人を幸せにする人になろう

神明山はしぐれて雹が

◆丹後は10月以降はこんなもんだと。雨雲が次々にやってくると。晴れたと思ったら、次は頭の上はどんよりと曇り雨が落ちてくる。それも通り雨ではあるのだが。なので、完全に低気圧に覆われてずっと雨というのではなく、この状態が常態であって悪いわけではないということのよう。以下、調査日誌。
◆09:00-16:45。まず北くびれ部裾の問題箇所。8-13に据えて(BSは15-2)、既になくなっている15-6近くに新たに33-1を打つ(X92.046/Y-50.229/H15.870)、そこから問題箇所の丘陵裾部に33-2を振り込む(X50.216/Y-72.141/H7.629)。すべて新規杭はチビミラー測量で水準もトータルステーションによる。別途、見通せる西側道路脇の水路角の座標も出して、道路を測っていく準備をしたが、最終的には断念。
◆33-2で、既に測ってある問題の図面を、きちんと落とすための検証測量にかかる。北側のコンクリートの擁壁、南側の宅地の角点、そして図を重ねてチェックするも解決せず、標高7mと10.5mを入れる。→大学に戻って修正を試みるも、なお原因不明のオカシイ点が残るが、古墳外の自然地形のところなので、全体の整合性をみて収めるつもり。
◆昼、道の駅「てんきてんき」で飯。窓から遠賀川の壺を配列した竹野遺跡のモニュメントを見る。
◆午後は東くびれ部に転じる。ブッシュがひどく測れていない箇所への挑戦のため、これも丘陵裾に新規杭81715ec2.jpgを振り込む。前方部東斜面のk22の水準を出した上で(H27.185)、K21をバックサイトとしてセットし、33-3(X65.495/Y48.628/H11.808)を落とす。そこから、33-4(X55.358/Y51.093/11.726)と33-5(X31.931/Y56.966/11.171)を打つ。
◆33-4からくびれ部裾の際に33-6を打ち(X52.204/Y42.870/H10.965)、そこから測量開始。東側面裾部には溝状の凹部ができ、雨でヒタヒタ状態だが、その南端の凹部につっこんだ33-6から、墳丘側の12mと11m、裾線、10.5mを入れる。だが、そこより南側は篠竹が密生しのばせなかった。
◆次に33-5に移動し、これまた篠竹密生の墳丘斜面をねらうが、ほぼ絶望的。2点くらい入れたが無理。そこで、新たに33-7(X20.946/Y61.235/H10.668)を落とし、斜面直交方向に一列のみ、13m~15.5mまで6点を落とす。これで数m分の等高線をそれぞれ伸ばすことができるが、これが限界である。あとは、埋めるところ、崖面処理で済ませるしかない。
◆予定していた道路の測量や、後円部南端付近のさらなる詰めはできなかったが、圃場整備時の図面や空中写真その他から無難なところで収まりをつけて終わりとしよう。これにて一件落着!とはいかないか

11月20日、ばたばたと

◆朝、松岳山に行き、測量用の三脚を取りに行く。昨日、雨の中、取りに行くことをやめたので。それから阿倍野c70a698b.jpgに向かう。大歴の煉瓦シンポジウムの開会挨拶。いや~、立派な資料冊子ができあがっている。1日、先端の話を聞きたかった。会場の阿倍野市民学習センターはQズモールの南。会場で、またまた懐かしい人に会う。うちの院生だった水久保さんである。いまは大阪府文化財センターで現場をやっているとのこと。元気そうだった。
◆それから和歌山へ。よみうり文化センターの講座。13:30開始で12時頃には和歌山インターに着いたので、風土記の丘に行く。大日山の埴輪はとても面白かった。行って良かった。関西文化の日で入場無料。風土記の丘が開館して40年だそうです。だけども、『ヒストリア』に書いたように、県は根来の問題に取り組んでほしいという気持ちにかわりはない(岩橋千塚の管理団体は和歌山市から和歌山県になったそうです)。
◆和歌山駅前のセッサビルの文化センターへ。2時間、佐紀古墳群の話をする。佐紀陵山っていつなんでしょ90e4a287.JPGうね。紫金山・松岳山の年代を含めて。『玉1』の報告書で書いたわけだが、自分でもよくわからん。もう一度、埴輪や副葬品の図を貼り込んだ表を作っておく必要がありそう。
◆終了後、明日の測量のために福知山に向かう。20時頃には着いたか。寒い。厚手の測量用のズボンを用意していたのだが詰め込みを忘れた。明日はふるえながらの測量か。しかも京都北部はいい天気というわけではなさそうである。
【20日・21日で600㎞走った】

