変わってくることになる。そういうところで説明がつけられるんではないだろうか。
◆写真撮影は改めて出撃しなければならないが、いちおう、報告書を意識して撮影。3脚を立てようかと思ったが、まあ、フットワークがぜんぜんなのでヤメにする。ISOを変え、1/30くらいにはなるようにして撮影。全体に暗いのでキツイ。
◆今回の撮影のもうひとつの目的は、リーフレットの表紙写真。リーフを作成していて、表紙写真がいまいち浮かばない。で、墳丘のいい縦位置写真などを含めて、それを意識しながら撮影する。シャッタースピードが遅くブレが心配。10時には終了し、網野へ。
 

月食を気にしながら

◆ええい、酒でも呑もう。月食じゃ。22:41、月が消えた。その瞬間を見ましたよ。違った、雲や。それ6b24f787.JPGからしばらくは雲。次に見えたと思ったら、右図のようなもの。22:50くらいだろうか。そして23:20頃にはすっかりまたもとの満月に戻っていた。そんなもんなんですかね。欠けていくときは時間がかかっていたが、戻りは早いのか。
◆パワポ、ひととおり作成。もうすぐ2時だ。でも枚数が多くなった。明日、直前にまた絞ろう・・・。寝よ。

峰山のホテルで

◆測量終了後、道上君を河内国分駅まで送り、丹後へ向かう。シンポジウムにどうせ行くなら、せっかくなの6a559eba.JPGで、午前中に神明山古墳の写真撮影や観察をするため、峰山に宿泊することにする。
◆16:50、ガソリンを入れ出発。中森明菜を流して大声で歌う。スローモーション、少女A、セカンドラブ、ミアモーレ、北ウィング、etc。近畿道―中国道―舞鶴道―宮津。何度か丹後に通うのに使ったが、久しぶりだ。が、1人だと寂しいもんだ(ちなみに、同僚の佐賀さんから、昭和歌謡カラオケ大会のお誘いが・・・。どうしたもんだべ)。18:00西紀SAに入り、で晩飯を食う。ついでに松岳山の図面整理。19:00リスタート。私市丸山のライトアップはなかなか目立つ。
◆今日は皆既月食やった。高速道路を走っていても満月が明るい。20:20、峰山のホテルに到着。満杯やで、よう入っている。缶チューハイ2本を仕込むが、それは仕事が終わってから。いまはイエモン濃いめ。
◆松岳山の日誌をアップして、この記事を書き終わったら、明日のパワーポイント作り。資料を出しているので気が楽だが、パワポ作りは金曜日から始めたが、道半ば。1時くらいには終わりたいものだ。
◆カミさんは、今度は鹿児島へ出張。九州新幹線の往復8時間で1本論文を書くと行っていたが、「よく寝れる」とのメールが入る。
◆いま22時、月食が始まっている。丹後は良く晴れている。オリオン座の上に出ている月が左下から暗闇に食われかけている。こんなん初めてみた。

松岳山2011年12月10日

◆京丹後の準備もあろうと予定していなかったが、先週土曜日も雨で流れたため、急遽、実施。c0878934.jpg
◆【岸本・道上】茶臼塚より西方の畑を稼いでもよかったが、B3の紙の残り、複雑に地形が改変され、山車小屋などもあって測りにくい箇所をすべてやっつけてしまうことにする。
◆まず、こないだの新規杭P40・41・41にレベルを落とす。次にP40にマシンを据え、茶臼塚南辺の谷部を下ろしていく。ひととおり紙の端まで行き着く。
◆次にP42に据え、土地境界のところに竹を横に積み上げ(測りにくいったらありゃしない)、見通せなかった前方部前端部あたりを完了させる。竹垣のむこうから来る等高線とも矛盾なく接続。
◆次にP40から山車小屋にむけて2点を落とす。P43は山車小屋周辺のみで、チビミラーによる(-653.524/-583.994/53.118)。他方、P44は、小屋の向こうの前方部側面を測るためのものなので、大目玉e0883b39.JPGをちゃんと据えて算出(-657.196/-578.462/52.998)。
◆まずP43に据え、山車小屋のために、前方部西南稜線部を削り込んだ法面、小屋の平坦面、コンクリート舗装の部分を、紙の範囲についてすべて測量。
◆次にP44に据えて、前方部南側面の末端部の測り残し部を測量する。少し高いところの取りこぼし箇所は、今回も大木等で無理だったが、基準点からすぐ東側の斜面については、順調。もう少し、30分あれば終わったのだが、時間がきたので撤収する。右の成果図ではぜんぶ上がりとして処理したが、あと30分くらいの作業が残る。だが、これでB3の紙のシンドイところはすべてやっつけた。
 

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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