人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
そのあと、がんこ六三園で
◆がんこ寿司和歌山六三園というところに行く。以下、ウィキ。
和歌山市堀止西の2,000坪という広大な敷地に、昭和3年頃に建築されたこの建物は、大正から昭和初期に株の相場師として活躍した松井伊助の別邸です。橋本の学文路出身の松井氏は「相場は世間の人さまに喜ばれながら儲けるもんや。嫌われて儲けたらあかん」と和歌山の米穀仲買問屋だった父に教えられ、13歳で大阪に奉公に出た後、相場師として巨万の富を築きました。米暴騰時には悪党に敢然と戦いを挑み、莫大な損失を抱えるも正義の味方として庶民から称賛を浴び後世に名を残した人物です。松井氏の63歳の祝いに完工したといわれる六三園は、戦後米軍に接収されマッカーサーが指揮をとる指令本部としても使用された時期もありました。その後、和歌山銀行のオーナーだった尾藤家の屋敷となり、一部で「六三園」という料亭が営まれていました。
◆で、その庭に大阪城石垣の天端の石らしきものがある。
刻印もあって、調べればどこの石かわかりそうに思う。そこの天端の石、欠落しているかな。
和歌山市堀止西の2,000坪という広大な敷地に、昭和3年頃に建築されたこの建物は、大正から昭和初期に株の相場師として活躍した松井伊助の別邸です。橋本の学文路出身の松井氏は「相場は世間の人さまに喜ばれながら儲けるもんや。嫌われて儲けたらあかん」と和歌山の米穀仲買問屋だった父に教えられ、13歳で大阪に奉公に出た後、相場師として巨万の富を築きました。米暴騰時には悪党に敢然と戦いを挑み、莫大な損失を抱えるも正義の味方として庶民から称賛を浴び後世に名を残した人物です。松井氏の63歳の祝いに完工したといわれる六三園は、戦後米軍に接収されマッカーサーが指揮をとる指令本部としても使用された時期もありました。その後、和歌山銀行のオーナーだった尾藤家の屋敷となり、一部で「六三園」という料亭が営まれていました。
◆で、その庭に大阪城石垣の天端の石らしきものがある。
2024年8月12日(月・祝)長谷宮
◆和歌山県紀美野町に行く。義理の弟が来ており、カミサン
の実家を売却する予定なのだが、その片付けの一環。刀があり、その登録証を探したり。そうこうするうちに、火縄銃2丁が出てきた。これ幕末の頃のものだろう。江戸時代から長谷宮にはいない。前に聞いた時には、天誅組の乱のあと、十津川から出てきたとか。銃身は錆でけっこうぼろぼろ。これは平成5年に登録されており、登録証が出てきた。時期から考え、家の前の国道の拡幅に際して、古い家を取り壊し新築した時期なので、岳父にとっても、思いもよらないものが出てきて、先祖のもので捨てられないと、登録したものだろう。
◆刀については、脇差については鑑定書が出てきたが、そこまで。あと土地・家屋関係の書類も出てきた。いろいろと岳母が苦労して土地の権利関係を整理した際の新しいものもある。明治期くらいの古いものがあり、捨てそうな勢いだったので、これについては預かることにして持って帰る。すぐに整理できるわけではないが、厚さ15センチくらい分、風呂敷に包む。
◆刀については、脇差については鑑定書が出てきたが、そこまで。あと土地・家屋関係の書類も出てきた。いろいろと岳母が苦労して土地の権利関係を整理した際の新しいものもある。明治期くらいの古いものがあり、捨てそうな勢いだったので、これについては預かることにして持って帰る。すぐに整理できるわけではないが、厚さ15センチくらい分、風呂敷に包む。
2024年8月18日(日)課題を片付けよう
◆切り換えの下手な人間なので、だらだら研究室通い。盆休みでほとんど人のいない文学部棟。ある仕事をやるのに金曜日まで4日かかっていました。次はあれとあれ、と思いつつも、昨日17日の土曜日は、研究室にいたものの実りがなかった。
◆ほんとは金曜日から函館に行く予定だった。お盆に、娘のいる函館に、兄ともども押しかけようというものだった。が、16日に東海道新幹線が止まり、息子は昨日17日に羽田から飛行機の予定だったが、これもなくなり、すべてキャンセル。かわりに夜、ラインでの飲み会となる。
◆今日は課題をもって、1日、有意義に使いたいもの。
◆ほんとは金曜日から函館に行く予定だった。お盆に、娘のいる函館に、兄ともども押しかけようというものだった。が、16日に東海道新幹線が止まり、息子は昨日17日に羽田から飛行機の予定だったが、これもなくなり、すべてキャンセル。かわりに夜、ラインでの飲み会となる。
◆今日は課題をもって、1日、有意義に使いたいもの。
うれしいこと
◆昨日はショックなことがあり、落ち込んでいました。自分が悪いので、反省しなければなりません。いろんな人に迷惑をかけているのだろう。
◆で、今日は御所市さんから送っていただいた報告書を、やっとこさ開ける。どんどん使ってくださいと測量図(データ等1式)を提供したので、送ってくださった。詳細な測量図に、これまでの調査成果を加味して墳丘の復元がなされている。過去の調査などを厳密にこっちが配置していくことは難しいし、そういう作業をやってもらえて、とてもうれしいですね。こっちは、厳密ではないが、測量図から復元案を作っているので、比べてみました(青)。まあ、そう変わらないので安心しました。最新の図面からすると、復元に大きなブレがなくなることはよいことだ。
◆こちらも、御所市さんの復元の報告を読み込み、勉強させてもらおう。前方部の割り付けが少し違うところも、考えてみたい。
◆とにかくいまの現役世代のお役に立てたとすれば、うれしい限り。
◆こちらも、御所市さんの復元の報告を読み込み、勉強させてもらおう。前方部の割り付けが少し違うところも、考えてみたい。
◆とにかくいまの現役世代のお役に立てたとすれば、うれしい限り。
2024年8月6日
◆学童保育の記事もあぜん。民間に出す。低賃金の労働。職員がやめていく。
◆広島の被ばくしながら今もある樹木の世話をしている人の話。爆心地側が成長せず、木が爆心地方向を向いているのだとか。
◆株価が下がり、円高も。まったく関係ないが、そういう運用資産がある層はどうでもいい。学童保育、この前の訪問介護をはじめとする介護、そういう人を預かり世話をする人、あるいはもっと広く低賃金で不安定な雇用されている人に、ちゃんと手当てをすること。労働に正当な対価を支払うことこそ、地域経済を成り立たせるものではないのか。GDPがどういう計算式かは知らないが、輸入とか輸出でなく、各地で人が人らしく暮らせる社会を実現することが、国内トータルの経済力に強化にもなるはずでは。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。