人を幸せにする人になろう

雪野山報告の時の資料

◆雪野山の報告書の時、鏡を担当したが、倭製の内行花文鏡とダ龍鏡がある。これらについても、考察まではいかないが、一定の位置づけをせなならん。その時の参考文献のコピーなどが出てきた。すべて捨てた。ダ龍鏡については、資料カードを作っているようです。三角縁のように図録写真等を複写して焼き付けてなど、そこまではできないので、コピーですが。きっとナブンケンのコピー機でやっていたんでしょう。

卒論の図版か

◆箱詰めしていると、卒論のコピーが出てきた記憶がある(数日前のことも思い出せません)。即、捨てようかと思ったが、たぶん森之宮行きの箱に詰めたような・・・。
◆で、図版の鏡の写真を貼ったものが10枚程度出てきた。提出物は出したっきりなので、完成版の手前のものなのだろうか。この画像は、それらの準備のための割り付け見本のようです。B5で6枚を割り付け、図版番号や下のキャプションをロットリングで書き込もうとしている。もしかしたら、卒論翌年の聴講生論文の時のものかもしれません。でもこの時、1987年度にはワープロを導入していたので(兵庫県のT賀君に借りたワープロ)、たぶん卒論時だろう。きれいな図版を作るのは、五十川さんの薫陶の賜物ですね。

三角縁神獣鏡の一覧

◆罫紙に手書きです。資料カードを作り、複写して印画紙に1/2に焼き付けたものを貼り付けたのは、このあとなのでしょうか。こういう作業は『椿井大塚山古墳と三角縁神獣鏡』の一覧につながるのでしょう。一覧はM下さんとやっていた。ですが、わたしは鏡から離れ、いまでは三角縁の地名表のことはトントわかっておりません。最新の一覧は何かあるのでしょうか。わたしの知識では、図録『大古墳展』(2000年)止まりです。

ものを捨て続けている

◆机を置いていてシャドウになっているところからモノが出てくるので、昨日に引き続き、分別、処分を進める。ナブンケンの年報、ぜんぶ取ってあったが、すべて捨てることにする。
◆なにやらB5の紙のたばがあるので見ていると、1986年に卒論を書いていた時の資料類だった。先行研究を原稿用紙にまとめている。普通はノートですよね。この頃、B5縦の横書き原稿用紙(むろん横にして縦書きでも可能なんだろう)にいろいろ書いていくことがカッコいいと思っていた気がする。
◆で、梅原・小林らの業績をまとめた罫紙が出てきた。ワープロ以前、手書きです。なんでこんなことをやっているんでしょうね。

2025年8月3日(日)

