人を幸せにする人になろう

キズツキ

◆という原田知世主演の短い番組をネットで見ています。丘みつ子さんが・・・。

2021年11月15日(月)平常

◆先週くらいから、現場が完了し、電車で通勤し、普通に授業をやってという、平常が戻った。富 山に行っていて、いやその前から、仕事はたまっていたが、13日土曜日にかなり片付けて、気も楽になる。久しぶりに日曜日も、朝8:15から出勤し、残りの雑用を片付けようと思ったが、各務原市坊の塚古墳の仕事をしていたら、日が暮れた。
【写真】日曜の朝、ガソリンを入れに行ったついでに、唐櫃山古墳の発掘をしているのを担当者から聞いていたので、立ち寄る。まだやってはいそうですね。
◆大学はバランスの取れた人を採用しないと、あとあと困ります。大学に限らないのだろうが。専門のことだけやってれば許される世界がまだあるのかどうかわかりませんが・・・。わたしがいまの組織の採用人事にかかわることはこれまでなく(日本史のなかでは2件)、今後もほとんどないだろう。あるとすれば、日本史のわたしのひとつ上の教員の後任人事の時だろう。その時、むろん研究面の業績が基礎にはなろうが、優秀な候補者のそれぞれやっていることが違うなかで、それだけで順位付けするのは難しいだろう。職を得て人は成長するから、みな採用されれば、当然、研究を続け幅も広げてくれるだろう。しかし、教育が本務だし、組織の事務仕事もある、社会貢献も問われる。そういうことをバランスよくやっていける人かどうか、そういう人であることを見極めないといけませんね。そうでないと、あとあと大きな問題が生じる。

2021年11月10日、結婚記念日

◆30年になりました。なんとか続いております。あと30年とすると、折り返しですね。なが!。夕方メールし、上本町で呑むかと。ハイハイタウンに行くが、けっこう閉店が早く40分程度しかおれなかった(写真)。
◆本日、杉本駅前の銀行に行く用があったので、給料日に少し早いが、娘に仕送りをしました。けっこう、こういう行為がうれしいわけです。2人から1人になり、一方でダブルインカムになったので、どこからか楽になりました。いつの頃だったか、3人分の授業料を払っている頃はたいへんでした。ようやく老後の資金を貯められるようになってきました。カミサンと違って、こっちはぜんぜん貯まりませんが。
◆富山だったか、途中の滋賀だったか福井だったか、小学校がきれいです。小学校がきれいかどうかは、学校教育を大事にしているかどうかのバロメータになると思います。大阪は、概してボロいように思います・・・。

観光学

◆新しい学問分野。どういう研究をするのか、あまり想像ができません。観光で売り出したいという時、参考になるような、これまでの実例の分析に基づく諸施策の効用など、いろいろ役に立つこともあるのかもしれない。うまくやっているところ、力を入れたが思うようにいかないところ、そこには当然、なにがしか要因があり、そういうことを分析する意義はあるだろう。
◆ということを認めつつ。理論化のようなことを目的とするとすれば、ちょっとどうなのかとも思う。成功の方程式はない。なにが大事かといえば、熱意ある人たち、その実践の積み重ねがすべてだ、と思うから。そこの場、諸条件、そのなかで地域コミュニティーを再生し、若い人もそこで暮らしたい、そんな地域にできるかどうか、だ。役所が公式にしたがってやっても、たぶんしょうがない。公務員がダメというのでなく、そうした地域再生に熱意をもつ公務員を集める、また育てる、ということ。そこに住み、切実な問題として取り組む地域の人たち、そういう人たちとともに、一緒に力をあわせてやっていけば。
◆ヒストリア10月号の〈地域の歴史を守り伝える〉の小野市の事例は、わたしが依頼したものだ が、原稿が届いた時、執筆いただいた方の、想像していた以上の、地域再生をシカケ支えようとする熱意が伝わり、ほんとうに感銘を受けた。その際、市史編纂室長であったことを踏まえ、単にイベントをやればいいというのでなく、史実をふまえたものをめざしている点も、学ぶべきところが多い。

離れ小島

◆森ノ宮キャンパス。住民説明会の時の資料。1期で文学部は移動。当初の2期は先行き不透明。ほ んとうに文系は集中できるのだろうか。

人は食べるために生きている

◆極論かもしれないが一面の事実あり。

2021年11月7日(日)、糸魚川に向かう

◆11月7日のカミサンの講演は、プラネタリウムを使った放散虫と有孔虫の話で、16時から。13時に博物館に行 く約束になっている。では午前中はどこへ行こうかと。むこうは前に行っているのだが、自分が行きたいので糸魚川のフォッサマグナミュージアムに向かう。高速に乗り、新潟へ向かう。
◆天気すこぶるよし。親不知・子不知。何度か電車で通っており、山が海に突き出し、その斜面のヘリに鉄道を通し、車窓からでもすごい地形であることは前から知っていた。ほんとの昔は、岩場の下を海が洗う、わずかな浜地を通っていたのだとか。下手をすれば海にさらわれるので、逃げ場があったという。
◆いまは鉄道・国道8号、そして高速の北陸道が通り、コンクリート構造物ができあがり、昔の景観のままとはいかない。国道8号も、岩場になんとかすりつけて通されたスリルあるものだったが、いまは旧道となって廃止され、新しい国道となっている。道路としては通りやすくはなったが。写真は親不知駅。

2021年11月6日、放生津

◆思いのほか、吉久のみなさんと楽しく話をし、時間も経過した。夕刻が迫り、今日はもう別のと ころを見学するというわけにはいかない。付け替えられた庄川をわたり、放生津の町を東に向かい、富山市内に戻ることにする。
◆夕刻が迫る中で通過しただけだったが、ここの町もいい。だいぶ建物が新しくなっているが、大きな港町として栄えたことはよくわかり、ところどころに古い町屋も残っている。伏木と放生津は、改めて時間を作りゆっくり見学したいものである。
◆富山市内のホテルに入り、北の門で飲む。

吉久(続々)

◆デンケン範囲のなかの建物で重文はないようだ。3つの登録文化財があり、サマノコ屋の隣がそのひとつで有藤さん宅。さまのこ屋で話をしている間に、見学の話をつけてくれる。「大阪から見に来た」と言ったもんで。これはウソではなく、月間文化財で高岡で3つ目のデンケンが指定されたことは知っており、富山に行くとなった時、見学先はとくに決めずに向かたが、ここには行こうと思っていたので。
◆でお隣を訪ねる。元気なおばあちゃん。次男が翌日の富山マラソンのために藤沢から帰ってきて おり、大阪出身の奥さんと、2人で家のなかを見せてくれた。いまも使っている家なので、普通は、なかなか上がらせていただくというわけにはいかない。おばあちゃんの舅は、戦前、韓国とか満州にいたそうで、家の調度を見ると中国風のものがあることに気づく。ほんとに親切に、突然の訪問客を出迎えてくれました。
◆写真は加賀藩の御蔵跡に建てられた看板。明治6年には取り壊されてしまい、いまはお寺になっている。この町の発展の元となるものだが、いまはないが、それは仕方なし。蔵の建物にかかわる資料はほとんどないようで、簡単な平面絵図が1枚あるだけのよう。そういえば、同じような蔵を鳥取県橋津で見たような気がする。

プラグイン

カレンダー

06 2026/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
6 7 8 10
12 14 15 16 17
19 20 21 24 25
27 28 29 30 31

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

バーコード

ブログ内検索