人を幸せにする人になろう

久津川車塚2018年8月16日(木)31度

参加者。城陽市担当者、長友、自分、阿部(D1)、吉村(M2)、上野・小澤・黒田・佐藤・山 下・吉田・李(3)、院生・学生9人。
 ◆昨夜の雨はさほどでもないが、それでも水がたまっており、まずはシートをまくり上げ、水を抜く。が濠底はぐちゃぐちゃ。そこで、昨夕、調査区周りの重機残土がぬかるんでおり、いずれ写真撮影の際にも、調査区外の黒い表土のなかに黄色のまだらが点々とあることになるので、調査区南方および西方の黄色粘土を鋤く作業をしてもらう。休憩後、調査区に入ったのは11:30。12時に近づき、雨がパラパラ来たので、午後の予報を見つつシートで封をする。14時まではできるのではと、当初は考えていたが、午 後の雨はかなりまとまったものと見込まれたため、本日は午前中までとすることにした。その後、すぐに帰宅したので、午後の雨がどうなったかは不明ながら、雨雲レーダーを見ると、だましだましやれたかもしれないとも思ったが、それはよし。骨休め。また明日、頑張りましょう。

調査区図

◆昨日のオルソを使って調査区図を作成しました。ついでに、2018の4区も入れました。

今日のドローン、こりゃええわ

◆普通の静止画はいつもの画像で面白くない。別途、動画も撮影しました。が動画は重いので、見せられません。それよりも。
◆カメラを真下にして、FS用の撮影をして、やってみると、うまくいきました。オルソ画像までもっていきました。よく見ると、足場板がゆがんでいたり、遺物籠がゆがんでいたり、つまりは石も正確な形ではないところもあるということ。11枚という少ない枚数で合成し、画像をはめ込んでいるためだろう。倍くらいの枚数で、明日はやってみよう。
◆それでです。GPSキャリブレーションをやっているし、座標系にのっとった俯瞰画像で上がってくるので す、これが。上の画像の陸橋の角度は、方位にあっているわけです。それと、部分画像も出しておきます。
◆ドローンでの撮影は5分程度。そのくらいでオルソができる。(1)まず毎日、その日の掘り上げ記録としても、実に簡便です。(2)平面図も、枚数を20枚程度にして精度を上げてやれば、これで十分かな。立面用は、立面用に横から写真でFSしてやればよいか。
◆むろん、シャドウ部がなく、精度も高い、ひとつの3Dに仕上げたものを作って、平面・立面用に切り出すのがよいのだろう。それはそれでやったらいいし、レーザーもやる。が、図化作業への効率的な着手を考えると、それでもいいのかなと。

久津川車塚2018年8月15日(水)天気33度、大阪日の入り18:47

参加者。城陽市担当者、長友、自分、阿部(D1)、田口(M1)、上野・小澤・黒田・佐藤・山下・山本・吉田・李(3)、院生・学10人。
◆今日はほとんど18-3トレ(本体)に降りなかった。長友さんに任せる。自分は、まずテントの道具の片づけ。そのあと、18-4トレで土方をやってました。
◆18-4、調査区位置図も提示できるんですが(測量はした)、
図化する気力なく・・・、呑んだくれて います。土日には。この18-4トレ、史跡地内で周堤の落ちる肩を検出しようというもの。先週金曜日には設定し、今週、2人×3日ということで、歴文から正丁2人がやってくる。史跡指定の前に、ここいらには家があり、どうも地上げをやっている。赤い真砂土を入れ、砕石が入れられている。今日が最終日なので、一定の掘削をやってもらっておかないと、あとわれわれが苦労する。なんとなく見ていると(本調査区でないので、ほとんど無関心)、適当に終わりそうなので、ガンガン行けと、自ら出向く。
◆朝の状況は写真1。ほぼ造成土で、ようやく家が建つ前の耕土の上面。この灰色を、鶴嘴で下げ、洪水層まで行かねばならん。写真2は15時時点。手前の左には攪乱抗があるが、北側では黄色が下がっていく。調査区西端でも耕土を突破し、黄色が出てくる。16:30時点で、ほぼ洪水層を全面で出すに至る。でこぼこしている。東端の黄色の落ちは、周堤斜面の落ちに対応するものとみている。また調査区西端では埴輪列を想定しているが、確かに埴輪片がまとまって出土している。

