人を幸せにする人になろう

やっぱり岩屋山式の年代観にとどめを

◆カミさん情報によると、科研の採択内定結果は4月1日には出るらしい。横穴式石室で申請しているオレの科研はどうなるかな。
◆覚えのように改めてのべれば、白石さんの議論では、石舞台式=TK209の須恵器出土のものがいくつかある+茅原狐塚が飛鳥Ⅰ。岩屋山式、葉室石塚のみ(ほぼ実物なし)飛鳥Ⅱ、岩屋山亜式、西宮のみ、飛鳥Ⅱ新、だそうである。が、狐塚のヤツは飛鳥Ⅰでいいのだろうか、この1959年報告の須恵器はいまどこにあるんか知らないが、再実測が必要ですね。そして西宮の杯蓋はほんとうに飛鳥Ⅱ新になるのでしょうか、怪しいと思っています。
◆まあ、しばらくはこの話は沈黙しよう。蓄積・蓄積!

横口式石槨と大化薄葬令

◆塚口先生が明らかにしたとおり。横口式石槨のほとんどは薄葬令を遵守している。そのデータをなにも考えず、つまりはイチ9edd772c.jpgイチ原本にあたることなく数字だけ扱い、グラフ化して見える形にしてみた。
◆石槨は河内が早く大和がおそいので、河内の7世紀前半のものは薄葬令にあわないものもあるのだろう、おそらく。大半が7世紀後半にあたるであろうこれらの古墳は、ほとんど守ってる、ということだ。薄葬令はばっちり効いている。問題は大化にさかのぼるかどうかであって、これらのなかで例えば650年代と確定できるようなモノがひとつでもあればいいのだが、それはいまのわたしにはできません。が、たぶんいける。
◆先の石槨の話も、薄葬令を契機に、大和を含めて導入が進む、といった理解でいいのではないだろうか。つまりは、極論すれば、横穴式石室は薄葬令でなくなる、と。群集墳は知りませんけど。鬼の雪隠タイプが7世紀第3四半期、が667の牽牛子塚古墳を起点に?(益田磐船からすればそれでいいのでは)凝灰岩が導入され、そっちになっていくと、こんなんでどうでしょうか。
◆白石先生には近つ館報で、そんなに岩屋山式を上げて、640年~690年頃の支配者層の墓室はどんなんか、なにもなくなってしまうやないか、との問いをいただいているが、これがひとつの答えです。

酒を飲みながらサッカーワールドカップ予選を見る

◆缶チューハイ500ml、2本目。日本-ヨルダン戦を見ている。関本さん、図録の仕事、一段落したのかな・・・。
◆香川、1点入れた。そして内田がPKをとった。なんで遠藤なんや。長谷部やろ!。よっしゃーコーナー。
◆あかん負けてしまった。風呂に入ろう。

