人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
写真が出てこず・・・
◆今日は国公立2次前期。入構許可をもらい、研究室で仕事をしている。和泉市史の寺院の原稿の書き直しを終
え、挿図のリスト作り。だが、坂本寺の軽寺式の、いちばんいい写真が出てこない。図面からすると、近つに大阪府調査分でいちばんいい須恵質のヤツがあるはずで、写真を撮ったはずだが・・・。【追記:違った。現在の禅寂寺保管分の瓦だ】
◆もうフィルムを捨てようと、年度末などにすこし金があるとフィルムスキャンをしてきた。だが、デジタル化したのはいいが、それをきっちり整理するところまでいかない・・・。また、もともとデジタルなものも、外付けハードディスクが壊れたことがあり、復旧に出したが復元できなかった画像もある。
◆で、またフォトCDを見直していると、こんな写真が出てきたので挙げておく。楯築の給水塔の上でのヒトコマである。
◆もうフィルムを捨てようと、年度末などにすこし金があるとフィルムスキャンをしてきた。だが、デジタル化したのはいいが、それをきっちり整理するところまでいかない・・・。また、もともとデジタルなものも、外付けハードディスクが壊れたことがあり、復旧に出したが復元できなかった画像もある。
◆で、またフォトCDを見直していると、こんな写真が出てきたので挙げておく。楯築の給水塔の上でのヒトコマである。
津堂城山古墳の測量
◆共和さんに見積をもらい、藤井寺市にも了解をもらった。なんとか、3月に計測作業ができそうである。業者に依頼したのは内堀以内5万㎡。だが既に道路や宅地になっている堤、外堀、外堤もある。完成形態としては、それら全体を含めた図に最終的にすることが望ましい。さらにいえば、現状図のみならず、開発前の空中写真などから、以前の姿の図も作れないかとは思うが、一気にはいかない。まずは内堀以内の部分についてやっつけよう。
◆測量図をちゃんとつくって、発掘調査地点を落とし込んで、共有できるデータを提供したい(点群データなども、こんど作るホームページにアップして、誰でも使ってもらえればよい)。第一義的には藤井寺市さんに、今後の調査や活用に役立てていただければいいし、みなそれを使って研究してくれればよい。
◆うちとしては、これまでに確認されている遺構、出土している埴輪、埋葬施設、宮内庁にある副葬品もすべてまとめ上げて報告書を作るのが夢である。既に今年度、鏡については写真撮影に行った。その他の副葬品も、それぞれのプロに先端的な観点から検討してもらい、ホムダワケ墓について、総合的に研究してみたい。
辛亥の変を考えている
◆このところ、ついつい辛亥の変のことを考えている。すべてすっきりさせたい、というのが目標。没頭したいがそうもいかない。セーブしながら、だけども4月の現地見学検討会にむけて、考えを重ねたい。
◆昨日、誉田御廟山の事後検討会に西田孝司さんも来ておられ、午前中の見学コースについて、いろいろと考えていただいているようであった。ありがたい限りだ。西田さんすいません。ちゃんと打ち合わせをします、もうちょっと待ってください・・・。
◆昨日、誉田御廟山の事後検討会に西田孝司さんも来ておられ、午前中の見学コースについて、いろいろと考えていただいているようであった。ありがたい限りだ。西田さんすいません。ちゃんと打ち合わせをします、もうちょっと待ってください・・・。
アカデミックハラスメント
◆02月22日の教授会の前に人権問題の講演会があり、今年度はアカデミックハラスメントであった。毎年、1回ないし2回、教授会の前にあって、出席は少なかったりするが、勉強になるので必ず出るようにしている。
◆で、今回、学生・院生に対してどのように指導するか、どういうのがダメで、どういうのが望ましいのか、DVDでの紹介を含めて話があった。一般論では、当事者同士を離すこと、民間企業であれば部署を変えるということになるが、大学では、指導教員と院生などの関係は代え難い。さすれば予防である。そして、いかにささいな段階でとどめ、感情的な反発に至る前に、事態が深刻にならないように回避するかだと。IメッセージというのとYouメッセージというらしく、「おまえはああだ」(そもそも「おまえ」がダメ)ではなく、「わたしはこう思うよ」という言い方にする、あるいは「ここがダメ」ではなく「こういう風にすればもっとよくなるよ」といった言い方など、いろいろ示唆があった。コミュニケーションの取り方をすこし変えてみる、ということ。
