人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
堺市から戻ると
◆10年前に卒業した阪井田耕司君が、婚約者を連れて訪ねてくれました。小一時間ほど、楽しくしゃべる。うれしいですね。縄文の異形石器で卒論を書きました。
ゆえあって鉢伏山西峰
◆原稿がないもんだから、自分で書くほかなく、鉢伏山西峰古墳の
紹介文を書くことになる。これ でもけっこうかかってしまった。ひととおり書き上げて、もうこれでいいんだが、もひとつ調べることが残っている。ま、でも、でけた。その際に作成した図を。
◆ひとつは遺跡分布図。いや勉強になりました。これらの横口式石槨は百済王族なんでしょうね。もうひとつは西峰古墳の墳丘復元図。ほんとは多段だろうと思っているのですが、ミソは下のやつは基壇で、方丘が9尋13.5mということ。まあ石槨は唐尺なので、西峰のやつは省略する。で、この地域の横口式石槨を比較した図を作った。この3種を示しておきます。
◆オーコなどは7世紀前半で(高麗尺)、西峰が650年代で、観音塚はそのあとかな
~と思っとります。
◆ひとつは遺跡分布図。いや勉強になりました。これらの横口式石槨は百済王族なんでしょうね。もうひとつは西峰古墳の墳丘復元図。ほんとは多段だろうと思っているのですが、ミソは下のやつは基壇で、方丘が9尋13.5mということ。まあ石槨は唐尺なので、西峰のやつは省略する。で、この地域の横口式石槨を比較した図を作った。この3種を示しておきます。
◆オーコなどは7世紀前半で(高麗尺)、西峰が650年代で、観音塚はそのあとかな
で護岸工事の様子
◆昨年度が後円部で、今年が前方部。これだけの護岸工事は、宮内庁としてもはじめてだろう。同
じ300mクラスの前例は、部分的か、分割実施。ぐるりと300mの墳丘護岸
がなされた景観は、かつてもなく、これからもないかもしれない、そんな工事である。
◆施工方法については、昨年も紹介した記憶がある。下に石を敷いて基礎とし、そこに高さ40から50㎝のL字金具を立て、石を充填し、その上にもう一段、こっちの場合は石を積める前に芝の種の入ったシートを貼り、上に重ねる。その上は墳丘斜面を復元するように盛土し芝を貼る。水は下段の石積みのところまで来るという。なので、よく見ると、際は垂直に近い壁となるが、それより上は墳丘斜面を復元したような姿となる。左の写真は、くびれ部位置で、左側が昨年工事され既に芝草が生え、右が今年の施工部分。そのアップが右側です。
◆施工方法については、昨年も紹介した記憶がある。下に石を敷いて基礎とし、そこに高さ40から50㎝のL字金具を立て、石を充填し、その上にもう一段、こっちの場合は石を積める前に芝の種の入ったシートを貼り、上に重ねる。その上は墳丘斜面を復元するように盛土し芝を貼る。水は下段の石積みのところまで来るという。なので、よく見ると、際は垂直に近い壁となるが、それより上は墳丘斜面を復元したような姿となる。左の写真は、くびれ部位置で、左側が昨年工事され既に芝草が生え、右が今年の施工部分。そのアップが右側です。
土師ニサンザイを見てきました
◆本日は宮内庁の護岸工事をみせてもらう見学会でした。今年が最終年度で、足を引きずりつつ一周しました。
◆堺市による民地部分
の調査も最終年度となり、後円部南側と、後円部背後で検出された橋遺構の堤側の、2箇所を設定して実施中で、あわせて見せていただくことになっておりました。堺市の現場は既に前に見せてもらっていました。かつて墳丘側で7列6間分の柱坑が出ていたものが、堤側でも出るのかどうか、主軸直交方向に長い調査区を設定し、見事に7つの柱坑が検出され、前日の28日に新聞報道もありました。今日は雨で、堺市の現場は閉じており、シートがかけられた状態でしたが、調査事務所の方に来ていただき、説明をいただきました。
◆この柱坑、7列で6間分あるが、柱間が異なっているので、3間分と2間分の2つになるのではないかと思っている。で、おそらく初葬時のもの。こんなん、一度水を入れて、それを再度抜いて、ぐちゃぐちゃの状態で濠底で坑が掘れるか、と思う。追葬時じゃないという意味です。報道提供にむけて、もうちょっと考えたが、あまり確かなこともいえず、基本は上記の認識くらい。本日の写真を挙げておきます。
◆堺市による民地部分
◆この柱坑、7列で6間分あるが、柱間が異なっているので、3間分と2間分の2つになるのではないかと思っている。で、おそらく初葬時のもの。こんなん、一度水を入れて、それを再度抜いて、ぐちゃぐちゃの状態で濠底で坑が掘れるか、と思う。追葬時じゃないという意味です。報道提供にむけて、もうちょっと考えたが、あまり確かなこともいえず、基本は上記の認識くらい。本日の写真を挙げておきます。
