人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
イプシロンはICBM
◆10月29日、イプシロンロケット、個体燃料ロケット開発の記者会見があった。HⅡAが大型で液体燃料であるのに対し、搭載できる人工衛星の重量は制約されるが、開発費が安く、軌道に乗れば次々に打ち上げ可能となる。
◆が、搭載物を人工衛星に代えて爆弾を積めば立派なICBMとなり、また核弾頭を取り付ければ・・・、というもの。まあ、こういう技術は軍事開発と不可分で、やってる学者は科学研究のために人工衛星を打ち上げてデータを取ることを目的とするとはいえ、金をつける側は軍事開発と割り切っていよう。一方で、原子力開発だって、エネルギーを建前に出しつつ、それを処理し精製して核爆弾をつくる技術をもつためにやっているわけだ。中曽根が話しているとおり。
◆が、搭載物を人工衛星に代えて爆弾を積めば立派なICBMとなり、また核弾頭を取り付ければ・・・、というもの。まあ、こういう技術は軍事開発と不可分で、やってる学者は科学研究のために人工衛星を打ち上げてデータを取ることを目的とするとはいえ、金をつける側は軍事開発と割り切っていよう。一方で、原子力開発だって、エネルギーを建前に出しつつ、それを処理し精製して核爆弾をつくる技術をもつためにやっているわけだ。中曽根が話しているとおり。
第3日、那智、青岸渡寺と神社・滝
◆省略。車で駐車場に乗り付けるのでなく、大門で車を止めて、みなさん歩いた方がよい。新谷君と、両側に広がっている
平場は、坊院であり、宿坊なんだろうと言いながら歩く。塚田先生もまわりが気になるが、みなは階段をひいこら
上がるのみ。
◆どこまで調査されているのか知らないが、あんまり遺跡として把握されているようではない。知っている人は知ってるんだろうが、発掘調査をされたりすることもなく、説明看板もあるわけでない。
◆ベースの地図を入手し、記入しながら観察するだけで、空間復元の重要な基礎調査になる、と新谷君。是非やってほしいもの。石垣には積み直しなんかもあるのだろうが、区画そのものは中世のものがそっくり残っているんではないか。
◆あいにくの雨。
◆どこまで調査されているのか知らないが、あんまり遺跡として把握されているようではない。知っている人は知ってるんだろうが、発掘調査をされたりすることもなく、説明看板もあるわけでない。
◆ベースの地図を入手し、記入しながら観察するだけで、空間復元の重要な基礎調査になる、と新谷君。是非やってほしいもの。石垣には積み直しなんかもあるのだろうが、区画そのものは中世のものがそっくり残っているんではないか。
◆あいにくの雨。
田辺から中辺路で本宮へ
◆熊野古道の話も、仁木さんの解説を聞き、いろいろとパンフや学生の解説、いろんなところの説明文で、ずいぶんと学
習させていただきました。熊野は3回目、1回目は1990年代前半のはず。2回目
は、世界遺産になったあと、家族で瀞峡遊覧とかして熊野をめぐった。
◆道の駅にある、熊野行幸に同行した藤原定家の日記から、その工程を再現した説明板はよかった。だいたい片道2週間くらいのよう。そこから平岩口まで
移動し、ちょこっとだけ本宮まで古道を歩く。車で行くと、神社の駐車場に乗り付けることになるので、初めて。まあしかし、もっとも整えられているような場所になるんだろう。また森のなかも植林ばかりで、これはこれで近現代の産物で、景観はだいぶちがったものであったろう。
◆本宮。今回、教室旅行で、すべて宝物館が組み込まれ、普段なら金出して入ることのない宝物館に入る。本宮の宝物館は新しくしたのか、展示は整っている。鉄釜がデーンとあり、オヤ、鏡が2面。うち1面は贋物くさい。
◆神社の方に説明もいただいた。イザナミ・イザナギ・スサノヲ・アマテラスを祀っているんだとか、そんなことも、ちゃんと知っておりませんでした。で、メインはスサノヲとのことです。なんで?。これも追求し始めると、クマノというのがどういう場所と考えられてきたとか、いろいろあるんでしょうね。
◆弁当を買ってみなで河原へ。そして熊野川で石投げ。まったく家族で来たときと同じことをやりましたが、みんな、石投げとか、あんまりしないみたいでヘタです。
◆ヤタガラスの話を聞く。『日本書紀』のヤタガラスが3本足だとはどこにも出てこないわけで、それが3本足にむすびつくのは、東アジア共通の話ですよね。まあ別にいいのですが、それが本宮で定着し、文字ができるのも文化としてよいのですが、サッカー日本代表のマークにはふさわしくないように思うが。
◆それと本宮は川にあってこそだったわけだが、明治22年だかに流出して現在地に移されたという。それはそれでいたしかたないことだが、熊野古道のめざす先という場合、ちょっとね~とも思う。
◆道の駅にある、熊野行幸に同行した藤原定家の日記から、その工程を再現した説明板はよかった。だいたい片道2週間くらいのよう。そこから平岩口まで
◆本宮。今回、教室旅行で、すべて宝物館が組み込まれ、普段なら金出して入ることのない宝物館に入る。本宮の宝物館は新しくしたのか、展示は整っている。鉄釜がデーンとあり、オヤ、鏡が2面。うち1面は贋物くさい。
◆神社の方に説明もいただいた。イザナミ・イザナギ・スサノヲ・アマテラスを祀っているんだとか、そんなことも、ちゃんと知っておりませんでした。で、メインはスサノヲとのことです。なんで?。これも追求し始めると、クマノというのがどういう場所と考えられてきたとか、いろいろあるんでしょうね。