◆指摘されると、自分もあたっていないことはないな~、と反省する。「なんでやってへんねん」と言ってみたところではじまらないわけだ。反発をくらうだけの言い方はダメ。指導したり、指摘したり、アドバイスしたり、それはしなければならない。正しいことを言っているのでも、言い方や、くりかえししつこく言うことで、ダメージを与えてしまうこともある、ということを認識せよと。
◆ハラスメント加害者の分類として、自己愛型(細分として誇大妄想型・徹底管理型・被害妄想型)、ストレス習慣型、楽観主義型、があるそうだ。
◆いまや叩いて克己していくことを期待するのはペケである。まあ、言い方の前に、日頃の信頼関係もむろんあるだろう。いずれにしても、放任で自主性に任すということもダメであるし、距離感と言い方だ。難しいが勉強になった。
◆で、今回、学生・院生に対してどのように指導するか、どういうのがダメで、どういうのが望ましいのか、DVDでの紹介を含めて話があった。一般論では、当事者同士を離すこと、民間企業であれば部署を変えるということになるが、大学では、指導教員と院生などの関係は代え難い。さすれば予防である。そして、いかにささいな段階でとどめ、感情的な反発に至る前に、事態が深刻にならないように回避するかだと。IメッセージというのとYouメッセージというらしく、「おまえはああだ」(そもそも「おまえ」がダメ)ではなく、「わたしはこう思うよ」という言い方にする、あるいは「ここがダメ」ではなく「こういう風にすればもっとよくなるよ」といった言い方など、いろいろ示唆があった。コミュニケーションの取り方をすこし変えてみる、ということ。
◆指摘されると、自分もあたっていないことはないな~、と反省する。「なんでやってへんねん」と言ってみたところではじまらないわけだ。反発をくらうだけの言い方はダメ。指導したり、指摘したり、アドバイスしたり、それはしなければならない。正しいことを言っているのでも、言い方や、くりかえししつこく言うことで、ダメージを与えてしまうこともある、ということを認識せよと。
◆ハラスメント加害者の分類として、自己愛型(細分として誇大妄想型・徹底管理型・被害妄想型)、ストレス習慣型、楽観主義型、があるそうだ。
◆いまや叩いて克己していくことを期待するのはペケである。まあ、言い方の前に、日頃の信頼関係もむろんあるだろう。いずれにしても、放任で自主性に任すということもダメであるし、距離感と言い方だ。難しいが勉強になった。
続き
◆それにしてもヘリコプターは飛んでいる、カメラの数も多かった。
◆さてと、立ち入り前の2月20日に、共同通信が前方部のトップに方形土壇があるという報道を配信し記事になった。しかし、図面を見たらわかるし、2006年に近つでしゃべったときもそこに方形壇を表示しておいた。ミサンザイや太田茶臼山古墳にもある。ヒバスにもある。むろん、巣山や心合寺山などにもある。オレのいう執政王墓にはけっこうあるが、神聖王墓では西殿塚以降、あんまりないな~という印象はある。
◆だが、問題はそれではなく、宮内庁は内部委員には墳頂まで上げているのに、学会側には堤までかと、それをマスコミからつつかれたというのである。前日にちょっと聞きかじったが、何が問題になっているか知らなかったが、そういう報道が直前に出たこと、そして、なんで堤までか、ということへの対応で、学会側の事務局は迷惑を被ったということのようだ。
◆が、まあ、むこうさんは役所の委員ですから、向こう側なのであって、まったくこっちとは立場は違うわけで、いっしょに議論することがそもそもおかしいのである。宮内庁が、今後、大仙や誉田御廟山やミサンザイや、これまで護岸工事などができていない巨大墳について、これからどうしていくか内部での検討を進めているということは、宮内庁交渉のなかで聞いている。そのために必要と判断して専門家である委員に現地視察をしてもらうのは当たり前なのである。
