人を幸せにする人になろう

とはいえ8月1日から3日は大阪城なんです

◆8月1日から3日は大阪城サウンディングⅢ(2日午後は奈良大)。豊臣天守台と山里。豊臣天守台をわれわれは捕まえて いるんですよ、実は。みんなでやっているが、位置を決めたり、その位置を拾ったり、掘削状況を記録し、のち検討する、という実質をほぼ自分がやっています。8月1日が近づき、ほんとのところどうする、具体的にどこを、と考えるのに、これもだいぶ時間を取られる。
◆8月7日のシンポの準備は0。8月6日のオープンキャンパスのパネルの準備も0。でもこれは、手を抜こう。新しくせんでも、去年のでいいじゃないですか。8月1日の大歴委員会の準備はちょっとした。

2016年7月29日久津川車塚現場モードへ

◆8:30天王寺レンタカー屋。9:00大学、荷物積み込み、車塚着。宿舎に行き、大家さんから鍵を受け 取り、家に宿舎関係の荷物を入れる。ちょうどガス屋さんも来て、開栓前のチェック。
◆現場に行き、テントを置いて、機械掘削の状況を見に行く。雨で1日稼働しなかったこともあり、思ったより進んでいない。というか、まだまだですね。掩体壕のある中段くびれ部は、予想通り下半分は削り込まれ、斜面は残っていない。掩体壕裾部に大きな境界溝がドカンと掘り抜かれている。で下段上面テラスはやはり残存せず。まあ要するに、ちょっと下の造り出し上面まで削り込まれている、ということ。テラス面相当位置の赤土が見える。昨年、造り出し方形埴輪列の東北隅の抜き穴があったが、その東で、生きている埴輪1個体が検出されている(箕の上に土嚢を置いているところ)。そこから南は掩体壕もあり掘れないが、これで、隅部推定抜き取り坑と、それに続く南行き1個体分の列が確認できた、ということになる。

◆そして谷間のVゾーン!。黄色粘質土ががっつり。ああ、またこの土との戦いか、と。地山削り出しの墳丘土の赤と、谷間に堆積した黄色がV字をなしていますよ。その黄色を削っているところでした。来週には、より大きな機械を入れるよう。第1週は、機械掘削と平行して、墳丘側の調査区整備から、ということになりそうである。
◆昨日、衣料乾燥機をアマゾンで発注。製氷器はやめときます。水道の口がないといけないだろうし。今年は冷蔵庫が2ドアの大きいのになるので、スーパーの氷でいくことにする。
◆こっちは、8月に現場に行くため、金曜午後、土日、残務をひたすら片づける!

ヒストリアの発送

◆火曜日・水曜日・木曜日と、大歴事務局の仕事の比重が高まる。とくに、事務局発送をしてきた会誌を、印刷会社発送に切り替える提案をするための資料作り、に時間を取られる。希望としては、来週の委員会で承認をえて、8月号から、もうそうしたい、と。経費はむろんかかる。従来の学生などの臨時アルバイトの謝金と比べて、年間〓万円余計にかかる。
◆しかしまあ、固定事務局を置けず、大学もちまわりでの体制で、庶務委員になってもらう院生も少なくなっている現在、庶務委員の労力をできるだけ軽減することは、うちの大学の問題だけでなく、今後も繰り返される移転先の事務局運営にとっても、たぶんやっておいた方がいい措置。従来よりも、それほど大きな経費がかかるわけでもなく、いずれ切り替えるなら、早くやってしまうに越したことはない。

ついでに造出陰影図

◆去年はとにかく、経費的な問題で計測作業だけやってもらっていた。年度が変わり、これについ ては、科研の分担金で発注することにし、葺石の平面・立面陰影図、および造り出し上面の陰影図をお願いした。まだ完全に上がっていないが、平面は上面といわず全部の陰影図が作られている。横からの、造り出しの起伏もなかなかに美しい(オレンジのやつ)。

久津川車塚の発掘2016の案内

◆8月1日、人力掘削開始。9月中旬、終了予定。造り出し北辺と後円部との谷間、下段テラス面(ほ ぼ削平されている見込み)。そして埋葬施設の確認(陥没埴輪をぜんぶ上げ、一部下げて寸止め)。余裕があれば、中段斜面、中段テラス面と上段くびれ部裾の検出、という予定。
◆右の足がまだ痛く、完全に走ったり飛んだりはできない。2か月ほどまえは、けっこう痛くて病院に行こうかと思ったが、それに比べるとマシになってきた。とはいえ、ここで無理すると、一生、足を引きずりそうである。もう52歳だし、今年の夏は「口で掘る」ことにしよう。

あかん大阪城の仕事で時間が・・・

◆おーぷんきゃんぱす、陵墓シンポ、大歴事務局の仕事、久津川車塚、あれやこれやが襲ってきて、全部はできん!。試験が二つ、答案をいつ読むのだろう。で、今日は朝から大歴関係で郵便局廻りをし、そのあと大阪城の8月1日からのサウンディングのことをやっていると、もう夕方。いまから博物館概論の試験ですわ。

