人を幸せにする人になろう

安福寺石棺のレーザースキャン

◆今日(06月25日)、安福寺の割竹形石棺(重要文化財)のレーザースキャンをやりました。牧野については、昨日、5d598f00.JPG99c335f3.JPGA3で二つ折りのパンフの校正が来たので、一部直し、印刷に取りかかってもらった。7月1日にできるという。でも、安福寺のスキャン作業を見ていて、これは数年後の玉手山3号墳の本報告にむけての作業だが、これも陰影図ができたら、同じようにパンフレットを作ろうと思った。なので、牧野の寄贈先への送付はやめ、寝かしておこう。新納さんだけには送っておこうかな・・・。

平成教育委員会だったと思うが

◆国ごとの気質を示す笑い話。豪華客船が座礁したかなんかで、小型の救助用のカッターが下にいるとかという状況で、船長は客に海に飛び込ませないといけない。で・・・
◆アメリカ人には「海に飛び込んだら英雄になれますよ!」
◆イギリス人には「海に飛び込んだらジェントルマンになれますよ!」
◆ドイツ人には「海に飛び込むことが規則になっています!」
◆イタリア人には「海に飛び込んだら女にもてますよ!」
◆さて、日本人にはどう言ったでしょうか? 答え 「みんな海に飛び込んでますよ!」
おもしろい話である。

どうでもいい独り言

◆最近、調子がよくない。ワールドカップがあることもあり、ダラダラしている。眠い。気力がない。まあしかし、研究費があり、バイトの学生が仕事をしてくれる。うちは、自分の所の研究室の調査およびその整理については、いっさい謝金を出すことはありません。どこでもそうだろうが、そんな金はどこにもない。ただし、自分の個人研究にかかわる諸作業など、学生をただ働きさせるわけにはいかないものは謝金を出す。なので研究費がなくとも、研究室調査分の整理作業の進展は関係なく進めが、一方で個人研究にかかわる分は、金がなければ自分でやるか自腹を切ってやってもらうかしかない。なので、今年はたいへんありがたく、いろんな作業、テキストの打ち込みから、測量図のトレースやら、着実に進んでいくのがウレシイ。
◆これもしかし、今ようやっとだ。1人でシコシコではなく、研究費をとってきてバイトを確保して仕事を進めることができるようになったのは。ここ数年といってもいい。もうすこし前から、まだ院生が多くいた段階で、そうした配慮ができていればよかったのだけど。大学に来て10年、前半の反省の上に、ようやく今がある。
◆いろんな方から、本を送ったことに対する礼状が届けられ、うれしい。都出先生からは、いつも一番にハガキが届く。シンプルだが、よかった点、新鮮だった点を短く指摘していただく。高校時代の恩師、是川先生からの手紙がとてもよかった。心のこもった文面、よくわたしの状況をわかっていただいていること、端的によかった部分を指摘してあり、グッときた。
◆この年になって、印刷物を送った時、偉い先生ほど反応が早くきちんと礼状が届く、ということがよくわかる。年齢とは関係がなく、若い奴でもデキルやつほどきちんと反応する。が、概して若い奴はなんにも言ってこない場合が多い。ああ、自分もそうだったと思う。抜き刷りやいろんなものを目上の方などから送っていただきながら、なんの礼状も出してこなかったと反省する。
◆ようやっと、送っていただいたものに、きちんと礼状を出すようになった。今回、玉1と吉川の本で、前から著書などをいただきながら礼を失してきた方にも、お返しすることができた。ただ、年賀状はまだ確立していない。いまだに名簿が未整備なのだ。なので、いつも年末になるとうっとおしい。今年も部分に終わってしまった。ええかげん、どっかで名簿をきちんとして・・・と思いつつ、この年になってしまった。
◆アメリカが土壇場で1点を入れて、スロベニアを勝ち点で逆転し決勝トーナメントに進出した。いや~、嫌いな国だが、底力あるよな。そのへんは流石である。

