人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
HIRC
◆この4月に文学研究科長が交代した。その方からセンター長をやってくれとお願いされ引き受けた。が、けっこう気が重いですね。都市文化研究センター時代は専任を置いたものではなかったが、この4月に専任1名が着任している(大学内の移動)。さらに9月採用でもう1人を公募中である。そして、日本史・社会学から2名、国文・教育・英文から1名の両属教員が出る。日本史のことと、HIRCのことを両方やれというもの。日本史の1人がわたしなわけです。これらコアメンバーから研究科長がセンター長を指名することになっていて、その話が来たわけだ。
◆名前をHIRCと変えたのは2025年度だが、専任も両属教員も新たに配置し、まったく新しい体制として動き出すのが、この2026年度。2025年度は、事務局は特任助教1名とアルバイト2名。今年度から専属を置いたことは画期的で、文の教員にみなかかわってほしい研究センターではあるが、専属教員が配置された以上は、そこが主導的に運営してほしいもの。
◆このあたりが難しいところですね。文全体の研究組織である。専任2人に役割を発揮してほしい。両属委員もまた主体的に役割を担うものでなければならない。そう簡単には飛躍しないとして、それでも新体制で、部局内研究センターとしての実を挙げ、都市文化研究センター時代よりも活発なものとしてレールを敷いていかなければならない、というわけだ。
◆わたしは1年でやめるつもりだが、最初が肝心ともいえ、どう運営していくものとし、何をめざしどういう活動を展開するのか、議論する1年になればよいと思う。
◆名前をHIRCと変えたのは2025年度だが、専任も両属教員も新たに配置し、まったく新しい体制として動き出すのが、この2026年度。2025年度は、事務局は特任助教1名とアルバイト2名。今年度から専属を置いたことは画期的で、文の教員にみなかかわってほしい研究センターではあるが、専属教員が配置された以上は、そこが主導的に運営してほしいもの。
◆このあたりが難しいところですね。文全体の研究組織である。専任2人に役割を発揮してほしい。両属委員もまた主体的に役割を担うものでなければならない。そう簡単には飛躍しないとして、それでも新体制で、部局内研究センターとしての実を挙げ、都市文化研究センター時代よりも活発なものとしてレールを敷いていかなければならない、というわけだ。
◆わたしは1年でやめるつもりだが、最初が肝心ともいえ、どう運営していくものとし、何をめざしどういう活動を展開するのか、議論する1年になればよいと思う。
2026年4月3日みなさんお元気ですか
◆3月に62歳となりました。2026年度、新年度が始まりました。定年退職まであと3年、なんとか勤め、無事にやめたいものです。定年後のことを考え始めました。
◆とはいえ、昨日は、新入生ガイダンスの院生ガイダンスで、支援制度を説明する役となり(HIRCのセンター長の役なんだそうです)、1日に昨年11月のパワポ資料をもらい、準備しました。一覧表があった方がいいなと思い、ネットでいろんな支援の要項を調べ一覧表にして、配布資料に含めてもらいました。でパワポを直し、15分しゃべる。
◆3日は、文学研究科の委員長会議。新年度の各種委員の委員長が前任から引継ぎをしてもらった上で、課題などの資料をまとめ、本日午後に会議がある。ほんとは委員長ではないのだが、学芸員課程運営委員会の委員長に代理を頼まれ、資料を作りアップしたのは数日前。今度は、本体ともいえるHIRCセンター長としての報告資料をつくらにゃならん。動き出しがまずは遅かったわけだが、1日に前任者にお願いし、昨日2日、資料を送ってくれ、部屋にも来て引継ぎを行った。が、項目だけ出している資料で何ともわからん。ちゃんとしたレジュメを作ろうと、昨日2日から着手。帰ってから、夜に残りをと思ったが、よわい62歳はもう無理で、1日の疲れも取れない。当日朝、9時から残りをやって10:30にはできあがる。
◆とはいえ、昨日は、新入生ガイダンスの院生ガイダンスで、支援制度を説明する役となり(HIRCのセンター長の役なんだそうです)、1日に昨年11月のパワポ資料をもらい、準備しました。一覧表があった方がいいなと思い、ネットでいろんな支援の要項を調べ一覧表にして、配布資料に含めてもらいました。でパワポを直し、15分しゃべる。
◆3日は、文学研究科の委員長会議。新年度の各種委員の委員長が前任から引継ぎをしてもらった上で、課題などの資料をまとめ、本日午後に会議がある。ほんとは委員長ではないのだが、学芸員課程運営委員会の委員長に代理を頼まれ、資料を作りアップしたのは数日前。今度は、本体ともいえるHIRCセンター長としての報告資料をつくらにゃならん。動き出しがまずは遅かったわけだが、1日に前任者にお願いし、昨日2日、資料を送ってくれ、部屋にも来て引継ぎを行った。が、項目だけ出している資料で何ともわからん。ちゃんとしたレジュメを作ろうと、昨日2日から着手。帰ってから、夜に残りをと思ったが、よわい62歳はもう無理で、1日の疲れも取れない。当日朝、9時から残りをやって10:30にはできあがる。
久津川の文書
◆文化パルクで関係文書を撮影したものを、その後読んでみました。くずし字でわからない文字も少なくない。また関係文書のすべてがあるわけでなく、宮内省が最終的に一部を買い上げることになる局面も、詳しくわかるわけではなさそうである。
2026年3月25日(水)城陽文化パルクで久津川の遺物を見る
◆小雨。明治27年の発見物のうち、甲冑などの形のまとまったものが、いわゆる国保有で東博に入り、それ以外のものが鏡7面や甲冑のパーツになったもの、鉄鏃・滑石製模造品などは、所有者に戻された。それが山城郷土資料館に行き、一部保存処理がなされ、また文化パルク城陽ができた時に移されていた。それらが、なお所有者の元にあったものを含め、あまり知られていないことですが、東博に行っていたのです。
◆今回、それらが城陽市に寄託されることが決まり、帰ってきたので、科研メンバーでそれらを見る会が、15時から開催される。
◆わたしは、その資料のなかに含まれていた、所有者が残していた文書の写真を撮った。明治27年7月の発見届に始まる。開棺前である。
◆そのあと打ち合わせを兼ねた懇親会。車だったのでノンアル。そのあと、久津川のガストにいて、最終便のひとつ前?の新幹線で帰るカミサンを迎えに行きました。
◆今回、それらが城陽市に寄託されることが決まり、帰ってきたので、科研メンバーでそれらを見る会が、15時から開催される。
◆わたしは、その資料のなかに含まれていた、所有者が残していた文書の写真を撮った。明治27年7月の発見届に始まる。開棺前である。
◆そのあと打ち合わせを兼ねた懇親会。車だったのでノンアル。そのあと、久津川のガストにいて、最終便のひとつ前?の新幹線で帰るカミサンを迎えに行きました。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。