人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
梅棹忠夫が死んだ
◆梅棹さんが死んだ。いまの大学生は名前も知らないだろう。オレも傾倒したわけでもなければ、影響もうけていない。本多勝一の著作から間接的に知っている程度。主要な活躍期が、自分が本を読んだりしはじめる、少し前なんだろう。読んだことのある著作、『わたしの生きがい論』くらい。『知的生産の技術』は買ったが読まなかったような気がする。『モゴール族探検記』も古本屋で買ったが読んでいない。
◆『わたしの生きがい論』はけっこう面白かった。生きる目的はない、生きてるから生きてる、みたいな話。むしろ、科学文明の発達で、死滅へ向けてスピ-ドアップしてるから、できるだけ破滅を先延ばしにするよう、無為でいるのがいいんだ、みたいな、そんなことが書いてあったように思うが、間違ってるかな。
◆だが、日本語のローマ字化、主張を読んではいないが、ばかげてる。それが国際化などとまったく思わない。あほです。日本の文化人類学では神様なんだろう。
◆『わたしの生きがい論』はけっこう面白かった。生きる目的はない、生きてるから生きてる、みたいな話。むしろ、科学文明の発達で、死滅へ向けてスピ-ドアップしてるから、できるだけ破滅を先延ばしにするよう、無為でいるのがいいんだ、みたいな、そんなことが書いてあったように思うが、間違ってるかな。
◆だが、日本語のローマ字化、主張を読んではいないが、ばかげてる。それが国際化などとまったく思わない。あほです。日本の文化人類学では神様なんだろう。
菅直人をまだ応援する
◆菅内閣の支持率が就任当初は〓%だったものが39%になったという。でもな、マスコミが悪いよ。仙石官房長官が言うのもよくわかる。
◆消費税10%、まったなし、無駄削減は当然、だが、それを待っていられない。それを継続しながら、しかし消費増税もせざるをえない、まったく賛成。これは大方の支持をえるのでは。その際に、低所得者への配慮や、食料品などに対する税率の差もあってよいだろう。菅はそういってるだけだ。消費税は上げざるをえない、だが一律にはいかんだろう、例えば所得なんぼ以下の世帯に還付する、といったことをせにゃならん、と言ってるだけであろう。
◆仙石さんが、初期にそれを強調していた。今回も、「菅首相の消費税に関する一連の説明や対応を評価しますか」という質問はよくないと言っていた。賛成。マスコミが、200万とか250万、200万とか300万、300万とか400万とか、そういう一定の低所得者層に対する配慮をするが増税必要と言ってるだけなんだが、それをぶれてると叩き、叩き、そのうえで評価しますか?と。
◆こうして内閣支持率の低下が形づくられていくのだ。マスコミよ、第4権力よ、偉そうに!。お前ら、広告を取らずに、自己主張をしてみろってんだ、ばかやろー。
◆たとえばだ、朝日新聞よ、週刊新潮と週刊文春の広告を掲げることが恥ずかしくないのか。無節操もいいところやろ。そんなもんは読売新聞とサンケイ新聞に載ればいいのだ。
◆消費税10%、まったなし、無駄削減は当然、だが、それを待っていられない。それを継続しながら、しかし消費増税もせざるをえない、まったく賛成。これは大方の支持をえるのでは。その際に、低所得者への配慮や、食料品などに対する税率の差もあってよいだろう。菅はそういってるだけだ。消費税は上げざるをえない、だが一律にはいかんだろう、例えば所得なんぼ以下の世帯に還付する、といったことをせにゃならん、と言ってるだけであろう。
◆仙石さんが、初期にそれを強調していた。今回も、「菅首相の消費税に関する一連の説明や対応を評価しますか」という質問はよくないと言っていた。賛成。マスコミが、200万とか250万、200万とか300万、300万とか400万とか、そういう一定の低所得者層に対する配慮をするが増税必要と言ってるだけなんだが、それをぶれてると叩き、叩き、そのうえで評価しますか?と。
◆こうして内閣支持率の低下が形づくられていくのだ。マスコミよ、第4権力よ、偉そうに!。お前ら、広告を取らずに、自己主張をしてみろってんだ、ばかやろー。
◆たとえばだ、朝日新聞よ、週刊新潮と週刊文春の広告を掲げることが恥ずかしくないのか。無節操もいいところやろ。そんなもんは読売新聞とサンケイ新聞に載ればいいのだ。
ゆうパック
