人を幸せにする人になろう

『巨大古墳と倭の五王』

◆大学院で前方後円墳をやり始めた1988年頃、全国にどんな前方後円墳があるのか、いまのようにネットもなく、出版物も限られていた。そのなかで、この本はたいへん有用だった。あと、森浩一企画の保育社の都道府県シリーズ。出たころ、5冊ほどは買ったような気もするが、全巻そろえるということはしなかった。大学図書館?。研究室?のこれらをぜんぶめくった記憶はないが、それでも主要なものを拾うには、その頃としてはありがたいものだった。
◆前方後円墳集成は、最初の中・四国が出たのが1991年なんですね。とはいえ、これも個人がそろえるものでなく、これにしたがって資料を集めた記憶はない。

苅田御所山

◆報告書が出たと聞いたような気もするが、気のせいか。1988年に訪れた際、なんか薄暗い、不気味な感じのところだった、という印象がかすかに残る。発掘調査成果はわかっていないのだが、測量図のみで、市野山型か、と。

2026年3月28日(土)大阪まちあるき

◆土日のどっちかを仕事、どっちかは仕事をしないことにする。この日、職場に向かう近鉄のなかで町あるきをすることになる。上本町から、生国魂社や高津社を皮切りに、松屋町筋を北上、天神橋筋商店街を通り、すまいのミュージアム。そこから中崎町。そこから電車で帰ることせず、堺筋を南下。船場から島之内を通り、道頓堀。日本橋から上本町までも歩き、黒門市場を通り、最後はハイハイタウンで飲む。830から1830まで1日歩きました。
◆写真は土佐堀川で、左が船場、右が中之島。土佐堀川から左へ、東横堀が分岐する。

久津川の文書

◆文化パルクで関係文書を撮影したものを、その後読んでみました。くずし字でわからない文字も少なくない。また関係文書のすべてがあるわけでなく、宮内省が最終的に一部を買い上げることになる局面も、詳しくわかるわけではなさそうである。

2026年3月26日(木)醍醐寺

◆同志社大学のある集りがあり、カミサンも前回誘われ参加し、次回は醍醐寺で花見となったものに誘われる。車で職場に行き、1430に出て醍醐寺に。
◆初めてです。五重等は、世界遺産の構成資産となっているもののうち最古の10世紀半ば完成のもの。桜の早いものは満開で、16時でしたが観光客であふれていました。
◆ぜんぜん世界の違う人たちと、なんとか話をしました。

2026年3月25日(水)城陽文化パルクで久津川の遺物を見る

◆小雨。明治27年の発見物のうち、甲冑などの形のまとまったものが、いわゆる国保有で東博に入り、それ以外のものが鏡7面や甲冑のパーツになったもの、鉄鏃・滑石製模造品などは、所有者に戻された。それが山城郷土資料館に行き、一部保存処理がなされ、また文化パルク城陽ができた時に移されていた。それらが、なお所有者の元にあったものを含め、あまり知られていないことですが、東博に行っていたのです。
◆今回、それらが城陽市に寄託されることが決まり、帰ってきたので、科研メンバーでそれらを見る会が、15時から開催される。
◆わたしは、その資料のなかに含まれていた、所有者が残していた文書の写真を撮った。明治27年7月の発見届に始まる。開棺前である。
◆そのあと打ち合わせを兼ねた懇親会。車だったのでノンアル。そのあと、久津川のガストにいて、最終便のひとつ前?の新幹線で帰るカミサンを迎えに行きました。

2026年3月24日(火)卒業式

◆全体は中百舌鳥?。午後は森之宮講堂で文の学位授与式。15時から歴史学での学位授与。コロナでこうなったが、以前のように、文の学位授与式で全員に科長から手渡すというのに戻さないのですかね。教室での歴史学などそれぞれのところでの手渡しは、儀式としてはちょっと。
◆夕刻、卒業パーティが大阪城公園駅西のイタリア料理店で開催される。

大歴4月例会

【大阪歴史学会考古部会4月例会(2026年度大会準備報告②)】
報 告:笹栗拓
演 題:古墳時代中期における摂津・安威川流域の地域開発
日 時:2026年4月17日(金)19 時~
会 場:阿倍野市民学習センター 和室(あべのベルタ3階。地下鉄・JR 天王寺駅/近鉄阿部野橋駅より徒歩8 分)
[報告者コメント]
これまで報告者は、地形環境変化をふまえた集落動向と土器の系統論的検討からみた集落間の集団間関係を整理し、古墳時代中期を中心とする時期の当該エリアの地域開発の展開について論じてきた。今回の発表では、改めて論点と課題を確認し、大会発表への備えとしたい。
[参考文献]
笹栗拓2019「布留式土器の変容過程-八尾市佐堂遺跡と茨木市総持寺遺跡出土資料の分析を中心に-」『大阪文化財研究』第52号 (公財)大阪府文化財センター
笹栗拓2023「中期大型前方後円墳の周辺集落と地域開発-摂津・安威川流域の分析から-」『考古学研究』第64巻第4号 考古学研究会 

2026年3月21・22日七回忌

◆岳母は19年12月没、岳父は20年3月没。お2人あわせての七回忌。お墓のあるお寺と、高野山普賢院で、それぞれ七回忌供養をしていただいた。土曜日に、長男と長女もやってきてくれる。1日目には丹生都比売神社にも足を伸ばす。高野山に入って、金剛峯寺にも。
◆普賢院の宿坊で泊る。1730食事。われわれ以外の宿泊客はすべて外国人。
◆翌日朝7時から本堂での仏事などの見学をする。外国人客も順番に焼香する。8時、朝食。930からの法要のあと、奥の院の「水向地蔵」で「水塔婆供養」をする。義弟は12時の南海線で帰っていくので高野山駅に送っていく。われわれは昼に精進料理を食べ、苅萱堂や壇上伽藍、霊宝館など、高野山見学をひととおりやって、長男を新大阪に送っていく。

2026年3月20日(祝)教授会

◆この日の教授会は、文学研究科再編の議論が大きな柱だった。そして、特任で残っていた教員を含め8人が退任となる。夕刻は懇親会。森之宮に移って最初の懇親会で、アウィーナ大阪が会場だった。北面はガラス張りで大阪城が見える。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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