で大阪城

◆ひとまず山里の現状測量(見積もり35万円)。本丸の石垣の計測は継続したいが、前にも書いたが、ドローンでとは思うが・・・。本腰を入れるには・・・。ごまめの歯ぎしり・・・。金を取ってきて、さっさとやる、というのがベストですかね。
◆大阪城にかかわって以来、機会あるごとにアジっていることを、『秀吉と大坂』で文章にもしたが・・・。宇治市Sさんの話ではないが、文化財は厳選されたものを守る時代ではなくなり、町づくりとして取り組む時代になっている。一方では観光圧力も働きがちだし、活用!活用!活用!といわれがち、が、残していくことそのものが重要であるというのも真理。文化財の専門は、遺構の保存を前提としつつ、その意味や魅力を加えていく味付けの実を、都市計画の庁内議論のなかで一歩ずつ進めていく、のが役割なんだろう。
◆とはいえ、そもそも、開発に対応する受け身的な行政から、そこここにある歴史や文化を大事にしていこう、それを現代社会に活かしていこうという、合意がなければ始まらない。実際には、観光!観光!というなかで進んでいる面は否めないわけだが、そういう力が働かなければ、やりたいこともできないわけです。地域の魅力を、歴史や文化を、というベクトルがそもそもなければ、古いままということになる。
◆金沢城の話をいろいろ聞くと、いくつかの段階で、いろんなファクターが働き、そのなかで調査研究所の組織化や、事業認定や、いまのポジションを積み上げてきている。局面局面で、機会をのがさず文化財の実を獲得していった、そのへんの県文化財の判断に敬意を表したい。県の最初の石垣調査は1990年代初頭のようで、おそらく金沢大学の移転話とパラレルなんだろうが、完全移転して、建物撤去に5年、で、2001年に調査研究室で出発して15年、これだけの成果を挙げているわけだ。先のことはわからない面もあるというが、積み上げている実績は無視できないだろうし、当面は極端な情勢変化はないのでは。

石垣と考古学者

◆金沢城でお世話になったお礼のメールをして、帰ってきた返信です。すいません、紹介させてもらいます。「城郭整備、特に石垣整備は解体修理が避けられないだけに、遺構のもつ歴史情報がどれほど繊細で、その保存が如何に重要かを誰よりもよく知っている考古学研究者が、もっと声を大にして発言してほしい」。
◆安全を考えると、危険なところは解体修理せざるをえない。一方で、石垣には、過去の修理など、実に豊富な情報があり、丁寧な発掘でそれを取り出す機会にもなる一方で、重なりをもつ遺構の履歴を消してしまう、という行為にもなってしまう。安全性の声が高まると、解体修理への圧力が高まる。しかし、ほんとうのところ、どこまで危ないのか、ということがどれほど追及されて、バックデータをふまえて、ここまでやらなあかんか、ということが決められているのか、という問題なんだろう。こないだ行ったときも、「将来に委ねる」という言葉が印象的でした。むろん、そういう側でも、この程度だから100年200年は大丈夫、といったデータは必要ではあろう。そのへんは経年的変化を正確につかまえられるのか、という課題が、金沢城で取り組もうとしているものであり、技術的な問題でもあるわけだ。
◆安全対策、といわれると、なかなか反論しにくい、という面が実際にはあるのでしょう。緊急 性のあるところには注意をむけるとして、全体として急がなくてもいい、じっくり観察しデータを整えておく、ひとまず安定している孕みを、なにがなんでも直すことはなく「将来に委ねる」、といった姿勢も必要なんでしょう。
◆岡山城では、解体修理すると平成の石垣になる、ということで、詰め物をして対応している話を前に岡山市教委の人に聞いた。これについても、その手法もだんだんうまくなってきて、なかなか見た目ではわからないように上手になっている、といった話も聞いた。間詰め石の落下、草が生えてくる、という点でも、この石垣の隙間に樹脂?をつめていく方法はいいのではないか、と思った。隙間を強化しておくわけで、石と石が接しているところはそのままだし、すべてをパックするわけではなく、水はちゃんと抜けるわけで。そのへんの判断について、また機会があれば聞いてみよう。文化庁が石垣整備の研究会を開催しており、来年1月は金沢城である。行ってみたいが、平日で教授会もあり・・・
◆自分がどこまで首をつっこめるかは、?、であるが。また、こう書いてきて、どこかの古墳のことが頭に浮かんだ。

7月25日、その後、現場・宿舎機材の準備

◆倉庫から、発掘機材はテントくらいだが、あとは鍋釜、食器、扇風機など、宿舎関係の機材を出 してきて、搬出準備を行う。テントが汚いので、文学部棟の南で水をかけて洗う。途中、大学の園芸係の軽トラが通りかかり、われわれがチマチマやっているのを見かねて、園芸用の大型ホースを貸してくれました。全身、濡れましたが・・・。
◆もちろん、洗って倉庫に入れるべきところであることは言うまでもありません。しかし、はたと。そうか、去年は、自分は入院していて、院生らが片づけてくれたんだ、と。いつものことながら少人数でやっているが、昨年10月の片づけ、さぞかし大変であったろう。

2016年7月25日KR14埴輪整理

◆袋ナンバー、残る35、50~65、67~69を完了し、ひととおり終了した。本日は、ゲスト参加1名 も加わりました。
◆そのあと、これまでは日付を基準とした通し番号だったが、それを、北区、南区、東拡張区、西拡張区、の4区に分けて収納するところまでをやりました。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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