人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
1月17日は鈴鹿亀山
◆17日、センター1日目は仕事はやめ出かける。前にノボノへ行ったとき、中途半端な時間で、亀山 の博物館や町なみを見ることができなかったので、そこを選択。
◆で、まず鈴鹿の博物館(1998~)。3度目くらいでしょうか。いま国分寺の整備が進められている。90年代には長者屋敷の発掘もやっていて、国府の所在地が動いているみたいな話を聞いた記憶がかすかにある。河曲郡衙正倉も見つかっているのだ、これは知らなかった。ちょっと展示は?。考古博物館といえばそうなのだが、モノがありキャプションがあり、が地域の歴史を語るという意識が希薄。いま現在の仮設的な姿なのかも知れないが。資料をさわれるようにしてあり、この日もトンボ玉作りのイベントが行われるようで準備が進められていた。
◆それと古代鈴鹿郡といまの鈴鹿市はかなりずれとんのとちゃうかな。市の名前はしゃーないこと ではあるが。調べてみました。鈴鹿郡の鈴鹿郷はまあ関であり、井田川から東がいまの鈴鹿市で、旧鈴鹿郡でも安楽川一帯の北部が鈴鹿市域のようである。でもいまの鈴鹿市の中心部は河曲郡になる。
◆で、まず鈴鹿の博物館(1998~)。3度目くらいでしょうか。いま国分寺の整備が進められている。90年代には長者屋敷の発掘もやっていて、国府の所在地が動いているみたいな話を聞いた記憶がかすかにある。河曲郡衙正倉も見つかっているのだ、これは知らなかった。ちょっと展示は?。考古博物館といえばそうなのだが、モノがありキャプションがあり、が地域の歴史を語るという意識が希薄。いま現在の仮設的な姿なのかも知れないが。資料をさわれるようにしてあり、この日もトンボ玉作りのイベントが行われるようで準備が進められていた。
◆それと古代鈴鹿郡といまの鈴鹿市はかなりずれとんのとちゃうかな。市の名前はしゃーないこと ではあるが。調べてみました。鈴鹿郡の鈴鹿郷はまあ関であり、井田川から東がいまの鈴鹿市で、旧鈴鹿郡でも安楽川一帯の北部が鈴鹿市域のようである。でもいまの鈴鹿市の中心部は河曲郡になる。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。