感情と論理

◆カミさんとのケンカは、感情と論理の問題。感情を大事にする女性と、論理を大事にする男、といったらフェミニストから反対を受けるのだろう。それはわかっているが、あるように思う。コトは、男社会だから、選挙案内が世帯主宛に送られてくることに対する違和感を、男はわからないというのも事実なんだが、ここでいいたいのはそれだけではない普遍性をもつように思うのだ。男だって感情的だし、女だって論理的思考をするのは当たり前。だが、なにをよしとするかという場合に、男は筋が通っていればいい、女はそうではなくてもうちょっとエモーショナルな部分を大事にする。例えばだ、普天間代替地について、男は日米安保があるやろ、どっかに代替地がいるんや、ここは条件的にみあっていて、また地域振興策も提示されていて、よくはないがいたしかたないのではと考えたりするのではないか、それに対して女は事故があったらたいへんやし、とにかく戦争につながるおそれがあるような危険な施設はイヤヤ、と。
◆今日、カミさんと話をしていて、むこうは涙を流して反論する、ショックや。そのとき考えたこと、論理がすべてではない、とういうことだ。この世は論理的整合性(ようは理屈)のみで動き決まっていくわけではない、人間の感情や気持ち、そういうものが大きいということもまた認識すべきだ、ということ。ちょっと新納さんのまとめていた歴史の話にも通じるような気がした。社会は因果関係で説明できるものばかりでなく、個人、個性、感情、そうしたものも、この世界が動かす大きなファクターであり、歴史学は、そうしたところに目を向けるようになってきているということを解説するもの。
◆自分に言い聞かさなければならない、論理がすべてではない。論理は半分、感性が半分だと。例えば人を説得するときにも、論理的な合理性の観点からの説明とともに、情に訴えるというのが大きく働くのである。どっちかだけでもだめ、両方なんだ。結婚生活も、いや男と女、女は愛を求める。例えばだ、子供のめんどうを見る、皿を洗う、風呂を沸かす、洗濯物をたたむ、むろんそうした実際のことがらもシェアしなければならない、でもそれだけではないのである。よくある構図、おれは働いてるけど、家のこともやってるやん、何が不満なんか?との男の主張、しかしそうした家事への協力をイヤイヤやってるなら、それは女に見透かされているのである。あんまりできないでごめんな、おまえばっかり苦労させているな、ありがとうな、そういう心のこもった言葉や、言動の背後にある愛情を女は感じ求めているのである。これ真理ですよね。オレも遅まきながら文化庁時代にそれを突きつけられ、思い知ることになるが、しかしコペルニクス的には改善せず、いまもいろいろ文句を言われる。前に比べたらだいぶよくなったけどね、とは言われるが、今日、改めて認識させられた。
◆そういう男と女がこの世にいるのがいいんだと思う。どうなんでしょう、国会議員は定数を削減すべきだが、とにかく定員の半分を男、半分を女としてもいいのではないか。政治は論理的な側面は強いだろうが、しかし日本国のあり方を決めていく上で、男の論理では片手落ちであり、女のセンシティヴさをきちんと導入し、両者相まってコトを決めていくということがまっとうなのではないか、と思う。
◆いや~恥ずかしい話を書きました。人間としての権利を共有しながら、しかし価値基準が違うことをそのまま認めて、両方を大事にする社会を実現することが望ましいのでは。ちゃんちゃん。

参議院選挙の案内が来ましたか

◆昨日06月22日、選挙権ある者への封書が来ていた。で、今朝、カミさんと議論してしまう(反省)。で、これは前々からのカミさんの主張なのだが、選挙の案内を世帯主宛に送るのはやめろ、相模原市では一人ひとりに別の封書できていた、そうしてほしいというもの。
◆統計はないものか。世帯主宛に送るところ、選挙権あるものに一人ひとり送るところを塗り分けた地図が見たい。予想としては杉並区などがある首都圏など、進んでいるところは個々人で、関西はじめ多くは世帯主宛ではないだろうか。これって個人の権利をどう考えるかにかかわる象徴的なものである。なるほどと思う。
◆こうした印刷はどうしてるんでしょうね。柏原市とかそれぞれに任されているのか、府が統括しているのか。で、これを動かし変えるためにはどうしたらいいのだろうか、ということなのだが。そう簡単ではないのだろう。政府が法令で決めないと右へ倣えということにはならないかもしれない。
◆いまの世帯主に送ることの改善が一気にすすまないとすれば、次善の方法は、個人の名前が印字され、選挙の注意を書き込んだシートを人数分同封する方法、あるいは、宛先のところを、世帯主とせず、選挙権ある同一世帯の名前を列挙するスタイルか、などというところか。

