人を幸せにする人になろう

江戸幕府の大名統制

◆各大名の預かる領地を石高であてがう。当然、査定があり、場所が選択される。不祥事を起こせば改易、そうでなくとも転封がある。親藩・譜代・外様の区別がある。所領の多い外様大名は監視される。武家諸法度がある。大名としての「あるべき姿」を示し、新城建設の禁止と修理の届け出、徒党を組むことの禁止、結婚の許可制、参勤交代が明文化されている。お手伝い普請もある。
◆正月の登城(年頭御礼)では、将軍への新年の挨拶が必須。家格(親藩・譜代・外様など)や石高によって、控室や将軍に会える順番、献上物の内容まで細かく決められている。正月以外にも五節句や八朔もある。こうした儀式への遅刻や無断欠席は、将軍への不敬とみなされ、厳しい処罰の対象となる。また豪華な装束や多額の献上物が必要。冬の未明から城門の前で待機し、吹きさらしの場所で長時間過ごすこともあり、高齢の大名にとっては命がけの公務でもあったとのこと。
◆江戸幕府の直轄領の国高は、時代とともに増加し、江戸時代中期から幕末にかけては約400万石だそうです(全国で3000万石だとか)。加賀前田家の4倍か。
◆こうした秩序がどのようにできあがっていったのか、戦国期から織豊期にかけて形成されてきたものを制度化し、徹底していったのかな。儀礼などは公家・武家でそれ以前から整えられてきたものがある。一方で藩は、監視を受けながらも、同じように家中を統制し、領内の支配は任されている。年収を上げるため、稲作とは別に諸産業の育成が進み、地域の特産品が生まれる。自立した大名、しかし全体として統制されている。
◆こうした江戸幕藩体制は古墳時代の参考になるところもあるだろう。そして、この幕藩体制ができ260年続いたのは、むろん徳川家康あってのことだ。この実力はどのようにできあがったのか。家康その人や、徳川家中の成長、関ヶ原までに獲得した領地という基盤があり、実力ナンバーワンに上り詰めたプロセスがあるわけだ。倭王権はどのようにできあがったのか。それは弥生時代の展開のなかにあり、畿内ヤマト国の成長があってのことである。倭国乱もある。が、そこに至る実力をつけるプロセスがあり、それだけの位置を占めるに至る理由があったはずだ。場所がよかったという話ではない。

2026年2月11日(水)

◆反対集会に行くことも考えていたが、無理。1966年に法律ができ、1967年2月が第1回の建国記念の日となる。紀元節を復活させる自民党の悲願が、戦後20年を経過して達成されたわけだ。そのあと国旗とか国歌に進む。8月15日を建国記念の日にするならいいですね。
◆こんなアホな祝日は、職場で仕事をするべきです。倭国ができたのはいつなのか、107年にするのか、2世紀末・3世紀初頭にするのか、そういう議論は皆無。神武即位を信じている人はさすがにないだろう。事実はどうでもいい、明治に作った紀元節を、この誇るべき日本国の建国された日として顕彰し続けることが、自民党の悲願なわけだ。そこまででもないか。靖国とか橿原神宮とか、そうか皇居でも、そこで行われる儀礼にそう関心があるわけではないだろう。紀元節がある、それでいい、ということだろう。
◆明日12日午後の仕事のための準備をやっています。昨日1日で終らなかった。なので、土曜日の近つの準備はまだ0です。