石舞台の写真

◆京大の写真資料がデジタルアーカイブとして公開され始めているらしい。茨木市の資料館に置いてあったチラec6b3167.jpgシ。

貧困の解消・格差の是正こそ

◆前にも書いたが、子供の学力と親の収入は完全に比例しているという。日本の子供たち、大阪の子供たち5718384b.JPGの学力低下、それが那辺に原因があるか、この記事はよく示している。教育基本条例を前に公立学校の先生たちは「学力以前の問題」が等閑視され、問題意識のギャップを感じている。まともに食わせてもらえない子供たち、コンビニの前で何か食っている子供たち、家庭は貧しく、片親も多く、ほおって置かれる子供たち、彼らをどうにかすることを考えるのでなしに、政治主導で教育目標を定めて教員を動員して学力を上げよおったって、そうはいかないだろう。
◆自分の子供の学校の成績分布を見ても完全に2極化している。ひと山じゃないのです。健全な中間層のいる正規分布を示さない。できるやつは高い側の山を形成し、ぜんぜんついていけない下部の山がもうひとつある。これは全体にも敷衍できるだろう。もうちょっと規模の大きいデータでも、よくよく見れば2山が重なっているのでは。全体はと言えば、学力は大きく後退しており、一部のみ高い側のピーク集団を形成する。橋下の主張するグローバル社会で世界に伍して日本を引っ張っていけるリーダーの育成など、はたまた公立でも始まっている中高一貫教育のエリート養成など、この2極化をさらに増進させようというものだ。日本を支える普通の人間、中間に位置する大多数が失われ、エリートと落ちこぼれ集団の形成をさらに促進させるだろう。いずれ反乱が起きるのではないだろうか。
◆大阪の犯罪の高さも完全に相関するだろう。エリート教育の推進は、結局は生活保護費の増大、犯罪の増大、治安の悪さ、交通事故の多さ、そうした問題をかかえこむことになり、経費はかかるし、大阪に住みたくない、こわい、そういう見方にもつながっていく。
◆どれだけ、1人1人がちゃんした働き手になるか、ということだ。そのもとが貧困にあることは明々白々、とすればそこに手をつけることこそ本筋。雇用対策でしょうね。府知事選・市長選が近づいてきたが、そうした論点は出てこない。

2008年3月の毎日新聞

◆第1回目の立ち入り後に、求められて書いた新聞記事が出てきた。ちょっと陵墓関係のファイルを整理していたacac91ff.jpgのです。ま、無難にまとめている。言いたいことは、いまも変わりはない。

谷先生は堺市博物館の学芸員だったんや

◆あしたの資料はできパワポを作っているところで眠くなる。寝よかと思い読むものを探す。選んだのが『堺市博物館報』第30号。そのなかで谷直樹先生が1980年開館した堺市博物館の学芸員で、準備段階に勤め、展示設計をやり、館の名前も命名したことを知る。そうやったんや。
◆大阪市博物館協会と大阪市立大学の包括提携がなされ、博学連携のWG、あるいは大阪城の魅力の会議で、今年度、急にご一緒する機会が増えていたが、先生のそうした経歴は知らなかった。博物館のことを考えるといっても、こっちと決定的に異なる経験をもっているわけだ。博物館を作る、どういうコンセプトで空間を区分し、テーマを配列し、何を置いていくか、そして、それまでにないシカケを作ったり、これはできあがった博物館に勤務するというのともまた異なる、たいへんだが実に重要な経験をしてはるわけだ。先生は、大倉記念館、宇和町民具館、そしていま館長をされている大阪市のくらしの今昔館と、その後も博物館作りにかかわっておられる。
◆いま水族館や動物園が工夫を重ねて入場者を増やしていることに学び、歴史系博物館を魅力あるものにどうしたらできるのか、それに関心をもって取り組んでいるという。くらしの今昔館は、電車の釣り広告などは高いので開き直って宣伝しないという。年間15万人を維持し、それが2009年度は18万人になったという。うちも博物館実習生を数名受け入れてもらっているが、オレは行ったことがない(今度行きます)。口コミがいちばんだ、と。「あそこ面白いで」と。そして常設展が大事だと。常設は作ってしまえばあまり顧みることなく、企画展がメインになってしまうがそうじゃないと。これは比較的大きな館における、話題の企画展で観客を動員して入館者を維持する姿勢への反論。が言いたいことはわかる。水族館や動物園に企画展はない。ベースである常設展示の工夫や、その空間を活かした体験学習など、まだまだやれることがある、ということのよう。

