人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
白石先生が亡くなられた
◆新聞記事で知る。10月11日のことのようです。87歳。1938年、昭和13年のお生まれ。1942年生まれの都出先生とともに、昭和1桁代に続く世代で、古墳時代研究をリードされた。研究の幅、歴博創設にかかわり東の研究拠点を構築された役割、その後も関西に戻られ、奈良大での古市・百舌鳥の科研Aや、近つ飛鳥博物館での長きにわたる館長を勤められたことなど、論文や編著多数の研究面とともに、重要なお仕事を果たされてきたことに、敬意を表し、また感謝したい。
◆白石太一郎先生との接点を思い起こしています。
◆白石太一郎先生との接点を思い起こしています。
しばらく低空飛行です
◆ダメな自分を受け入れる。
2026年10月2日(金)システム障害と大阪歴文
◆この日、10時から大阪歴史文化研究会で、レンガの話をしていただくことになっていた。ズームでなく、報告者が森之宮に。8:30に全館放送が入り、システム障害でこの日の授業は休講とするアナウンス。なんとか、LANがつながっており、それで、自分の研究室からズームで報告をいただいた。これはぎりぎりできたということか。そのあとは、LANもwifiもダメ。
◆結局10月8日(木)まで休講となる。
◆結局10月8日(木)まで休講となる。
本陣と脇本陣がともに残るデンケン
◆本陣と脇本陣がともに残るのですね。前に笠岡に行った帰りに立ち
寄ったことがあるが、その時はデンケンになっていなかったと思う。デンケン指定は最近だと思う。
◆酒造業の石井家が本陣、金貸しの高草家が脇本陣。本陣の解説ボランティアの方に丁寧に説明いただいた。こっちは町のものとなり、公営のようだ。酒蔵場をちゃんとした展示室にしている(下)。重文指定は早く、公開施設とするための保存修理の事業が、当時のお金でかなりの金額をかけて行われている。同じく重文
になっている脇本陣とともに、江戸期の家屋の公開施設は、この2つ。ほかの時代は下る町屋も、物販や飲食店として利用されているものはあるが、公開施設になっているものは少ない。空き家が少ないのだろう。
◆酒造業の石井家が本陣、金貸しの高草家が脇本陣。本陣の解説ボランティアの方に丁寧に説明いただいた。こっちは町のものとなり、公営のようだ。酒蔵場をちゃんとした展示室にしている(下)。重文指定は早く、公開施設とするための保存修理の事業が、当時のお金でかなりの金額をかけて行われている。同じく重文
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。