人を幸せにする人になろう

市野山(イチノベオシハワケ墓)

◆前方部を北に向ける。拝所には寄らず、東側縁を南へ。前も南から来たが、同じルート。埴輪がやっぱりぱらf9b2f61e.JPGぱらと落ちている。また今度は西側を行こう。とはいえ、陵墓の場合、堤の宮内庁1ea750f8.JPG境界に沿って歩ける道がずべてめぐっているわけではない。ぐるりと遊歩道があればいいのだが、そうもいかない。

志貴懸主神社

◆惣社にある。河内国府やで~。延喜式内社。とくだんコメントできることなし。古い神社だが、あまり隆盛しなかったか。現代の境内地は狭く社殿も新しい。e17f3578.JPG

2011年11月3日、古市古墳群を行く

◆いっぱい仕事はあるが、歩くか、と前から話をしていた。古市古墳群をぜんぶ廻ることを漠然と考えていた。b58bc2f3.JPGが、朝、5時頃まで眠れなかったため、起きたら10時半。準備して(といってもaf8e7c31.JPG地図をもつ程度)、11時に自宅を出る。
◆国分から国府へ、(1)国府八幡神社、(2)志貴懸主神社、(3)市野山古墳、土師ノ里、(4)鍋塚、(5)仲津山古墳、(6)盾塚公園、(7)助太山古墳、(8)(9)三ツ塚の残り二つ、(10)古室山古墳、(11)大鳥塚古墳、(12)誉田御廟山古墳、誉田丸山古墳、(昼飯)、(13)はざみ山古墳、(14)野中宮山古墳、(15)墓山古墳、(16)浄元寺山古墳、(17)青山古墳、(18)翠鳥園遺跡公園、(19)峯が塚古墳、(20)小口山古墳、(21)白髪山古墳、(22)小白髪山古墳、(23)軽里大塚(白鳥塚)。
◆ほんとは、安閑陵まで下がって、岡ミサンザイまで、羽曳野丘陵西縁を北上し、藤井寺駅をゴールと考えていたが、時間的に難しくなったので、墓山から安閑でなく、峯が塚に行って古市駅となる。例によって、二上山で大阪線まで歩き、河内国分、ライフに買い物に行き、帰ってきた。
◆いっぱいまわり、写真も多い。書いていたらキリがないのだが、いけるところまで。

カリン

◆鉢伏山西峯古墳に行くため、羽曳野霊園の道路を進んでいると、路面になにやらゴロゴロころがっている。カリ1e18feec.JPGンだ!。思わず車を止めて、よっつほどヒラウ。誰も取らないんかね~。香りをかぐ。研究室にころがしておこう。
 

松岳山は雨

◆【岸本・澤田・高島・道上・藤林】あいにくの天気。8:30国分駅集合。前方部に攻め込むための基準点測量。db90eea4.jpg
◆p32を新規に打ち、そこからp33・p34を打設。さらにp34から前方部北稜線沿いにp35を打つ。この位置は復元した場合の前方部西北隅角。
◆レベルを落とし、11時過ぎに澤田班稼働(澤田・道上・藤林)、p34にマシンを立てる。岸本班は遅れてp33に立てる。点検すると、ほぼ問題なく春の図と連続し、基準点測量・水準移動には問題ないようだ。しかし数本入れたところで12時をまわり、雨もかなりのものとなり、昼休みにする。
◆弁当を買っていたが、暖かいところをもとめて国分の店に入る。13:30、外へ出ると、雨はあいかわらず。回復の見込みなしと判断し、マシンを撤収し、本日は無念の終了となる。昼に帰った藤林をのぞく4人で、近つへ。
◆鉢伏山西峯・観音塚・飛鳥戸神社・竹ノ内資料館経由で近つへ。駐車場はほぼ満杯。そこに大型バス1台。白神さんと白石さんの講演会だった。近つへは11月23日に学生と訪れる予定だったので、関本さんに送ってもらっていた招待券をもっていなかったが、同僚の方にわざわざ招待券をもって来ていただいく(お名前覚えておらずすいません)。埴輪がメインとはいえ、ほぼ古市・百舌鳥の主立った埴輪すべてが並んでいるのは壮観。勉強になる
 