行燈山古墳

◆前方部前面がどうなるかですね。文久修了図はやはり押さえておくべきです。周濠は元々あるだろう。もし周濠がないのだとすると、近世絵図に描かれるまでの間に、周濠に見えるような地下げがなされたということになる。そうする必然性はないと思う。
◆その絵図には、周濠の凹部で画された墳丘側のヘリが描かれているわけだ。これが基壇でその上に3段が載るのか、3段の下段斜面長がここまでのびるのかはともかく、前方後円形の前面形状であったわけだ。いま見る3段の外が、削り出された自然丘陵の残丘で、その上に3段が載っているというわけではないだろう。前面の直線的な描かれ方、そして周濠があることから、それはないだろう。
◆では前方部前面の下段裾の外側はいったい何であるのか。わたしは墳裾に擁壁を立ち上げて、下段斜面を客土して埋め込んだと考えているわけです。下段斜面は埋まっているが下に続くとみる。それがどこまでいくものかはわからないけれど。
◆西側に周濠があり、それにより成形した前面斜面が、下段斜面であれ基壇斜面であれ、元はあったとみるのがよいと思っている。

纒向石塚の検討

◆ちゃんとやらないといけませんね。誰かやってくれ。墳端と考えられる定点になるものがどれだけあるのか。上面検出のラインか、下まで掘っての傾斜変換なのか、報告書をちゃんと点検しないといけません。いま描いている墳丘復元ラインが妥当かどうか、ということです。

東京から戻る

◆東京での仕事が終わった。17時過ぎから、今日の仕事の関係者と飲む。20時前に辞し、本郷3丁目から東京駅にむかう。東京発何時の「のぞみ」だったのだろうか、22分?。いま品川を出たところ。
◆帰りの新幹線は、まあ飲んだくれですわな。
◆写真は行きの富士山。関ヶ原のあたりは外を見ていなかったが、岐阜羽島のあたりは全く雪がなかった。で富士山もよく見えた。

2026年2月9日(月)東京へ

◆朝6:55の急行。鶴橋ドトールでモーニング。難波から新大阪。新幹線は20分程度の遅れ。自由席券を購入。最初8:15のぞみのホームに行くも、例の自動販売機からコーヒーが出てくる時間の中で、向かいの隣のホームに1本あとの新大阪発が止まっており、そっちに移る。8:22発だ。当初見繕った目的地ぴったりの新大阪発が9:15なので、まあ雪の遅れがあっても、大丈夫だろう。
◆京都駅、8分遅れだとか。雪化粧だよ。
◆10:53新横にむかう途上。大山の雪化粧姿を撮影した(写真)。

自分がなにたり者になれる社会

◆今日の新聞で、立ち飲みバーの人と、神戸牛の話があった。立ち飲みバーの人は元は学校の先生だった。このように、自分が生きたいように生活を変え、仕事を変え、むろんそれがうまくいくかどうかは別にせよ、生きたいように進める社会、こういう社会がこれからも続くものであってほしい。自由ということですね。
◆写真は2月9日午前の、滋賀県の雪景色。

2026年2月8日(日)選挙に行った

◆まあ、なかなか選びにくい。むろん1票の効果を考えるわけだが、小選挙区はね~。基本は、中選挙区制に戻すべきですね。
◆それとフランスでは投票2週間前から、情勢の報道をしてはならないんだとか。そうですよね、そういうこととは関係なく、誰を、どの政党を選ぶのか、自分で考えるべきですね。そういう調査そのものを規制することも、法的には難しいのかもしれないが、そもそもしない方がいい。
◆それにしても今日は寒く、大阪も雪が降っている。生駒の山が見えません。明日、東京出張なのだが、今日中に移動した方がいいのだろうか。写真は、午後になり見えてきた生駒山。

2026年2月6日(金)大学院入試第2日

◆昨日の2月6日、大学院入試の2日目が終わりました。
◆さて、この土日、やってしまわないといけない仕事をなんとか・・・。朝8時に研究室に来たが、いま10時過ぎ。研究費の残額処理の仕事をしていた。さてこれから取り掛かる。

2026年2月5日(木)大学院入試1日目

◆前期課程の冬季、および後期課程の大学院入試。10数名の受験者で、社会人および留学生を含めフルセットの作問。うち2名が事前に受験できなくなり、この日の欠席も2名。それでもうちの文学研究科のなかではもっとも多い受験生だった。
◆1730から採点した。今日6日(金)は口述試験である。考古学の受験生は1名。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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