◆ゆうパックなんて、使いません。いま郵便局では、旧冊子小包のゆうメール(290円)、エクスパック350と500などもあるが、使うのはメール便ではわずかに厚さが2センチを越えた場合くらいだ。
◆今回のことはお粗末ですよね。親方日の丸といわざるをえない。郵政民営化については定見はない。郵便業務・貯金業務・保険業務、どうなんでしょうね、郵便業務は国営で、あとはぜんぶ民営化でもいいだろうに。いや郵便、すなわち信書もぜんぶ民間に開放できると思う。一方、全国津津浦々の郵便局の果たしてきた役割もわかる。別に田舎や離島でなくてもいい。大学のある阪和線杉本町駅前には、大阪信用金庫が1軒、りそなのATM、あとは郵便局。けっこう、郵便局には行く方だ。いったら、老若男女、みんな使ってるしね。
◆ま、宅配業務は、ゆうパックが巻き返すことはないのだろう。
◆今回のことはお粗末ですよね。親方日の丸といわざるをえない。郵政民営化については定見はない。郵便業務・貯金業務・保険業務、どうなんでしょうね、郵便業務は国営で、あとはぜんぶ民営化でもいいだろうに。いや郵便、すなわち信書もぜんぶ民間に開放できると思う。一方、全国津津浦々の郵便局の果たしてきた役割もわかる。別に田舎や離島でなくてもいい。大学のある阪和線杉本町駅前には、大阪信用金庫が1軒、りそなのATM、あとは郵便局。けっこう、郵便局には行く方だ。いったら、老若男女、みんな使ってるしね。
◆ま、宅配業務は、ゆうパックが巻き返すことはないのだろう。
いや~まいった
◆昨日6月29日だったか、新聞にカシコーケンのレーザーによる古墳の測量記事が出ましたね。今日、カシコーケンのHPに行ったら、リーフレットのPDFが公開されていて、御廟山とコナベの図を見た。もう、手で測る必要がないわな・・・。いろいろ感慨深い。
◆昨日、帰るとカミさんが「新聞見た、あれ惜しかったな」っと。前に衛星の民間利用の公募をJAXAがやってたときに、遺跡探査のネタフリをやった。カミさんが、考古学でやれるやろ、といって、こっちは、埋没した周濠や、城や、なんか大きい構造物で、地下状況がわかるようなネタを作り、パワポも作った。カミさんはJAXAのけっこうエライさんのところに直談判に行き、オレのパワポでプレゼンをやって、むこうも乗り気になって、衛星でなく飛行機でまずやってみようということになり、しかし今回のカシコーケンのようにレーザーによる地表計測でなく、いきなりレーダーかなんかで地下を探りに行き、ついでの飛行機で実験をやったらしい。でも、こっちがやってみたらと提案した対象でなく、飛行機のついでの小さい対象物だったらしく、ぜんぜん効果なし、で立ち消えた。もっとも全然業界の違う世界だし、あんまり意気込んでいたわけではないし、まずはレーザーで測量という発想がそもそもなかったし(木があるから無理やろ、と)、カシコーケンとアジア航測のような、考古学業界の近しいところのタッグでもなく、意気込みが違っていたんだろう。似たような発想でやりかけたが、腰の入れ方が違った。
◆それにしても、こっちは200mだろうが平板ででも(いまはもう平板を使う気がしないが)測ることそのものに意義を見いだしていたところがある。むろんちゃんとした図が欲しい、それで研究するという目的とはいえ、測ることそのものにヤリガイがあった。茶臼山、ちゃんとした図がない、メスリ、ちゃんとした図がない、いっちょう、オラが測ったるか!、と。だがしかし、メスリだって、今度の方法で測量されたら、もはや我が社の図面は用なし、である。
◆以前の業者委託の測量図は、トータルステーションで任意に点をとり(これも手ばかり)、解析して図化する。だいたい角のところが丸まった図になり、ぜんぜん現況をとらえていない使えない図に仕上がる。われわれは、任意でなく、平板と同じく、ひとつの決めた等高線の高さをおっかける、その場で図化する、地形点も入れていく。測量業者丸投げでなく、自分たちが測り、認識した地形変換を書き込み、使える図にするというところに生き甲斐を見いだしていた。だが、今回のような精度高く、周辺も含めてざっくり一辺にデータを取得でき、あのような図が作れるんなら、もはや撤退するしかない。測ることそのものでなく、アウトプットを使って研究する部分に生きなければならない。完全に脱帽・・・。地権者に了解を取り付け、人を集め、杭を打ち、木を切り、線を引いていく、そうした労働は不要なわけだ。金をとってきて、アジア航測に投げればよいのだ。
