人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2023年2月28日、飛鳥見学会
◆26日から計画していたことがあり、学生らに時間を空けておいてもらっていたのだが、延期にな る。せっかくなので、この日は、前回の横穴式石室見学会の続きとする。
◆小谷古墳→牽牛子塚古墳→岩屋山古墳→平田梅山古墳→五条野丸山古墳→植山古墳→小山田古墳を横目に菖蒲池古墳→野口王墓古墳→鬼の雪隠・俎板→カナヅカ古墳→打上古墳→都塚→飛鳥宮跡→酒船石→明日香村の展示室→メスリ山古墳→茅原狐塚古墳、こんなもんやったかな。
◆茅原狐塚では、車をとめるところなく、作付けしなくなった田の平場に入れたところ、前輪がいぼる(博多弁)。ロードサービスをよび、引っ張ってもらう。この間、考古ゼミの話し合いをして、旅行などの予定を決める。
◆小谷古墳→牽牛子塚古墳→岩屋山古墳→平田梅山古墳→五条野丸山古墳→植山古墳→小山田古墳を横目に菖蒲池古墳→野口王墓古墳→鬼の雪隠・俎板→カナヅカ古墳→打上古墳→都塚→飛鳥宮跡→酒船石→明日香村の展示室→メスリ山古墳→茅原狐塚古墳、こんなもんやったかな。
鍵が・・・
◆2月24日、大阪歴史学会の例会だった。一度、研究室を出たが、忘れ物があって一度戻る。阿倍野学習センターの例会に出て、懇親会に行く。飲み会にさそわれていたので、久しぶりに電車に乗った日であった。で、河内山本くらいで、鍵がないことに気づく。23:30頃。研究室は、鍵で閉めなくても、内側のレバーをひねれば施錠される。部屋に鍵を置いたまま、これで閉めてしまったのかと。で、家に入れない。カミサンは、最終新幹線で東京から戻りで、高井田0:20。仕方なし。
◆翌日は入試で出勤。守衛さんに、鍵を中に入れたまま閉めてしまったので開けてくれと依頼。いま見回り中なので、連絡すると。で、待つために部屋の前に行くと、鍵が鍵穴にささったまま・・・。
◆鍵はドアの裏に掛けている。部屋を出るとき、そこから鍵をもって出て、レバー操作で施錠。が、忘れ物があって、取りに戻ったのだった!。その時、部屋を開けてすぐ忘れ物を持ち出すので、鍵を差したままにしていたのだった。モノを取ってすぐに部屋を出た時、内側のレバーで施錠、鍵を差したままであることを数秒後に忘れている!。レバーで自動施錠が習慣化してしまっているわけだ。出た時、よく見もしない。バタンと閉まるのを確認するだけ。年寄りであることを痛感する。
◆で、月曜日、まったく同じことをやる。
◆翌日は入試で出勤。守衛さんに、鍵を中に入れたまま閉めてしまったので開けてくれと依頼。いま見回り中なので、連絡すると。で、待つために部屋の前に行くと、鍵が鍵穴にささったまま・・・。
◆鍵はドアの裏に掛けている。部屋を出るとき、そこから鍵をもって出て、レバー操作で施錠。が、忘れ物があって、取りに戻ったのだった!。その時、部屋を開けてすぐ忘れ物を持ち出すので、鍵を差したままにしていたのだった。モノを取ってすぐに部屋を出た時、内側のレバーで施錠、鍵を差したままであることを数秒後に忘れている!。レバーで自動施錠が習慣化してしまっているわけだ。出た時、よく見もしない。バタンと閉まるのを確認するだけ。年寄りであることを痛感する。
◆で、月曜日、まったく同じことをやる。
生駒山
◆26日の日曜日。和歌山長谷宮の家の空気を入れ替え、墓参り。帰り、久しぶりに丹生官省符神社と、慈尊院に立ち寄る。梅が満開(南部では散り始めという)。それから今井町にコーヒーを飲みに行く。
◆いつ も京奈和で五条から御所に抜けたくらいで、
舒明期の画期
(1)敏達系の子で即位できなかった彦人、その子である田村が即位する。
(2)飛鳥に、のちのち引き継がれる飛鳥正宮の最初である岡本宮を造営する。
