人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
口頭試問の準備
◆修論8本、「蝦夷との38年戦争」、「戦国期城下町と変容」、「古代の軍制」、「能登・畠山氏の研究」、考古「古代の集落論」、「戦国期・織豊期の近江での流通」、「織田政権の領国統治」、「若狭の中世寺院」。
◆卒論7本、「隼人の話」、「古代のヌヒ」、「任那復興」、考古「日本刀」、「中世スカンジナビアの都市」、「大阪の特定の町の近代史」、「京都における銀の貨幣化」。
◆卒論を終えて、修論にかかるが、みな力作なので、ひととおり読むのも時間がかかる(カッコはむろん正式な題目ではありません)。読んでから、試問で聞いてみることを考える。むろん議論に即した疑義や確認もあるし、本質的なとらえ方を問うもの、取り扱っている時期の前後とのつながりなど、限られた時間のなかで聞いておきたいことを考える。
◆市大の日本史の1人の教員として担当はこんなところだ。修論は副査でなくても全員分読む。卒論は日本史コース12人分+2部4本だが、うち7本が担当(世界史1本含む)。ほかのところのことは知らないが、うちの場合、こんなです。
◆これって勉強になりますよ。のちのち役に立ちそうなものは副本を取ってある。このへんは考古で複数教員がいて、考古の論文ばっかり読んでいるのとは違う。自ずから指向性が違ってくるでしょ。むろん、ふだんから学部の演習や大学院の演習でも、古代史や中世史などのことを、学生の発表から学んでいる。これが性にあっているというか、楽しいわけである。
◆卒論7本、「隼人の話」、「古代のヌヒ」、「任那復興」、考古「日本刀」、「中世スカンジナビアの都市」、「大阪の特定の町の近代史」、「京都における銀の貨幣化」。
◆卒論を終えて、修論にかかるが、みな力作なので、ひととおり読むのも時間がかかる(カッコはむろん正式な題目ではありません)。読んでから、試問で聞いてみることを考える。むろん議論に即した疑義や確認もあるし、本質的なとらえ方を問うもの、取り扱っている時期の前後とのつながりなど、限られた時間のなかで聞いておきたいことを考える。
◆市大の日本史の1人の教員として担当はこんなところだ。修論は副査でなくても全員分読む。卒論は日本史コース12人分+2部4本だが、うち7本が担当(世界史1本含む)。ほかのところのことは知らないが、うちの場合、こんなです。
◆これって勉強になりますよ。のちのち役に立ちそうなものは副本を取ってある。このへんは考古で複数教員がいて、考古の論文ばっかり読んでいるのとは違う。自ずから指向性が違ってくるでしょ。むろん、ふだんから学部の演習や大学院の演習でも、古代史や中世史などのことを、学生の発表から学んでいる。これが性にあっているというか、楽しいわけである。
倭国は卑弥呼共立にはじまる
◆どうなんでしょうね。神武天皇を打破するためには、初代倭王は卑弥呼だ、ということが教科書に載るところまでいかなきゃならんのでしょう。神武が橿原宮で即位したというフィクションを、みな信じちゃいないが、日本の国民に対し、戦争の持続を回避するために卑弥呼を共立することで国が生まれたんだ、ということをハッキリさせないといけない。ハッキリしているんだが、それがキッチリ、シャーシャーと、淡々と明記されるべきであろう。第2代も女王なんだよと。
◆それは遠からず可能かもしれない。そうすると、2月11日の建国記念の日は見直さざるをえない。そんなことはどうでもいい、という立場もありうるが、考古学をやっている者としては、戦うべき課題ではないだろうか。
◆それは遠からず可能かもしれない。そうすると、2月11日の建国記念の日は見直さざるをえない。そんなことはどうでもいい、という立場もありうるが、考古学をやっている者としては、戦うべき課題ではないだろうか。
2.11集会で高木さんの話を聞く
◆この日、今年は雪となりました。去年も書いたが、このところ、毎年、2.11集会へ行っている。谷町9丁目で地