◆いまある研究費で陵墓図をトレースしていることを、このブログでも書いた。だが、百舌鳥御廟山にしろ、コナベにしろ、陵墓図の1m等高線をなぞること(まだやってないが)は虚しいですね・・・。むろん高額の経費がかかるのだろう、だから一挙に、古市・百舌鳥の陵墓全部のデータがそろうわけではないだろう。だが、時間の問題であろう。路線変更を考えねばならん。
◆昨日、帰るとカミさんが「新聞見た、あれ惜しかったな」っと。前に衛星の民間利用の公募をJAXAがやってたときに、遺跡探査のネタフリをやった。カミさんが、考古学でやれるやろ、といって、こっちは、埋没した周濠や、城や、なんか大きい構造物で、地下状況がわかるようなネタを作り、パワポも作った。カミさんはJAXAのけっこうエライさんのところに直談判に行き、オレのパワポでプレゼンをやって、むこうも乗り気になって、衛星でなく飛行機でまずやってみようということになり、しかし今回のカシコーケンのようにレーザーによる地表計測でなく、いきなりレーダーかなんかで地下を探りに行き、ついでの飛行機で実験をやったらしい。でも、こっちがやってみたらと提案した対象でなく、飛行機のついでの小さい対象物だったらしく、ぜんぜん効果なし、で立ち消えた。もっとも全然業界の違う世界だし、あんまり意気込んでいたわけではないし、まずはレーザーで測量という発想がそもそもなかったし(木があるから無理やろ、と)、カシコーケンとアジア航測のような、考古学業界の近しいところのタッグでもなく、意気込みが違っていたんだろう。似たような発想でやりかけたが、腰の入れ方が違った。
◆それにしても、こっちは200mだろうが平板ででも(いまはもう平板を使う気がしないが)測ることそのものに意義を見いだしていたところがある。むろんちゃんとした図が欲しい、それで研究するという目的とはいえ、測ることそのものにヤリガイがあった。茶臼山、ちゃんとした図がない、メスリ、ちゃんとした図がない、いっちょう、オラが測ったるか!、と。だがしかし、メスリだって、今度の方法で測量されたら、もはや我が社の図面は用なし、である。
◆以前の業者委託の測量図は、トータルステーションで任意に点をとり(これも手ばかり)、解析して図化する。だいたい角のところが丸まった図になり、ぜんぜん現況をとらえていない使えない図に仕上がる。われわれは、任意でなく、平板と同じく、ひとつの決めた等高線の高さをおっかける、その場で図化する、地形点も入れていく。測量業者丸投げでなく、自分たちが測り、認識した地形変換を書き込み、使える図にするというところに生き甲斐を見いだしていた。だが、今回のような精度高く、周辺も含めてざっくり一辺にデータを取得でき、あのような図が作れるんなら、もはや撤退するしかない。測ることそのものでなく、アウトプットを使って研究する部分に生きなければならない。完全に脱帽・・・。地権者に了解を取り付け、人を集め、杭を打ち、木を切り、線を引いていく、そうした労働は不要なわけだ。金をとってきて、アジア航測に投げればよいのだ。
◆いまある研究費で陵墓図をトレースしていることを、このブログでも書いた。だが、百舌鳥御廟山にしろ、コナベにしろ、陵墓図の1m等高線をなぞること(まだやってないが)は虚しいですね・・・。むろん高額の経費がかかるのだろう、だから一挙に、古市・百舌鳥の陵墓全部のデータがそろうわけではないだろう。だが、時間の問題であろう。路線変更を考えねばならん。
負けましたね
◆パラグアイ、ぜんぜん怖くなかったと思いませんか。もっと前半から球をつないで組み立てればいいのに、ロングボールばっかりで、キープできない。むろん負けなかったのだが、点をとっての勝機はあったのに。駒野じゃなくてトゥーリオに蹴らせばいいのに。精神的に強いヤツでいかなきゃ。
◆ま、しかし、進歩した。日韓大会ではベスト16まで行ったけど負け、今回は負けなかったんだから、次は勝てるよ。さあて、あしたの授業の準備・・・、まだゼロだ・・・、トホホ。
◆ま、しかし、進歩した。日韓大会ではベスト16まで行ったけど負け、今回は負けなかったんだから、次は勝てるよ。さあて、あしたの授業の準備・・・、まだゼロだ・・・、トホホ。
大歴の大会100627@関大
◆部会報告で須恵器の話を聞いた。本報告は途中でウトウト、昨日の酒が・・・。関連報告の十河さんのは、やっぱり面白かった。陶邑のことは、和泉市史の関係で谷山池のことを調べているが、ほとんど先端のことを知らない身には、たいへん面白かった。
