人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
さてと今日一日
◆3月24日の昼。大学にいる。今日の23:30の飛行機。それまでにできるだけ、仕事を片付けなければならない。
で卒業式3月23日
◆あいにくの雨。スペインにいくため、この日のうちにやっておくべきこと多数。研究費の自分の分の残額をすべて処理
した。会計をやっている重点研究のヤツは、まだ未確定部分があるので、オレにまかせ
られている部分が残ってしまう。メールでなんとかなるのかならんのか。とにかくいなくなる。
◆うちの卒業式は、大阪城ホールで全体の儀式をやり、そのあと、大学で学部・研究科ごとの授与式となる。そして夕刻、例年の歴史学合同卒業パーティ。だいたい毎回、2次会までつきあい、帰りの電車がなくなりそうで困ったことになるのだが、実は、この日もやっちまったわけである。起きたら西大寺、奈良線を折り返すが東花園までの各停しかない。この先の話はやめとこう。
◆写真を2枚。写っている人すいません。勝手に使いますよ。
◆うちの卒業式は、大阪城ホールで全体の儀式をやり、そのあと、大学で学部・研究科ごとの授与式となる。そして夕刻、例年の歴史学合同卒業パーティ。だいたい毎回、2次会までつきあい、帰りの電車がなくなりそうで困ったことになるのだが、実は、この日もやっちまったわけである。起きたら西大寺、奈良線を折り返すが東花園までの各停しかない。この先の話はやめとこう。
◆写真を2枚。写っている人すいません。勝手に使いますよ。
鏡の集成
◆このところアルバイトのみなさんには条里の仕事に集中してもらっていて、鏡の仕事は中断していたが、下垣さんから、いままでこっちで組んでいた打ち出しを送って並べ替えてもらっていたのが届いたので、それにしたがってインデザインの配列を直し、ひととおり打ち出しを作った。
◆この仕事も年度を越えてしまったが、ぼちぼち仕上げにかかりたいもの。
◆この仕事も年度を越えてしまったが、ぼちぼち仕上げにかかりたいもの。
48歳
◆48になってしまいました。辰年生まれ。次は還暦か・・・。その前に50の大台が近づいている。
◆3月22日。この日、重点研究の成果報告会および外部評価(岸本美緒さん)。まったくどたばたで、午前中、地図をインデザインを貼り込んで資料を作る。やっていて、この仕事も、ちゃんと金をかけてやれば、けっこういい成果になるという確信をもつに至る。「絵図・地図に見る都市大阪」とでもいうべきもの。
◆で、この日しかないので追いコン+今年度ご苦労さん会をセット。卒業生(実は明日
の卒業式のため来ていない)+3回生、バイトで来てもらっている木建さん(今年、結
婚)、高島さん(就職が決まり今日まで)。それに条里の仕事をやってもらっている濱道君もさそったが来れず。あとはOB白井君。総勢8人で、四ツ橋のベトナム料理屋「チャオルア」に行く。
◆思えば、昨年の追いコンがタイ料理屋で、そのあと、モンゴル料理屋、飛田新地ときて、今回はベトナム料理屋。生春巻きはじめ、いろんな食べ物が、食べ放題で、小鉢をならべ、しあわせである。ベトナムのビールで乾杯。オレはそのあと、ベトナム酒のお茶割りというのをずっと呑んでいた。
◆終盤、サプライズあり。その日、オレの誕生日やとぽつりと言ったので、ケーキが出てきたのである。その場で切ってみなで食べる。
◆3月22日。この日、重点研究の成果報告会および外部評価(岸本美緒さん)。まったくどたばたで、午前中、地図をインデザインを貼り込んで資料を作る。やっていて、この仕事も、ちゃんと金をかけてやれば、けっこういい成果になるという確信をもつに至る。「絵図・地図に見る都市大阪」とでもいうべきもの。
◆で、この日しかないので追いコン+今年度ご苦労さん会をセット。卒業生(実は明日
◆思えば、昨年の追いコンがタイ料理屋で、そのあと、モンゴル料理屋、飛田新地ときて、今回はベトナム料理屋。生春巻きはじめ、いろんな食べ物が、食べ放題で、小鉢をならべ、しあわせである。ベトナムのビールで乾杯。オレはそのあと、ベトナム酒のお茶割りというのをずっと呑んでいた。
◆終盤、サプライズあり。その日、オレの誕生日やとぽつりと言ったので、ケーキが出てきたのである。その場で切ってみなで食べる。
いよいよ市大も
◆教授会で府大・市大のやりとりが紹介された。橋本市長は、市大の文系は覚悟しておけ、とか、既存のものを活用し、ではなく1から作れ、などとハッパをかけているらしい。ま、この話はここまで。これまでに市大が果たしてきた役割があるだろうに。
◆前から書こうと思っていたことですが、ツイッターで、瓦礫を受け入れないエゴに対し、憲法9条のせいだ、と発言しているらしい(新聞報道)。むちゃくちゃですわ。何が?、どこが?、そのこころは?。そんなことを詮索してもはじまらない。要するに、押しつけ憲法、自主憲法制定、再軍備、原子力開発は中曽根が公言しているように原爆をもつため、という自民党とまったく同じ、ということ。賢いから公的な場では発言しないのだろうが、その精神が那辺にあるかがわかる。むろん、憲法の精神から、そうした思想信条の自由は認める。ここから先が問題。実際に何をしようとするのかと、それがキチンと議論され、妥当な結論が出るのか、民主主義が問われているわけである。