なつかしい写真

◆06月20日、久しぶりに実家へ帰っていた。いつもの山陽道だが7025a1c1.JPG車がぜんぜん走って3483236d.JPGなくて、1時間半で着いた。親もエエ年やし、これからはしょっちゅう帰るようにしたい。
◆ある部屋が整理されていて、本棚を見ると山田風太郎の『八犬伝』があった。高校時代に新聞に連載していたもので、単行本化された1983年に買ったもの。上下2巻だが、下のみがあった。それを手に取ると、写真が・・・・。
◆高校のクラブの先輩で、写真部員でもあった古谷さんが撮影し、暗室で焼いたモノクロのキャビネ版8枚。いや~なつかしいわ。ようこんな写真があったものだ。というので、このなかから2枚を挙げておきたい。
◆高校2年の時のもの。1枚は撮影日時は不明だが、1980年秋か1981年冬。社会科準備室で、たつの市タイ山古墳群出土の須恵器甕を復元している。左に写っている横顔は吉井秀夫さん(当時1年生)。
◆もうひとつは、1981年1月2日に高砂市経塚山古墳の測量をしている写真。平板測量をやったのは、この時が最初である。以来30年か、やってることが変わらんね。
◆ほかにも文化祭での演劇の写真があって、がりがりの細い自分を見た。カミさんがひとこと「タケルにそっくりや」。

めでたい!吉川の本成る!

◆昨日(06月21日)、岸和田高校の埴輪の実測から戻ると、吉川弘文館の史跡で読む日本の歴史が送られてきてい5b27b35e.JPGた。まあ、めでたい。帰宅し、ファミマでチューハイを2缶買って、カミさんと乾杯した。
【追記】口絵カラーには絶対陵墓を出すまいと考えた。史跡じゃないですからね。ほんとうは、本文中でも、記述はせざるをえないが、写真とかは使うまいと思っていた。が、概説のところはやっぱり使わざるをえなかった。ほんとはそこに限定したかったが、そこで使うはずの箸墓の写真(五条野丸山も)が、プロのカメラマンの写真で商業出版では使用料を取られるので、「あの写真は使えません」と言われ、偏ってるな~と思いつつ、ほかの写真を探す時間的余裕なく任せるほかなかった。それならそれでよかったのだが、概説のあとの扉に、こっちに相談のない箸墓の写真が使われてしまった。こっちとしては概説部分には陵墓の写真を使うが、ほかでは使わない、と仕切りたかったが、それが崩れたので残念である。

摩湯山体制へ

◆少しづつ摩湯山の体制を整えていかなければならない。昨日は、岸和田高校に電話して埴輪の実測の約束をし、また岸和田市教育委員会に電話して、古い写真を見せてもらう話を詰めた。動き始めないといけないが、数週間、手をこまねいている感がある。ひとまず1年前の構成案を示しておく。角南君がまだ和泉市にいて、彼にいろいろ書いてもらうのが現実的だし、勉強にもなると思い、こっちは玉1で動けないが、進めてほしいと。だがまあ、進まん。和泉黄金塚をやっつけようと昨年少し動いたが、これも実現しなかった。菩提池西の埴輪もしかりだ。以下、2010年6月末時点の構想案を示すが、これから変わっていくだろう。いちいち直していられないので、関心ある方は、以下の摩湯山のブログをご覧ください。
my03.blog.shinobi.jp/

『摩湯山古墳の研究』
〈大阪市立大学考古学研究報告〉第5冊 (090501案,100629改訂)
【編集】 岸本+角南

第1章 序 論

(1)調査研究の目的〔岸本〕
(2)位置と環境〔山岡〕
(3)過去の調査〔白井〕
(4)測量調査の概要〔岸本〕

第2章 測量調査の成果
(1)周辺地形と占地〔山岡〕
(2)摩湯山古墳の墳丘〔岸本・関本〕 ※適宜、説明箇所で区切る
(3)馬子塚古墳〔角南〕 ※岸和田市教委の調査成果にもふれる
(4)墳丘の復元〔岸本〕