いやほんまに人さんに助けてもらい
◆今日から電車で通勤しております。鶴橋駅では、目の前を環状線が出て行き、一本あと、とか、時間はかかるが、まあ大丈夫。2限の授業にむかうと、学生が「先生、歩けるようになったんですね」と声をかけてくれる。帰り、本部構内の正門のところで、守衛さんにも「無理せんと」と声をかけてもらう。
◆いや、金曜日の難波宮と大化改新シンポⅢの打ち合わせでも、みなさんのおかげで3回続けてこられ、本番に向けて協力体制ができあががっていく。ありがたいことである。昨日の大歴の委員会でも、企画委員会としてまとめきれなかった今年度の現地見学検討会について、貝塚でセッティングしてくれ、みなさんに助けられてばかりです。
◆今年の目標は「功徳を積む」です。死ぬとき、幸せに死んでいけるよう、これからは「功徳を積む」ことを心がけたいと思います。はい。
◆いや、金曜日の難波宮と大化改新シンポⅢの打ち合わせでも、みなさんのおかげで3回続けてこられ、本番に向けて協力体制ができあががっていく。ありがたいことである。昨日の大歴の委員会でも、企画委員会としてまとめきれなかった今年度の現地見学検討会について、貝塚でセッティングしてくれ、みなさんに助けられてばかりです。
◆今年の目標は「功徳を積む」です。死ぬとき、幸せに死んでいけるよう、これからは「功徳を積む」ことを心がけたいと思います。はい。
そういうわけで
◆24日は、カカトの骨折後はじめて電車に乗りました。呑み会があるんちゃうかな~、と思ったので。高の原からはバス。松葉杖も先週くらいから、使わずにすむようになってきた。
◆で懇親会。楽しい。あんまり外向的でないもんで、ようしゃべりに行くことはできないが、そう多くはないが、学生や発表者とも話をすることができた。お開き後、いつもの?気の合う何人かと高の原の飲み屋で続き。帰り、八木で乗り換え、なにも見ずに快速急行に乗ってしまい、猛スピードで河内を抜けていき、鶴橋に着いた。引き返して家に着いたのはほぼ0時だった。
◆大事なことを書き忘れました。わたしもすっかり中堅ではなくなり、後継世代に自分の経験を伝えていく側になったということと(むろんいままでもそうだったのですが)、そういう役割を意識して残り13年やっていかなくちゃいけないという自覚をもった1日にもなりました。
◆で懇親会。楽しい。あんまり外向的でないもんで、ようしゃべりに行くことはできないが、そう多くはないが、学生や発表者とも話をすることができた。お開き後、いつもの?気の合う何人かと高の原の飲み屋で続き。帰り、八木で乗り換え、なにも見ずに快速急行に乗ってしまい、猛スピードで河内を抜けていき、鶴橋に着いた。引き返して家に着いたのはほぼ0時だった。
◆大事なことを書き忘れました。わたしもすっかり中堅ではなくなり、後継世代に自分の経験を伝えていく側になったということと(むろんいままでもそうだったのですが)、そういう役割を意識して残り13年やっていかなくちゃいけないという自覚をもった1日にもなりました。
雑感
◆いくつか感想を。遺跡でいえば、遺跡の価値判断の力が求められる。遺跡の保護を担当する職員は、開発が多かった時代は、せなあかん発掘ができる人材として採用してきた面がある。いまは違う。発掘に追われるのでなく、本来の保護行政をしっかりやりましょう、これが2000年以降くらい。
◆文化財の職員は、文化財の保護という公益性ゆえに置かれており、すなわち、自分の地域の遺跡や文化財がトータルにわかり、その価値がわかる専門として配置されているのである。とくに遺跡であれば、すべてが残せるわけでないなかで、これは大事やろという判断。史跡指定はもちろんのこと。開発対応の確認調査の局面でも、本調査段階でも、現場で遭遇し出てきた遺跡に対し、これはなんとか残す話をせなあかん(実際は難しいにせよ)、という意識が求められる。
◆大学時代に考古学をやって、いろんな時代の遺跡を知り、また現場に出て、むろん経験値は小さく不確かなものではあれ、それが基礎となる。むろん職についてからは、もっと現実的な話になり、現場と向き合い、いろんな人に教えてもらいながら、経験値を積み上げていくことになる。そしていろんな事案にも、遺跡や文化財は個々に違うが、だいたい対応できるようになっていく。