◆前から書こうと思っていたことですが、ツイッターで、瓦礫を受け入れないエゴに対し、憲法9条のせいだ、と発言しているらしい(新聞報道)。むちゃくちゃですわ。何が?、どこが?、そのこころは?。そんなことを詮索してもはじまらない。要するに、押しつけ憲法、自主憲法制定、再軍備、原子力開発は中曽根が公言しているように原爆をもつため、という自民党とまったく同じ、ということ。賢いから公的な場では発言しないのだろうが、その精神が那辺にあるかがわかる。むろん、憲法の精神から、そうした思想信条の自由は認める。ここから先が問題。実際に何をしようとするのかと、それがキチンと議論され、妥当な結論が出るのか、民主主義が問われているわけである。
ここんとこ
◆3月18日、日曜日だが、大阪市の会議。なんの会議かは伏せておこう。そのあと、加古川へ。日がなく、この日、和
歌山に行き、加古川に行くことになっていた。オレは午後から合流し、正月以来の実家
へ。0時に出て、国分に帰る。
◆翌日の19日と20日が歴博の共同研究の最終研究会。すこぶる天気はいいのだが、富士山を見ようと思っていたが、駿河の国は曇っていた。月曜日午前、自由席で十分に座れる。20日の自分の発表の準備をする。いつも品川で降りて京葉線に乗り、船橋で京成に乗り換える。ちょうど13時に着く。
◆初日終わり、インド料理屋で懇親会、そのあとカラオケ屋へ。最初はあんまり曲が入らなかったので、けっこう自分で入れて唄う。世代が近似しているので、カラオケもまた楽し。設楽さんの「オレの講義を聴け!、5分でいいから」というのが最高だった。さて、いまから、明日の準備の最後のところを仕上げるか・・・
◆翌日の19日と20日が歴博の共同研究の最終研究会。すこぶる天気はいいのだが、富士山を見ようと思っていたが、駿河の国は曇っていた。月曜日午前、自由席で十分に座れる。20日の自分の発表の準備をする。いつも品川で降りて京葉線に乗り、船橋で京成に乗り換える。ちょうど13時に着く。
◆初日終わり、インド料理屋で懇親会、そのあとカラオケ屋へ。最初はあんまり曲が入らなかったので、けっこう自分で入れて唄う。世代が近似しているので、カラオケもまた楽し。設楽さんの「オレの講義を聴け!、5分でいいから」というのが最高だった。さて、いまから、明日の準備の最後のところを仕上げるか・・・
土器研究のゆくえ
◆歴博の準備をしています。弥生時代後期の土器編年、そのあとの土師器の編年、乱立して定まることなし。素
人には到底理解不能。まして市民をや。まだ土師器は畿内において、一応の対応関係はとれてるらしい(布留0の問題はあるが)。が、弥生後期ってどないなってんねん。大和だ。寺澤と藤田の編年があると、それぞれ同じような名前やし、いったいぜんたいどのように対応してるんだろうか。なにか文献があれば教えてください。大和の基準資料の本を読めば書いてあるのかな。こんな状態なのだからだろうか、赤塚次郎の考古資料大観の対応表にも、大和の弥生後期土器編年は欠落している。右図でも、てんでわからんので、仮に置いているのみ。
◆どうしようもない。河内との対応は?『みずほ』をひっかきまわさなアカンのか。載ってればいいが、書いてあるのだろうか。いったいぜんたい弥生土器はどうなっとるんや。むろん、難しいんでしょう。扱ったことのない者が口をはさむべきではないかも。が、地域差はあるし、極論すれば遺跡ごとの様相差もあり、良好な資料がえられた発掘ごとに編年案が乱立する。対応表が厚みを増していくのだろうが、そうした対応表の整備さえキチンとすれば、このままの状態でいいのだろうか。考古学の資料把握として妥当なんだろうか。精緻さの一方で、大括りしていかないとイカンと思うが、それぞれが自身(自信)の編年案を墨守しているようにも見える。
◆考古学研究の先端はそうならざるをえないのだろうか。そうじゃないように思う。先端は実に細かな議論をやるのはいたしかたないだろうが、果たして理解が進んでいるのだろうか。方法論的にやむをえないのだろうか。外から見れば、ぜんぜん市民の理解をえることはないと思う。それだけではなく、後継者も生まないのではないか。容易に近づけない世界として孤立していくのではないか。
【追記】反論があるとの意見をいただきました。わたしの現況不足のようです。改めてまた。」
◆どうしようもない。河内との対応は?『みずほ』をひっかきまわさなアカンのか。載ってればいいが、書いてあるのだろうか。いったいぜんたい弥生土器はどうなっとるんや。むろん、難しいんでしょう。扱ったことのない者が口をはさむべきではないかも。が、地域差はあるし、極論すれば遺跡ごとの様相差もあり、良好な資料がえられた発掘ごとに編年案が乱立する。対応表が厚みを増していくのだろうが、そうした対応表の整備さえキチンとすれば、このままの状態でいいのだろうか。考古学の資料把握として妥当なんだろうか。精緻さの一方で、大括りしていかないとイカンと思うが、それぞれが自身(自信)の編年案を墨守しているようにも見える。
◆考古学研究の先端はそうならざるをえないのだろうか。そうじゃないように思う。先端は実に細かな議論をやるのはいたしかたないだろうが、果たして理解が進んでいるのだろうか。方法論的にやむをえないのだろうか。外から見れば、ぜんぜん市民の理解をえることはないと思う。それだけではなく、後継者も生まないのではないか。容易に近づけない世界として孤立していくのではないか。
【追記】反論があるとの意見をいただきました。わたしの現況不足のようです。改めてまた。」
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。