◆本調査区のことは、今日はほとんどわかっていないが、いくつかを。田口に吉田さんと組ま せ、堤側の葺石を出していく。溝SD02もそれっぽいか。堤斜面で、礫より大きい石が3つならんでくる。横石列風か(写真4)。谷筋ラインのおよその想定ラインもあるが、どう仕上がっていくか。
◆あとは全面礫出し。礫面の仕上がりは、上野さんに任せる。李さんが先走っていて、大丈夫とは思うが、やや心配。
◆16:30頃からスコール、ずぶ濡れです。

今里先生の思い出

◆先日、今里先生が昨年亡くなられたことを知る。今里先生。播磨で考古学をかじると、必ず名前が出てくる。賀古駅家である古大内遺跡、高校時代に行ったような、かすかな記憶・・・。しかし瓦にかかわるのはまだ先、次は弥生土器の論文だったようにも思う。『考古学研究』をコピーして読んだのか、読まなかったのか。
◆大学院の時代に、1年、兵庫県史の嘱託をやった時、今里先生にも何項目かを書いていただいたんだろう。各地に出向き、宗田先生と執筆者を集めての説明会をやって、その時に今里先生が質問したことを覚えている(どういう質問だったかは忘れた)。大学時代に、高橋美久仁さんとか、吉本さんとか、そして今里先生の論文など、駅家の論文も読んでいたような気がする。いまでも古道は好きだが、山陽道のあざやかな復元はよく知られたことであり、地元にかかわることとして勉強していたように思う。
◆あとは、研究所から姫路・本町遺跡の瓦を見に行った時に、今里先生と山崎室長が話をしていたことを覚えている。もうちょっと接点があったように思うが、あまり思い出せない。奥村廃寺の瓦についても、なんか話を聞いたような気もする。
◆神戸銀行で銀行マンとして出世もし、一方で瓦を軸に考古学研究を続け、日誌(日記)が3種類あるという話(いわゆる日記、遺跡や遺物の観察日記、写真撮影日記)は本人から聞いたような・・・。頭の中にどこからどんな瓦が出土しているかは全部入っていて、たちどころに回答が返ってくる。そうか、野磨駅家の委員会でもご一緒したのかな。
◆こんな状態ですが、違和感や違うと思ったことは、かならず何か発言をされる、何となくそういう印象が刷り込まれている。今里先生に、エエ加減なことは言えない、という雰囲気があったように思う。結局のところ、あまり深くおつきあいいただくところまでいかなかったが、残念ですと、いうほかない。

2018測量基準点

◆X-853.155/Y-241.895/H30.808。登録はKR2018(後視点はK3(X-852.434/Y-263.452/H31.022))。

フォトスキャン180814の2

◆15時休みにパシャパシャとやってみました。34画像のうち28アラインかな。フォトスキャンも3年 目。慣らし運転をしておこう。

今日のドローン

◆本番にむけて練習を重ねている。昨夜は静止画を取る勉強をネットをみながらやっていて12時く らいになっちまった。本機の操作も、右手・左手が勝手に動くまで練習すべし、であるが、まあ安定している。今日は休憩時間の人がいない時に(これも大原則。人のいる上を飛ばさないこと)、写真を撮る練習をした。
◆昨日の写真で本機の脚が見えていたが、これがそもそもおかしいのである。実は、その前に失敗をしていてカメラがおかしくなっていた模様。昨夜、GPSのキャリブレーションについても学習し、今日の昼は無事に成功した。道上君が来ていたので、体験を。自分たちで記念撮影となる。 俯瞰写真もミッチー撮影でしょう。
◆ただし帰ってきてミニSDの画像を取り込むと(JPEG+RAW)、暗い。カメラの上げ下げに加 え、右手だったか、露出の調整をしないといけない。明日はそこからですね。それと今はオートだが、マニュアル撮影にも挑戦してみよう。ISOとシャッタースピードだが。
◆最後は、15時休憩時に作業している全景を撮ったもの。
◆俯瞰写真を連続的に撮影してフォトスキャンということは、けっこういろんな世界の人がやっているようだが、今年はそこまではいかないだろう。一方で、動画もある程度、撮っておこうと考えている。日々、練習です。

