人を幸せにする人になろう

神明山は難しい

◆ある必要性があり、神明山古墳の復元をやってみた。テラスや墳端がほとんどわからないですね。困ったものだ。現地調査も必要だ。こうやってみると、陵山でしょうか。造り出しもないし、宝来山にはならんだろうし・・・・難しい。

ブログは閉鎖?

◆ブログの時代は終わりつつある、そうです。サービスの提供をやめるところが増えてきて、残っているところが限られてきたのだとか。まずいですね。2008年以来、自分の心の安定装置であったものがなくなってしまうかもしれない。
◆書いてきたものがすべて消えるのは寂しい。とはいえ、データを回収するのも途方もない作業だ。記録としては残しておきたいものだが。
◆昔、有料プランにしていなかった時、無料プランの上限に近づいたからだったか、最初の記事からいくらかデータを回収し、消したことがある。どっかにそのデータはあるはず。さて、どうするか。サンデー毎日になるまで忍者ブログが存続しますように。

2025年9月28日(日)城陽市で埴輪整理

◆本日は城陽市の整理室での埴輪整理。埴輪のプロであるOさんIさんにお願いしている作業日。朝いろいろあったが、森之宮から機材を積み込み、Y田さんと一緒に930すぎに城陽市に到着。17時過ぎまで、それぞれの仕事をする。こっちは、要実測のピックアップ箱の登録とメモ写真。NさんとY田さんはレボポイントとメタシェで3Dモデル作り、OさんIさんは、ピックアップ作業が済んだものについて、9月13日に着手した1点ごとのメモ(上下などの指示含む)の作成。
◆ピックアップ箱のすべての登録が終わったと思ったら、もう1列分、家形埴輪があった(写真)。まだ未完か・・・。
◆1点ごとのメモ作成も、もう1日必要で、11月の日程調整をした。最後、森之宮での計測のために箱10・11を運ぶことにして、車に積み込む。しかし、森之宮キャンパスにはいまのところ車は入れず、運び込むのもめんどうなんです。ここまでのところ、車で行かざるをえない場合は、近くの料金の高い駐車場を使っている。

2025年9月27日(土)深江村まちあるき

◆カミサンがネットがあれば仕事ができるというので、一緒に森之宮キャンパスに行く。天気よく、どこか行こうと誘われるも、土日に仕事をしないとな~と、ぐじぐじ。向こうは仕事が終わり、昼前に部屋へやってきて、グズグズやってないで外へ出ようと、引っ張り出される。
◆森之宮から深江の資料館をめざす。深江村、大きな村ですね。菅笠で有名なことは、大阪の歴史演習の履修者の発表でしばらく前に知った。それに加え、近代以降、茶釜の鋳造で人間国宝となった家があり、その作品が展示されている。熱心に解説いただきました。
◆そのあとは、旧の長瀬川沿いであろう旧道と思われるものに到達し、それにそって南東に進む。最後は、弥刀駅から近鉄に乗る。少し気分転換になった。かな?。

2025年9月26日(金)博物館展示論

◆まずは前日のあと始末。それから4限の博物館展示論の準備をする。時間になり、1101大教室というのに出かける。卓上の機器の操作は、備え付けの説明文を読んでなんとかなった。が、なかなかうまくしゃべれませんでした。精神的に弱くなっており、こっちの気持ちの問題ですね。授業で90分しゃべるには、それなりのテンションが必要。
◆この日、娘が帰ってきた。昨日25日に学位をもらったそうだ。なので今日はお祝いの呑み会である。月曜日に福岡に向かう予定。
◆少し前の9月17日のことです。公務員の給料日。1991年のカミさんの授業料に始まり、そのあと子供の保育料、そして小学校も私学だったので授業料を払ってきた。そして大学。家賃込みでの仕送りを続けてきた。長男の分はしばらく前に終了していたが、この9月17日の給料日が長女への最後の仕送りとなった。なのでこの日はカミさんにおごってもらいました。

2025年9月24日開学

◆この日、森之宮キャンパスの開学式が午前にある。こっちは、ある荷物の搬入のため高石市へ行ってました。終了後、Yさんと森之宮に車で行く。午後は、久津川の埴輪実測図の整理をやっていた。完全には終わらなかったので、続きは来週。そのあと、ある関係の書類を読みこんでいた(明日会議にむけて)。
◆そして翌25日、はじめて森之宮キャンパス正面玄関から出勤(開学式までは通用口からの出入り)。写真は8:44のもの。いちばん右の入り口すぐ横のエレベータから11階へ。この日は会議がふたつあり、ふたつ目の15時からのものはオンラインだった。終了後、今日の2つの会議関係の文献を読みこむ。それが終わるとOさんの論文を読んでいた。この日はそんなところ。なにか仕事をやっていると気がまぎれるが、あまり調子はよくない。

下宮の水利

◆今回の合同調査でたどった水路を、翌日、イラレに落とし込んだもの。下宮町の範囲についても不十分ですね。帰ってきてからグーグルを見ると、二ノ井の取水口はもうちょっとで確かめられたようです。下準備が足りません。一方、一ノ井は槇尾川(父鬼川)をかなりさかのぼったところに取水口があるようだ。大野のところらしい。和歌山へ行くとき、京奈和が多いが、鍋谷峠から「かつらぎ町」へ出るルートもけっこう通った。阪和道の和泉岸和田ICで下り、和泉市のララポートから工業団地を抜け、外環に出て、大野のところで南に折れる。あの谷が父鬼川(槇尾川)なんですね。
◆今度通る時があったら取水口を見に行こうか。とはいえグーグルで見ても途中でわからなくなる。旧の170号線をたどり、川を覗いて堰を確認するのが近道か。

2025年9月23日(火・祝)

◆朝8時過ぎから職場にいます。スピード感のない者は、休みの日も出勤し、時間をかけ、ちょこちょこ仕事をこなすほかない。
◆今日の新聞。大阪高松大司教さんの話が載っていた。この教会、玉造にあるんですね。難波宮から東の環状線側に進んでいくとある。たぶん見たことがある。プラザ合意の記事。ロヒンギャの特集記事もあった(第1回)。それと自民総裁選の記事。奈良県選出議員の、皇室典範のことと、自衛隊の憲法明記の2つが日本にとってもっとも重要なんだとか。もう1人も自衛隊の明記に加え、防衛費GDP2%ではとうてい足りない、との発言をしたという。国民のことを大事にしているとは思えません。能登の復興住宅の建設の遅れをどう考えているのだろう。
◆明日のオープニングセレモニー用のレンタル器材が運び込まれ、準備が進められている。

寝屋川と第2寝屋川

◆新キャンパスの東を平野川が流れ、北を第2寝屋川が流れる。寝屋川と第2寝屋川について少し調べ、地図に記入してみました。

2025年9月17日(水)合同調査3日目

◆3日目。朝から2時間半くらい、水路の源流をめざす。道の左の水路が二ノ井、その左斜面の上に(高低差10mくらいか)一ノ井があって、並走している。
◆いつもなら、大きめに印刷した書き込み用の地図を用意するのだが、今年は全然余裕なし。実行委員会作成の地図を使って、それに記入していった。記憶の新しいうちに整理しておかなければならない。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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