人を幸せにする人になろう

吉久(続)

◆山町は高岡の中心部で、土蔵造りという特徴があり、マチナカゆえに様々な商家があり、また祭りの時のメインストリートでもある。金屋町は、いまでも金属製品の製作販売をする店がかなりあり、2つは特徴が明確だ。それに比べると吉久は派手さはない。また通りの東側は新しい建物に建て替わってしまっている部分が多く、見事に両側に町屋が続く、というわけでもない。
◆町並み保存の運動はかなり早い時期から始まっていたようだが、指定は昨年の2020年。話を聞くと賛同しない人も多かったようである。
◆でも、めでたくデンケンとなった。これから町を再生させ、新たなシカケをして活動を続け、コミュニティが持続することを願う。なんといっても、やはり空き家に若い人が住んでくれることを願う。高岡には3つものデンケンがあり、その連絡協議会みたいなものも動き出したという。先行する地域にアドバイスをもらいつつ、ここはここでのやり方を考えていけばいい。

2021年11月6日、富山に向かう

◆カミサンが7日(日)に富山市科学博物館で講演することになっていた。さそわれ一緒に行くことに。14時に富山に降り立ち、レンタカーを借り、午後は高岡で3つ目の伝健となった吉久に行く。指定が昨年で、まだ駐車場とかもなく、これからではある。止められる場所に停め、歩き始める。
◆横への広がりもあるのだが、メインは放生津にむかう街道沿い。加賀藩の米蔵があることで生まれた町場で、西は伏木、東は放生津という場所である。デンケン地区の入り口の看板を読んでいたら、おばあちゃんが近づいてきて、寂しくなった、空き家ばっかり、みたいな悲観的なことを話しかけてくる。いやいや、これから観光で人が訪ねてくるようになると。
◆観光案内所と銘打ったものはないが、歩いていると、それらしき、それに相当するような町屋があり、表に小さく「さまのこ屋」という札がある。小さなガラス窓が開いていて、のぞくと飲み物のメニューがかかっているので、玄関を開けて入る。デンケン指定にこぎつけた地元の保存会のメンバー3人がおり、囲炉裏端でコーヒーを飲みながら、いろいろと話を聞く。町のなりたち、建物の特徴などを聞く。これからこういうことをやっていかないといけないが、いろんな人に知恵を借りたいと切に願っている様子がよくわかる。高岡市内で3つ目のデンケンで、山町や金屋町と比べて特徴がないとか、富山大学芸術学部(これ統合したものと聞いたような)の学生さんらに、空き家をシェアハウスにしてもらう話を進めているとか、そういう話をしていた。こういうヤリトリを地元の人とするのがとても楽しい。表の幅の狭い繊細なサマが特徴らしく、地元ではそうした町屋をサマノコといったらしい。ほぼ同じ仕様でそろっていて、自分の家がどれかぱっとわからず、間違うことが多いとかいった話も。

2021年7月5日、卒論報告会

◆この日、昼休みに、前にも書いた身内の編集委員会があり、2回目の査読結果を報告しなければならなかった。準備万端とはいかず、ばたばたでした。11時から卒論報告会があり、そして昼に編集委員会をやり、午後は再び卒論報告会が夕方まで続き、なんとかこなした一日であった。
◆この週は、月曜日の午前中、現場に行ったのだったか。で、老眼鏡を忘れ、以降、生活に支障をきたす。それ以外は現場に行けなかったが完了してくれたようです。

2021年11月3日、あべのハルカス57階

◆カミサンと2人、少し前に食事にさそわれ、ありがたくごちそうになることにし、日程調整の結果、3日の11時になったもの。ハルカスの57階、ZK(絶景)という、見るからに高級そうなレストランである。途中、19階でホテルのロビーを横切ってエレベーターを乗り換えるのだが、庶民には場違いな感じ。
◆ZKはフロア丸々レストランで、東西に長い建物の中軸部に厨房などがあり、北と南の窓側を座席としている。座ったのは北側だが、南側にも行き風景を楽しむ。天気がいいので、まさに絶景である。
◆冬場、絶好の天気の時に、手頃なランチぐらいで入り、オリンパスのカメラで撮影大会をしたいものです。地上57階はすごいわ。写真は南に移動してコンデジで撮った一枚。四角い区画が大阪市の南霊園で、五代友厚が眠っている。その横、阪神高速のRの内側が飛田新地です。

2021年11月2日、各務原坊の塚の検討会

◆再度赴く。前に行ったのは公式検討会でなく専門的な立場からの評価が求められたオプション的な現地指導。今回は正式の検討会で、文化庁の担当者も同席し、そこで所見を述べるということが組み込まれたわけである。
◆10時からだったか、河内国分6時23分の電車で、ちょっと勘弁してほしいですね。まあしかし、出土遺物にしろ、現地での墳丘の状況にしろ、比較的近い期間に2度見たことで、確かに頭にインプットされた感はある。
◆今年度の調査成果も入れ込んだ墳丘および過去の調査区が落とし込んであるイラレデータは既にもらっている。今年度の調査成果にもとづき主軸を修正したとのことで、前回の時の資料にある墳丘復元案と微妙に異なってきている。報告書で8頁分の原稿を書くことになったのだが、さっさとやっつけてしまいたいものです。

展示室図録(続)

