人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2017年9月12日(火)
◆参加者。城陽市担当者、工藤さん、自分、長友さん、阿部(市大M2)、大澤(市大M1)、園原(立命M1)、田口(奈良大4)、山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)。
◆朝、6時前くらい大雨。ひとまず午前中はなしとする。9:00、少しましになる。雨がやんで安定するようなら10時くらいからシートを開けるかも、と連絡。城陽へ向かう。が、雨は降り続いている。10:15城陽着。しゃーない。改めて昼まではなし、とする。
◆宿舎近くのガストでJムークの原稿を書いている。12:20くらいだったか、現場から学生が到着しているとの連絡をもらい、かけつける。シートを開けて、作業を開始。ほぼ14時頃、再び雨がそこそこ降り、止みそうにもない状況だったので撤収する。
◆17-1トレ。図面の続き。ブツの雨による影響からの回復。サンプリング。南壁東端部の検討とFS
写真。ほぼ攪乱。左側の鉄管は、掩体壕時代のものか?、戦後のものか?。
◆17-2トレ。埴輪の据え付け精査の続き。深く据えてある埴輪は、全体の布掘りに加えて、図面描く。
〔葺石調査〕橋本さん
◆朝、6時前くらい大雨。ひとまず午前中はなしとする。9:00、少しましになる。雨がやんで安定するようなら10時くらいからシートを開けるかも、と連絡。城陽へ向かう。が、雨は降り続いている。10:15城陽着。しゃーない。改めて昼まではなし、とする。
◆宿舎近くのガストでJムークの原稿を書いている。12:20くらいだったか、現場から学生が到着しているとの連絡をもらい、かけつける。シートを開けて、作業を開始。ほぼ14時頃、再び雨がそこそこ降り、止みそうにもない状況だったので撤収する。
◆17-1トレ。図面の続き。ブツの雨による影響からの回復。サンプリング。南壁東端部の検討とFS
◆17-2トレ。埴輪の据え付け精査の続き。深く据えてある埴輪は、全体の布掘りに加えて、図面描く。
〔葺石調査〕橋本さん
2017年9月10日(日)宇陀松山(5)
◆引き続き南下。千軒舎というまちづくりの拠点施設へ行く。公開しているのは、薬の館とここく
らいで、あとはみなちゃんと居住しているわけです。宇陀松山は、信長次男の信雄を初代とする宇陀松山藩の陣屋城下町なのだが、4代目が財政政策をめぐって重臣を惨殺し自分も自害したという。それで5代が、丹波栢原へ転封となり、以後、天領となる。こうした宇陀の歴史を学べるガイダンス施設がほしいところ。また、今回は城攻めはできなかった。城はもっと早い段階では廃城となり、春日神社のある一帯に陣屋があったという。
◆久保本家で日本酒「初霞」を購入。酒蔵カフェにも入りたかったが、飲めないので入らず。町の南端まで来たので、1本西の街路を通って北上する。
◆途中、お茶を飲む。そのあとお城時代の西門を見て北上。南へ転じて、薬の館まで戻る。
◆そのあと道の駅に少し立ち寄るも、わんさかといるバイク野郎含め、多くの
客があふれていたが、まちの観光客はそれほど多くはなく、まばら。静かでよいのだが、ここまで出かけても、現国道から中に入り、まち歩きをする人は少ないのだ、と感じる。まあ、観光客であふれるよりも、少しずつ認知されていくのがよいのかも。
◆久保本家で日本酒「初霞」を購入。酒蔵カフェにも入りたかったが、飲めないので入らず。町の南端まで来たので、1本西の街路を通って北上する。
◆途中、お茶を飲む。そのあとお城時代の西門を見て北上。南へ転じて、薬の館まで戻る。
◆そのあと道の駅に少し立ち寄るも、わんさかといるバイク野郎含め、多くの
2017年9月10日(日)宇陀松山(3)
◆宇陀松山に入る。「大宇陀」というのは1942年に町村合併で新たな行
政区の名前を「大宇陀町」として以来の新しい地名らしい。なんとなく、越中八尾と似ている。南北にのびる街並み、その規模などが。
◆2006年に伝建になる。最初に薬の館に行く。 細川家。道修町の藤沢薬品初代の母は、この細川家から嫁いだ女性とのこと。薬看板など、資料がよく残る。→「きみごろも本舗」で「きみごろも」を買う。和菓子屋で地元の銘菓を食べるのも、まち歩きの楽しみのひとつ。
◆昼頃、お茶でもと入った「あゆみ家住宅」でランチを食べる。おばちゃんが話好きで、食事中、話をしていました。例えば、冬、桜井から榛原の途中で、近鉄電車の窓ガラスが、曇るんだそうです。
◆2006年に伝建になる。最初に薬の館に行く。 細川家。道修町の藤沢薬品初代の母は、この細川家から嫁いだ女性とのこと。薬看板など、資料がよく残る。→「きみごろも本舗」で「きみごろも」を買う。和菓子屋で地元の銘菓を食べるのも、まち歩きの楽しみのひとつ。