牽牛子塚

◆斉明は661没、娘の間人は665没、一旦埋葬されたあと、667年に牽牛子塚古墳に葬られ(667前とも考えられているらしい)、また越塚御門古墳に孫の太田皇女が葬られた。
◆白石太一郎は、岩屋山古墳を斉明陵と考え、牽牛子塚古墳は699年の修造の際に場所を移して新設したものと考えている。しかしかなり大規模な改修と考えられるものの(凝灰岩?の石が数百出土しているという)、新設して改葬したのではなく、やはり牽牛子塚古墳そのものに手を入れたとみるべきだろう。問題は牽牛子塚古墳の石槨の位置づけにかかっている。
◆まず、牽牛子塚古墳の石槨が前面に羨道部をもたないことは確定していない。688の埋葬までに造営された天武陵である野口王墓は、羨道があり墳丘側面に入口を開いており、キトラ古墳や中尾山古墳のように墳丘に最終的に埋め込む形態は8世紀に下る。越塚御門古墳でも墓道とされるものが検出されているが、石槨に近い部分には抜き取り穴があり羨道があったとみてよい。次に、鬼の雪隠古墳のように花崗岩を刳り抜くものがあり、次に凝灰岩の導入へと進み、より加工しやすい凝灰岩を刳り抜くことが試みられたと考えられる。688年の野口王墓では凝灰岩でも既に切石を組み立てる方式となっている。そして羨道をなくし墳丘に埋め込むキトラ古墳へと推移する変化は容易にたどることができる。
◆凝灰岩導入(刳り抜き)+おそらく羨道→凝灰岩切石(組立式)+羨道→凝灰岩切石(組立式)羨道なし、という推移は自然に理解でき、牽牛子塚古墳の石槨は野口王墓以前であり、699年に新設したと考えることは困難である。
◆全体として並存関係はあるにせよ、鬼の雪隠タイプが古相で(鬼の雪隠古墳そのものも羨道がなかったことが確定しているわけでなく、石宝殿古墳と同じように羨道があった可能性が高いだろう)。牽牛子塚古墳の頃に凝灰岩が導入され、以後、切石組み合わせに進んでいくと考えて問題はない。越塚御門古墳との並存は、鬼の雪隠タイプの1点が667年にあり、また凝灰岩導入がこの時期に位置づけられることを示す。
【追記】当然のことながら、岩屋山式を667とする見方も無理である。

近つの原稿を出す

◆大阪市の会議を終えて、13時過ぎに大学に戻り、昨日までで80%まできていた原稿の仕上げにかかる。終わ52699879.jpgった・・・。関本さんにメールしたのが19:50。電話がかかってきて10分以内に送信できるか、とのこと。20時に印刷屋と約束していたのだろう。これがほんとのリミットだったという。10分前、滑り込みセーフというところである。セーフなのかアウトなのかは知らないが、これで原稿落ちは、おそらくないだろう。
◆大きめの仕事がこれでまたひとつ済んだ、ホッ。
◆今回の原稿を書くために、『玉手山古墳群の研究Ⅴ』の諸論考を呼んでいたが、やっぱりこの5年間は実に画期的でしたね。むろん細部や細部でない点も含め意見の不一致はあるが、大局的な動向はおおむね共通理解に結びついたのではないか。安村さんと鐘方さんはほぼ一体、河内さんはちょっとだけ違い、オレはけっこう違うがそれでも大局は違わないと思う。それに比べると下垣さんは、かなり意見が違う、といった距離感になる。
◆書いてみて、1号墳の埴輪が薄いことをどう考えるか、が分かれ目ですね。円筒埴輪の筒部径やタガの高さに7号墳と差はない。水掛け論になるので、あんまり言及はしなかったが、例えば、鐘方さんは、玉手Ⅰで、Ⅰ-4は三角形の千鳥が基本と書いている、これ7号墳にぴったりですやん。Ⅰ-5では長方形の透かしが入ってくると、これ1号墳にぴったりですやed9173a6.jpgん。鐘方さんの前期の編年がひとつのスタンダードだろうが、それにしたがえば7→1なんですけどね。前にも書いたが、3号墳の整理を通して、3に7が直続すると言えると見込んでおり、これが意見の相違を埋めるための次の段階になるだろうと思っている。
◆いまの結論の図を挿図として作ったので掲げておく。ひとつ忘れていた。で、松岳山古墳の墳丘はどうなんよ、という点だが、沈黙した。やっぱり五社神にいちばん類似するのだが難問、○○型と言えないまでも、それが難しいという断りをどこかに書いとかなければと思っていたが、忘れてた。まあ、講演会までに、もうちょっと勉強しましょう。ちなみに、松岳、紫金山も太くよく似ている。
◆次は季刊考古学・・・、とはいえ7月号なのでまだ大丈夫だろう。優先順位としては、次は『市大日本史』の編集でんな。
 

