人を幸せにする人になろう

久保惣と金熊寺

◆弥生博が9:30、久保惣が10:00開館だったので、こういう順序になった。久保惣には、旧館時代に行ったように思うが確かでない。確か、同笵鏡№2の三角縁があったはずだが、資料調査をお願いしたことはない。常設にはならんではおらず、学部生としては資料を見せてくれというところまでいかなかった、と思う。いまきれいな新館というのができている。
◆久保惣に立ち寄ったのは、これも『和泉市史』松尾谷編で、久保惚太郎が、この地区のおいて本格的な織物工場を作り大規模操業をしたということを学んだからである。その関心で立ち寄ったもの。説明によると3代惚太郎ほかが収集したコレクションであるようだ。で、こうした美術品等を地域のために、ということで和泉市に寄贈したのだとか。
◆それと、いまやっている企画展が面白そうだったので(名所図会などの展示)。で、思いのほか、来館者が多くビックリした。今日はイベントがあるということもあるようだ。
◆そのあと金熊寺に行く。なんで行ったかというのはやめておく。名前だけは知っており赴いたわけだが、想像してたのと違っていた。

弥生博の大園展

◆大園展を見に行かなければ、と思っていた。9月何日かまでだが、気づいたら終わっていたということになりがちなので。とにかく、高石・泉大津・和泉市にまたがり、さらには府教委の調査もある。広大なので、道路で区分された地区名がつけられているが、そういうのも頭に入りにくい。多くの調査がなされているが、府+3市の調査があり、それらの情報をすべて集約することは、なかなか困難である。それをこうした展示で、時系列的に整理してくれているのは本当にありがたいことである。
◆衝立。いったいぜんたい何個体あるのだろうか。で、なんでこんなに生産地に残っているのか。すべて焼成に失敗した?。最後は元正の和泉宮まで触れてくれている。来館者が見に来てくれているのもウレシイ。
◆帰ろうとすると館長とばったり出くわし、学芸員室に寄り、しばらく歓談。今日は午後に講演会があり、ほぼ職員さんはみな出勤している様子でした。

2025年8月16日(土)松尾寺

◆今日は、科研の申請書を書こうかと思ったが、カミサンが午後から和歌山で同窓会というので、和泉方面へでかけることにする。まずは松尾寺。
◆『和泉市史』最終巻で、T田先生の松尾寺(谷?)編の原稿を読み、いろいろ勉強させてもらった。施福寺にはすいぶん前に上ったが、松尾寺にはまだ行ったことがなかった。8時に出て、9時くらいには着いたのだろう。松尾谷の北側に細い支谷があり、その谷筋北側に松尾寺はある。寺の事務所をのぞくと、表札が、松尾寺住職と宝瓶院住職の2名の名前があり、松尾寺住職の表札の方が大きい。松尾寺は信長に焼かれ、秀頼が再興を援助している。天台宗になったのは、東叡山寛永寺の末寺になってからだったかな。それと、松尾寺には住職はおらず、子院が運営していたが、そのなかの宝瓶院が大きな力をもっていた、ということだったと思う。

2025年8月15日(金)梱包2日目

◆15日の梱包は、ほぼ立会いもなく、部屋で控えている状態であった。この間、期末レポートの採点をしていた。で、いま15:48、「本日の作業は終了」と日通さんが報告に来た。来週の月曜日(18日)は、M1の1人に杉本にいて荷物出しに立ち会ってもらう。こっちが森之宮に行く予定。業者さんからは、10時には待機しておいてほしいとのこと。また、搬入は夕方までかかると。
◆業者による図書その他の開梱は19日(火)なので、18日は、こっちで詰めた書類など約50箱をひたすら開けて配列していこう。で、院生4人を動員する19日は、考古学実習室と博物館実習室+収蔵庫の整頓に集中できるようにしたい。

ついでに博物館実習室

◆ついでに博物館実習室を示しておく。2012年に整備したものなので、什器類も新しく、基本は移設です。長らく、博物館実習室もわたしが管理してきたが(実質的に考古の部屋として使っていたので)、これからは文化資源が管理の中心になるのかな。部屋の管理者を定める必要があるので、決めないといけません。引っ越しまでこっちがやっているので、ほっとけば、そのまま管理者になりそう。それでもいいのではあるが、委員会での議題ですね。

コンテナ数はちょうど倍

◆遺物コンテナの箱数を数えた。いま301室の専用ラックに収納されている ものが125箱。それを含め、直に床置きのもの、経研棟423や暗室など、各所にあるものをカウントした総数は249になった。ほぼ倍である。コンテナの平面規格は同じだが、標準タイプばかりでなく、深さには浅箱・中箱・標準・深箱という4種があるので、数だけではだめなのだが、ひとまず。森之宮の収蔵庫(1209)は、いまのラック4の移設に加え、ラック5が新規設置されるので、倍であれば収まるのではないか。そうか、249箱には、展示ケースにならべていたものを仮収納したので、それらは展示ケースに出すので、まあ大丈夫かな。
◆1208考古学実習室と1209収蔵庫の平面図を挙げておきます。青が移設、黄が新規購入。【追記】そうか、遺物コンテナばかりでなく、測量機器、これに合宿用の鍋釜・食器なども加わる。やはり入りきらないかもしれませんね。
◆新しいコンテナを購入して、新しい箱に詰め替え、整序しておくのが理想ですね。わたしの後任を採用してくれるかどうかわからんが、まあ後任がいるとして、その人にあとを任せるにしても、いまある資料をきちんと整序しておきたいもの。とはいえ、コンテナを購入する金がないか。そうか、水洗い場ができたのでコンテナを洗うか。