◆そうですね。そういう意味では、こうした説明会は、学生と実際に職にある者という対話だけにとどまらず、みんな成長途上にあるわけで、行政の若い人たち、われわれも含めて、学ぶ機会という面ももちうるように思う。
◆都道府県は、市町村に気持ちよく仕事をしてもらうために存在する。おそらく行政ではそういうことが言われていると思うが、今回の説明会でも、明確に言ってもらった方がよかったと思う。
◆それと、市町村が主体という意味は、日本のこれからの国と県と市の関係のあり方というか、自治の意識というか、自分たちの地域のことは自分たちがやるということ(むろん県や国も助けてくれるし、補助金ももらって使えばいいのであって、勝手にやるという意味ではない)。自分たちが、自分たちの地域に住む人たちに対し、文化財保護という仕事をし、文化財の価値を顕在化させ、いまのくらしに活かしていく、ということをやるという意味である。
◆博物館の授業で、こういうことをいつもしゃべっている。で、同じ博物館の授業のなかで、限られた予算と人員で、博物館の仕事をぜんぶやるんじゃなく(できない)、市民学芸員とかクラブ活動とか、一緒にやっていく、人的パワーの基盤を拡大していく、といったことをしゃべる。文化財行政も同じだろう。いま文化財に限らず、いずこも自分たちのまちを見直し元気にしていきたいという人たちが多く活動している。いろんな形で裾野を広げられるはずだ。
◆地域を元気にしていくというのは、むろん行政の課題でもある。それぞれの地域で、長く人々が住んできた、そこに残された遺跡があり、建物があり、形成され継承してきた祭礼もあるし、トータルで歴史がある。それが固有のホンモノの歴史であり、価値があるんだ、ということだ。人が押し寄せる大観光地をめざすのではない。そういう文化や文化財を大事にするまちづくりが、それぞれの市町村でめざされている、またそうなってほしいと願う。
◆そういう意識を共有する層を広げ、ちゃんと説明看板を立て、博物館・資料館では春・秋にいままで知られていなかったようなものを伝える企画展をし、またそれにより常設展を充実させる、そういう町にしていく役割を、文化財職員は担っているのである。そこここに、いろんな歴史遺産がある、そういうものをたいがい知っている専門的職員で、その価値を掘り起こし伝えるのが市町村の文化財職員だと思う。
◆文化財の職員は、文化財の保護という公益性ゆえに置かれており、すなわち、自分の地域の遺跡や文化財がトータルにわかり、その価値がわかる専門として配置されているのである。とくに遺跡であれば、すべてが残せるわけでないなかで、これは大事やろという判断。史跡指定はもちろんのこと。開発対応の確認調査の局面でも、本調査段階でも、現場で遭遇し出てきた遺跡に対し、これはなんとか残す話をせなあかん(実際は難しいにせよ)、という意識が求められる。
◆大学時代に考古学をやって、いろんな時代の遺跡を知り、また現場に出て、むろん経験値は小さく不確かなものではあれ、それが基礎となる。むろん職についてからは、もっと現実的な話になり、現場と向き合い、いろんな人に教えてもらいながら、経験値を積み上げていくことになる。そしていろんな事案にも、遺跡や文化財は個々に違うが、だいたい対応できるようになっていく。
◆そうですね。そういう意味では、こうした説明会は、学生と実際に職にある者という対話だけにとどまらず、みんな成長途上にあるわけで、行政の若い人たち、われわれも含めて、学ぶ機会という面ももちうるように思う。
◆都道府県は、市町村に気持ちよく仕事をしてもらうために存在する。おそらく行政ではそういうことが言われていると思うが、今回の説明会でも、明確に言ってもらった方がよかったと思う。
◆それと、市町村が主体という意味は、日本のこれからの国と県と市の関係のあり方というか、自治の意識というか、自分たちの地域のことは自分たちがやるということ(むろん県や国も助けてくれるし、補助金ももらって使えばいいのであって、勝手にやるという意味ではない)。自分たちが、自分たちの地域に住む人たちに対し、文化財保護という仕事をし、文化財の価値を顕在化させ、いまのくらしに活かしていく、ということをやるという意味である。
◆博物館の授業で、こういうことをいつもしゃべっている。で、同じ博物館の授業のなかで、限られた予算と人員で、博物館の仕事をぜんぶやるんじゃなく(できない)、市民学芸員とかクラブ活動とか、一緒にやっていく、人的パワーの基盤を拡大していく、といったことをしゃべる。文化財行政も同じだろう。いま文化財に限らず、いずこも自分たちのまちを見直し元気にしていきたいという人たちが多く活動している。いろんな形で裾野を広げられるはずだ。
