人を幸せにする人になろう

勉強が足らん

◆まあ、西都原に行って柳沢さんと重藤さんの話を聞いていると、九州という地域独自の考古学の 世界を感じる。それだけの歴史的経緯や色をもつのはむろん、調査研究の蓄積に裏打ちされた独特の世界があるように思える。
◆とにかく、まあ、石室や横穴や地下式横穴の形態にもとづく、地域の世界や、地域間関係やら、ついていけない理解や認識の深まりがある。せっかく、宮崎に行かしてもらえるのに、もっともっと、そうしたものを学ぶ必要がある。例えば生目とか。
◆西都原自身、もっと勉強せなあかん。むかし九州を一周まわって古墳を見たが、そういう見てやろう勉強してやろう、吸収してやろうという意欲がいる。もっと外へ出ないとイカン。
◆写真は13号墳。むかし調査中に見せてもらった記憶がある。

西都原

◆今年もこの季節。柳沢さんと重藤さんとご一緒する。27日16:15伊丹発、リムジンバス、空港、飛 行機の中、ず~とパワポ作り。宮崎市内のホテルに入ったのは18:00。19:00から食事、そこそこビールを飲む。戻ってきてからパワポ作りで、2:00頃まで?。さすがに1:30をすぎると急速に眠くなる。
◆昨年からの201号墳は横穴式石室は見つからず(鬼の窟だけか)、周溝に地下式横穴。竪坑の入り口がわずかにのぞき、閉塞の石が見えている。面白いのは陸橋。あんまりオープンにしてはいけないかもしれないので、このくらいに。
◆それから西都原古墳群の次期整備事業計画の説明を聞く。調査・整備・博物館事業と、なかなか余裕なく回転していることへの柳沢さんの警鐘の話が昨夜も出た。調査や整備は永遠に続くくらいの対象地、すぐすぐ結果が出るわけでもない。とはいえ、大きな話、中期的な構想、当面の計画設定など、考え方をまとめておき、10年ごとくらいの区切りくらいで練り直すなど、目先でない議論が必要だろう。が、現実的には日々の業務が忙しそう。整備事業とは別に、広大な史跡地を使った、さまざまな試みや事業など、イベントを含めて、遊びや普及部分での市民参加による事業展開も育てていくべきと思うが、そういうシカケをやる余裕はないみたい。古墳の基礎的な資料整理その他、市民学芸員を育てるべし、という話をする。
◆むろん花見や散歩やジョギングなど、市民は勝手にいろんな利用をするわけで、それでいいわけだが、遺跡に即した整備、博物館運営などは、やっぱりオカミがやることという意識を変革すべき。遺跡や博物館を活動の場とする、市民のクラブ活動を育てる必要がある。

静清条里の成果はすごいですね

◆1990年代の静岡の発掘成果はかなりのもの。ちゃんとそれらを読んでいなかったが、たまたま矢 田さんの論文が出てきたので、読んでみて感激。問題意識は同じだが、調査成果のリアルさがバツグンですね。

伊丹の見学会

◆『ヒストリア』2月号表紙裏に出した広告を上げておきます。

詰まってきた

◆結局はやはり採点。そのあと条里制研の資料の印刷と綴じ。市大日本史学会の委員会。条里制研 のパワポを作り始めるが時間なし。またそれだけでなく、伏見城の調査やら、伊丹の現地見学検討会、うちの考古学の3月の予定、いろいろ手を打っておくべきことがあるのだが、余裕がない。
◆今日は宮崎に出張するので、それまでに、いくつかのことは・・・
◆雪野山の本ができてきました。

あかん

◆本日は大学入試。あっ、採点がある・・・。なんで完全に頭から抜け落ちていたのだろう。条里制研究会の資料作成は今日しかない・・・。
◆あれ、でも事務から連絡はなかったような・・・。もしかして別の入試を担当したから免除?。そうであればいいのだけれど。
◆条里制研の資料は、最後のところまで来たぞ!(18:58)。22:00までにはできそうだ。できれば印刷してしまいたいもの(〆切は今日の午前中だったので、印刷しての持ち込み)。20:57、A4で12枚の完成!、めでたい。これに和泉市域のカラー2枚をあわせて、印刷にかかれる。
◆疲れたし帰ろう。で大歴の仕事でもすっか。

