人を幸せにする人になろう

戸籍抄本

◆パスポートを切らしちまった。継続でなく、また作らねばならない(GWにベルギーに行く)。 そうすると戸籍謄本または抄本がいる。運転免許証ではなんでダメなんですかね。本籍地の役所で抄本を発行してもらう意味がどこまであるんだろうか。京都市南区役所に行く時間はないので、郵送依頼を送る。
◆そうすると1通450円を定額小為替を入れて払えと。で、郵便局に行く。なんか書かされ、手数料100円を取る。ばかばかしい。自治体の証明書も、カード払いとかにならんもんかね~。
[写真]近世史の御用達、雪国です。

大県郡ですが

◆河内の条里を学部演習でやってきて、大県郡のところなんですが。平尾山の山中に3つか4つの郷が あり、氏神がある。これ河内の平野部とはぜんぜん違うわけ。こんな郷、タンボを作っていた50戸ではありえない。
◆とすれば鍛冶でしょうね。大県遺跡は6世紀後半がピークで、そのあとは消え、田辺とかの方に一部は移るみたい。大県遺跡の技術者集団は、飛鳥時代に入って、もっと広範に技術扶植のために分散した可能性はある。が、大県郡の郷からすると、大県遺跡のある平野部から離され平尾山一帯に生産地を移したに違いないと思うのだ。実際に鉄滓も出ているらしいが、鍛冶工房が明確になっているわけでなく、あんまり7世紀以降の鍛冶工房は想定されてないみたい。
◆しかし郷の存立を論理的に考えれば、そういう結論になる。
[写真]国分駅前の梅?。その右は玉1の後円部。

吉志舞

◆大嘗祭などで、安倍氏の当主等が監督して、闕腋袍等、主に武官の服装で、踊られた舞楽。だそ うです。阿倍野の安倍寺はどうなったんですかね。とうの昔に全壊か。

伊丹の見学検討会

◆例によって、このシーズンとなり、今年は伊丹でやることになりました。すでに『ヒストリア』 表紙裏の広告は示したところです。チラシを作ってみました。

3Dデジカメ到着

◆実に小さいですわ。フラッシュもついているが、暗い横穴式石室を相手に計測までを考えるに は、光源として弱いんでしょうが。もう1台買って、2台体制で伏見城に入る予定。大学院生M君に、ちょっと使い方の予行演習をしてもらおう。

院生と呑む/文学部棟の足場撤去

◆昨日5日、大阪城の講演会の準備はあるがたぶん土曜日でいけるし、こっちがほっと一息というの と、院生が埴輪を接合してくれている慰労もあり、天王寺に。考古学の議論をするのは楽し。2軒目では、うちの東洋史の大学院を出た者がおり、寄ってきてくれる。
◆本日6日、朝から耐震工事中に組まれていた足場の撤去がはじまる。写真は、自分の窓の前にあった足場がつり下げられ離れていくところ。

たま3の埴輪に決着を

◆恥ずかしい話ですが、発掘させていただいた玉手山3号墳の埴輪の整理は、しばらくできていな かったが、院生に春休みに集中してやってもらい、決着をつけたい。小さく摩滅している破片が多く、なかなか接合頻度は低いが、再開し、ほぼやれることはやったというダメ押しまでが課題。

3Dデジカメ

◆予算の残額確認。会計シ ステム上はけっこう残高があるようだったが、振り替え等で実質はやはりほとんどないよう。3万弱残の予算がひとつあったが、もう物品購入も困難なようで。
◆実は、伏見城にむけてフジの3Dデジカメを導入してみようと前から思っていたのだが、これ生産は終了しているが、いろんなところで叩き売られているらしく、1.5万のものを、めんどくさいので自費で購入した。これも必要な投資。
◆本番までに少し使ってみる必要がある。とはいえ、MPOというのか、3Dデータの保存形式があるようだが、立体的にみるのはおそらく簡単だろう。そのデータを処理ソフトでやってやれば、3次元データになるのだ。前に調べてもらったところでは、フジはカメラのデータを公表していて、ソフトはいくつかの業者が開発していて有料のよう。こうなってくるとチンプンカンプン。が、伏見城3年目の今回がラストチャンス。大がかりに測量屋の協力を得ずとも、簡単な石組みや、残石など、データを取っておくことは可能になる。
◆あとでどこまで使えるかは、また判断すればよい。陰影図の作成など自分ではできないが、データさえあれば、有効な部位のみ、ちょっとずつ発注していけばいい。
◆あとは、石があったとして、写真を必要な角度から撮影しておく要領だな。

出雲

◆一日雑用を片付けているが終わらず。気分転換に。
◆弥生博の、若き考古学徒、論壇デビューの第3弾で、うちのもうひとりの院生が発表する。それにむけての打ち合わせをした。途中、どうにも土器の話がわからず、いきなり島根県センターのI氏に電話した。2000年3月の送別会以来会っていないから、14年ぶり・・・。いろいろ教えてもらい、文献を送ってくれることに。ありがたや~。
◆出雲という言葉もよくない。例えば日野川流域の、米子から淀江の一帯は、なぜに伯耆なんでしょうね。あくまで7世紀後半の役人によるくくり。だから、地域名称として広域で出雲と言ってしまうと、なぜだか安来までになるが、地域圏のとらえかたとして適切かどうかは別問題。そして狭義の出雲といえば斐伊川流域である。
◆今日の話を聞いていると、けっこう面白くなってきた。これまでの報告を聞いていると、なにかメリハリがなかったが、こないだの墳墓の話から、やっぱり地域の個性とか地域差とか、なんとなく動きが感じられるようになり、彼女の修論で一緒に勉強することが、とても楽しみになってきた。論壇デビューはあり、これをいい機会として詰めてやり、一段上のステップにいけばと思う。
◆それと、やっぱり、こういう話になった時、グーグルアースを見ますね。地理観がなければはじまらない。地域社会の実態をとらまえるには不可欠ですね。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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