上に上がると、たいへん寒かった。今年は高木博志さんの陵墓の話であった。鈴木良さんも来ておられた。220名と、昨年に比べると少ないが、これはきっと雪のせいであろう。
◆白石先生は、記紀と延喜式の陵墓に関する記載をそのまま信用することはできないとする。その理由は、百舌鳥に陵を造営したことになっているのが仁徳・履中・反正であり、それにふさわしいのがミサンザイ・大仙・ニサンザイだと。考古学的に判明する築造順序にしたがって、仁徳・履中・反正をあてることはできる。だが、古市古墳群を加えてみると、仲津山(古市)→ミサンザイ(百舌鳥)=仁徳→誉田御廟山(古市)→大仙(百舌鳥)=履中→ニサンザイ(百舌鳥)=反正となる。応神→仁徳→履中→反正→允恭という王統譜からすると、御廟山にあてうる王はいないことになる。大王陵の築造順序はほぼ間違いないから、それからすると、百舌鳥および古市となっている、記紀や延喜式の陵名の記載に(帝記的な事項であるが)問題があると考えざるをえない、というもの。
◆これを紹介するのは、誉田御廟山は反正陵で大仙は允恭陵だと自分は主張しているわけだが、反正陵が百舌鳥とされ、允恭陵が古市とされていることと矛盾することについて、そうはいっても陵名が怪しいんだよ、だからありうるという傍証にしたいためである(ちなみに、『ヒストリア』には書かなかったかもしれないが、允恭が茅渟宮を造営し、しばしば日根野に猟遊したという記事から、允恭は和泉と関係が深いといえると思っている)。
◆白石先生は691年に陵墓守護の詔を持統が出すが、このときに陵墓の比定がなされたのであろうという。いずれにしても、白石先生の考証は、これはこれで説得的だと思う。
◆ただし白石先生は、最近では、須恵器の年代遡上で、御廟山が正しく応神陵でもいいんではと発言している。そうなると、仁徳=大仙、履中=ニサンザイ?、反正=?、允恭=市野山となり、反正陵にあてうるものがなくなるが、先の話で御廟山が浮いてしまうというようなことはない。これまた5世紀の年代観次第か・・・。
◆しかし、馬具の年代観その他から、中期のはじめが4世紀後半に大きく食い込むという見方については慎重であるべきだと考えている。そして、河内政権の始祖である応神の陵とみなしうるという御廟山の前に、津堂城山-仲津山-ミザンザイという3墳があることをどう説明するのか、困難だろうと思っている。塚口先生の4世紀末の内乱からしても、ホムダワケの活躍期は佐紀政権の時代であって、晩年にクーデタを起こすホムダワケ墓は津堂城山古墳の規模こそがふさわしいとも思う。
◆回り道をしたが、従来の年代観に立つ場合、紹介した白石の議論はなお有効である。百舌鳥3墳について、百舌鳥に陵を築いたという仁徳・履中・反正にそれぞれ再配列することはできるが、その間にくる古市の陵が浮いてしまう。基本的には帝記に陵名は伝えられていたと考えられるものの、5世紀前半のところの陵名については問題ありとせざるをえないという白石の主張は説得的だ。
◆ちなみに、オレの比定で陵名が怪しいということになるのは、仁徳(百舌鳥)=仲津山、そして反正(百舌鳥)=御廟山と允恭(古市)=大仙である。この3つはいじっていることになる。すべてを説明できないが、河内政権始祖の応神と、聖君仁徳の陵を、御廟山と大仙という巨大古墳にあてるという作為は、考え得るかもしれないと思っているわけである。
◆白石先生は、記紀と延喜式の陵墓に関する記載をそのまま信用することはできないとする。その理由は、百舌鳥に陵を造営したことになっているのが仁徳・履中・反正であり、それにふさわしいのがミサンザイ・大仙・ニサンザイだと。考古学的に判明する築造順序にしたがって、仁徳・履中・反正をあてることはできる。だが、古市古墳群を加えてみると、仲津山(古市)→ミサンザイ(百舌鳥)=仁徳→誉田御廟山(古市)→大仙(百舌鳥)=履中→ニサンザイ(百舌鳥)=反正となる。応神→仁徳→履中→反正→允恭という王統譜からすると、御廟山にあてうる王はいないことになる。大王陵の築造順序はほぼ間違いないから、それからすると、百舌鳥および古市となっている、記紀や延喜式の陵名の記載に(帝記的な事項であるが)問題があると考えざるをえない、というもの。