◆こっちはこっちで、2006年以来の交渉で立ち入りが実現し、それ以来、水堀のあるものは安全上、舟で墳丘に渡ることはちょっと現段階では難しいと言われており、それはそれで仕方がないことだと思っている。前に挙げた御廟山の立ち入り記事のなかでも、宮内庁の担当官もいずれは実現できるようにしたいと言っており、オレは、納得しているし期待している。
◆マスコミは、それくらいは理解しないと。こちらになぜ「堤までなんや」と言われても困るのである。内部委員には舟で墳丘に入れているのに、なぜ学会側には困難としているのか(むろんその場合も墳丘下段までだが)、それは宮内庁側に問い合わせる事項である。
◆さてと、立ち入り前の2月20日に、共同通信が前方部のトップに方形土壇があるという報道を配信し記事になった。しかし、図面を見たらわかるし、2006年に近つでしゃべったときもそこに方形壇を表示しておいた。ミサンザイや太田茶臼山古墳にもある。ヒバスにもある。むろん、巣山や心合寺山などにもある。オレのいう執政王墓にはけっこうあるが、神聖王墓では西殿塚以降、あんまりないな~という印象はある。
◆だが、問題はそれではなく、宮内庁は内部委員には墳頂まで上げているのに、学会側には堤までかと、それをマスコミからつつかれたというのである。前日にちょっと聞きかじったが、何が問題になっているか知らなかったが、そういう報道が直前に出たこと、そして、なんで堤までか、ということへの対応で、学会側の事務局は迷惑を被ったということのようだ。
◆が、まあ、むこうさんは役所の委員ですから、向こう側なのであって、まったくこっちとは立場は違うわけで、いっしょに議論することがそもそもおかしいのである。宮内庁が、今後、大仙や誉田御廟山やミサンザイや、これまで護岸工事などができていない巨大墳について、これからどうしていくか内部での検討を進めているということは、宮内庁交渉のなかで聞いている。そのために必要と判断して専門家である委員に現地視察をしてもらうのは当たり前なのである。
◆こっちはこっちで、2006年以来の交渉で立ち入りが実現し、それ以来、水堀のあるものは安全上、舟で墳丘に渡ることはちょっと現段階では難しいと言われており、それはそれで仕方がないことだと思っている。前に挙げた御廟山の立ち入り記事のなかでも、宮内庁の担当官もいずれは実現できるようにしたいと言っており、オレは、納得しているし期待している。
◆マスコミは、それくらいは理解しないと。こちらになぜ「堤までなんや」と言われても困るのである。内部委員には舟で墳丘に入れているのに、なぜ学会側には困難としているのか(むろんその場合も墳丘下段までだが)、それは宮内庁側に問い合わせる事項である。
誉田御廟山の堤に入って
◆昨日02月24日(木)、誉田御廟山に入る。まったく準備をしていなかったが、前日に1時間、当日の午前で準
備する。1500分の1で5枚に分割した拡大図を用意し、各所を計測したり、なによりも、ルートをイメージしながら、チェック箇所を考えた。そういえば、2006年に近つで、誉田御廟山についてしゃべったとき、御廟山の復元をやったな~と思い出し、そのパワポを取り出した。入ってからあとの事後検討会で、いつも「あそこがここが」ということになるので、プロジェクターで測量図を投影しながら議論すればいいのにと思っており、プロジェクターをもっていくことにする(結局使わなかった)。それと、文化庁に確認することの項目を準備していたので、当日の議論の成り行きでは配布しようかとコピーをしたが、あわてていたのか持って出るのを忘れた。
◆でかいので1周するのに3時間かかる。入ってのひとまずの感想を、以下、少し書く。いずれにしても、現場でのメモ、写真(140枚になる)など、翌日には原稿を書き上げるくらいのことをしないと、忘却する。ひとまずデジカメ写真の撮影方向を図に落としたが、原稿はしんどいな~。
◆中期に幅のある周堤が完備されるが、陵墓でも堀の肩の部分から内側が宮内庁管理地になっているものが多く、宅地化が進んで保存されていないものが多い。誉田御廟山は堤の外まで宮内庁の管理地となり、これまでよく保存されてきたので、中期古墳の周堤について、本来の姿を確認することができた。しかも幅35歩48m、裾部で約60mの、我が国最大のものである(大仙の上面約30m)。また陵墓図には埴輪列の位置が実は記入されており、埴輪列の幅もわかっている。いまでも樹立状況のわかる埴輪を2カ所で見ることができたし、養生のために土を入れた箇所1カ所を教えてもらった。