(3)初めての遣唐使を派遣し、また遣隋使にともなう留学生が相次いで帰国し、唐の情勢が詳しくもたらされる。
(4)唐尺を公式に採用する。
(5)百済宮と百済大寺の造営に着手する。そのための大規模な徴発を行う。
(6)百済宮は王宮として初めて正方位にした可能性がある。正方位官道の整備も、舒明期に始まる可能性がある。
(7)百済大寺は初めての国家を代表するナンバーワン寺院である。倭国特有の初めての「百済大寺式(旧法隆寺式)」の伽藍配置で、軒瓦も有子葉単弁の初めての「百済大寺式(旧山田寺式)」の軒丸瓦を導入する。
(8)死没後、滑谷丘に埋葬後、改葬された段の塚古墳は、最初の八角墳である。
◆孝徳期前段階としての舒明期の画期はかなりのものだったと考えなければならない。
(2)飛鳥に、のちのち引き継がれる飛鳥正宮の最初である岡本宮を造営する。
(3)初めての遣唐使を派遣し、また遣隋使にともなう留学生が相次いで帰国し、唐の情勢が詳しくもたらされる。
(4)唐尺を公式に採用する。
(5)百済宮と百済大寺の造営に着手する。そのための大規模な徴発を行う。
(6)百済宮は王宮として初めて正方位にした可能性がある。正方位官道の整備も、舒明期に始まる可能性がある。
(7)百済大寺は初めての国家を代表するナンバーワン寺院である。倭国特有の初めての「百済大寺式(旧法隆寺式)」の伽藍配置で、軒瓦も有子葉単弁の初めての「百済大寺式(旧山田寺式)」の軒丸瓦を導入する。
(8)死没後、滑谷丘に埋葬後、改葬された段の塚古墳は、最初の八角墳である。
◆孝徳期前段階としての舒明期の画期はかなりのものだったと考えなければならない。
2023年2月25日、入試
◆昨日の24日、古文書プロジェクトの研究会2時間をなんとかクリア。夕、大阪歴史学会の考古部会例会に行き、終了後、懇親会。
◆本日25日、国公立の前期入試で職場におります。答案を書いている高校生らは、自分の子供よりすっかり下になる。自分の受験からは40年が経過したということになる。
◆本日25日、国公立の前期入試で職場におります。答案を書いている高校生らは、自分の子供よりすっかり下になる。自分の受験からは40年が経過したということになる。
定年退職後どうする
◆今日の新聞から。
◆カミサンとは、伊能旅をしようと話をしている。日本中を歩く、ということだ。それはそれ。
◆A県のA氏のように、専門的にやってきたことを活かし、NPO法人を作り、地域の歴史文化遺産に関わり続けるというのは、いいことだが、それだけの覚悟がいります。それだけAさんのやっていることは偉大だということがよくわかる。普通は、気楽にサンデー毎日をと考える。やるだけやった、あとは趣味に生きるで、もちろんいい。が、いまは人生が長い。65歳から75歳くらいは、やや量をセーブするとしても、まだまだ働ける。一方で、まだ体が動くんだから、行きたいところに行くなど楽しむ、そうでないと体が動かなくなる、という考え方もある。
◆いちばんいいのは折衷かもしれませんね。仕事半分、遊び半分。
◆とにかく、ガンや交通事故であっという間に死んでしまうということがなければ、男でも80後半くらいまでは生きる。80を超えると余生でいいとしても、そこまで定年から15年ある。その短くない期間、楽しく、かつ記事にあるように、なにがしか社会の役にも立っている、そう思える生き方をするのが、晩年、やりきったと安らかになれる大事な時期なのだろう。
◆町内会でもなんでも、人と接し続けることがまず大事。で、それこそ伊能忠敬のように、やりたかった新しい挑戦をするのでもよし、それまでのことを活かせる世界で何かやっていくなど、それは人それぞれだが・・・。年をとっても、自分を見つめ、どう生きたいか、考え続ける必要があるということですね。あなたは、いま一番なにをやりたいですか。