大阪城石垣清掃

◆本日24日(月)午前。無事、終了。

今日はエンド

◆意外と酔っていないが、3月1日の報告準備をする気にもなれず、書き連ねています。娘の受験も火曜日に迫っており、明日出撃する。こっちは明日、大阪城の石垣計測。マンホール下の石垣の掃除だけですけど。で、午後は卒論演習があって、夕刻は大歴の委員会。なかなか時間はないですね。

酔った勢いで

◆外から見ている意見として、改進の主導者は孝徳だという議論は、どう世間では受け止められて いるのだろうか、問うてみた。評判は悪いらしい。もっとも何がダメなのか、の議論はない。なんで中大兄なんでしょうね。これだって、孝徳論者と中大兄という論者を組み合わせて、バトルしてもらったらいいのにと思う。漠然とだが、反対する側も確たるモノはなく、通説的なイメージが刷り込まれているのではないかと思う。今日の呑み会でも、やっぱり一定年齢以上の者は、改進虚構論がやっぱり30%くらいはあるんだとの告白もあった。むろん、そうでないという立場も、ナウい潮流に思考が縛られているのかもしれないが。
◆オレは孝徳主導はあるのでは、と思う。基本的な考えは、倭国王2人説で、執政王が大兄に転換するとみており、7世紀は大王位よりも大兄位が争われる。山背大兄王が排除され、古人大兄王が排除され、中大兄となり、ヤツはなかなか即位しないではないか。そこに孝徳が親政をやろうとしたと。そこでバッティングするというのが基本的構図と思っている(ああ、これも偏見なんでしょうね。根拠はなんやねん。まあ、いちおうあるんです。人の説ですけど、当たっているかなと思っているもので)。まあよい。孝徳は嫁にも逃げられたあわれなオジサン、失意のうちに死んでいく、みたいな、ああいうイメージが、やはり刷り込まれていないだろうか。それはほんとうなのか、そういう議論を聞いてみたいと思うのだが。
◆いっぱいネタ振りをしてるんですけどね~。
【追記】自分の発表の時に、大阪大学の先生を「テルチャン」と言って、それはないやろ、と指摘される。テルチャン、お許しあれ。
【追記】写真は本文とは関係ありません。

続ければいいのに

◆今回、900名の応募があったという。難波宮だけでなく改進の議論と結びつけたのがミソ。で、こ の企画を10年くらいやったら、と終わってから関係者に提案してみた。これだけの需要はある。またそうした普及事業を望むとすれば、改進論は時宜にもかなって最適だと思う。が、反応が鈍いのにちょっと驚く。現代の古代史研究の知っている範囲でいっても、古墳時代以来の仕組みを、令制として転換していく各ネタについて、いろんな研究がなされている。調査成果や政治史の話をまじえつつ、若手なりの最先端の話を組み合わせ、いろんなことを多角的にやっていく条件はあると思う。
◆10年とはいわず、5年でもいい。例えば香芝市が邪馬台国シンポを重ねているように、改進シンポを重ねて、5年10年かけて7世紀史の研究を積み上げる。大阪歴博は大化改進研究の拠点になりうると思う。難波宮はすごい、が難波宮・京の調査成果は積み上げで、そうそう毎年毎年、画期的なことがわかるわけではない。むろん、毎年組み込んだらいいが、要は難波宮だけではダメということ。7世紀史のなかに位置づけ、改進論の21世紀的再評価を打ち出してこそ、お客さんは来てくれると思う。これが難波宮を擁する大阪市、大阪歴博のひとつの道だと思うのだが。まあ、地独法化で忙しいようです。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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