◆大仙や誉田御廟山は周堤を取り込んでいるために、墳丘そのものは遠望するしかなかったが、今回、堤のヘリから墳丘本体を望むことができた。崩壊箇所を除くと、測量図にある通り、非常に保存状態がよい姿がうか
がえたが、樹木や周濠底の水草などで、よく観察できたわけではない。水位は30㎝程度上下するくらいであるという。で、裾部がやや傷んでいる箇所や、葺石がならぶ姿を遠望したが、あんまり傷みはそれほどではない。
◆御廟山の下段はほぼ露出している。いまの汀と本来の基底部はほぼ近いと思っている。周濠は浅く、下段斜面がさらに下方にあまりのびるようには思わない。それと、今日の話でも、けっこう浚渫して堀を造り出しているような話だった。明治の修陵前の状況と、明治13年、明治21年~24年の浚渫などを、きちんと整理しなければならないが、市野山・仲津山と同様にほぼ空堀状態であったものを、むしろ周濠底部をさらに掘削して水堀になるようにしているのではないか、と思う。
◆二ツ塚古墳も見ることができたし、誉田丸山古墳もたぶん帆立貝なんだろう。
◆でかいので1周するのに3時間かかる。入ってのひとまずの感想を、以下、少し書く。いずれにしても、現場でのメモ、写真(140枚になる)など、翌日には原稿を書き上げるくらいのことをしないと、忘却する。ひとまずデジカメ写真の撮影方向を図に落としたが、原稿はしんどいな~。
◆中期に幅のある周堤が完備されるが、陵墓でも堀の肩の部分から内側が宮内庁管理地になっているものが多く、宅地化が進んで保存されていないものが多い。誉田御廟山は堤の外まで宮内庁の管理地となり、これまでよく保存されてきたので、中期古墳の周堤について、本来の姿を確認することができた。しかも幅35歩48m、裾部で約60mの、我が国最大のものである(大仙の上面約30m)。また陵墓図には埴輪列の位置が実は記入されており、埴輪列の幅もわかっている。いまでも樹立状況のわかる埴輪を2カ所で見ることができたし、養生のために土を入れた箇所1カ所を教えてもらった。
◆大仙や誉田御廟山は周堤を取り込んでいるために、墳丘そのものは遠望するしかなかったが、今回、堤のヘリから墳丘本体を望むことができた。崩壊箇所を除くと、測量図にある通り、非常に保存状態がよい姿がうか
◆御廟山の下段はほぼ露出している。いまの汀と本来の基底部はほぼ近いと思っている。周濠は浅く、下段斜面がさらに下方にあまりのびるようには思わない。それと、今日の話でも、けっこう浚渫して堀を造り出しているような話だった。明治の修陵前の状況と、明治13年、明治21年~24年の浚渫などを、きちんと整理しなければならないが、市野山・仲津山と同様にほぼ空堀状態であったものを、むしろ周濠底部をさらに掘削して水堀になるようにしているのではないか、と思う。
◆二ツ塚古墳も見ることができたし、誉田丸山古墳もたぶん帆立貝なんだろう。
感想
◆やっと採点が終わる。共通教育科目の考古学入門と、専門科目第2部の考古学通論の、後期の定期試験。最近では、問題をあらかじめ出して、まとめる準備をさせている。
◆1部の共通科目、これ今期は200名とか300名といった受講者でなく、だいたい100名だろう。途中で半分はいなくなる。間に小レポート2つを課しているが、試験で及第点をとるのは1/3強というところか。レポート点があるので、50名近くが合格になった。半分落としていると言うよりも、登録のみで試験に出てこなかったものも多い。で、答案を見ていると、むろんできるヤツはできている、きちんとしている。が、ハナからなめているヤツが多い。できが悪いものは、縄文時代やら弥生時代やら古墳時代やら、高校までの知識と、既に知っていること、直前にネットを見るなどして、適当に書けると思っているような答案が多い。むろん、ぜんぜん授業に出ていないな、ということはすぐにわかるが、そうであってもきっちり書けてれば問題ないが、上記の通りである。いい加減な知っていることを脈絡なく並べるだけ(たとえば縄文時代の石器は磨製石器であるとか)。
