人を幸せにする人になろう

クンツゥルワシ通信

◆一時帰国からペルーに戻って、早いもので2カ月以上が経ちました。いかがお過ごしですか?
後期の授業も始まったということで、またお忙しくされていらっしゃることと思います。最近は、イラスレーターの使い方を覚え、ちょっとずつ博物館のお土産のデザインやパンフレットの製作を進めています。
◆さて今回、今月10月21日から東京上野科学博物館で開催されます、『古代アンデス文明展』のご案内をさせて頂きたくご連絡致しました 。この展覧会では、ペルー各地の各時代の代表的な土器や金製品が集結するそうです。監修の島田泉先生(南イリノイ大学)は、ペルー北部チクラヨ地域のピラミッドの研究発掘や、リマのパチャカマック遺跡の発掘調査を手掛けた先生です。今回の展覧会では、クントゥル・ワシの発掘調査を手掛けた先生方も、パネル解説や図録製作等に携わっており、クントゥル・ワシの金製品のレプリカ(東京大学所蔵のもの)も展示されるようです。また今後1年ほどかけて、仙台、山梨、福岡を巡回するようなので、ぜひお時間があれば、行かれてみてく ださい。

大平塚

◆この日、前から、後期の科研の調査の一環で、フォトスキャンでの石室計測をやっていこうとし ており、頭出しで大平塚をやってみるつもりにしていました。座標を入れるための1mモノサシは準備しかかったができず、家に1mピンポールがあったので、それを積んでいたが、使うのを忘れ、合成しただけですが・・・。
◆要するに、トータルステーションなど持ち込まず、簡易に寸法と水平を出すにはどうしたらいいかと考えております。プランはあり、1mのモノサシを少し加工してという案はできていたのですが、準備するところまで行きませんでした。
◆なので、合成だけです。ライトもなく、あまり推奨されていないフラッシュ撮影でした。ところどころ穴がありますが、10分程度の撮影で、これだけのことはできるわけです。
◆まあそんなんで、Jムークの原稿もできておらず、モロモロについて物理的時間をかけて解消していくことは進んでいませんが、今週も平日、しっかりやっていこうと・・・。

2017年10月9日は法事

◆11時からというので、830に家を出て和歌山に向かいました。12時までで終了。そのあと、久しぶ りに高野山に上がりました。けっこうな観光客で賑わっておりました。インバウンドとやらがあり、外国人観光客が増えているのは確かでしょうが、おそらく日本人自身があちこち出かけていくことが増えているのだろうと思います。熱海も、さびれていたのに、この5年ほどでだいぶ変わってきた、という話を聞きます。
◆高野山はしかし、食事に行くためで、すぐに下りてきました。

2017年10月8日(日)

◆土曜日は、大学でひたすらモロモロ片づけておりました。月曜日の祝日は法事が予定されてい て、日曜日も職場に出てきて続きを、と思っていましたが、家のことをすることになりました。家族4人から2人になり、一度、子供らのものを片づけたことが1度ありました。が、まだまだというところ。1日中、片づけ、捨てるものをまとめ、配置を少し直したり。おかげで、ずいぶんとスッキリしました。あれもせな、これもせな、というのは頭からはずして。
◆この週末は、東町、国分本町の祭りでした。来週が旭が丘の祭り。土曜日も夜、車で帰っていると、藤井寺の府道をだんじりが通っていました。

ようやっと、ひとつ・・・

◆学期が始まりました。多方面にご迷惑をおかけしています。絶対量からすると、物理的時間をかけて解消していくほかはなし。
◆2年前、カカトを骨折し、造り出しの発掘最終盤で離脱してしまい、病院で書いた原稿。あれから2年。その間の紆余曲折を経て、いま再投稿を果たせました。「いまはこれが精一杯」。先週で完了して、と思っていましたが、1週間かかってしまいました。次はJムーク・・・。その前に、本日、第1回目だけだが、博物館展示論の授業準備にかかろう。いや、その前にヒストリア・・・。