2025年8月14日(木)午前で本の梱包終わり

◆自分の居室から図書梱包開始。48箱。次133室:30箱、136室:3箱。これで終わりかと思いきや、業者と経研棟423の点検に赴くと、数日前に仕分けした図書があった・・・(あったな~)。再度、図書梱包グループがやってきて、7箱詰める。
◆みなさん、個人研究室の本棚は新規購入だが、わたしは移設(理由不明)。下見の時に見て回ると、新規購入の本棚は、奥行きが現在のものよりもあって、かなり不経済。部屋の幅が狭い上に、両側の本棚の張り出すことで、空間はさらに細長く狭まる。移設本棚の方が多少はマシというところ。考古学実習室133の本棚を、新しい個人教員室1149に移してもらうよう指示。棚番号や段数指示はしなかった。もう既に、引っ越しのために本来の位置を動かし、手前にかためており、各種の分類も入り混じってしまっている。ぼちぼちと動かすほかはない。
◆本日の梱包にはM1院生2人に立ち会ってもらったが、午前で本が梱包されたので、そこまでとし、明日はなし、とした。
◆明日の梱包は、遺物コンテナということになる。これもランダムでもいいと思っていたが、こっちに関しては、位置決めをすることにする。いまからその準備。

2025年8月14日(木)疲れてます

◆いま14日。作業は9:30から。8時過ぎに職場に来て、昨日片付けた3室の写真をスマホで撮っておきました。ケーブルが見当たらないので、その画像を取り込んで、ブログに挙げることができない。ともかくも昨日は院生4人がめいいっぱいやってくれ、午前に301、午後前半133、午後後半136を片付ける。まあ4人が1日動いてくれると、相当な作業量でもこなせるものです。こっちは必要な指示をし、ゴミを捨てるなど、できることをやる。みな自分で動く人たちなので助かる。
◆とはいえ1日働くと、前の週からの疲れもあり、そこそこ疲労を感じる。来週の移動、そしてセッティングまでは、このまま流されるまま対処するほかはない(土日休みはある)。
◆部屋を片付けながら思ったこと。箱詰めするよりも、移動先で元の状態近くまでもっていく方が大変だろうな、と。ま、そこは目の前の仕事をするために必要な書類等1割を再現し、整序されていない9割はとにかく本棚に収めて、ぼちぼちと入れ替え作業をやっていくことだ。
【追記】13・14・15日の画像がなぜだか取り込み失敗。

2025年8月13日(水)お盆です

◆お盆(おぼん):日本で夏季に行われる祖先の霊を祀る一連の行事。日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事である。8月13日 - 8月16日。【ウィキ】
◆家に仏壇があって先祖のホトケさんがいるからこその行事ですね。なので、若い人たちにはピンとこなかったりするようになっています。
◆本日は大学院生全員での引っ越し準備の仕上げ。13日に仕事をお願いしているこっちも、お盆と離れてしまっているともいえる。がしかしこれは、14・15日に梱包日程を入れられてしまっているので、仕方なし。まだ発掘現場をはじめ世間では「お盆休み」がまだまだあると思われるが、文学研究科の全移転のためには「お盆は関係なし」。
◆昨日、301・133・136をひととおり、こちらでの梱包、移動ラベルシール貼りをなんとか終えた。暗室を忘れていたが・・・。対象となる部屋数が多いため、明日から14・15両日の業者梱包となったが、そんなに仕事はないのでは。移動は週明けだし、業者としては、この2日であとは荷積みという状態までもっていくということであるが、そんなに大変じゃないように思う。
◆明日14日はM1の2人にお願いしており、15日も念のためキープしてもらっているが、実際にところ、15日は、わたしがいればよく、院生なしでいいのではないか。

2025年8月12日(火)江差

◆この日はわれわれのみ。帰りの新幹線の時間もある。午前中どこへ行こうかと。江差に行くこととする。1時間半くらい。今日も晴れ、海は青い。
◆前来たときは開陽丸が中心で、横山家住宅・中村家住宅に行っていなかったので、それを見に行く。ニシンで儲けた大きな家で、独特の海に突き出す家屋も、いまはそう残っていない。「江差の5月は、江戸にもない」という繁栄ぶりは、ほぼ明治まで。大正はじめにニシンはやって来なくなってしまう。ニシンそばを食す。
◆道の駅厚沢部(あっさぶ)に立ち寄る。賑わっている。アスパラガスを購入。函館に戻り、レンタカーを返し、いま帰りの新幹線です。二戸を出たところ(15:20)。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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