◆カミサンとは、伊能旅をしようと話をしている。日本中を歩く、ということだ。それはそれ。
◆A県のA氏のように、専門的にやってきたことを活かし、NPO法人を作り、地域の歴史文化遺産に関わり続けるというのは、いいことだが、それだけの覚悟がいります。それだけAさんのやっていることは偉大だということがよくわかる。普通は、気楽にサンデー毎日をと考える。やるだけやった、あとは趣味に生きるで、もちろんいい。が、いまは人生が長い。65歳から75歳くらいは、やや量をセーブするとしても、まだまだ働ける。一方で、まだ体が動くんだから、行きたいところに行くなど楽しむ、そうでないと体が動かなくなる、という考え方もある。
◆いちばんいいのは折衷かもしれませんね。仕事半分、遊び半分。
◆とにかく、ガンや交通事故であっという間に死んでしまうということがなければ、男でも80後半くらいまでは生きる。80を超えると余生でいいとしても、そこまで定年から15年ある。その短くない期間、楽しく、かつ記事にあるように、なにがしか社会の役にも立っている、そう思える生き方をするのが、晩年、やりきったと安らかになれる大事な時期なのだろう。
◆町内会でもなんでも、人と接し続けることがまず大事。で、それこそ伊能忠敬のように、やりたかった新しい挑戦をするのでもよし、それまでのことを活かせる世界で何かやっていくなど、それは人それぞれだが・・・。年をとっても、自分を見つめ、どう生きたいか、考え続ける必要があるということですね。あなたは、いま一番なにをやりたいですか。
これまたカミサンの弁
◆「文科省の役人が劣化している」と。なんでも大学に届く通知やらなにやらの文章が、まるでなっていないのだとか。上役はチェックしているのだろうか。
◆こないだ、ある試験で事前に提出されたペーパーを読んだ。社会人を長くやり、いまは家業をやっている方なのだとか。このペーパーの出だしの1段落を構成する3つの文が、すべてヘンなのだ。わかりやすい文章、あるいは容易に理解しやすいメール文、そういう訓練がなされないまま、それでも社会人としてやっていけるわけです。こういうところも、だんだんと日本社会の劣化が進行しているんでしょうね。
◆自分の組織のところでも、こないだ〆切のある書類があったが、日本史では、この書類、いったい何のためのもんやろ、こんなんいるんか、と。なんでもかんでもエビデンスが求められ、証拠書類を残す、それまで信頼の上でやれていたことが、こういう書類の作成に時間を奪われるのも、日本社会の劣化ですね。
◆こないだ、ある試験で事前に提出されたペーパーを読んだ。社会人を長くやり、いまは家業をやっている方なのだとか。このペーパーの出だしの1段落を構成する3つの文が、すべてヘンなのだ。わかりやすい文章、あるいは容易に理解しやすいメール文、そういう訓練がなされないまま、それでも社会人としてやっていけるわけです。こういうところも、だんだんと日本社会の劣化が進行しているんでしょうね。
◆自分の組織のところでも、こないだ〆切のある書類があったが、日本史では、この書類、いったい何のためのもんやろ、こんなんいるんか、と。なんでもかんでもエビデンスが求められ、証拠書類を残す、それまで信頼の上でやれていたことが、こういう書類の作成に時間を奪われるのも、日本社会の劣化ですね。
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プロフィール
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1964/03/22
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大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。