人を幸せにする人になろう

大阪おかんの会

◆みなさん、是非、標記のタイトルで検索し、記事を見てください。おそろしいことが書いてありますよ。PM2.5は中国由来o0447041712401317141.jpgでなく、大阪市が舞島で11月以来の試験運転のあと、情報公開を謳う市長であるにもかかわらず、ホームページで告知することもなく、2月1日未明から、ガレキの本格焼却を開始した結果です。決定的な画像もあったが、保存したつもりが見あたりませんが、いろいろ当たっていくと出てくると思いますよ。
◆いちおう放射能は調べているようですが、その他の有害物質の検査などなく、じゃんじゃん燃やしている。同じようなことをやっている北九州市では、若い妊婦さんはどんどん市外へ逃げているとのこと。

元稲荷と乙訓の古墳群

◆梅本さんに丁寧に説明していただく。テラスの礫敷は(墳端外の礫敷もあり)乙訓でもほぼそうであると。渡辺さん(ナ68f20454.jpgベさんと呼ばれていた)がわざわざ現場に来られ、話をする。たぶんモズメの1983の頃は就職されてすぐの頃で、学生にとっては厳しく怖い存在でした。ちょうどそのころ光波が出始めで、トランシットの上に取り付けるタイプのものを向日市で導入したところで、ナベさんが測量していたことを憶えています。
◆で、文化庁時代。たぶん寺戸の前方部を掘っていて、それを見せてもらい、その時に寺戸・元稲荷・五塚原で史跡指定できるんちゃうか、みたいな話をしたらしい。もともとは京都府から打診されたのではなかったか。どんな言い方をしたのか、憶えてはいないが、いけるのではないかと言ったのだろう。その時に渡辺さんと話をしたのだが、あの時以来の群指定の模索を続けてきて、より広く乙訓の枠組みでの一括指定をめざしているのだという。そして元稲荷のデータが整った、と。長岡京市の恵解山もそうだが、粘り強い調査を続けている。長岡京をかかえ、その調査と保存に取り組んできた長岡京市と向日市、埋文に対する両市の長年の蓄積と、それによって構築してきた意識や姿勢に学ぶことは多い。
◆もひとつ。1960年に給水塔のために元稲荷の石室を壊したわけだが、この施設、6~7年で増加する人口増に追いつかず、別のものが造られ、以後は使われなくなったんだそうである。
【追記】この日の、学生との遺跡めぐりについて、ちゃんと記事にしていませんが、いずれまた。梅本さんが電話を入れてくださり、そのあと大山崎町の鳥居前古墳の現場も見せていただいた。ありがとうございました。
 

京大考古研ってどうなったんかいな

◆3月8日に京大に行き、実に久しぶりに吉田キャンパスに足を踏み入れた。吉田グランド脇にサークルボックス(部室)がc9dd540b.JPGならび、そのなかに美研と共用の考古研ボックスがある。これは昔と変わらんが、サークルそのものはなくなったんだっけか。

照屋さんにもらった泡盛

◆純と愛のロゴ入り特別仕様のラベルだそうである。とんと見ていないが、なんだか持田家がハッピーになったと思ったe84ce7f9.JPGら、イトシ君が倒れたという回は見た。

ランドマーク

◆あべのハルカスは、ランドマーク。どこからでも、あそこが天王寺だとわかる。鳥坂寺の塔もよく目立つものだったに違6cf3e8f3.JPGない。そして玉手の1・3・7も。
◆写真は近鉄難波駅に設置されている模型です。

歴博研究会

◆3月9日と10日は歴博だった。いつものように宴会風景からワンカット。新納先生と呑むなんて、実に久しぶりである。還暦、だそうである。物集女車塚1983年に30歳と言っていたのを思い出す。
◆この日、古代史の研究会も開催しており、のぞくb1232511.JPGと森公章氏や坂井さんがいた。夜の懇親会は同じ会場。ほんとうに久しぶりの森さんに挨666244d5.JPG拶に行く。坂井さんがこっちに来てくれて、『和泉郡の条里』の郷の話におよぶ。坂井さんに褒めてもらい、ほんとうにウレシイ。集落の話をする。道上君が奈良盆地についてやったという話も。そして前から聞きたかったことを聞く。律令期集落のあとの、沖積地の散居村って名ですよね、と。酔っぱらっていて、あんまり憶えてないが、たぶんそうだろうが、誰も言ってないんだとか。
◆翌日の帰り、いわゆる煙霧。スカイツリーがほとんど見えませんでした。
 

ラストは大鳥神社

◆ちなみに、草部から大鳥といった、石津川(和田川)沿いの道も古く、歩く価値がある。大鳥神社は和泉国一ノ宮、まあ7b692a55.JPGデカイ。どうなんでしょうか、あんまり盛衰なく、時々の為政者の保護を受けてきたんでしょうね。広い社地を保つ。ある意味では世俗的・・・。
◆文書があって、中世の頃の、条里の大区画名や郷域などが研究されている、というのは有名らしい。

草部神社

◆続いて草部神社。本殿と石灯籠は南北朝期にさかのぼり、ともに重文という。219154f4.JPG

等乃伎神社

◆続いてトノキ神社。神社の前に集落としてめぐる価値がありそう。よそでは手に入らないお守りが手に入る、と書いてあe5184a42.JPGり、ずらずらとぶらさげてある。トノキというのは、『古事記』に高い樹木として記事があり、朝4dbfe3e8.JPG日が当たれば影は淡路島に達し、夕日があたれば影が高安山を越えるという、例の話。トノキの地名も古いもんだ。
 

泉穴師神社

◆保護審のあと、早く帰って仕事をすべきだが、神社フェチとしては、むくむくと神社巡りをしたくなる。まず泉大津豊中の1d22b35d.JPG穴師神社。和泉国二ノ宮という。2609161b.JPG泉大津高校のすぐ南である。古い集落の間の道がうねうねと。
◆南に太鼓橋があるのでよく見ると、用水路が通っていたものを下に埋設したらしい。東を見ると、水路が続く。これが国府河頭井から来ているものなか、気になりますね。しかし、府中・豊中遺跡群の、古墳時代以来の用水路に違いない。
◆子供たちが太鼓橋で遊んでいるのも、よい。
 

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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