◆弁当を買ってみなで河原へ。そして熊野川で石投げ。まったく家族で来たときと同じことをやりましたが、みんな、石投げとか、あんまりしないみたいでヘタです。
◆ヤタガラスの話を聞く。『日本書紀』のヤタガラスが3本足だとはどこにも出てこないわけで、それが3本足にむすびつくのは、東アジア共通の話ですよね。まあ別にいいのですが、それが本宮で定着し、文字ができるのも文化としてよいのですが、サッカー日本代表のマークにはふさわしくないように思うが。
◆それと本宮は川にあってこそだったわけだが、明治22年だかに流出して現在地に移されたという。それはそれでいたしかたないことだが、熊野古道のめざす先という場合、ちょっとね~とも思う。
白浜の宿
◆白浜の宿に着く。白浜も初めて。学生の合宿で、たびたび救急車を呼んだことがあるらしく、くれぐれもホドホドにしてくれとの強いお達し。
学生のサークルの合宿とは違う、教員付きの旅行なのだが・・・。しかし呑み会は呑み会で、この日は2:30まで(一部学生3名はさらに4時まで呑んだらしい)。+確かに事件は起こった。
◆夕食後(たいへんショボかった・・・)、宴会まで時間があるので、ふとタバコを買いに、白良浜の中心部に向かう。そうすると、外湯、牟婁の湯というのがある。何ももっていないので、タオルと石けんを買い、入る(400円)。これは宿に近い手前のところ。外湯もいろいろあるようだが、早い時間に閉めるところも多い。町中に行くと、やたら焼肉はじめ韓国料理屋が目立つな~と思ったら、
むこうから3人の女性が浴衣姿で進んでくる(あまり若くはなかった・・・)。通り過ぎるとき、会話が聞こえ
たが、これが韓国語だった。韓国からの観光客が多くなったんだろう、と納得。
◆で中心部には、白良湯というのがあり、これ、さっきのより、雰囲気のある建物で、町中でもあり、近所の入浴客もちらほら。ということで、二つも入ってしまいました。夜の白良浜を見る。
◆それにしても、学生の参加は思わしくなく、卒論をかかえる4回生が目立つ。3回生と2回生、この参加率を上げないと、このままだと成立しなくなるかもしれない。
◆なぜか腕相撲大会が始まりまして・・・
◆夕食後(たいへんショボかった・・・)、宴会まで時間があるので、ふとタバコを買いに、白良浜の中心部に向かう。そうすると、外湯、牟婁の湯というのがある。何ももっていないので、タオルと石けんを買い、入る(400円)。これは宿に近い手前のところ。外湯もいろいろあるようだが、早い時間に閉めるところも多い。町中に行くと、やたら焼肉はじめ韓国料理屋が目立つな~と思ったら、
◆で中心部には、白良湯というのがあり、これ、さっきのより、雰囲気のある建物で、町中でもあり、近所の入浴客もちらほら。ということで、二つも入ってしまいました。夜の白良浜を見る。
◆それにしても、学生の参加は思わしくなく、卒論をかかえる4回生が目立つ。3回生と2回生、この参加率を上げないと、このままだと成立しなくなるかもしれない。
◆なぜか腕相撲大会が始まりまして・・・
南方熊楠顕彰館(2006年開館)
◆田辺もはじめて。まずは和歌山県の地理。和歌山-海南-湯浅-広川-御坊(むかし行った)-印南-みなべ
-田辺-白浜。以下、和歌山県の人口。
和歌山市386,986/海南市60,098/橋本市70,123/有田市33,563/御坊市27,152/田辺市85,647/新宮市34,280/紀の川市70,550/岩出市50,760/紀美野町12,060/かつらぎ町20,416/九度山町5,763/高野町4,414/湯浅町14,740/広川町8,166/有田川町29,313/美浜町8,550/日高町7,655/由良町7,540/印南町9,800/みなべ町14,895/日高川町11,663/白浜町24,554/上富田町15,295/すさみ町5,504/那智勝浦町18,998/太地町3,733/古座川町3,624/北山村562/串本町20,854/合計1,067,258
和歌山市386,986/海南市60,098/橋本市70,123/有田市33,563/御坊市27,152/田辺市85,647/新宮市34,280/紀の川市70,550/岩出市50,760/紀美野町12,060/かつらぎ町20,416/九度山町5,763/高野町4,414/湯浅町14,740/広川町8,166/有田川町29,313/美浜町8,550/日高町7,655/由良町7,540/印南町9,800/みなべ町14,895/日高川町11,663/白浜町24,554/上富田町15,295/すさみ町5,504/那智勝浦町18,998/太地町3,733/古座川町3,624/北山村562/串本町20,854/合計1,067,258
◆南方熊楠邸+顕彰館に行く。前になんか行ったことある、そこだと思っていたが、ずいぶんと新しく、違うことが判明。前に行ったことがあるのは白浜の記念館(1965年開館)の方のよう。いろいろと、熊楠のハチャメチャ振りを知る。熊楠を顕彰するには、弟の常楠の貢献をきちんと紹介すべきだろう。
◆ここは、イギリスから戻り、那智にしばらくいたあと、死ぬまで住んでいた場所で、あらゆる資料が保存されている。顕彰館とはいえ、資料保存館に近い。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。