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桜井古墳

◆行方郡衙のあと桜井古墳に向かう。委員会の委員になっていたように思う。1回か2回、現場を見に来た。記憶では、墳丘ではなく周辺の畑を掘っていたと思う。整備された現地を見ると、2000年に後方部の中心を掘っていて、埋葬施設の陥没坑2か所が検出されている。それは見ていない。
◆そして調査成果をうけての整備事業が実施され、後方部3段の墳丘ができあがったわけだ。20年ほどが経過したのだろうか、結構、舗装などが傷んできている。後方部が3段である根拠はどこまで検出されているのだろうか、よく知りませんが。で、けっこうデカい。70mくらいだったか。

2026年2月22日(日)泉官衙遺跡

◆翌日。朝早く出て、前日に行けなかった遺跡を2か所まわる。
◆まずは泉官衙跡。ここは1996年に現場を見せてもらったのではなかったか。泉廃寺というのがあるが、その手前に行方郡衙とみられる官衙遺跡があることがわかり、その範囲確認調査を続けていた時期である。それを承けての国史跡は2010年とのこと。この間、県の調査を含め、製鉄遺跡の調査がピークだったようである。いままさに整備事業が進行中だった。

原町の夜

◆今日は原町泊。駅前にデンと背の高いホテルができている。
◆飲みに出る。1件目はダメ。2件目、「月のうさぎ」、よかった。日本酒をけっこう揃えている。
◆写真は夜の原ノ町駅です。

横大道遺跡

◆原町市は平成合併で、周辺の町をあわせ南相馬市になったわけである。常磐自動車道の調査で、横大路遺跡群が見つかった時は、オダカチョウだったのかな。なんとかたどり着く。自動車道があって、墓場があって、看板がひとつあった。国史跡にしたとはいえ、顕在化させるには、かなり手間がかかりそうである。

原町

◆駅名は原ノ町だが、まあ原町です。宿場町なんですね。

蛭沢遺跡の鞴羽口

◆この写真も南相馬市博物館にあったもの。ひるさわ遺跡群は原町市教委が調査したようである。どこにあった製鉄遺跡群か、もひとつよくわからん。
◆結局のところ、相馬地域の古代製鉄遺跡の展示としては、会津若松市の福島県立博物館か、ここ南相馬市立博物館か、というところでしょうか。県立博物館の展示がまとまっていたような気がする。
◆古代の製鉄の勉強をせなあきませんね。

桜井古墳群の土師器

◆やはり古墳時代のインパクトを感じますね。

竪型炉

◆これは国史跡になっている横大道遺跡の竪型炉なのかな。切り取り移築のように見えたが、ちゃんと見てないですね。手前の模型を見ていた。
◆いや火力発電所内の金沢かねざわ遺跡群のなかの長瀞遺跡のもの、らしい。火力発電所内に遺構展示館があるのだが、平日公開で、ここが見れなかったのは残念だ。

南相馬市博物館

◆福島駅からレンタカー(1330~翌日1000)で原町に向かう。川俣町、そこから県道。
◆原町には、何回か縁がある。泉廃寺=行方郡衙?の調査、それと桜井古墳の委員会。大塚先生が委員長だった。
◆常磐線特急で東京から原ノ町まで行くのは、相当な時間がかかったんでしょうね。
◆この博物館、1995年開館、それから30年だそうです。自然史系も強いところで、けっこうな展示面積である。入口の脇に放散虫を鉄で組み上げたモニュメントがある。

福島の予定

◆これは金研プロジェクトの研究費残のため、急遽、相馬の製鉄遺跡関係を勉強するために組んだ出張である。東京駅で、新幹線が20分は遅れていた。11:52発やまびこ59号だが、出発は12:15くらいだったか。いま宇都宮を出た(13:16)。福島着予定は13:11なのだが。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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