◆それに比べ、通論では6世紀の話を、すこし専門的かな~と思いつつ、趣味的に授業をやったが、こちらの場合、登録者は60人ほどだが、ほぼ50人くらいはきちんと出てくる。そして、小さな教室で顔もよく見える近さというのもあるのだろうが、熱心に授業を聞いてくれている。で、答案を見ると、なかなかよくできているわけだ。中にはやはり出てないなと思うのもあるが、数枚くらいだった。あとは授業でしゃべったこと、レジュメなどをもとに、自分でちゃんと答案を準備している。かつ、まとめるのみならず、自分なりの評価のような文を最後に書いてある。当たっているかどうか、というよりも、答案を準備する中で、自分で6世紀ってこういうのとちゃうか、ということを考えているということだ。
◆第2部の学生の方がおしなべて熱心である。この2部、既に廃止が決まっており、たしかにシンドイことなのだが、授業をする側にとっては、このように熱心に聞いてくれるという意味ではヤリガイがあった。第1部の学生の方が、むろん入学時の学力はあるのだろう。そして熱心な子らもむろんいる。が、半分くらいは適当にやっているとしか思えない。まあ授業に出てこなくてもいいのだが、やるときはやる、試験前くらいちょっとは勉強して、なるべくちゃんと答案を書こうというのならいいのだが、少し悲観的である。読み手のことなどなにも考えていない、汚い字による乱暴な殴り書きを見ていると・・・。
◆1部の共通科目、これ今期は200名とか300名といった受講者でなく、だいたい100名だろう。途中で半分はいなくなる。間に小レポート2つを課しているが、試験で及第点をとるのは1/3強というところか。レポート点があるので、50名近くが合格になった。半分落としていると言うよりも、登録のみで試験に出てこなかったものも多い。で、答案を見ていると、むろんできるヤツはできている、きちんとしている。が、ハナからなめているヤツが多い。できが悪いものは、縄文時代やら弥生時代やら古墳時代やら、高校までの知識と、既に知っていること、直前にネットを見るなどして、適当に書けると思っているような答案が多い。むろん、ぜんぜん授業に出ていないな、ということはすぐにわかるが、そうであってもきっちり書けてれば問題ないが、上記の通りである。いい加減な知っていることを脈絡なく並べるだけ(たとえば縄文時代の石器は磨製石器であるとか)。
◆それに比べ、通論では6世紀の話を、すこし専門的かな~と思いつつ、趣味的に授業をやったが、こちらの場合、登録者は60人ほどだが、ほぼ50人くらいはきちんと出てくる。そして、小さな教室で顔もよく見える近さというのもあるのだろうが、熱心に授業を聞いてくれている。で、答案を見ると、なかなかよくできているわけだ。中にはやはり出てないなと思うのもあるが、数枚くらいだった。あとは授業でしゃべったこと、レジュメなどをもとに、自分でちゃんと答案を準備している。かつ、まとめるのみならず、自分なりの評価のような文を最後に書いてある。当たっているかどうか、というよりも、答案を準備する中で、自分で6世紀ってこういうのとちゃうか、ということを考えているということだ。
◆第2部の学生の方がおしなべて熱心である。この2部、既に廃止が決まっており、たしかにシンドイことなのだが、授業をする側にとっては、このように熱心に聞いてくれるという意味ではヤリガイがあった。第1部の学生の方が、むろん入学時の学力はあるのだろう。そして熱心な子らもむろんいる。が、半分くらいは適当にやっているとしか思えない。まあ授業に出てこなくてもいいのだが、やるときはやる、試験前くらいちょっとは勉強して、なるべくちゃんと答案を書こうというのならいいのだが、少し悲観的である。読み手のことなどなにも考えていない、汚い字による乱暴な殴り書きを見ていると・・・。
ナウシカとラピュタを英語で
◆娘がもうすぐアメリカに行くが、なんにもやっていない。で、ナウシカやラピュタはすべての台詞を覚えているくらい見倒しているようなので、それを英語で聞いたら、ちょっとは勉強になるんちゃう、という話になった。
◆早速その日の夜、ラピュタを見る。字幕を英語にすることもできるが、音声と必ずしも同じではない。どれだけ効果ががあるかはわからんが、直前とはいえ、ちょっとは意味があるのでは?