◆そのあとミニシンポが始まる前に、司会からコメントを振るからと耳打ちされ、弱った。寝てたし。あわててレジュメに目を通し、何が言えるか考えた。最終的に、ミニシンポの最後、司会が2人の発表者にこれからの課題をという振りで、このまま終わるのかなと思ったら、最後に振られた。もうちょっと前に置いてくれたらいいのに、なんか締めを言わされるのはつらい。
◆なかなか、うまくコメントできず、言い忘れたこともあるので、整理して記したい。
◆まず、倭の陶質土器生産開始期のこと。陶邑については王権主導と言われてきたが、九州や岡山や、この時期に半島に赴いた諸豪族がそれぞれ工人を連れてきて生産を開始していることと、畿内でもあんまりかわりないらしいという話。背後の勢力を古墳で考えるというのも妥当なんだろう。
◆紹介したのは、趙榮済先生が、400年に金官国が高句麗に敗北し、金官国の諸勢力は西方や内陸部に分散し、金官国独占であった陶質土器生産が拡散する。高霊型とか高杯なんぞに見られる地方型というのが成立するのはしばらくあとであって、5世紀第1四半期は「型式乱立期」だと。その意味は、金官国の陶質土器が、各所でそれぞれ継承されて、まとまんない、みたいなイメージ。そういう揺籃期を経て伽耶でも陶質土器生産が定着していくと。つまりまあ、倭での開始期のようなことが、伽耶でもそうなのだ、ということ。で、そうした各所に散って、独自的に作り始めた、そういう段階の技術が、倭に伝わるというイメージである。
◆大庭寺とか大野池とか、陶邑西群は、和泉北部の豪族層によるものじゃないのかという話はとても新鮮。で、その場合、王権は関与があるのかどうか、在地豪族にやらせ、次の段階に直接やりはじめる、というのもあるのかもしれないし、もっと別物としてはっきり性格分けをするのがいいのか。もし、陶邑西群の規模や継続性がほかの地方とは違うとはいえ、基本はやはり豪族主導のものとした場合、それは陶邑と一括しない方がいいかもしれませんね。信太山窯跡群とか、といった話をした。
◆で、TK73型式期こそ、王権がてこ入れした直轄イメージでの生産で、窯の構造や組成など、別系譜のものが新たに導入されている、という話もとても面白かった。そのことを正当に評価しなければならないだろうし、しかし、それが始まっても陶邑西部では先行する生産伝統の延長で継続していて、窯跡構造の統一でいけば6世紀までは独自性が強いし、そのあと光明池-谷山池と西が継続していくとすれば、生産単位としての独自性はずう~と保持していたのかもしれない。
◆ひとつだけ、この時言い忘れたこと、大庭寺とか陶邑西群が伽耶で、杯をかなり作るようになるTK73が百済だという言い方が気になる。百済というのは、酒井さんがTK73のものが栄山江流域のものにたどれる、といったことを言ってるかららしい。だが、TK73、5世紀前半の話ですよね。まだ百済漢城期でしょ、栄山江流域って、西南部だけど、これを百済って言っていいのか?という疑問である。もし器そのものの影響が栄山江流域だっちゅうのがいいとして、それはそれでなんでだろうというのを考えなくちゃいけない。金官国が大打撃を被ったのち、もろもろの伽耶諸勢力との関係が基軸だとは思うが、慕韓(だっけ、栄山流域は)勢力とも意外に早くから関係を保持していたのかもしれない、などなど。
◆たいへん勉強になった大会であった。ほんとは懇親会に出て、発表者のみなさんとお話しすべきところだし、学会の役員をやっている者として出席が勉めなのだが、昨日の酒で頭がいたく、どうにも早く帰りたかったので、失礼した。
◆そのあとミニシンポが始まる前に、司会からコメントを振るからと耳打ちされ、弱った。寝てたし。あわててレジュメに目を通し、何が言えるか考えた。最終的に、ミニシンポの最後、司会が2人の発表者にこれからの課題をという振りで、このまま終わるのかなと思ったら、最後に振られた。もうちょっと前に置いてくれたらいいのに、なんか締めを言わされるのはつらい。
◆なかなか、うまくコメントできず、言い忘れたこともあるので、整理して記したい。
◆まず、倭の陶質土器生産開始期のこと。陶邑については王権主導と言われてきたが、九州や岡山や、この時期に半島に赴いた諸豪族がそれぞれ工人を連れてきて生産を開始していることと、畿内でもあんまりかわりないらしいという話。背後の勢力を古墳で考えるというのも妥当なんだろう。