◆地域を元気にしていくというのは、むろん行政の課題でもある。それぞれの地域で、長く人々が住んできた、そこに残された遺跡があり、建物があり、形成され継承してきた祭礼もあるし、トータルで歴史がある。それが固有のホンモノの歴史であり、価値があるんだ、ということだ。人が押し寄せる大観光地をめざすのではない。そういう文化や文化財を大事にするまちづくりが、それぞれの市町村でめざされている、またそうなってほしいと願う。
◆そういう意識を共有する層を広げ、ちゃんと説明看板を立て、博物館・資料館では春・秋にいままで知られていなかったようなものを伝える企画展をし、またそれにより常設展を充実させる、そういう町にしていく役割を、文化財職員は担っているのである。そこここに、いろんな歴史遺産がある、そういうものをたいがい知っている専門的職員で、その価値を掘り起こし伝えるのが市町村の文化財職員だと思う。
埋文行政説明会@奈良大
◆1月24日午後、奈良大学を会場とし、文化庁の学生・院生を対象とする文化財行政説明会があっ
た。われわれの頃は行政の現場で、職員さんの仕事ぶり、また話をするなかで、考古学をやって、こういう職があることそのものを知り、そういう人たちが身近なモデルとしてあり、それをめざすような循環があった。いま大学生は出席がうるさくなるというだけでなく、学期は学期で授業にということになり、行政の現場も雇用の問題等で、週2日とかといった形で学生に応援をお願いすることも難しくなっている。未来の文化財行政を担う学生・院生と、行政の仕事の間に、かつてのインターンシップ的なあり方がなくなっており、それをつなぐためにこうした説明会が開催されたもの(坂井さんの趣旨説明)。
◆250名の参加という盛況ぶりで、ねらいは大成功だったといえるだろう。4人の先輩の話もとてもよかったし、多くの学生・院生が参加してくれた。考古学とか文化財の仕事にかかわる者は、後継世代を育て仲間を増やし、これからますます重要性を増す行政部門として、これまでの蓄積の上に、安定的にそれが継承されていくよう、力をあわせてやっていくことはとても重要だ。将来を見据えて、一緒に仕事をしていこうという、なにか結団式のような様相も感じられ、とてもよかったと思う。
◆文化庁担当者は大変だろうが、東日本と西日本で年2回、こういう機会があっていいのではないか。県・市の担当者のそれぞれの仕事を、われわれも知りたい。
◆250名の参加という盛況ぶりで、ねらいは大成功だったといえるだろう。4人の先輩の話もとてもよかったし、多くの学生・院生が参加してくれた。考古学とか文化財の仕事にかかわる者は、後継世代を育て仲間を増やし、これからますます重要性を増す行政部門として、これまでの蓄積の上に、安定的にそれが継承されていくよう、力をあわせてやっていくことはとても重要だ。将来を見据えて、一緒に仕事をしていこうという、なにか結団式のような様相も感じられ、とてもよかったと思う。
◆文化庁担当者は大変だろうが、東日本と西日本で年2回、こういう機会があっていいのではないか。県・市の担当者のそれぞれの仕事を、われわれも知りたい。
市大と府大の対等統合
◆以下は、うちのHPに出た学長メッセージです。
大阪府立大学との統合による新大学実現に向けた中期目標変更に係る議案が昨年12月22日に大阪府議会で可決され、本年1月15日に大阪市会でも可決され ました。これにより、新大学設立の方向性が明確になり、今後、その大学がより確実に発展していくための仕組みや環境について議論が進められていくこととなります。
また、あわせて、昨年2月に大阪府立大学とともに策定いたしました「新・公立大学」大阪モデル(基本構想)を踏まえ、今後、大阪の発展を牽引する「知の拠点」をめざし、魅力ある新大学の実現に向けてさらに議論を深めていきます。
大阪府立大学との統合による新大学実現に向けた中期目標変更に係る議案が昨年12月22日に大阪府議会で可決され、本年1月15日に大阪市会でも可決され ました。これにより、新大学設立の方向性が明確になり、今後、その大学がより確実に発展していくための仕組みや環境について議論が進められていくこととなります。
また、あわせて、昨年2月に大阪府立大学とともに策定いたしました「新・公立大学」大阪モデル(基本構想)を踏まえ、今後、大阪の発展を牽引する「知の拠点」をめざし、魅力ある新大学の実現に向けてさらに議論を深めていきます。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。