文化財保護法改正

いろいろと話が舞い込んでおります。しばらくの間調べたもの。

2011年度(H23)に活用事業予算名[文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業]を開始する(~H24まで)。保存や史跡整備の予算項目に対し、活用事業についても以前から立てていたと思われる(未確認)が、2011年度の[文化遺産を活かした観光振興・地域活性化事業]には、「観光」と「地域活性化」が入っている。この時点では政府あげてのものでなく、予算規模や事業は大きくはない(のだろう)。
2013年度(H25)から、活用事業予算名は[文化遺産地域活性化推進事業]となり、「観光」という文言は落ちる。「地域活性化に資する各地域の実情に適した総合的な取組を支援」するものとする。
◆2014年度(H26)には、活用事業予算名[文化遺産を活かした地域活性化事業]となり、補助金事業への応募に際し、「総合的な取組に関する計画」が策定されていることを条件とすることが始まる。この計画は、2007年に提言した「歴史文化基本構想」を念頭に置いたものであろう。
◆2015年度(H27)には、日本遺産の制度を設け、また活用事業予算名[文化遺産を活かした地域活性化事業]の補助メニューに「歴史文化基本構想策定支援事業」が加わった。これは「各地方公共団体が,地域に存在する文化財を指定・未指定にかかわらず幅広く捉えて,的確に把握し,文化財をその周辺環境を含めて総合的に保存・活用するための基本的な構想「歴史文化基本構想」を策定するため」のものである。
 また日本遺産については、「地域が主体となって総合的に整備・活用し,国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより,地域の活性化を図ることを目的とし」、「地域に点在する遺産を「面」として活用し,発信することで,地域活性化を図る」とする。またこれにより、「認定された当該地域の認知度が高まるとともに,今後,日本遺産を通じた様々な取組を行うことにより,地域住民のアイデンティティの再確認や地域のブランド化等にも貢献し,ひいては地方創生に大いに資するものとなると考えてい」る。申請条件として、「歴史文化基本構想又は歴史的風致維持向上計画を策定済み」であること、認定の判断項目の中に、「日本遺産という資源を活かした地域づくりについての将来像(ビジョン)と,実現に向けた具体的な方策が適切に示されていること」や、「日本遺産を通じた地域活性化の推進が可能となる体制が整備されていること」も加えてある。
 この年度末の2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」が、『明日の日本を支える観光ビジョン』をまとめる。そのなかで、文化財の「保存優先」から「理解促進」と「活用」への転換を謳い、この目的に沿った1000事業の実施と200箇所の観光拠点の整備が書き込まれている。
◆2016年度(H28)には、活用事業予算名「文化財総合活用プラン」(?)(96億円)のなかに、「文化遺産を活かした地域活性化事業」(21億円)に加え、前年度から始まった日本遺産に認定された対象への「日本遺産魅力発信推進事業」(12億円)が始まる。
 この2016年度には、前年度末の『明日の日本を支える観光ビジョン』を承けて、省庁協議が進み、文化庁の対応がまとめられていったと思われる。
 2017年度(H29)予算要求では、活用事業予算名を「文化財総合活用・観光振興戦略プラン」と変え、観光ビジョンにもとづき行動指針〈文化財活用・理解促進プログラム2020〉を策定し、2020年までに観光資源化への1000事業と200箇所の観光拠点整備の方針が書き込まれている。また、観光拠点形成のための新たな補助事業「観光拠点形成重点支援事業」が既に立てられている。
 内閣官房と国土交通省観光庁が2017年1月にまとめた『「明日の日本の支える観光ビジョン」主要施策に係る取組について』において、「文化財の観光資源としての開花」として、上記文化庁の対応が盛り込まれている。
◆今年度2017年度(H29)には、「観光拠点形成重点支援事業」として、1件(高山市3億円)が交付されている。2018年度からは重点要求となるのだろう。
 そして5月に文部科学大臣が文化審議会へ諮問、今回の『中間まとめ』となる。

◆予算の名前とか補助事業名とか、間違っているところもあるかもしれませんが。

子供らが帰ってきて

◆15日。4回生の娘は、富山大学で開催された日本哺乳類学会でポスター発表をやって、そこから (かどうかは知らんが)バスで、朝梅田に着く。ポスターを見せてもらった。以前に採取し大学にある60体?のヒマラヤのマウスの分析らしい。ちゃんとしていた。でも、この人、ほんとはタコなどの頭足類の研究がしたいので、大学院は理学研究科でなく水産学研究科?の大学院に進む予定。キャンパスは札幌でなく函館だそうである。
◆夜、修士2年の息子も帰ってくる。いつものように3人で飲み屋でやっているところに合流。この人は、8月に台湾の学会で、太陽電池パネルの・・・セルの不具合を・・・(ようわかりません)という研究について、英語での口頭発表と別にポスターもやったという。就職。品川勤務になるらしい。
◆そこからの3連休。台風も来る中で、子供らを連れて、両祖父母宅をまわっていました。

2017年9月15日(金)千早赤阪村

◆午後2時から、玉手山古墳群と松岳山古墳の話をする。4回講座の1回目を担当。南河内の前期古墳 を勉強する機会にとも思っていたが、余裕なく、玉手と松岳の話・・・。前に作った資料を刷り、パワポを見ながら話の流れを確認。12時にでかける。ずいぶん長いこと通らなかったが、丹比から富田林に抜ける国道を南下、これ、そのまま水越峠を抜ける一本道なんですね。車を走らせながら、南河内もけっこうな広さがあり、それぞれの地域地域がある、という当たり前のことを感じる。
◆1時間前くらいには着き、資料館を見学(写真撮影ダメ)。泉屋の鏡のレプリカが3面あった。そういえば、撮りに行ったような記憶が・・・。2階は民俗資料だが、凍豆腐の一大生産地であったということを知る。
◆体よりも頭が疲れ切っていて、なかなかちゃっちゃかと言葉が出てこず・・・、16時までかかって、なんとか最後までたどり着いた。

2017年9月14日(木)

◆参加者。城陽市担当者、工藤さん、自分、長友さん、阿部(市大M2)、大澤(市大M1)、園原 (立命M1)、合田・松井(市大3)、前田・三谷・山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)、上野(奈良大2)。
◆17-1トレ。朝から元興寺文化財研究所によるパッキング。図面の点検等。断ち割りの埋め戻し。
◆17-2トレ。埴輪据え付け完掘→写真撮影→取り上げ→
◆レンタカーに市大から運んだ生活道具・測量機材などバンに積み込み。昼前に記念写真。昼食後、
元興寺によるウレタン充当、14:30の見学者対応をお願いし、自分は車で、市大生+池口・山崎は13:14久津川発で大学に向かう。15時過ぎ、倉庫に荷物を運び、15:30解散。
◆2017年の久津川現場は、これにて終了。参加者のみなさん、ほんまにおつかれさんでした。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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