◆これを紹介するのは、誉田御廟山は反正陵で大仙は允恭陵だと自分は主張しているわけだが、反正陵が百舌鳥とされ、允恭陵が古市とされていることと矛盾することについて、そうはいっても陵名が怪しいんだよ、だからありうるという傍証にしたいためである(ちなみに、『ヒストリア』には書かなかったかもしれないが、允恭が茅渟宮を造営し、しばしば日根野に猟遊したという記事から、允恭は和泉と関係が深いといえると思っている)。
◆白石先生は691年に陵墓守護の詔を持統が出すが、このときに陵墓の比定がなされたのであろうという。いずれにしても、白石先生の考証は、これはこれで説得的だと思う。
◆ただし白石先生は、最近では、須恵器の年代遡上で、御廟山が正しく応神陵でもいいんではと発言している。そうなると、仁徳=大仙、履中=ニサンザイ?、反正=?、允恭=市野山となり、反正陵にあてうるものがなくなるが、先の話で御廟山が浮いてしまうというようなことはない。これまた5世紀の年代観次第か・・・。
◆しかし、馬具の年代観その他から、中期のはじめが4世紀後半に大きく食い込むという見方については慎重であるべきだと考えている。そして、河内政権の始祖である応神の陵とみなしうるという御廟山の前に、津堂城山-仲津山-ミザンザイという3墳があることをどう説明するのか、困難だろうと思っている。塚口先生の4世紀末の内乱からしても、ホムダワケの活躍期は佐紀政権の時代であって、晩年にクーデタを起こすホムダワケ墓は津堂城山古墳の規模こそがふさわしいとも思う。
◆回り道をしたが、従来の年代観に立つ場合、紹介した白石の議論はなお有効である。百舌鳥3墳について、百舌鳥に陵を築いたという仁徳・履中・反正にそれぞれ再配列することはできるが、その間にくる古市の陵が浮いてしまう。基本的には帝記に陵名は伝えられていたと考えられるものの、5世紀前半のところの陵名については問題ありとせざるをえないという白石の主張は説得的だ。
◆ちなみに、オレの比定で陵名が怪しいということになるのは、仁徳(百舌鳥)=仲津山、そして反正(百舌鳥)=御廟山と允恭(古市)=大仙である。この3つはいじっていることになる。すべてを説明できないが、河内政権始祖の応神と、聖君仁徳の陵を、御廟山と大仙という巨大古墳にあてるという作為は、考え得るかもしれないと思っているわけである。
長岡京・恵解山古墳の整備がはじまる
◆2011年02月10日(木)朝から長岡京の会議に行く。いつもは電車だが、ある理由があって車で行く。やや遅刻。中尾さん、都出先生、高瀬さん、かっちゃんに会う会議である。今年度は調査最終で、補足的な調査をやり、基本構想をまとめる。整備事業は来年度から始まる。
◆今年の補足調査は上半期におこない、下半期まとめにかかる。上半期の調査で検討課題が生まれたので、秋に1本、トレンチを追加した。造出と前方部側面の取り付きの問題で、完全には解明されなかったが、追加トレンチで葺石が明瞭に検出されたことは、たいへんよかった。
◆おこの場合、墓場・学校用地とのかねあいの中で、やれることをやろうとしている。けっこうしつこく掘ってきたが、おかげで、墳丘の現状はかなり傷んでいるものの、かなり確からしい復元が可能になった。
◆文化庁の補助事業がスクラップ&ビルトで、名前が変わるらしく、補助要項を作成中とのこと。これは城陽市でも聞いた。前にも書いたかもしれないが、かなり土盛りをして、削られている墳丘を補うので、古墳を造っていくような作業になる。そういうプロセスを見せるのもいいことではないか、と1年前に言った記憶がある。基本構想をまとめるに際して、いくつかの検討事項があり、その協議をしたが、いくつかまだ議論が必要かなと思う点もある。意見があったら申し出るようにと言われているので、考えをまとめて提出しよう。
◆乙訓では物集女車塚古墳に続く、古墳の整備となる。前にも書いたかもしれないが、事務局がしっかりしているし、地元の愛護団体みたいなものが既にできていて、安心できる。
