人を幸せにする人になろう

行燈山は崇神陵は定説か

◆考古学の世界ではそうなっているのだとか。ほんまか。
◆これ、岩波書店のシリーズ〈古代史をひらく〉『前方後円墳』というもの。執筆者の方から送っていただいた。そのなかの古代史、吉村さんの文章です。
◆こっちの感覚でいうと、2000年ごろ、行燈山も渋谷向山の年代差もあんまり詰められていなかった。そのなかで、埴輪の研究をやっている方々のなかで、年代差が明確にされていった。自分としては行燈山型の設定。これ2000年末から2001年初の測量で玉手7の図ができあがっていき、これ行燈山だとなる。そして行燈山型を集め、発掘されているもので年代を詰めていき、4世紀前葉だろうということになっていく。

プラグイン

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
8 9 10 11 12
14 15 17 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

バーコード

ブログ内検索