人を幸せにする人になろう

2025年9月26日(金)博物館展示論

◆まずは前日のあと始末。それから4限の博物館展示論の準備をする。時間になり、1101大教室というのに出かける。卓上の機器の操作は、備え付けの説明文を読んでなんとかなった。が、なかなかうまくしゃべれませんでした。精神的に弱くなっており、こっちの気持ちの問題ですね。授業で90分しゃべるには、それなりのテンションが必要。
◆この日、娘が帰ってきた。昨日25日に学位をもらったそうだ。なので今日はお祝いの呑み会である。月曜日に福岡に向かう予定。
◆少し前の9月17日のことです。公務員の給料日。1991年のカミさんの授業料に始まり、そのあと子供の保育料、そして小学校も私学だったので授業料を払ってきた。そして大学。家賃込みでの仕送りを続けてきた。長男の分はしばらく前に終了していたが、この9月17日の給料日が長女への最後の仕送りとなった。なのでこの日はカミさんにおごってもらいました。

2025年9月24日開学

◆この日、森之宮キャンパスの開学式が午前にある。こっちは、ある荷物の搬入のため高石市へ行ってました。終了後、Yさんと森之宮に車で行く。午後は、久津川の埴輪実測図の整理をやっていた。完全には終わらなかったので、続きは来週。そのあと、ある関係の書類を読みこんでいた(明日会議にむけて)。
◆そして翌25日、はじめて森之宮キャンパス正面玄関から出勤(開学式までは通用口からの出入り)。写真は8:44のもの。いちばん右の入り口すぐ横のエレベータから11階へ。この日は会議がふたつあり、ふたつ目の15時からのものはオンラインだった。終了後、今日の2つの会議関係の文献を読みこむ。それが終わるとOさんの論文を読んでいた。この日はそんなところ。なにか仕事をやっていると気がまぎれるが、あまり調子はよくない。

下宮の水利

◆今回の合同調査でたどった水路を、翌日、イラレに落とし込んだもの。下宮町の範囲についても不十分ですね。帰ってきてからグーグルを見ると、二ノ井の取水口はもうちょっとで確かめられたようです。下準備が足りません。一方、一ノ井は槇尾川(父鬼川)をかなりさかのぼったところに取水口があるようだ。大野のところらしい。和歌山へ行くとき、京奈和が多いが、鍋谷峠から「かつらぎ町」へ出るルートもけっこう通った。阪和道の和泉岸和田ICで下り、和泉市のララポートから工業団地を抜け、外環に出て、大野のところで南に折れる。あの谷が父鬼川(槇尾川)なんですね。
◆今度通る時があったら取水口を見に行こうか。とはいえグーグルで見ても途中でわからなくなる。旧の170号線をたどり、川を覗いて堰を確認するのが近道か。

2025年9月23日(火・祝)

◆朝8時過ぎから職場にいます。スピード感のない者は、休みの日も出勤し、時間をかけ、ちょこちょこ仕事をこなすほかない。
◆今日の新聞。大阪高松大司教さんの話が載っていた。この教会、玉造にあるんですね。難波宮から東の環状線側に進んでいくとある。たぶん見たことがある。プラザ合意の記事。ロヒンギャの特集記事もあった(第1回)。それと自民総裁選の記事。奈良県選出議員の、皇室典範のことと、自衛隊の憲法明記の2つが日本にとってもっとも重要なんだとか。もう1人も自衛隊の明記に加え、防衛費GDP2%ではとうてい足りない、との発言をしたという。国民のことを大事にしているとは思えません。能登の復興住宅の建設の遅れをどう考えているのだろう。
◆明日のオープニングセレモニー用のレンタル器材が運び込まれ、準備が進められている。

寝屋川と第2寝屋川

◆新キャンパスの東を平野川が流れ、北を第2寝屋川が流れる。寝屋川と第2寝屋川について少し調べ、地図に記入してみました。

2025年9月17日(水)合同調査3日目

◆3日目。朝から2時間半くらい、水路の源流をめざす。道の左の水路が二ノ井、その左斜面の上に(高低差10mくらいか)一ノ井があって、並走している。
◆いつもなら、大きめに印刷した書き込み用の地図を用意するのだが、今年は全然余裕なし。実行委員会作成の地図を使って、それに記入していった。記憶の新しいうちに整理しておかなければならない。

2025年9月16日(火)合同調査2日目

◆初日は終了後に森之宮に行き、仕事をしました。それで終わらせたつもりなんですが、まずい点に気づき差し替えが必要となり、また明日、つまりは本日にズレ込む。
◆合同調査2日目は、和泉中央駅の集合時間に遅れる。午前は農業関係の聞き取り調査に参加する。泉州、そしてここ横山にとって、昭和20年代・30年代のみかん景気はすごかったわけです。収穫時期には主に北陸から出稼ぎ者が多く来ていたらしい。横山地区の盆地周囲の山々はみな「みかん山」だったわけです。
◆午前の終了後、昨日の仕事の続きをやっつける(場所を移して)。14時過ぎに下宮に戻り、午後は、1人、水路を歩く。写真はオノウト神社の前を通る二ノ井の水路。

2025年和泉市合同調査

◆15・16・17日で、和泉市横山地区の下宮町で実施。840和泉中央で院生らを乗せて現地へ。初日の月曜日は敬老の日。午前、ある班と村を歩く。旧道に面した古い家屋にみかん蔵がまだ残っている。この旧道は、槙尾川沿いに池田谷に抜けるほんとの旧道。村は山裾の道沿いに長くのびる。デンバタは、そこから槇尾川までの段々に下がる緩傾斜地。歩いていくと山側に大きな墓地がある。これ横山地区の共同墓地だそうである。
◆午後は町会の聞き取りに参加。「支配割」という言葉があるのですね。200戸を越えていたのが、いま135戸だそうである。いまの町会の活動を担うのは自分より10歳くらい上の世代だろうか。家があり、田があり山もある。通えるところで就職し、家を継いできた人たちである。しかし離れる人も当然出てくる。空き家も多くなり、耕作していないデンバタも増えていく。いまの日本の縮図ですと、町会長さん。

令和の5公5民というそうです

◆9月14日、いまシンドイ作業をやっていますが、仲間に助けられ、今日・明日頑張れば何とかなりそうなところまで、こぎつけています。
◆右図、税と保険料をあわせ、半分近く取られるとのこと。

大歴考古部会

◆9月例会です。

報 告:西川 輝政 氏
演 題:古墳時代前期における円筒埴輪の規格
日 時:2025年9月19日(金)19時~
会 場:阿倍野市民学習センター 和室
(あべのベルタ3階。地下鉄・JR 天王寺駅/近鉄阿部野橋駅より徒歩8 分)
[報告者コメント]
古墳時代に用いられた埴輪のうち最も古く位置づけられる「Ⅰ群」の円筒埴輪は、吉備地域の特殊器台を基に創出され、畿内地域を中心として各地で受容された。円筒埴輪に見出せる諸要素のうち、口縁部高、突帯間隔、底部高は、円筒埴輪の規格性と関係する。今回の発表では、規格に着目してⅠ群円筒埴輪の分類を行い、その変遷や分布の検討を踏まえて、古墳時代前期における円筒埴輪の様相について考察する。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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