◆昼頃、お茶でもと入った「あゆみ家住宅」でランチを食べる。おばちゃんが話好きで、食事中、話をしていました。例えば、冬、桜井から榛原の途中で、近鉄電車の窓ガラスが、曇るんだそうです。
2017年9月10日(日)宇陀松山(1)
◆現地説明会のあとは解散。カミさんと昼の食事をしたあと、スーパーで
買い物。ハタハタほかアテを作り、飛鳥ワインを。カラオケ2時間シャウト(~22:30)、寝る。ひところの睡眠不足から、寝過ぎ気味で、2:30に目が開き、しばらく起きていたが、また寝て、起きたら9:30だった。
◆かばんに仕事道具を入れるも、遊びに行くことに。念願の宇陀松山に向かう。桜井で織布コウバ の木造のノコギリ屋根を見て、戻り、写真を撮りに行く。比較的最近までやっていたが、やめてしまったみたい。10年前くらいだろうか。繊維産業の全盛期、1970年代以降の中国製品輸入開始以前、地域地域で、大きな企業に納入するような、自分の家の敷地内などに設けた織物コウバが作られた。和泉でもまだ営業を続けているところもあるが、多くがやめていっただろう。これらも近代日本の歴史遺産である。が、田舎では、地域地域にそこそこ残っているのか
もしれませんね。壊すにもお金がかかるし。どこまで貴重かといわれれば、こうした近代化遺産、ある時期にはどこでも見られたもので、価値のあるものなんだという感覚や、残していけるなら残したいねという意識は希薄なんだろう。
◆とはいえ、そこは文化財担当者の見識でしょうね。大きな工場で煉瓦建築のいいのがある、といったわかりやすいものでなく、村のなかに遺る近代化遺産、遺ってきているとはいえ、徐々に数を減らしていく中で、できるなら特徴的なもの、典型的といえるものなどを、なんとか残したいと思い、所有者と話をし、またそのための手だてを考えたりするかどうか、ということになるのでしょうね。
◆かばんに仕事道具を入れるも、遊びに行くことに。念願の宇陀松山に向かう。桜井で織布コウバ の木造のノコギリ屋根を見て、戻り、写真を撮りに行く。比較的最近までやっていたが、やめてしまったみたい。10年前くらいだろうか。繊維産業の全盛期、1970年代以降の中国製品輸入開始以前、地域地域で、大きな企業に納入するような、自分の家の敷地内などに設けた織物コウバが作られた。和泉でもまだ営業を続けているところもあるが、多くがやめていっただろう。これらも近代日本の歴史遺産である。が、田舎では、地域地域にそこそこ残っているのか
◆とはいえ、そこは文化財担当者の見識でしょうね。大きな工場で煉瓦建築のいいのがある、といったわかりやすいものでなく、村のなかに遺る近代化遺産、遺ってきているとはいえ、徐々に数を減らしていく中で、できるなら特徴的なもの、典型的といえるものなどを、なんとか残したいと思い、所有者と話をし、またそのための手だてを考えたりするかどうか、ということになるのでしょうね。
2017年9月9日(土)現地説明会
◆参加者。城陽市担当者。工藤さん+1、自分、長友さん、大澤(市大M
1)、園原(立命M1)、川 北(京大M1)、泉・田口(奈良大4)、前田・山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)。以上だったけか。
◆8:30集合。第2京阪で行くと、8:15には着いたか。会場への誘導ボードを取り付けたり、テントを立てて受付をつくったり、遺物の実大ボードを作ったりと・・・。
◆10:00から13:00.参加者は約300人?。原田君や道上君も来てくれました。天気はよい。院生・学部生、みな説明に立つなど、それぞれの役割をやってくれる。チームでちゃんと仕を割り振ってくれている。リハも。こっちは、1回だけ17-1の説明をした程度。
◆終了後、後片付けをして、シートをかけて、14:00頃に解散。
◆8:30集合。第2京阪で行くと、8:15には着いたか。会場への誘導ボードを取り付けたり、テントを立てて受付をつくったり、遺物の実大ボードを作ったりと・・・。
◆10:00から13:00.参加者は約300人?。原田君や道上君も来てくれました。天気はよい。院生・学部生、みな説明に立つなど、それぞれの役割をやってくれる。チームでちゃんと仕を割り振ってくれている。リハも。こっちは、1回だけ17-1の説明をした程度。
◆終了後、後片付けをして、シートをかけて、14:00頃に解散。
プラグイン
カレンダー
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(03/16)
(03/13)
(03/13)
(03/10)
(03/10)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。