◆月が替わり11月1日、図録の印刷屋さんとの打ち合わせがあった。わたしも、実習展のリーフレッ トや、研究会の発表資料の冊子などでよく使っている業者さん。が、今回は、われわれがインデザインデータを作るが、それを印刷するだけの完成データに仕上げる業務を依頼したもの。印刷業者のデザイン部門の方と打ち合わせる。フォントの種類やポイント、写真と文字の配置など、ほとんど造り上げるものの、統一を図り完全データにするとなるとホトホト疲れる作業になるが、そこを仕上げをしてくれるのは、たいへんありがたい。
◆そんなんで、A5で64頁ほどのものを作っている。見開き2頁分を作るのにも、3時間とか4時間とか、そこそこかかる。そんなことばっかりやっていられないので、(8月の現場が終わってから)9月にと思っていたのが11月である。分担はあり、わたしの分の残りをなんとか作らないといけない。第1次の〆切は11月26日だったかな。ただ、あと2人の分担のところも、インデザインに習熟していないので、横目で見ていて、こっちが手を入れないといけないかな~、でもそこまで手がまわらんな~、と思っていた。どうなりますか。そこはデータ仕上げを業者がやってくれるので、任せられるかもしれないし、やはりそこに投げる前に分担外のデータもイジらなアカンかもしれない。
◆昨年の展示室開室の時に、展示業者が仕上げた壁のグラフィック、および展示物のキャプションまわりのイラレデータがあるので、仕上げられたものを冊子体に再構成する作業である。

翌日10月31日(日)総選挙の日

◆朝食を取り、やつらは近くの鶴ヶ丘団地の投票所で投票。なんと列をなしている。選挙するのに並ぶなんて、たいへんですね。
◆それからむこうの祖父母が訪ねてきて、話をする。90歳と88歳だったか、5月の結婚式の時以来です。88歳の祖母の方が足を悪くしているようで、90歳の祖父はかくしゃくとしている。どういう職種か正確にはわからないのだが、電気工事関係かなにかで、1代で大きな会社を作った人のようです。で上が長女で、これが嫁さんの母。下の長男さんが会社を継いでいるらしい。で、孫は息子の嫁さんのただ1人。結局、やつらは婚姻届を出すとき、どっちの姓にしたのかな、そんなことも聞かされていません。別に「大島さん」になっていても気にしないが。
◆嫁さんの父は、会社を早期退職して、いまは釣り三昧。われわれ2人して「ええな~」とうらやましがっています。

11月11日やれやれ、10月30日の相模原

◆やれやれ、というのは少し懸案が片付いたから(11月11日)。このブログも長らく更新してい ない。10月30日以来のことを書いてみよう。
◆新幹線で東に向かったのは、息子の、小田急相模原の新居を尋ねるため。新横浜で降り、横浜線に乗り換え町田で下りる。そうそう、JRの駅から小田急の駅までの移動はこんなんだったと感慨深い。で、小田急でひと駅、相模大野に降り立つ。総選挙投票日前日で、駅前で自民党の演説が始まっている。河野太郎も応援に来ていて、多くの人がまわりを囲む。そんなのはどうでもよく、公団住宅のロビーシティ-に向かう。団地の入り口から入り、住んでいた棟をよぎる。正確に言えば住んでいない。単身で大阪に赴任したため、公務員宿舎を追い出され、引っ越した家族宅で、終末に大阪から帰っていたところ。団地の中庭のようなところを見る。ここでサッカーとキャッチボールをさんざんやった。中央公園、ロビーファイブ、相模女子大小学部。ショックだったのは伊勢丹を解体していること。ここで黒ゴマアイスをよく食べたもんだ。
◆17時の約束の時間にまだ早いので、相模大野サイゼリヤに入って軽く呑む。そこからオダサガまで、1駅歩くことにする。小田急線に沿って西に向かうと、やがて駅が見え、タワマンが見えてきた。あれかなと思いきや、違っており隣のマンションだった。まあ、ええ暮らしをしていました。
◆ちょっとびっくりしたのは、息子が仕事をやめて、会社を変わっていたこと。というか仲間で立ち上げた会社に移ったもの。前から本人がそうするかもと言ってはいたので、いずれとは思っていたが。まあ、奥さん含め、むこうの両親も了解してくれているならそれでよし。こっちはまあ、自分の人生だからどうぞ、というところ。いや、どうぞもなにも、連絡もないわけで・・・。
◆むこうのご両親が合流し、居酒屋でさんざん呑む。
【写真】下が20階建ての10階だったかの新居から、夜、東京方面を見た画像。

仕事は湧いてくる

◆自分のところの組織のある雑誌の、2回目の査読が来た。これ4本だったか5本だったか。注文に対し、ちゃんと書き直されているか、1週間でチェックするのがつらい。1本担当の人はいいんだけど。3人ほどがたくさん担当している。
◆しかし新幹線のなかでやろうとは思いません。ダウンロードまで。

2021年10月30日(土曜日)久しぶりの新幹線で相模原へ

◆現場はなかなか行けてません。立命館大学3回生が頑張ってくれ、残り課題を列挙し、それをつぶ していってくれている。あともう一息。来週には埋め戻しが始まり、ダメ押しだけが持ち越しとなりました。水曜日に、2限後、13:30くらいに現場に行く。この時は2トレ葺石平面を直した。来客あり。5限の博物館実習に戻る。木曜日は、大阪府高齢者大学校が午前で、そのあと現場に向かい、1時間くらいだったか、2トレの埴輪立面を書き、葺石立面の木の東側をやっつける。1時間でぜんぶ終わらせるつもりだったが、果たせなかった。近年、測量図、発掘での1/20平面図は書くことがあるが、トイチで葺石や埴輪を書いたりするのは久しぶりだった。
◆金曜日は修論中間発表会が朝10時から17時まで、一日現場に行けず。
◆本日、神奈川へ向かっております。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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