ぼけ防止

◆11月19日土曜日、思いっきり雨。昨日、雨雲の動きを見て、絶対ダメなので、松岳山測量中止のメール。ま、ゆっくりやろう。いまの3回生が3回生の間にくらいで。
◆丸1日あいたので、大学に来た。12時間働いて、あしたの和歌山の準備もこれでできるし、溜まった仕事も片付けよう。
◆ブログを書くのは生き甲斐になりつつある。無趣味の人間のささやかな楽しみ。+なにか「これネタになる」と思ったら、その場でメモして、夜ブログを書くのは、ぼけ防止にも役立つだろう。

内田樹(うちだたつき)さん

◆昨日、りそな銀行に行くと、銀行誌が置いてあり、表紙がこの人だった。維新の会に対する反対の新聞記事を635f032e.JPG前に紹介したが、かなり有名な人みたいですね。
◆昨日の晩、カミさんがその対談記事を見て、だいたい同感やと、ふんふんと読んでいる。いま読みました。(1)教育研究に専念したいので大学を辞める(定年を残してペーパーワークばかりしたくない)、(2)子供は18才になったら家を出ろと、(3)「使えないおじさん」というのは家事能力のない人(どこかを境に、なにもできないおじさんは、ご飯を食べさせてもらっている、面倒を見てもらっているという立場に変わるのだとか)、この3点くらいをカミさんは言っていたかと思う。
◆それ以外、おれが読んでふふ~んと笑ったこと。・40才以上の人間は国とか現状に文句を言うな(お前らの責任があるんだ)、・乗り越えやすい親になること(バカな頑固親父でいること、フリをすることは重要らしい)、・女子学生は話がつまらなかったら寝る、・配偶者は謎の人、・60才から趣味の生活をでは遅い、などなど。

モラトリアムはダメ

◆いまを生きるということでしょうね。スティブジョブズが明日死ぬとしたら、今日予定されていた会議に出るか?みたいな話をしたそうな。やりたいことはあるのに、それに食いつかないのはよくない。西堀栄三郎風でいかなきゃ。できるかどうかわからんが、やると決めてただちに行動することである。
【追記】ドラフトで日本ハムだったけ、東海大のヤツが指名されたが、巨人でチヤホヤされたいから浪人するという。マー君を見よ。斎藤との差を見よ。江川ほどにも働かんのとちゃうか。

みみずくの夜メール

◆五木寛之が朝日新聞に連載していたもの。2002年4月からの連載だそうです。別に当時熱心に読んでいたわ6389d814.JPGけではない。めったに風呂に入らない。頭を洗うのは若い頃は年2回、40代で年4回、いまは画期的に1~2ヶ月に1回らしい。そういうクダリを読んで、カミさんが「あんたみたいやで」と言ったのを記憶している。念のため、わたしはそんなんではありません。
◆単行本になったものを前に1回、ブックオフで買った。入院中、ヒマだから何か本を買ってきてくれと頼まれ、何冊か見繕ったうちの1冊だった。近藤先生だったような気もするし、岳父だったかもしれない。で、またまた、ブックオフで105円で買う。それをこの数日、寝るときに読んでいた。
◆ま、楽しい読み物である。それにもまして、この昭和7年生まれの80近い人が、講演やらなにやら全国を旅し、日が変わるころから朝まで仕事をする暮らしを続けている、そんな暮らしぶりに驚く。いわゆるオレ流ではあるが、きわめて自然体であるところがよい。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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