第3章 出土遺物
(1)埴輪〔所〕
(2)馬子塚古墳の遺物 埴輪〔所〕、鏡〔下垣〕、管玉〔戸根〕
第4章 和泉の前期古墳
(1)和泉の前期古墳〔角南〕
乳の岡、丸笠山、久米田古墳群、地蔵堂丸山、(二本木山)
(2)和泉黄金塚古墳
(3)菩提池西古墳
第5章 佐紀西群の検討〔統括:下垣
(1)佐紀遺跡と佐保川流域の古墳時代前期の 遺跡〔〕
(2)佐紀陵山古墳
(3)宝来山古墳
(4)佐紀石塚山古墳
(5)五社神古墳
(6)マエ塚・猫塚・丸山・瓢箪山・塩塚
※石製品〔光平〕・埴輪〔若杉〕
第5章 佐紀古墳群の時代
(1)佐紀陵山型と五社神型の前方後円墳〔岸 本〕
(2)前期後半の墳丘の発達〔藤原〕
(3)造出の出現とその意義〔角南〕
(4)前期後葉の器財埴輪編年〔所〕
(5)鰭付円筒埴輪と摩湯山古墳の年代〔廣瀬〕
※石棺論、武器、短甲、石製品も欲しいが・・・
第6章 激動の4世紀と和泉〔岸本〕

東大寺山の報告書

◆玉1を送ったからか、東大寺山古墳の報告書が送られてきた(なんか例言のところにオレの名前が入っている。なんにもしてないんだけど・・・)。作っているのは聞いていた。金関先生は、これで胸をなでおろしておられるだろう。発掘から半世紀だそうである。よかったですね。
◆ざっと見た。あんな埴輪なんですね。まあ、埋葬施設と副葬品が眼目だから、墳丘の取り扱いは、紫金山と同様、あんなもんだろう。
◆たくさんの出土品があり、容易にコトは進まない未報告資料、科研をとるなどの機会を作らなければその気にならない、始動しないというのもわかる。外部資金を取ってこなけりゃ整理もできないし、報告書の刊行もできない。だけど、そういうスタイルを取っていない者としては、なんで~と思ってしまう。東大寺山の遺物を整理したいヤツはなんぼでもこの世には存在する。別に実測賃金なんて不要ですよ。報告書の印刷製本費も、うちは0で作っている。東大寺山だって、科研に縛られるのでなく、納得のいくものを作って、売ればいいではないか、元は取れるだろう。むろん、資金があることにこしたことはないが、金がなければ何もできないわけではない。
◆前に京大考古学研究会で『岩倉古窯跡群』を刊行した。あのときの印刷費は確か200万円を越えた。おれはうち50万円を出した。氏岡さんも同額出した。販売した売り上げもむろんあったが、出資した者で考古学業界にいない者やそういうところの返金にあてた。それまでいっぱい遺物を拾ってきた先輩諸氏は、報告書を出せよというだけで、何もしてくれなかった。あれは自分の原点かもしれないね。そうした先輩に対する反発、お前らのできなかったことをしてやる、と。だが、いま研究室に岩倉の本がない。どうしたんだろう、大学の図書館に寄贈してしまったかな。ほかの報告書もしかり。自分が買ったものやもらったものなども、手元に置いておきたいものをのぞいて、すべて大学に寄贈している。個人でもっててもしゃーないからね。公共に入れといたら、100年先でも、誰かが使うかも知れない。あんまり所有欲はない。
◆自分の所の報告書が出たので、強気の発言をしました。あんまり人様のことをとやかくいうべきでないですね。カミさん曰く、謙虚になれ、と。報告書が出たことは喜ばしく、関係者の努力もむろん認めている。ウソじゃないので、誤解はしないでください。思ったことを調子こいて発言したということでご容赦下さい。

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HN:
雲楽
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男性
誕生日:
1964/03/22
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大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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