◆段ボール箱が切れたので、箱詰めはできない。机まわりを片付ける

都出先生の訃報

◆7月18日にお亡くなりになったと、20日の立命シンポの時、和田先生から伝えられた。
◆1983年に大学に入り、勉強を始めたら、先生の「農具鉄器化の2つの画期」とか、「古墳出現前夜の集団関係」とか、もうひとつあったように思うが、いろんなところで引用されているのに出くわし、コピーした。都に出るという、比呂志も含め、名前からして強い印象を受ける。ツデ先生なんですね。いま東博のえらい人になったK君は「トデ先生」と言っていたことを思い出す。
◆5月に乙訓の古墳をまわった時、参考文献を集めると、妙見山・寺戸・元稲荷など、ここでも史林の概報で都出先生は出てきた。で、8月。物集女車塚の発掘に行った時、京都考古学研究会というのがあり、都出先生と新納先生がチューターをしているという。物集女車塚は、立命や橘などのキョウコウケンのメンバーで掘っており、都出先生は長法寺南原をやっていたので、新納先生が向日市の方と指揮していた。で、みなで南原の現場の見学に行った時、初めて都出先生をお見かけしたわけだ。
◆そのあと、大阪の国民会館?だかで帝塚山主催の古墳の講演会があった時、墳丘の1:1:3とかいった段築の発達過程の発表をされていたのを、参加して聞いた記憶がある。1985年の楯築にもおそらく来られたのだろう(その時のノートが出てきたので、見返せばわかるかも)。1988年の東京の講演会のことは書いた。いま前方後円墳をやっているのは、この講演を聞いたことが大きく働いている。同年10月の播磨町でのシンポジウムで討論の進行をされていた。
◆話をさせていただいた最初はいつだったんだろう。覚えていない。三角縁の話を関西例会で報告した時なのかもしれない(いつだったか)。とはいえ、やはり1989雪野山ですね。
◆首長系譜の断絶の論文。これは待兼山論叢だったか。いただいた抜き刷りは今でも宝です(ダンボール箱に詰めてしまった)。古墳時代史のダイナミックな展開を、ケーススタディを通してあぶりだす。基本的方向を示していただき、これにもとづき、それを墳丘から検討するという自分の研究をやってきたように思います。先生、わたしも、日本史教室に考古の教員として新規採用され、なんとかここまで継続して来れました。先生にはまったくおよびませんが、少ないとはいえ、わが社からも、卒業生が文化財の世界で頑張ってくれています。先生のお導きに感謝申し上げます。

2025年8月2日(土) 8箱(累計41箱)

◆朝から晩まで片付ける。両側の本棚は目途がいてきた。あとは机の前とサイド、それにマップケース界隈。あともう丸1日やれば、カタがつき、あとは直前でOKのところまでもっていけるかもしれない。

2025年8月1日(金)定年まで3年と8か月 3箱(累計33箱)

◆今日はドクター院生の博論構想発表会。5人が発表。
◆7月30日(水)のことだが、部屋を片付けて不要本をゴミに出した。同じ日に、向かいの東洋史の先生が院生を使って同じように片付けており、どんどんゴミの山を構築。これはひどいと思っていたら、事務からクレームが来た。ある程度の範囲ならゴミ処理の方がもっていってくれるが、これはダメ。自分のものもそこそこはあったので、後日回収し、自分で構内の紙ゴミの場所にもっていかないといけない。

2025年7月31日(木)新しい車になる

◆13時に三木のホンダカーズで納車。なので、まず関学に行き、新三田駅前のスタバで和泉市史の原稿を書いていた。12時にカミサンを乗せて三木に行き、受取る。古い車は25万キロ走行。よき相棒でした。
◆で、今日はそのままどこかへ行くこととし、出石に向かう。出石着は1530。旧鋳物師の家を町が買い取り資料館にしているところを見学。1630を過ぎ、土産物屋も蕎麦屋も閉めているところが多かったが、開いていた蕎麦屋で皿そばを食す。2007年以来か。辰鼓楼を見て、出石城を望み(小出→仙石氏)、17時には出る。国道426号線を出石川沿いにさかのぼり、丹波国境のトンネルを抜け福知山に。福知山から近畿道舞鶴線で三田経由、国分に戻る。
◆永楽座の歌舞伎を見たいものである。

2025年3月30日(水)カムチャツカ地震

◆いろいろ仕事を考えてはいたが、結局は個人研究室の片づけに明け暮れる。まず机に積み上げていた本類の処理。図書館に入っている本か、そうでない本か、山口さんに調べてもらってと思っていたが、部屋をすっきりさせるため、朝8時過ぎから自分でやった。重複しているものは基本ステ。入っていないものは図書館の本として登録に出す。
◆本は日通が箱詰めするので、重複していても身近に置いておきたいものだけを厳選して、本棚にまとめていく。書類やファイルは分量を見ながら、まとまったものから箱詰め。4箱ほど詰めたか。ちょっとしたもので、現物は捨てても残したいものはスキャンしてPDFデータにする、などもしている。
◆両サイドの本棚とも、けっこう進めた。
◆阪神タイガース、後半戦4連勝でM39。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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