久津川車塚2018年8月14日(火)33度

◆参加者。城陽市担当者、自分、阿部(D1)、大澤(M2)、安藤・田口(M1)、林田・森田(4)、上野・小澤・黒田・佐藤・山下・山本・吉田・李(3)、院生・学14人、藤さん、見学者・木下。歴文からも屈強な正丁2人。
◆来客:道上(奈文研、栄養ドリンクいただきまた)、清家(岡大、ジュースをいだきました)。
◆陸橋上面。3回生3人が最後まで頑張ってく。ひととおりのことをや り、第2Qから合流。残り はすべて陸橋側面に張く。3mスパンで調査区を設定する。Ⅰ区~6区。ビフォア(左:9:16)・アフター(右16:44)で。斜めの方がわかりやすいので、それも(14:50)。ほぼ北壁から1.5mラインまでたどりつき、行き着いた者は、再び上から礫出しを仕上げ始める。一部、礫のまばらなところを濠底まで掘り下げさせ、到達するも、少し掘り過ぎと、礫を取り過ぎたか(写真)。現在の範囲では、濠底10㎝  程度しかないので、いま少し幅を広げないといけないよう(さっさとやるか仕上げてからやるか)。
◆水鳥君がどたっと倒れて寝ている状況はない。埴輪片はきわめて細片化し風化もしている。Ⅱ区では須恵器甕腹片が昨日から出てきている。今日出た3片は原位置のままで置いておく。まとまったらフォトスキャン。
◆同時に礫面の上の、陸橋斜面部も面を出していく。全体にまだ濠内堆積の灰色粘質土が多く、東区で確認できた黄色しっかり面はあまり出てきていない。陸橋上面と斜面上部の土に関して、あまり乾燥が進むとブロックで取れるので、どこかで精査の時点で、水をふんだんに撒き土が見えるようにする必要がある。

  ◆堤斜面。1回礫の頭出しをし、再度、上査し、礫をはずし、生き た面を検出しながら下 がってきてくれてる(このへんは安心感があ。写真は昼時点と本日終了時点。問題は、この写真の手前の調査区幅は、初日にぜんぜんだったので、重機に再掘削してもらって、堤取り付き部について、このくらいの幅が確保できたのだが、それでも、陸橋とのくびれ部、堤の裾ラインはこの範囲に入りそうになく、右手に見える壁をかなり拡張しないと出ないことが判明しつつあること。しかし、谷間の状況が確定し、位置がほぼ推定できる段階で、拡張の規模を決めることにしよう。
◆最後、陸橋の周堤取り付き部あたりで、昨日、黄色洪水層がやや窪
んでいることを指摘した。 今日、陸橋側面上半部を削っていて、東側で黄色気味のガリガリの斜面イキ面を出していて、同じ斜面の西隣では、濠内堆積土の暗灰粘土が露呈しているではないか。やはり溝だ、と。遺構検出をしてもらうと、溝の窪みの上層に他より深く入り込んだ濠内堆積土のラインが引け、ひとまずそれを掘削した。礫もそこに落ち込んでいる(溝に違いない)。→SD02.東側は肩ラインが出ているが、西では堆積土下層の砂質土が周堤側から入り込んでいる。西肩はまだ出ていないが、上面にむけて砂質の堆積土を下げていくと肩が出てこよう(写真の掘っているところが粘土の西端で、東端は線を書いているところ)。
◆KR18-4。今年の本調査区がKR18-3(実は1と2があるのです)。宅地造成で真砂土を入れ、砕石を入れてました。その下から家が建つまでの耕土風の土が出てきています。明日には堤内側の埴輪列が拝めるかな。

ドローン

◆初日から練習ふるはずであったが、いろいろあり。本日、現場に持ち込み、昼休み、造り出しの 方で基本操作の練習をし、そのあと調査区に持ち込む。無事、上げて、基本操作をし、また下ろす練習。池口にやらせると、さっさと操作をし、写真も撮る。若いもんに任せるのがよいかもね(とはいえ、それなりに危険なものですよ、これ)。
◆日が照っていると、アイパッドミニで操作しているが、なかなか画面が見にくい。画像に脚が写り込んでいますね。明日はカメラの操作を練習することにしよう。本番は8月最終週。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
54
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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