◆紹介したのは、趙榮済先生が、400年に金官国が高句麗に敗北し、金官国の諸勢力は西方や内陸部に分散し、金官国独占であった陶質土器生産が拡散する。高霊型とか高杯なんぞに見られる地方型というのが成立するのはしばらくあとであって、5世紀第1四半期は「型式乱立期」だと。その意味は、金官国の陶質土器が、各所でそれぞれ継承されて、まとまんない、みたいなイメージ。そういう揺籃期を経て伽耶でも陶質土器生産が定着していくと。つまりまあ、倭での開始期のようなことが、伽耶でもそうなのだ、ということ。で、そうした各所に散って、独自的に作り始めた、そういう段階の技術が、倭に伝わるというイメージである。
◆大庭寺とか大野池とか、陶邑西群は、和泉北部の豪族層によるものじゃないのかという話はとても新鮮。で、その場合、王権は関与があるのかどうか、在地豪族にやらせ、次の段階に直接やりはじめる、というのもあるのかもしれないし、もっと別物としてはっきり性格分けをするのがいいのか。もし、陶邑西群の規模や継続性がほかの地方とは違うとはいえ、基本はやはり豪族主導のものとした場合、それは陶邑と一括しない方がいいかもしれませんね。信太山窯跡群とか、といった話をした。
◆で、TK73型式期こそ、王権がてこ入れした直轄イメージでの生産で、窯の構造や組成など、別系譜のものが新たに導入されている、という話もとても面白かった。そのことを正当に評価しなければならないだろうし、しかし、それが始まっても陶邑西部では先行する生産伝統の延長で継続していて、窯跡構造の統一でいけば6世紀までは独自性が強いし、そのあと光明池-谷山池と西が継続していくとすれば、生産単位としての独自性はずう~と保持していたのかもしれない。
◆ひとつだけ、この時言い忘れたこと、大庭寺とか陶邑西群が伽耶で、杯をかなり作るようになるTK73が百済だという言い方が気になる。百済というのは、酒井さんがTK73のものが栄山江流域のものにたどれる、といったことを言ってるかららしい。だが、TK73、5世紀前半の話ですよね。まだ百済漢城期でしょ、栄山江流域って、西南部だけど、これを百済って言っていいのか?という疑問である。もし器そのものの影響が栄山江流域だっちゅうのがいいとして、それはそれでなんでだろうというのを考えなくちゃいけない。金官国が大打撃を被ったのち、もろもろの伽耶諸勢力との関係が基軸だとは思うが、慕韓(だっけ、栄山流域は)勢力とも意外に早くから関係を保持していたのかもしれない、などなど。
◆たいへん勉強になった大会であった。ほんとは懇親会に出て、発表者のみなさんとお話しすべきところだし、学会の役員をやっている者として出席が勉めなのだが、昨日の酒で頭がいたく、どうにも早く帰りたかったので、失礼した。
歴史学教室ハイキング(060626)神戸、雨
◆恒例行事、今年は神戸。垂水駅集合、雨のなか歩いて五色塚、駅に戻り、元町、南下して神戸華僑歴史博物館、昼飯含めて自由行動。午後、神戸モスクで再集合、白鶴酒造資料館、最後は深江生活文化史料館、梅田で飲み会、でした。
◆いちいちは記さない。ひ
とつだけ。元町駅に降り立ったとき、思い出した。そうだ、D1の時、兵庫県史編纂室の嘱託となり、1年間、前半は週3日、後半は週4日、ここで降りて通ってた・・・ということを。元町と聞いても、まったく忘却の彼方であったが、改札を出て、北側のコンクリート擁壁があって看板があり、西側の階段を見たとき、思い出したのである。デジャブ・・・。で自由行動の時、勤務地を見に行った。なんとかたどりついた。川崎重工のビル。1990年度は、考古資料編のほかに、まだ何冊か残りがあったのだろう。参事というエラそうな人が一人おり、課長補佐クラスの人がいじめられていた。で、各巻担当がおり大学院生が何人か。事業終了と同時にそのご解散したのだろう。あの時のネガはどこへ行ったんでしょうね。自分が撮影した写真のべた焼きを、出るときにひととおりコピーした。それはいまも製本して残してある。
◆右の写真は、ご愛敬。思わず撮っちまった!
◆飲み会後、2次会へ行くことになり、天王寺で、、、飲み過ぎ・・・
◆いちいちは記さない。ひ
◆右の写真は、ご愛敬。思わず撮っちまった!
◆飲み会後、2次会へ行くことになり、天王寺で、、、飲み過ぎ・・・
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。