2011年10月29日

◆カミさんは昨日は鳥取、今日から松山へ出張した。大学に来て、博物館課程の仕事をするかたわら、いろんなことを、あれこれ片付けたりなどして日が暮れた。明日は曇り時々雨という。つらいね~。
◆今日はほんとは今年度下半期以降の調査や報告書やといった覚悟を決めようとしていたのだが、ま、それは帰りの車の中で、おおよそ腹は決まった。実行あるのみ。
◆カミさんは松山に行き、吉田のところの大学ミュージアムに行くらしい。なんで行くのか忘れた。オレも、博物館学芸員養成課程の件で、吉田のところに話を聞きに行きたくて一緒に出張しようかとも考えたが、明日は(今日か)測量を入れたのでなのでパスした。バッテリーも充電している。国分神社にも電話を入れた。まあ、世の中のゴタゴタを忘れ、楽しく測量しよう。1時をまわったので寝るか。
◆ついでに。ビンラディンの殺害に続き、カダフィが殺害され映像が流れた。人を殺すことが当たり前に行われ、アメリカなんぞが声明を発表する。忘れたが、国連事務総長が認めたらあかんやろ。ちゃんと裁判にかけろ、というべき。1時半になった。

教育基本条例

◆けっこう新聞でも取り上げてくれている。ここで議論するつもりはない。ひとつだけ、橋下は市民のニーズという、それのバックデータはなにもないということだ。市民は公教育に何を望んでいるのか、不満があるとするとどういうことなのか、だ。これをアンケート調査し分析し、+それが実現していない要因は何かの分析、その先に、ではどうするのか、という方策を立てる、という順序を踏んでいないことは明らかだ。
◆市民のニーズって簡単に言うな、っての。自分が見聞きする範囲の感触も大事だろう、当たってないとはいわない、しかし、それを裏付けるデータもないのに、いまの公教育が市民のニーズにあわないなんて、簡単に言うな。独善にすぎない。

松岳山古墳の測量を再開します

◆GWで止まっていたもの、季節も測量しやすい時期となり、この日曜日から再開する。11月中にあと4日、12月中に2日、年明け含め、終わらんかね~。石田さんのはからいで関西大学の院生・学生にも、お手伝いいただくことができそうだ。うちの日本史の学生にもよびかけてみよう。
◆30日は、大阪市のさくやこのはな高校の学生の実習参加のはずが、不人気で人が集まらずなくなる。発掘現場を経験したいといっても無理。高校生に対処するため、澤田さんにも助っ人に来ていただくことになっているが、そんなんで平板5セットはなくなるので、トータルステーション2台でかせごう。
◆堅山家文書が見れるようになり、柏原市の歴史資料館に移されたらしく、税所篤の松岳山調査関係の地元文書にようやく対面できる条件となった。安村さんに連絡いただいたが、まだ見ていない。調書は小林の報告書に載っているが、出土品の絵図がほかにあり、これが見たいわけである。梅原は見たが、小林調査の段階で既にシャットアウトであったようだが、ようよう見れるのはウレシイ限りだ。フリアの三角縁神獣鏡について、梅原は松岳山とみているとのことだが、それはどっから来ているのかね~、下垣さん。また教えてチョ。
◆だいたい機材は積んだ。忘れもんないかね~。バッテリーチャージャーが見あたらないが、たぶん自宅。作戦もすこし考えた。

誰か教えて

◆3回生の考古の1人が条里をやりたいと・・・。う~ん、とは思う。おおむね現状は一定のところに到達し、なかなか新たな良好事例などは出てくるものではない。7世紀後半は長原、池島・福万寺で決着している。その後の段階的発展もおおむね描かれている。現状をどう把握し、やるならどういうところが突っ込みうるかだが、この分野は考古ではなかなか・・・、と思う。
◆やるとすれば、やりかえ。河内平野でも、長原、池島・福万寺のものは現存条里と違う。すなわち割り直しをやっている。見通しとしては、シワツ道基準から大津道基準への変更ではないかと考えている。島上・島下についても、淀川平行の旧条里がある段階で方位にあわせて割り直しをやってるはずだ。そういうことは対象になりうる。
◆ここで、知っている人に問いたいのは、条里の109mがどこからきたのか、という説明を読んだことがないことだ。代が町反歩制になったところで、出てくるのは106mなんでしょ。そういう地割をさがしちゃいるけど見つからない。それはそれとして、なんで109なんか。オレが思うには、同じでないの。条里を切る際に、106mの田面積を確保するために、その外に両サイドあわせて1.5歩とった、そういうもんではないんかと。誰か教えて!

科研申請が終わった

◆科研の申請やっと終わる。最終日の〆切20分前、いつものことながら・・・。このテーマ、今年度落っこちたものだが、改めて別のヒネリをひとつはさんで書き直した。申請書としてはよくなったとは思うが、結果は4月待ち。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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