2013年3月26日、大阪城豊臣石垣の委員会

◆この手のもの、今年度はこれで終わり。午前10時から12時まで、大阪市役所。なかなかよく考えられており、実現に向けて具体化しており、これが教育委員会でなく、ゆとみどというのはどうなのか、と今でも思うが、しかし現存の石垣や櫓でなく、大阪城として調査成果に基づく史跡整備として初めて実施される意義は大きい。
◆いくつか今日にむけて事前レクで聞いていた説明をふまえ考えていたが、今日の会議の中でもポイントになった。せっかく地下を掘削して石垣を見せるという場合に、地べたや断面土層もまた見せたい。考えてみれば豊臣の面を全面的に出すのではなく、夏の陣の焼土層も重要な材料だ。考えていたことというのは、剥ぎ取りを貼り付ければ、なるほどホンモノかも知れない(とはいえ裏側なので実際には無理)、管理は難しく10年も経てば経年変化を起こし退色もしてどうしようもない。それよりも、遺構は調査のあと養生して保存し、ホンモノらしいツクリモノをつくる方がいいのではないか。ひとまず壁面の土層の話、最近はきわめて精緻なスキャンが可能であり、壁面をスキャニングして色情報をデータ化し、それをツルツルでない土のようなざらつかせた樹脂面に吹き付けて複製し、色落ちしないように処理をし、それを貼りつける方がいいのではないか、ということだ。
◆こうした実際の手法は、来年度以降、再掘削などの調査もしながら徐々に検討していけばよいだろう。

TTPに参加しなくてよい

◆ガラパゴス化すればよい。自分とこを自分とこで回るようにすることが大事。TTPで農産物の海外依存が高まることほど危険なモノはない。21世紀、水や食料の確保が最大の課題となる。前から書いているが、食い物のグローバル化はきわめて危険。
◆1億人の日本を維持するのに、どれくらいの税金、国家予算が必要なのか、誰もわかってはいないのだ。梅棹忠夫はかつて、いまやるべきことは何よりもスローダウンすること、地球を長持ちさせることだと言った。その通りだろう。御堂筋の建物の高さ制限を緩和することとか、リニアを走らせることではない。
◆置いてきぼりになったらなったで、自国でまわるような工夫が発達する。関税がかかっても、いいものは売れるのです。具体例が欲しいところ。なんだっけか、ホンダやヤマハのバイクは、高くても売れ行き好調と聞いたぞ。TPPなんぞは、植民地支配をやっていた国々の、売りまくって儲けた世界を再現したいという願望ではないのか。

それにしても

◆PM2.5問題だが、この国のマスコミって、いったい何なんだと言わざるをえない。中国からきたという大誤報を打ち、真相解明を追究する姿勢もゼロ。週刊誌くらいしか期待できないのか。あほみたい!。

娘も浪人の道を選ぶ

◆北海道大学理学部後期入試11人の合格者のなかに入ったのですが、浪人するらしい。駿台大阪南校、アニキと同じだそうです。この間、母親とは話をしているが、オレとは一切話をしていない。まあ、アンタがそうするというなら、そうすればよい。それでもってカミさんから話を聞いていると、予備校にも実はあまり行きたくないらしく家で勉強しようかとも考えていたと聞く。どっかで聞いた話である。
◆どうやら予備校には行くらしい。4月からカミさんと2人暮らしになるかと思っていましたが、家族3人の暮らしがあと1年は続くようである。

金の使い方

◆中国の国防費が前年10%越えだとかというニュースが出ていました。むろん実際に使うためのものでなく、見せびらかし脅威を感じさせ、自治区などがさからわないようにするとか、対外的にあなどれないといった見せつけるためのものだが、そんなことしてどうすんのか、と思いませんか。戦前の日本のように中国に攻め込む国はないだろう。
◆それだけの国家予算は、経済成長至上主義のもとで強いられる国民への補償に使ったり、北京の空をきれいにするためや、工場の排出物規制のための改良や技術革新に振り向けるべきですよね。それが、これまでの先進国が歩んできた教訓を活かす道なのだが、そんなことはお構いなし。
◆我が国も対抗して防衛費を増強する。ああ人間って学ばないものだと思わざるをえない。金の使い方を完全に誤っている。威信よりも国民の生活なのだが。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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