人を幸せにする人になろう

ちと戻るが還暦の冊子から

◆還暦パーティーをやってもらってから1月以上が経過してしまいました。集まっていただいたみなさんにお礼をしないといけないが、そのままです。
◆この時、奄美方面の工房で作成された冊子が1冊おいてあり、びっくりした。表紙が大学2年生の時の鳥取での写真!。これ限定1冊。
◆そのなかに、自分の撮影でない久津川の打ち上げ写真があって、とってもいいのがあるので、出しておきます。これ渡り土手の時かな~。

2024年4月21日、津山洋学資料館

◆この土日、岡山で考古学研究会が開催されていたが、行かないことになった。21日は大歴の現地見学検討会が重なって設定されていたので、岡山に行かないならこっち、と考えていた。
◆が、ある原稿を仕上げないといけないので、それをやっており、20日、丸1日やっても終わらず。仕方なく、21日もそれにあてることになり、検討会にも行けず。池淵さん、ごめんなさい。
◆で21日、中国道でカミサンを三田に送っていると、そのまま津山に行き、午後に戻って仕事をしようということになる。10時くらいには津山に下り立つ。目的は洋学資料館を再度訪れようというもの。
◆宇田川玄随―玄真―榕菴―興斎、そして箕作阮甫―秋坪という、津山の洋学者を再度学ぶ。ようやっと、頭に定着したか。
◆午後、原稿を続けるも終わらず、月曜日も・・・。最終的にできあがった日時は言わないでおこう。

大阪公大日本史

◆毎年の報告です。今年はとくに危ない状態でした。青の校了を見てもらうと、いかにこの2週間、これに忙殺されていたか、わかっていただけると思います。本日、17時過ぎに校了しました。おかげで、自分の論文は書いていません。

神戸海軍操練所の遺構

◆新聞記事で知りました。記事からは壊すという話ではなさそうなんですが、現場は見れるのでしょうかね。とっくに終わっている?

最後は燕市産業史料館

◆長岡から高速道路で新潟方面に戻り、燕市産業史料館に行く。ここで新潟大学の先生も合流する。展示もあったが見ず、子供がいるので体験コーナーに直行する。三条と燕は、ともに金物で発展したようだが、仲が悪いのだとか。新幹線の駅は燕・三条、高速道路のインターチェンジは三条・燕。
◆体験コーナーでは、小1の子がスプーンのメッキ、小5の子が錫の皿の成形。われわれ夫婦は銅製マグカップのタタキ。
◆そうこうするうちに、帰りの電車の時間が近づき、まだ上のお姉ちゃんが錫の皿の仕上げをしているなか、われわれは抜けることにする。
◆弥彦神社や山屋古墳なども行きたかったところ。また、豪農の屋敷にも行きたかったが、ちゃんと調べておらず、また次ですね。とにかく新潟は広大で簡単にはまわれません。桜が満開の行楽日和でした。ああ、桜の写真を撮っていない・・・。

長岡市立科学博物館

◆次に長岡市立の科学博物館に行く。1946年にできたというからすごい。いまは市役所と文化ホールなどの公共施設がかたまってある場所にあるが、最初できた時は違うところだったらしい。県内第1号の登録博物館だそうです。植物・昆虫・鳥獣そして考古の4研究室で出発し、いまはもっと部門が増えています。
◆長岡藩の殿様は牧野というのだそうです。別途、牧野家史料館が、同じ建物の上階にある。長岡の城はいまの駅あたりだそうで、ほとんど地上遺構は残っていない。
◆この長岡藩、戊辰戦争時にやられ、城下も焼け、牧野家史料館の展示では、そこからの復興のことや、近代に活躍した人物を取り上げた展示がよかった。米百俵の話が有名なんですね。戊辰戦争後、支藩から米百俵が送られたが、領民に配らず、金に換え、それで学校を建てたという話。復興そして発展を支えるのは人だ、だから学問だというわけです。幕末以降の26人を取り上げた冊子を無料で配布していました。たしかに人材を輩出している。戦後すぐに博物館を立てたのも、長岡という城下町で育まれた学問や文化を背景とするのでしょう。