◆でナウシカのDVDに変えると、これが英語が入っていないのだ。それで、ネットでカミさんが調べると、別に英語習得用のDVDがあるようで注文する。それがやってきて見てみると、これは英語学習用であるからか、吹き替えている話し言葉が文字でも出るようになっている。だけど、これほんとにジブリなのか、バッタもんちゃうか、あやしいで、ということだそうだ。
◆映画とかで英語を身につける人はいますよね。高校時代、木村君というのが映画が好きで、映画で英語を学習していた。
◆英語教育に反対みたいなことを書いているのに、娘をアメリカに行かせるのは矛盾しているのでは、と指摘をうけそうなのでひとこと。別にアホみたいに小学校から英語をやらせることはないのである。それよりも日本語を。娘は推理小説を山ほど読み、自分でなんか小説を書いているようだ。文系ちゃうんかとも思うが、生き物が好きなので、来年高2だが理系を選択している。で、中学から英語を学び、苦手だが、普通に勉強している。ちゃんと英語が読めるにこしたことはなく、+コミュニケーションもとれればそれはよい。順序が逆なんだ。カミさんの弟は一流商社で英語とスペイン語を操っているが、これほぼ就職してからです。必要になれば身につくのであって、20代くらいなら十分。そんなにハヨから英語をシャベル必要はない。
◆アメリカに行くのは、高校生くらいで放り込んで、やむなく英語をしゃべらなあかん環境におかれたら、たどたどしくも単語を配列し、それで伝わるもんだ、という感覚を身につけるためには有意義だろうから。オレは、そういうのがなくて30代になり、40代になり、英語でしゃべりかけることができないわけだ。もはや単語も出てこないし、ポツポツとでもしゃべろうという勇気はどこからも出てこない。だが、10代でコミュニケーションをとろうとした経験をもっていると、多少は違うんだろうと思う。
◆ま、矛盾がすべて解消される説明かといわれると、?・・・かな~。そこは鳥飼さんの著作を読んでみたい。だけど、「アメリカの植民地か」みたいな英語教育には絶対反対だ。
◆早速その日の夜、ラピュタを見る。字幕を英語にすることもできるが、音声と必ずしも同じではない。どれだけ効果ががあるかはわからんが、直前とはいえ、ちょっとは意味があるのでは?
◆でナウシカのDVDに変えると、これが英語が入っていないのだ。それで、ネットでカミさんが調べると、別に英語習得用のDVDがあるようで注文する。それがやってきて見てみると、これは英語学習用であるからか、吹き替えている話し言葉が文字でも出るようになっている。だけど、これほんとにジブリなのか、バッタもんちゃうか、あやしいで、ということだそうだ。
◆映画とかで英語を身につける人はいますよね。高校時代、木村君というのが映画が好きで、映画で英語を学習していた。
◆英語教育に反対みたいなことを書いているのに、娘をアメリカに行かせるのは矛盾しているのでは、と指摘をうけそうなのでひとこと。別にアホみたいに小学校から英語をやらせることはないのである。それよりも日本語を。娘は推理小説を山ほど読み、自分でなんか小説を書いているようだ。文系ちゃうんかとも思うが、生き物が好きなので、来年高2だが理系を選択している。で、中学から英語を学び、苦手だが、普通に勉強している。ちゃんと英語が読めるにこしたことはなく、+コミュニケーションもとれればそれはよい。順序が逆なんだ。カミさんの弟は一流商社で英語とスペイン語を操っているが、これほぼ就職してからです。必要になれば身につくのであって、20代くらいなら十分。そんなにハヨから英語をシャベル必要はない。
◆アメリカに行くのは、高校生くらいで放り込んで、やむなく英語をしゃべらなあかん環境におかれたら、たどたどしくも単語を配列し、それで伝わるもんだ、という感覚を身につけるためには有意義だろうから。オレは、そういうのがなくて30代になり、40代になり、英語でしゃべりかけることができないわけだ。もはや単語も出てこないし、ポツポツとでもしゃべろうという勇気はどこからも出てこない。だが、10代でコミュニケーションをとろうとした経験をもっていると、多少は違うんだろうと思う。
◆ま、矛盾がすべて解消される説明かといわれると、?・・・かな~。そこは鳥飼さんの著作を読んでみたい。だけど、「アメリカの植民地か」みたいな英語教育には絶対反対だ。
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HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。