人を幸せにする人になろう

2025年9月16日(火)合同調査2日目

◆初日は終了後に森之宮に行き、仕事をしました。それで終わらせたつもりなんですが、まずい点に気づき差し替えが必要となり、また明日、つまりは本日にズレ込む。
◆合同調査2日目は、和泉中央駅の集合時間に遅れる。午前は農業関係の聞き取り調査に参加する。泉州、そしてここ横山にとって、昭和20年代・30年代のみかん景気はすごかったわけです。収穫時期には主に北陸から出稼ぎ者が多く来ていたらしい。横山地区の盆地周囲の山々はみな「みかん山」だったわけです。
◆午前の終了後、昨日の仕事の続きをやっつける(場所を移して)。14時過ぎに下宮に戻り、午後は、1人、水路を歩く。写真はオノウト神社の前を通る二ノ井の水路。

2025年和泉市合同調査

◆15・16・17日で、和泉市横山地区の下宮町で実施。840和泉中央で院生らを乗せて現地へ。初日の月曜日は敬老の日。午前、ある班と村を歩く。旧道に面した古い家屋にみかん蔵がまだ残っている。この旧道は、槙尾川沿いに池田谷に抜けるほんとの旧道。村は山裾の道沿いに長くのびる。デンバタは、そこから槇尾川までの段々に下がる緩傾斜地。歩いていくと山側に大きな墓地がある。これ横山地区の共同墓地だそうである。
◆午後は町会の聞き取りに参加。「支配割」という言葉があるのですね。200戸を越えていたのが、いま135戸だそうである。いまの町会の活動を担うのは自分より10歳くらい上の世代だろうか。家があり、田があり山もある。通えるところで就職し、家を継いできた人たちである。しかし離れる人も当然出てくる。空き家も多くなり、耕作していないデンバタも増えていく。いまの日本の縮図ですと、町会長さん。

令和の5公5民というそうです

◆9月14日、いまシンドイ作業をやっていますが、仲間に助けられ、今日・明日頑張れば何とかなりそうなところまで、こぎつけています。
◆右図、税と保険料をあわせ、半分近く取られるとのこと。

大歴考古部会

◆9月例会です。

報 告:西川 輝政 氏
演 題:古墳時代前期における円筒埴輪の規格
日 時:2025年9月19日(金)19時~
会 場:阿倍野市民学習センター 和室
(あべのベルタ3階。地下鉄・JR 天王寺駅/近鉄阿部野橋駅より徒歩8 分)
[報告者コメント]
古墳時代に用いられた埴輪のうち最も古く位置づけられる「Ⅰ群」の円筒埴輪は、吉備地域の特殊器台を基に創出され、畿内地域を中心として各地で受容された。円筒埴輪に見出せる諸要素のうち、口縁部高、突帯間隔、底部高は、円筒埴輪の規格性と関係する。今回の発表では、規格に着目してⅠ群円筒埴輪の分類を行い、その変遷や分布の検討を踏まえて、古墳時代前期における円筒埴輪の様相について考察する。

松岳山古墳の復元は難しい

◆測量概報で、およその段築復元案を示した。が、ちゃんとテラス面を取って、上・中・下段に塗り分けた復元図を出しているわけではない。現在は、前方後円墳の段築復元をする際、主軸にあわせて配置し復元する手順のスタンダードを決めている。が、松岳山についてはやっていない。国土座標のまま、測量図の報告として出し、それに復元線を入れたにとどまる。
◆で、やってみるか、と。ひとまず概報段階の復元をなぞったものを作成した。前方部前面は主軸と斜交するとみるほかないのだが、ひとまず直交で(下段をどう収めてよいか容易には決められないので)。
◆全体として、テラス面にあたるとおもわれる平坦面あるいは緩斜面部もあるが限られている。再度、図面をにらみながら、妥当な調整をする必要がある。そして、やはり現場に行かないといけませんね。図面をもって斜面をくまなく歩き、垂直壁が顔を出しているところはないだろうが、テラス面をさぐり、所見を記入していくことをやらないとダメですね。
◆紫金山も難しい・・・

石炭を使ったことがありますか

◆どのくらいの世代まで石炭を使ったことがあるのだろうか。小学校の頃、石炭ストーブだったかもしれないが覚えていない。弁当を温めていた記憶があるが、小学校は給食なので、小学校以前の記憶か。自分の世代は、ものごころついた頃、家ではおそらく既に石油ストーブになっていた。石炭ストーブを見たことはない。1970年頃には石炭は身近なものでなくなっている。
◆ところが大学時代の1980年代。クラブの部室は石炭ストーブで、石炭の配給があった。なくなったら学生部にもらいにいくのだろう(記憶はないが)。そこで、ストーブに石炭を放り込むという経験をしたわけです。さすがに、いまはもうないだろう。

明日の大歴考古部会

◆大阪歴史学会考古部会8月例会
報 告:山崎 公輔 氏
演 題:大津市沢組遺跡の発掘調査―古墳時代後期から飛鳥時代における須恵器窯の調査成果-
日 時:2025年8月29日(金)19時~
会 場:阿倍野市民学習センター 第3会議室
(あべのベルタ3階。地下鉄・JR 天王寺駅/近鉄阿部野橋駅より徒歩8 分)
[報告者コメント]
沢組遺跡は大津市真野四丁目に広がる須恵器の窯跡として周知されている。令和5~6年度にかけて大津市が実施した発掘調査では、古墳時代後期~飛鳥時代の須恵器窯3基と窯状遺構1基を検出した。また、須恵器窯の一つは、窯体内に多量の須恵器が残存しており、窯詰状況がわかる資料である。今回の発表では、この発掘調査成果とともに、これらの資料を用いた工人集団の復元に関する試案について報告する。

2025年8月25日(月)久津川形象埴輪

◆Y田さんが、レボポイントの作業を1日やってくれました。20点できたそうです。スピードもアップしてますね。1箱だけ預かってきたが、残り資料も少なくなり、次回までには2・3箱は借り出す必要がある。で、こっちは写真を撮影し、完了したら戻すというのが理想ですね。

中浜村

◆中世に四天王寺の新開庄の一部だったようですね。さかのぼって鎌倉ぐらいなんでしょうか。

森之宮新キャンパス

◆ちょっと探索にでかけた。すぐ東を川が北へ流れ(平野川でした)、そこに衛門橋という橋がかかり、東に進むと地蔵堂があり、古い蔵をもつ家屋もあった。街道なのかとも思ったが、そうではないようだ。帰ってきて、仮製図と、1921年図を確認した。川の向こうは「中濱村」、神社もある。大きな古民家は旧庄屋宅なのでしょうか。
◆キャンパスは、1921年図では練兵場になっていますが、そのあとは大阪砲兵工廠に拡大されていった場所である。さてこの平野川西側の新キャンパス部分、大和側の流れ込む低湿地であったが、そこがタンボになり、中濱村ができてくるのは、いつごろなんだろうか。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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