人を幸せにする人になろう

茅原狐塚の須恵器はいずこ

◆批判を受けているので、求められている作業はしてみようとは思いますが・・・。とはいえ、石室は 相対年代です。尺度からすると、小谷古墳や文殊院西の方が岩屋山より古いと考えられ、そういうことには言及しようとは思います。
◆でも結局は土器の土俵での議論が求められているわけです。とはいえ、その土俵での議論とは、茅原狐塚と、葉室石塚と、西宮、の話にはなる。でも結局は、石塚だって長頸壺が飛鳥Ⅱとしても、あれは追葬を考えないといけないし、西宮の場合は小型高坏の蓋と思うので、甘樫くらいです。結局は現物不明の茅原狐塚の須恵器なんです。わたしの見るとこと、坏身の立ち上がりがけっこうしっかりしていて、古そうに見え、問題は径になってきて、古い報告だし、径を測り直す必要があるのですが、現物がなければこれもやりようがないわけです。とはいえ、狐塚の資料が飛鳥Ⅰにくだってもいいが、中葉近くまで下ることはないだろう(右)。
◆この資料が、石舞台式がTK209型式期に中心がありながら、650年代にかかるまでの飛鳥Ⅰまでず~と作られていた、という白石先生の唯一の年代根拠となっているわけである。これによって、岩屋山式はそのあと7世紀第3四半期なんだという、ことになってしまうわけです。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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