◆12時過ぎに終了後、堺市の寺山南山の現場に行く。来週会議なのだが、大学院入試とぶつかっているもので、途中で抜ける可能性が高いので、あらかじめ見ておこうと思った。
◆今年の補足調査は上半期におこない、下半期まとめにかかる。上半期の調査で検討課題が生まれたので、秋に1本、トレンチを追加した。造出と前方部側面の取り付きの問題で、完全には解明されなかったが、追加トレンチで葺石が明瞭に検出されたことは、たいへんよかった。
◆おこの場合、墓場・学校用地とのかねあいの中で、やれることをやろうとしている。けっこうしつこく掘ってきたが、おかげで、墳丘の現状はかなり傷んでいるものの、かなり確からしい復元が可能になった。
◆文化庁の補助事業がスクラップ&ビルトで、名前が変わるらしく、補助要項を作成中とのこと。これは城陽市でも聞いた。前にも書いたかもしれないが、かなり土盛りをして、削られている墳丘を補うので、古墳を造っていくような作業になる。そういうプロセスを見せるのもいいことではないか、と1年前に言った記憶がある。基本構想をまとめるに際して、いくつかの検討事項があり、その協議をしたが、いくつかまだ議論が必要かなと思う点もある。意見があったら申し出るようにと言われているので、考えをまとめて提出しよう。
◆乙訓では物集女車塚古墳に続く、古墳の整備となる。前にも書いたかもしれないが、事務局がしっかりしているし、地元の愛護団体みたいなものが既にできていて、安心できる。
◆12時過ぎに終了後、堺市の寺山南山の現場に行く。来週会議なのだが、大学院入試とぶつかっているもので、途中で抜ける可能性が高いので、あらかじめ見ておこうと思った。
城陽・芝が原古墳の整備がはじまる
◆2011年02月08日、城陽市の委員会に行く。樋口先生や杉原さん・菱田さんと年1回は会う会議である。いよいよ今年度から整備に着手、まずは造成工事だそうだ。昨年の会議にはでれなかったので、久しぶりだ。
◆古墳そのものは切られているところもあり、住宅地に囲まれるが、北側にはかつての丘陵地形が少し残っており、史跡地以外も城陽市が土地を取得し、北側からなら、丘陵にアクセスし、山を上がり、頂部に古墳があるという状況を作り出せる。古墳隣接地の家屋の1軒が空き家であったが、それも追加指定・買収の予定であるという。新たに遊水池の問題が浮上したが、法令上、いたしかたなし。
◆ともかくも裁判ザタに至った懸案だが、こうして史跡整備の着手にこぎつけた。2011・2012年でほぼできあがる予定(事業は2013年度まで)。城陽市の尽力に敬意を表したい。森山遺跡や正道官衙遺跡などもある。そして、芝が原の先には、いよいよ久津川古墳群が待っている。これからも頑張って欲しい。
◆古墳そのものは切られているところもあり、住宅地に囲まれるが、北側にはかつての丘陵地形が少し残っており、史跡地以外も城陽市が土地を取得し、北側からなら、丘陵にアクセスし、山を上がり、頂部に古墳があるという状況を作り出せる。古墳隣接地の家屋の1軒が空き家であったが、それも追加指定・買収の予定であるという。新たに遊水池の問題が浮上したが、法令上、いたしかたなし。
◆ともかくも裁判ザタに至った懸案だが、こうして史跡整備の着手にこぎつけた。2011・2012年でほぼできあがる予定(事業は2013年度まで)。城陽市の尽力に敬意を表したい。森山遺跡や正道官衙遺跡などもある。そして、芝が原の先には、いよいよ久津川古墳群が待っている。これからも頑張って欲しい。
カミサン、wowowの番組に
◆1月24日、wowowの、ノンフィクションWという番組に、カミサンがでたそうな。そういえば収録があると言っていた。「冨野由悠季 宇宙エレベーターが紡ぐ夢」というもの。
◆冨野さんって、ガンダムの作者らしいですね。オレはガンダム世代でないので、はじめて聞いたが。で、ガンダムの話から入り、地球の人口増に対して宇宙ステーションをガンダムでは描いたが、そういう膨大な器材や土やら人やらをどうやって宇宙空間に運んだか、という部分は不問にしていたと。で、そのところをいまやっていて、新しいものを構想しているようだが、で、宇宙エレベーターの研究にかかわる研究者などを訪ねてヒントをえようとしている、というそういうコンセプトの番組。