2024年4月14日、新潟県立歴史博物館

◆翌日、レンタカーを借り、新潟大学の先生のご家族とでかける(先生はこの日の大学でのセミナーに出席)。このご夫婦とは、インターラッドのスペインでの学会でご一緒し、われわれ夫婦と奥さんとは、セビリア観光に一緒に行って以来のおつきあいです(カミサンはその前からか)。大阪に来られた時に飲みにも行きました。その後、子供を2人出産され、上の女の子が小5、下の男の子が小1になっています。
◆家の近くの最寄り駅で集合し、奥さんと子供2人を乗せて、長岡の県立歴史博物館に向かう。
◆開館の930の10分前に着き、入り口で開くのを待つ。すぐ横には縄文の国史跡があって展示施設もあるようだが、立ち寄りませんでした。
◆県立博物館は、考古系としては縄文が特別に部屋があって、火焔文土器がずらっとならんでいました。面白かったのは、雪国の暮らしが展示の柱のひとつになっており、大阪の住まいのミュージアムのように、雪が2階の高さまで積もっている村の様子を再現しているもの。写真ではわかりにくいですね。家の本体があり、軒があって、そこは冬に通路として歩けるような造りになっており、道の中央部は、うずたかい雪の壁になっている。

2024年4月15日 網野銚子山をドローン撮影

◆3月の委員会での議論。2024年度は整備はサインの設置くらい。墳丘の傷みを補うなどの整備工事は基本的に23年度で完了し、いまがいちばん状態がいいと。この機会にいい写真を撮っておけ、という話。ドローンの話は自分だっかた。
◆京丹後市にドローンを貸し出したことがあり、その提案に対し、今度も機材を提供するから撮ってはどうかと、会議では話をする。が、自分でやってみたいと思い、4月はじめあたり行くかもと、会議の帰り際に伝える。とはいえ時間はなく、「草が生えてきました~」という催促を受け、4月15日に行くと。
◆10時に現地に行こうとするも、やはり片道3時間はかかりますね。
◆思い出しつつやるも、なかなかうまくいかない。風も強く、いい静止画・動画は撮れなかった。20分飛ばして1時間充電というのを4回やったが・・・。

2024年4月13日 新潟

◆授業が始まって第1週目が終わりました。韓国の最後あたりから、のどが痛く、それをず~と引きずっていたので、なかなかしんどかったが、金曜日あたりにはほぼ回復したかなと。博物館実習は、この2年、2クラスでやってきたが、美術史の先生が前期サバティカルなもんで、履修生34名を1人で引き受けることになり、前期はこれがしんどいですね。
◆金曜日、博物館資料保存論。この2年やっていなかったが、これもサバティカルの関係で、久しぶりに第1回目と第15回目をもつことになる。だいたい80名くらいかな~と資料を刷って行くと、100名くらいはいたのかな。金曜日、開講授業が少なく、空いてるから入れてきてるんだろう。増し刷りに戻り、なんとか1時間半しゃべる。
◆今日13日は、新潟大学の松岡篤先生の退任パーティがあり、カミさんに誘われ、ついていくことにした。明日は、レンタカーで新潟を。新潟は、25年ぶりかな。

2024年4月2・4日 相生市塚森古墳の測量調査

◆4月の345の3日で設定、その後、5日にガイダンスが入ったので234。3日の水曜日は1日雨となった。やったのは、初日の11時現地着後の午後と、4日。2班で3日という見積もりはおおむね妥当なところで、もう1日あればできあがりそうである。
◆墳丘は学生らの1チームにまかせ、こっちは周囲の測量を担当した。そこそこ埋めました(図の黄色)。あとは東側くらいですね。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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