人を幸せにする人になろう

2024年12月22日の夕刻 落語を聞く

◆生野区民センターで19時開演の落語を聞きに行く。前にこのブログでも紹介したもの。夕刻なので、両立可能でした。うちの社会学の先生がかかわっているもので、研究科長など文学研究科関係者もちらほら。しゃべりのプロは、さすがプロですね。

2024年12月22日 神棚の仕舞

◆カミサンの実家は、2月に人の手にわたる。その話が整う前の、親類一同の集まりや、購入を希望する相手さんとの仲介業者との話し合いにも、今年、立ち会った。立派な家だが、空き家で傷んでいくよりも、そこに住み、果樹栽培をしたい方に使ってもらうのはいいことなんだろう。相手さんはそこそこ年配の方で、既に別のところで栽培をやっているとのこと。この先、場所を変えてやりたいと望んでいる人に使ってもらえるわけだ。
◆相続の時に、カミサンはわずかな農地を継ぎ、家屋敷やいま残る農地はすべて、東京の義弟が相続した。義弟は売却や、それにともなう不具合な箇所を直すことを、この間、少しずつ進め、やってくる時はカミサンとともに立ち会って来た。このあいだの仏壇の処理には行けなかったが、この日は神棚の始末。長谷村は小さな村であるが、神社の宮司さんは在村している。儀式は、高天原から家の守り神として来てもらった神にお帰りいただく、というもののよう。
◆大きい家で、モノが膨大だが、この先、2回に分けて引き取り処分業者が来ることになっている。なので、この間にも、少しずつ片付けて、うちに持ち帰ったものもあるが、たいした量ではない。が、これから2月までの間に、いよいよ、親の残したもののうち、取っておくものを時間をかけて選び、持ち帰る作業が必要となる。年末には2日間かける予定である。
◆22日は終了後、義弟を鈴木屋敷と藤白神社に案内する。藤白坂を少し歩いて上がったが、和歌山の海を眺望できるところまでは行けず、引き返した。写真は少し上がっていったところから見た海南の市街地である。

綿の実

◆トヨタの記念館でもらったもの。まずワタから種を取り出す。その実演で出たものを「おみやげ」として手渡してくれる。家で植える時の注意書きが付してある。次に弓にまきつけて弦を振動させることでふわふわにする。それを平たくのばし、巻く。それを糸繰にくっつけて撚りをかけて糸にするわけです。繊維の長さは短いが、撚りをかけることで連続した糸になる。

2024年12月22日のイベント

◆これ行こうと思っていたんですが、和歌山に行くことになりました。
【追記】夕方なので行けそうです。

大歴考古部会12月例会

◆おもしろそうですね。

浮き沈み

◆このところ浮き沈みが・・・。やらないといけないこともあるが、研究的なものにも走ってしまう。ちょこちょこ前方後円墳をいじるが、ことごとくうまくいかない。落ち込みます。しばらく遠ざかりたい気になる。で、業務的なこともさぼるので、これもまた精神的な負担になる。うまくバランスが取れない。
◆いまの大阪の歴史文化研究拠点の仕事に邁進することですね。なかかな、鉄の仕事に入れません。

2024年12月15日 トヨタ産業技術記念館

◆前日、カミサンが名古屋に行き、ここに寄る。動態展示がわんさかあり、規模も大きく、1時間半で見て回れなかったというので、再出撃することにした。
◆11時すぎに到着。そこから閉館時間の17時近くまで楽しみました。紡績と織物、そして後半は車、企画展示室で江戸時代の測天量地の展示を見る(最終日)。綿から糸を作ること、ガラ紡というもの、撚りをかけるということが、すべて実演で学べます。

白馬岳

◆大学院生の時だったか。考古研の信州旅行に学部生に同行した(テルちゃんの代だったかな)。解散後、八ヶ岳をめざした。メジャーな登山口はどこだろう。いま調べると、美濃戸口という名前に記憶がある。美濃戸口までバス、赤岳2899mに登り、清里に下りた。その時の八ケ岳のマップもあるはずだ。そこから小海線、中央本線で白馬駅に向かう。白馬駅で宿泊できるとあったので。
◆で白馬岳。翌朝、猿倉までバス、白馬岳2932mに登る。そこから撮影した黒部川の写真を記憶している。このマップを見ていて、栂池に下りたような気もするが、定かではない。糸魚川に出て、北陸線で京都に戻る。
◆2日連続で3000m弱に登った。体力的にピークだったんでしょう。そうか、まだ3000m級には登ってないな。でももうこれからはダメですな。

スタジア測量

◆手元に、近藤義郎先生本の『発掘調査の手びき』初版がある(高校の時に買った自分の本はどこへ行ったのやら)。
◆これでトラバース測量なるものを学ぶ。で、事例として挙がっている牧野車塚古墳というものも知る。古墳を測量するのに、トランシットで角度を測り、鋼尺で距離を測り、それを内業で誤差を配分する。丁瓢塚古墳の測量の時にこれをやった。研究室のトランシットを借りたんでしょうね。O助手から「貸したるから『史林』に報告を書け」といわれたように記憶する。とはいえ、1度出撃してそれをやり、本戦は平板だけだったのかな。白マイラーだったように思う。誤差配分の計算はできたとして、白マイラーに100分の1で杭位置を落としたんだろうか。どうやって正確に落とすんでしょうね。原図を引っ張り出せばいのだが、どこにあるのやら。
◆自分がやっている測量は、200m級でも適当です。開放トラバース。1㎝誤差が出ても「歴史は変わらん」と。1㎝程度ならいいのだが、時には3㎝程度異なることもある。ままよ。
◆でスタジア測量。やったことも、おぼろげにある。レンズをのぞいてスタジア線間の間隔を読み取ればいいのだと。いつごろ、どこでやったのかな。
◆『発掘調査の手引き』における牧野車塚古墳を例とした測量の説明。平板の横にトランシットを立てて(2mくらい離れているのがいいのだそうだ)、その位置を平板上の紙にも落とす。測点をレベルで出すのは同じ。測点が決まれば、アリダードで細線で直線を引いておき、トランシットによるスタジア測量で算出した距離を、紙に落としたトラ位置から、その距離をこの細線上に求めて(交差させて)点を落とす、ということのよう。
◆会津大塚山古墳の測量の時は、WILDのRK1というものにお目にかかった。これエスロンテープを張り距離を測る必要がないマシン。アリダードの物差しが動くようになっていた記憶がある。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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