◆で、冨野さんが尋ねていく研究者の1人として、うちのカミサンが登場する。宇治の京大工学部を尋ね、なにやら取材している。自分のカミサンが何をやっているか、実はよくは知らないわけだが、それがわかった。説明しようとすると難しいが(見るのが一番だが・・・)、自然のもの、プランクトンや植物や、トンボや、そういうものの成長とか羽の展開とかを研究し、それは宇宙空間で構造体を作りあげるときに参考になるんだそうな。宇宙エレベーターとのからみでいえば、植物が、回転しながら上へ上へのびていくメカニズムの解明が、地上と宇宙ステーションの間をつなぐ構造体をどのように構築するかという場合のヒントになるらしい。へ~え。
◆wowowの放映後、そのDVDが送られてきたので、家でみんなで見たわけだ。面白かった。
◆冨野さんって、ガンダムの作者らしいですね。オレはガンダム世代でないので、はじめて聞いたが。で、ガンダムの話から入り、地球の人口増に対して宇宙ステーションをガンダムでは描いたが、そういう膨大な器材や土やら人やらをどうやって宇宙空間に運んだか、という部分は不問にしていたと。で、そのところをいまやっていて、新しいものを構想しているようだが、で、宇宙エレベーターの研究にかかわる研究者などを訪ねてヒントをえようとしている、というそういうコンセプトの番組。
◆で、冨野さんが尋ねていく研究者の1人として、うちのカミサンが登場する。宇治の京大工学部を尋ね、なにやら取材している。自分のカミサンが何をやっているか、実はよくは知らないわけだが、それがわかった。説明しようとすると難しいが(見るのが一番だが・・・)、自然のもの、プランクトンや植物や、トンボや、そういうものの成長とか羽の展開とかを研究し、それは宇宙空間で構造体を作りあげるときに参考になるんだそうな。宇宙エレベーターとのからみでいえば、植物が、回転しながら上へ上へのびていくメカニズムの解明が、地上と宇宙ステーションの間をつなぐ構造体をどのように構築するかという場合のヒントになるらしい。へ~え。
◆wowowの放映後、そのDVDが送られてきたので、家でみんなで見たわけだ。面白かった。
2011年01月29日 息子の卒業式に
◆去る1月29日は卒業式だった。昼過ぎに終わって、大学で仕事をしていると家から電話が入り、友達が8人家に
やってきている、面白いから帰ってきたら、と。で19時頃だったか、大学を出て家に戻る。
◆玄関には学校の靴が山盛り、で、8人の初々しくもむさくるしい高校生がテーブルを占拠している。卒業式後、河内国分のボーリング場で遊び、うちになだれ込んできたらしい。だいたい奈良の子が多い。なかには、御所の建設会社のボンボンもいる。みな理系で、医者をめざすもの、建築学科に行くもの、情報工学とか、それぞれ受験する学科の話をしてくれた。このなかには、うちの子の学校のナンバーワンのヤツがいて、センター900点満点で850点とったんだとか、それはずごい!。東大理1だそうだ。でなにがしたいか、ゲームが作りたいんだって。それってどうよ。
◆23時頃、4人は帰り、残って泊まっていくヤツらとアジアカップの決勝を見た。
◆玄関には学校の靴が山盛り、で、8人の初々しくもむさくるしい高校生がテーブルを占拠している。卒業式後、河内国分のボーリング場で遊び、うちになだれ込んできたらしい。だいたい奈良の子が多い。なかには、御所の建設会社のボンボンもいる。みな理系で、医者をめざすもの、建築学科に行くもの、情報工学とか、それぞれ受験する学科の話をしてくれた。このなかには、うちの子の学校のナンバーワンのヤツがいて、センター900点満点で850点とったんだとか、それはずごい!。東大理1だそうだ。でなにがしたいか、ゲームが作りたいんだって。それってどうよ。
◆23時頃、4人は帰り、残って泊まっていくヤツらとアジアカップの決勝を見た。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。